終末のリリー

@shunkashunto

青髪のイェーガーは女神を従えて-1-

灰色の空。太陽の光を遮り、死の灰を撒き散らす分厚い雲に覆われた空。


幾度となく見た、私にとっての日常の空。


かつては眩しい光が世界をあたたかく包み込んで、多くの生命が地上を覆い尽くしていたそうだけど、今となってはその名残が微かに感じ取れる程度。


終末。終わりが間も無くやってくる世界を、私は、私たちは歩く。


歩いて、歩き続けて、抗うために。その力を求めて。










<マモナク、エリア39-341ニ、到着シます>


機精7145から抑揚のない声が届く。




大陸に7つある巨大都市の中でも、最大の規模を誇る「アレク・サンド・リア」。その中心街の一区画は賑やかな歓楽街になっていて、今回の私の目的もそこにある。


『腹が減っては戦は出来ぬ……って言葉を残した古代の人は偉いと思う。そう思わない?』


<回答、質問の意図が不明デス>


バイザーをあげて目を凝らし、周囲を見渡す。すると一つの店が気になった。




人目を引くような飾り付けがあるわけでもなく、どこか寂しさを漂わせる構えの旧式建築物。しかし、中からは多くの人の気配が感じられ、胃を刺激する良い香りが漂っているということは、ここは食堂だろう。




ギィィと軋む扉を開けて中に入ると、多くの人々で溢れかえっていた。なるほど昼時ともなればさもありなん。


開いているカウンター席を取って、私も昼食を取ることにした。このあたりは肉料理がうまいと聞いていたから、密かに楽しみにしていたのだ。ふふふ。




立てかけられているメニューを眺めていると店主が声をかけてきた。


「らっしゃい、何にするね坊や」


『そうだなぁ、どれも美味しそうで魅力的で悩んでしm……ちょっと待って、今なんて言った?』


「ん? 何にするのかって」


『いや、そうじゃない。あんた、私のことを坊やと言ったな!? 坊やと!』


「なんだそんなことか」


『そんなこと!? あんたねぇ…「お嬢さん」ならいざしらず、こんな美少女を捕まえて「坊や」なんて失礼にもほどがあるわよ!』


「な…ん!?」




細い目を驚愕に見開く店主。こいつはきっとエレメンタルがダメになっているんだ、そのうえ目も劣化しているのだろう。私ほどの美少女を捕まえて「坊や」、つまり男の子に見えると言い放つなんて……かわいそうに。同情をあからさまに顔に出して、寛容な心で許してあげるとしましょう。




『アナタの顔は覚えたわ、夜道に気をつけ……いや、もういいわ。ところでおすすめはなに?お腹が空いているのよ』


「あ、あぁ。すまない、さっきのは失言だった。気をつけるよ。うちは香草を使った肉料理が名物だ。Ω牛のもも肉に香草を使った調味料を染み込ませて焼いたものとか、かな。」


『な、なにそれ! 聞いているだけで脳内麻薬がドッバドバよ!?……うまそう、それがいいわ!』


「ここらじゃ珍しくないが、Ω牛はこのあたりの特産品だからな。それ目当てで来る客もいるくらいだ。他に何かいるかい?」


『ほどほどに腹を満たしたいだけだから、任せるわ。ティはある?』


「あるよ。肉とパン、ティでいいか? 少し待っててくれ」




そう言うと店主は厨房に向かった。店の中は屈強な体つきをした男たちがガツガツと飯を喰らい、学者らしき2人はティを飲みながら食後の談笑を楽しんでいる。南の皇国の上級階層にあったリストランテに比べれば豚小屋のような店だが、私のような者にはここの空気はなんとも居心地が良い。




知らぬ人の声と声が奏でる「喧騒」という名の音楽は私の心を解きほぐし、落ち着かせてくれる。別に人恋しいわけではない。




「よっと、待たせたな」


声の方に視線を向けると、刺激的な香りのついた料理が一皿。湯気が立つΩ牛の肉からは次元を超えているかのような量の肉汁が…あぁ、もう美味い。口に入れてすらいないのに、全身が「美味い」という幸福を味わっている!素晴らしい、やはり食事は肉だ!肉こそ料理だ!




『おぉ!美味しそうだ。ところでこの白い物はなんだ? 頼んだ覚えはないけど』


「西の帝国の業者から仕入れたヨウグルトというものだ。さっきの詫びといってはなんだが、それはサービスだ。 」


「「おおーい!マスター!追加だ!」」


「はいはい、それじゃゆっくりしていってくれ」




一瞥すると店主は声をかけてきた他の客の方へ向かった。最初はなんて失礼なヤツだと思ったが、嫌なヤツではなさそうだ。仕方ない、絶許リストからは外しておいてやろう。


それよりも1週間ぶりのまともな食事だ。全霊を持って味わうとしよう。あぁもうよだれが……。






しかし、私の胃袋が満たされることはなかった。災厄が降り掛かってきたのだ。仕事という名の。


<アラート、対象発見>




機精7145が言う。アラートとは何よりも優先される重要事項を伝えるときに言うメッセージだ。それを聞いてしまった以上、呑気に食事なんて取っていられない。


<目標、距離オーヨソ240マイン、ビーコン固定、バイザーニ表示>


「はぁ!?そんな近くにいたのか!?」


240マインとはかなり近い。走れば1分とかからない距離だ……なんでそんな近くにいて気づかなったんだコイツ!




<命令、更新、対象ノ確保ヲ優先>


『了解。対処する』




今度こそ、今日こそ、この半年に渡った追跡劇も幕を下ろすのだ、私の手で。


『店主、すまない急用が入ったわ。代金はここに。物はあとで取りに来るから包んでおいて!』




店主の返事を聞く間も惜しんで私は店を飛び出した。通りに面した店だったことが幸いして、まだ勘の働かない土地だが、問題なく対象のいる場所へ向かえそうだ。


首に掛けていたバイザーを装着すると、すでに現在地からビーコンの反応がある場所へのナビゲイションが起動していた。


<目標、移動速度、極低>


<エンゲイジポイント、算出中>


『周囲のスキャン、マップ構築を優先』


<指示了解>


言葉少なめに機精7145へ指示を飛ばす。まだ若い個体ということもあって、状況にあわせて何を優先すべきかの判断が甘いので、こうして適時教育をして私好みの機精に育てていかないと。


教育を重ねていけば、私を支えてくれる立派な相棒にあってくれると思うけど、それはまだ先のことになりそうな気がしている。




目標の方向へ、通りを歩く人々を躱しつつ駆け抜けていく。商人の男、買い物をしている女、無邪気にじゃれ合う子供たち。昼時の通りとは人が多くて困りものだが、こういう時こそ今の身体は使い勝手が良い。本来なら年相応のボディにするべきだけど、やっぱり仕事をする上で小回りの効くボディのほうが何かと都合が良いものね。


なんて考えながら走っていると、あっという間の目的地へ到着した。物陰に身を潜めて生体センサーを起動させる。




『目標を照合』


<目標確認、行動開始ヲ推奨シます>


言われるまでもなく、私は物陰から飛び出して目標の確保に取り掛かる。


『今日こそ、観念してもらうわよ!ギーガー!』


「んな!なんでここにお前が!?」


『おとなしく確保されるなら、軽く痛めつける程度で許してやるわ。反抗的な態度を取るなら…』


「と、とるなら…?」




愚問にも程がある。私は腰に下げていた「水の女神の慈悲ウォルゴデストック」を抜きながら、わかりきった未来を伝えてやる。


『そのボディごと廃棄処分にしてやる!』



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