青髪のイェーガーは女神を従えて−2−
結果はあっけないものだった。ギーガーは煙幕を使って逃げ出したが、逃げた先に回り込んであえなく確保。そういう手に出るだろうと予想していたので、予め機精にマッピングさせておいたのだ。
「てめぇ…おい、コラ!イェーガーならボディが貴重なモンだってことは知ってるだろうに!」
ボディは前言通りに粉々にしてやった。エレメンタル・クリスタルからは私が悪人だと言わんばかりにクレームが送りつけられているわけ……。
『こいつめ……クリスタルも粉砕してやろうか』
「ひっ……そ、それだけは勘弁してくれ!頼むよおい、まじでそれだけは辞めろ!」
<指摘、エレメンタル・クリスタルの破壊は違反デス>
『わかってるわよ。まったく……手間を掛けさせてくれたわ。でもこれで……お・し・ま・い』
<近隣ノオフィスヲ検索中、、、、検出、ビーコン固定、バイザーニ表示>
「ち、ちくしょう……やっと自由を手に入れたってのに…ちくしょう!」
『それは仮初めの自由よ。もう諦めなさい』
オイルまみれで薄汚いギーガーのエレメンタル・クリスタルを懐にしまって、私はオフィスへ向けて歩き出した。
私たちにとって、人間で言うところの「魂」であるエレメンタル。それはいつから存在して、どうやって作られ、どういった理論で構成されているのかなど、私たちには知らされていない。まぁ説明されたところで理解しえるとは思えないが。
確実にわかっていることはクリスタルが破壊されると死ぬということ、私たちの「力」の源になっていること。
故に私たちは定期的なメンテンナンスをしっかり受けていれば基本的に死ぬことはないし、ボディが劣化してもリサイクルドウムに行けば新しい物と「交換」をしてもらうことができる。
古いボディを分解・再構築して、新しいボディを作ってもらう。そこからリサイクルドウムと呼ばれている。
ギーガーのようにボディをロストしてしまったヤツは「交換」ができなくなってしまうわけだけど、そういうヤツは空のボディが運良く見つかることを祈るしか無い。それほど多くはないけど、だいたい1〜2月ほど待っていれば自分の順番がやってくる程度には空のボディは見つかるもの。
ちなみに死んだあとは全てがリセットされて新たなエレメンタルが構成される「輪廻」というシステムに取り込まれるそうだが、あいにく証言できる存在がリセットされた状態なので確かめようがない。所詮は噂だろうとみなは言っている。
『ちゃんと順番を待っていれば、こんなことにならなかったのにね』
「ハッ!オレがそんな良い子ちゃんに見えるってのか?」
『見えないわね、控えめに言っても悪い子ちゃんね』
「悪い子ちゃんってなんだよ!てめぇはもっと年上を敬うってことを覚えた方がいいぜ?オレからの貴重なアドバイスだ」
『そうか、じゃぁ私からも一つアドバイスよ。黙ってなさい』
大通りを抜けて、路地を4本、5本目の角を曲がったところにオフィスはあった。
実務的な面構えの3階建て。どこでも同じ見た目、同じ大きさ、同じ機能を持った「オフィス」は私たちイェーガーにとっては家のようなものだ。
純白の木製扉を開けて、中に入ると正面の受付担当官がにっこりと出迎えてくれた。
『イェーガー、リリー・マルガリタ。依頼の完遂報告にきたわ』
「お疲れ様です、イェーガー・リリー。報告を承ります、機精をこちらに」
<機精7145、オフィスポータルト接続中、、、接続完了、デイタリンク開始>
「……はい、確認できました。お疲れ様でした。2階でお待ち下さい」
『……わかった。ありがとう』
オフィスの受付担当はどこも同じようなものだと思っていたが、さすがは大都市「アレク・サンド・リア」。ちょっとばかり愛想の良い笑みなんて浮かべて、同性とはいえすこしドキッとしてしまった。ここらのイェーガーにとって、彼女は癒やしとなっているだろうな。うらやましい。
がっしりと固められた階段をあがると、ちょうどオフィス監督官も3階から降りてきたところだったようだ。
「やぁ、キミがイェーガー・リリーだね。私はアレク・サンド・リアの監督官をしているオフィサー・ブルックマンだ。よろしく」
『リリーでいい。よろしく頼む』
「ではリリー、さっそくだけどこちらへ」
個室へ移動して詳細を確認する。今回の報酬は120万デーロに加えて、追加報酬としてリサイクルドウムの無償メンテナンスチケット、1年間の中央宿舎の利用許可証が用意されていた。
イェーガーの仕事はいろいろあるが、その一つが各都市の人々や組織などから挙がってくる依頼を受け、それを完遂すること。仕事を終えると、依頼者から約束された報酬が得られるというもの。オフィスはその仲介であり、イェーガーたちの登録・管理を行っている組織なのだ。
今回の依頼は「逃亡犯・ギーガーの確保」で、罪状は「ボディの窃盗“等”」となっていた。この世界で最上級のメンテナンスが受けられるリサイクルドウムが使えるだけでなく、ベテランやエースと言われるようなイェーガーだけが利用できる中央宿舎の許可証もくれるとは……あいつ、いったい何をやらかしたんだ?まぁどうでもいいか。
私たちの仕事は行方不明の家族を探して欲しいといったものから、夜間の都市防衛といったものまで、バリエーションが抱負だ。しかし、それはあくまで一面。
「今回の依頼についての報告は以上と。他になにかあるか?」
『いいえ、ないわ。半年がかりのミッションも達成できたこだし…しばらくはゆったり過ごさせてもらうとするわ』
「はは、それも良い。何かあればまた来てくれ」
オフィスを出たあと、私はまっすぐに宿屋街に向かった。
陽も暮れてきて、楽しげな声も聴こえてくる時間帯になっている。長期の仕事を終えた開放感でなんとか身体は動いているが、なんとしても今日は上質な宿を確保してゆったりと明日から始まる自主休暇を楽しめるように備えたい。
『ま、世間的にもちょうどそんな時期だしね』と誰に聞かれようのないほどの小声でつぶやき、足早に商店街を抜け、以前から重用している宿「てんぴん」に向かう。
あと2ブロックほど進めば宿につくという頃、通りに面した店から人が飛び出してきた。飛び出してきたというか、投げ出されてきた?
「おわぁ!…っ!いってぇなクソが!そんな雑に扱わなくてもいいだろうがよ!」
「ハッ!ここはアンタみたいな駆け出し坊やが来ていい場所じゃないんだよ、出直してきな!」
「す、少しくらい話を聞いてくれてもバチは当たらねぇだろうがよ!」
「話を聞いてほしけりゃ、せめて今から3つはランクアップしてこい!」
店、と思ったがどうやらギルドだったらしい。投げ捨てられた哀れなルーキーらしきイェーガーの装備を見ると、どうも近接タイプのようだ。体育会系のマッシブ系が多いと聞くソルジャーか、あるいは武器を使いこなすウォーリアーか。まぁそんなところだろう。
なんにせよ面倒事は御免こうむる。私は何も見ていない、見ていないのだから普通に通り過ぎればいいんだ。
「ちくしょう……あ、アンタ!なぁその装備からしてイェーガーだろ?頼むよ、ちょっとだけ話を聞いてくれないか!」
ふぅ、可哀想に……誰かが面倒事に巻き込まれてしまったようだ。運のないやつめ、まぁ私のように上手く回避できなかった自分を恨むんだな。
「ちょ、ちょちょ!待って、待ってってば!アンタだよ、アンタ!青い髪のアンタだよ!」
『は?』
「そうそう、アンタだよ。あまり時間は取らせないからさ、話だけでも聞いてくれよ」
『おことわりよ、私は宿に戻ってもう休むつもりなの。』
「つれないこと言うなよー、な!晩飯をごちそうするからさ、すぐ近くに上手い店を知ってるんだよ」
『くどい!私は疲れているんだ、他を当たれ』
「当たった結果があれだよ!見てたろ?なぁ頼むよ〜、そこで一番上手いローストミート丼をおごるからさ」
『よし、のった。いますぐ行こう』
肉は正義である。しかし、この時の私は欲望は身を滅ぼすことを忘れていた。
終末のリリー @shunkashunto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。終末のリリーの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます