パンツ、パンツ、佐川!

実緒屋おみ/忌み子の姫〜5月発売決定

ノーパン女の佐川さん

 パンツが好きだ。

 俺はパンツが大好きだ。


 三度の飯より自慰より性行為――したことなくともわかる――よりもパンツが好きだ。


 青春。そんな時代を過ごしているような純粋な高校生が、これに惹かれないはずがないと俺は思っている。異議? そんなもん知るか。


 まあそうはいっても、やはり十人十色というもので、この世にはブラジャー派、ブルマー派、ストッキング派と派閥はたくさんある。


 だがしかし、例え最後のパンツ派人間になったとしても、オレは断固としてヤツらと対向するだろう。パンツ、パンツ、パンツ、ああ、素晴らしきかなパンツ!


 なんたって色模様や細工のされ方、形がたまらない。一種の造形美だと俺は思ってすらいる。


 はいてる人間に用はない。オレが好きなのはあくまで『パンツ』であって、『パンツをはいた人間』なんかではないのだ。


 ありとあらゆる下着売り場で「ああ、すいません、彼女のプレゼント用に包装してください」と堂々と見栄を張って、パンツを購入する俺への冷たい視線にももう慣れた。将来の夢には『下着メーカー勤務』と書いているほど、俺はパンツを愛している。


 そんな「島村君ってなんか怖い」とか言われちゃう俺には現在、気にかけている存在がいる。


 曰く――二-Bクラスにいる『ノーパン女の佐川さん』。



  ※ ※ ※



「君はパンツをはかないのか」と言われて、なにコイツとあたしが思うのも無理はない……と信じたい。


「はい?」


「いやだから」と、そのショートカットの三年生は、きっぱり、はっきり、大きな声で。


「君はパンツをはいていないのか、と聞いているんだ。佐川さん」


 ……コイツはなにを言っているのだろう。


 今時古臭く、下駄箱に入っていた一枚の手紙。


 『放課後お会いしたいです。体育館裏で 三-A島村』


 と書かれてちょっとだけ、いや、本当にこれちょっとね、珍しくときめいちゃったあたしの名前を確認して、一つうなずいたと思えば――これだ。


「なんで」

「なにがだ?」

「なんで見知らぬ人間にそんなこと言わなきゃならないのよっ!」


 乙女の心踏みにじりやがってこんちくしょう、とばかりにあたしは声を張り上げた。紅葉が数枚落ちたのは風のせいであって、決してあたしの声の大きさのせいでないことは確かだ。


「大いに関係があるんだ、佐川さん」

「なにと! パンツとアンタとあたしとあの手紙に一体何の関係があるってぇのよ!!」

「とても大切なことだ!」


 真剣な顔で言い返され、あたしはちょっと、後退ってしまう。


 きりっとしたその顔はまあ……正直言えばいけてる分類に入るだろうし、声だってあたしの好み。あたしが趣味で所属しているカポエラサークルにも、ちょっとお目にかかれないほどの……好青年で、外見だけは。


「君の噂を聞いたことがある。『ノーパン女の佐川さん』だと」

「んなっ……」


 あたしは舌を噛みそうになった。顔に熱が上っていく。


「ち、ちが……」

「なぜ君はっ、あんなに! 美しく! 素晴らしい! 人間の文化と芸術の極みに立つものを!! はくことをしないんだ!」

「え」


 身振り手振りで、聞いてる側からしたら本当に、どう考えても変態ですみたいな台詞を大声で叫ぶ先輩に、あたしは顔を引きつらせた。


「先輩、言ってる意味が……」

「俺だってはいてみたい! あの造形美の粋の塊とも呼べる代物をはいて、そのすばらしさを心ゆくまで堪能してみたい……っ!」


 心底の葛藤と苦悩を声と顔に表して、先輩――いや、こいつを先輩などとは呼びたくない、変態と呼ぼう、その変態は握り拳を楓の幹に叩きつける。


 そしてうつむかせた顔をこちらに向けて、唇の端をゆがめながら。


「だけど……男の俺がはいたら、なにもかも台無しなんだよ……」


 あたしはここから早く立ち去りたい気持ちにかられた。



  ※ ※ ※



 痛む拳も、俺の傷ついた心に比べればどうってことはない。


 俺が今回彼女、すなわち『ノーパン女の佐川さん』を呼び出したのは、それが本当であったなら、パンツというものがいかに立派なものであるかを説いて、彼女を改めさせるためだった。

 

 男の俺では堪能できない幸せを、なぜ甘受しないのか。

 むしろなんではかないのか。

 

 もし彼女が色や形に満足できるものがなく、ノーパンを貫いているというならば、俺がプレゼン、もといコレクションからプレゼントしてあげてもいい。


 パンツは女性が着けてこそナンボだ、例えそれがどんな女性でも。


 見たところ、快活で顔立ちも整っている彼女に似合うのは、さしずめ……。


「あの、へんた……いえ、島村先輩」

「ピンク……いや、オレンジ――それなら赤の方が……無地で……」

「島村先輩」

「違う、声は綺麗なソプラノだし、それに体型もスレンダーで……」

「島村先輩」

「……はっ、あ、すまない、つい」

「あの、あたしもう帰っていいですよね。っていうか帰りますから。今すぐに帰りますから」

「な、なにを!」


 俺は勢いのまま彼女の肩をつかみ揺さぶった。小さな悲鳴なんてこの際無視だ!


「まだ俺は君の返事を聞いていない!」

「なんで告白風なわけ!?」

「俺の思いに答えてくれ、さあ、なぜ君はパンツをはいていないんだ!! むしろはきたくてもはけないのか、それとも――」


 その瞬間、彼女の瞳が炎のようにきらめいた。


「あたしはっ」


 両腕が振り払われ、勢いでたたらを踏む、と同時に彼女の姿が――


「ただ、着替え室にパンツの替えを忘れていっただけなんだってばっ!!」


 甲高い叫びと共に、下から伸び上がってきた足が綺麗に――俺の顎にヒットした。

 勢いでめくれ上がった制服の、スカート。


 その奥にあるのは、黄色のパンツ。


 ――噂に尾ひれがついただけか……


 そんなことを思う俺の意識は薄れ、あっけなく暗転。



  ※ ※ ※



 諸君、パンツは好きか? 

 俺は好きだ。大好きだ。


 あの形、手触り、模様、様々に組み合わさってできた芸術品は、まさに神が人類に与えたもうた奇跡としかいいようがないほどに、大好きだ。


 だが最近、少しばかりパンツへの愛のこだわりが、少しずれてきたように思う。


「佐川君! 今日は趣向を変えて紫の紐パゲフッ!」

「この変態野郎! さっさと失せろっ!!」


 それは、パンツを愛でるだけに飽き足らず、『はく人間との調和を考えたパンツを集める』ことに偏ってきた、と言っていいだろう。


 『ノーパン女の佐川さん』、もとい『着替え室にパンツを忘れた佐川さん』に、俺は毎日、彼女に似合うようなパンツを持っていっては蹴られ、蹴られ、蹴られ。


 残念ながら、未だに彼女が素直に、俺の見立てに応えてくれたことはない。


 それでもなぜか俺は、彼女にパンツを持っていくことを止める気はなかった。

 それは多分、最初に見たあの黄色のパンツより、彼女に似合うものがあると――


 俺の中のパンツへの愛が、叫んでいるからだと思っている。

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