こうちちほー
「といった具合で、カツオのフレンズの背中に乗って海を泳いだのさー」
「ほうほうほう! こっちじゃ余り見かけない魚類のフレンズだな! やはり島が違えば生態系も違うんだろうな、うは、うははぁ」
「ツチノコさん、興味津々だねー」
「え? あ、いや、そりゃあその、島の外の話となれば、オレも気になるさ」
極熱のさばくちほーでもひんやりとした空気が流れる遺跡で、声を弾ませながら熱っぽく話を聞くツチノコ。高い知性でもって、ジャパリパークの歴史を日々究明する彼女が、ゴコクエリアを旅したフェネックの体験談を聞いて気分を高揚させるのは当然のことであった。
「そんなに気になるなら、一緒についてくればいいのにー」
「いや、まずはこの遺跡の謎を解き明かすのを優先したいからな。それに、この遺跡を長時間ほっとけないワケもあるんだ」
「ワケってなーにー?」
「ああ、そのぉ、というのはだなあ」
「んしょ、んしょ」
「あ゛あ゛ーー!! お前はー! 遺跡の中でェ、穴掘りをォ、するなってあれほどお゛ォ!!」
ツチノコが怒るが時すでに遅し、同じくさばくちほーをナワバリとするスナネコによって、遺跡には1m大の穴が二つ、三つできていた。
「外の土と違う掘り心地で、楽しい……!」
「オレはまっっったく楽しくない! あああああ、コイツがいるからオレは遺跡をほっとけないんだよォ!!」
「まーまー、よかったらスナネコさんも旅の話を聞くかい?」
「あー、聞きます聞きます!」
「オレの話も聞けっての……」
やれやれと思ったが、仕方がない。
「それで、他に変わったことはあったのか?」と質問すると、
「そうだねー、また『こうちちほー』の話になっちゃうんだけどー」
「こうちちほー?」
「聞いた話によると、ゴコクエリアの南側に位置するちほーだとさ。さばくちほー程ではないが温暖な気候をしているらしい」
「みなみ?」
「あー、いちいち説明してやってたら話が進まん! 次! 次にいってくれ!」
知識を披露するのが大好きなツチノコであるから、本来ならばスナネコの疑問に対して過剰な程の説明をしてやるのだが、今日はそれどころではない。話の続きが気になって仕方がないのである。
「はいよー。でー、こうちちほーのフレンズは皆、『おさけ』と呼ばれるものをよく飲んでたのさー」
「おさけ……それは、水とは全く別のもんなのか?」
「うーん、見た目は透き通っていてお水みたいなんだけどねー。においを嗅ぐと、鼻につーんとくる感じで、飲んでみると、辛いような苦いようなー、美味しいような美味しくないようなー……」
フェネックがこうちちほーのフレンズから聞いた話によると、一概におさけと言っても様々な種類があるらしいのだが、こうちちほーでは「にほんしゅ」と呼ばれる種類以外のものは、時代を経るにつれてその製造技術が失われてしまったのだという。
「ふーむ、別に喉を潤すだけなら水を飲むだけでもいいはずだが……どうしてそこではおさけ、なんていったもんが飲まれてたんだ?」
「ジャパリマンに対する料理のようなものでは?」
「ほほう、嗜好品ってことかァ? いやいやいや、フレンズの間に、んなもんを嗜むなんて文化が浸透する訳が……」
「やー、スナネコさんの言ったことが大体正解、かなー」
「んな゛ッ!」
フェネックの言葉を聞いて、ツチノコは頭を仰け反らせて驚いた。
驚いたのはスナネコの推測が当たったから、という訳ではなく、ちほー全体で嗜好品を嗜む文化圏が築かれているという事実に対してだ。
この島において嗜好品といえば、紅茶であったり、ある種温泉宿やロッジもそれに含まれるかもしれない。しかし、あくまでほんの一握りのフレンズが嗜んでいるに過ぎないものだった。
「それじゃあ、ゴコクエリアの文化レベルはこちらより進んでいる、いやまだ衰退しきっていない、という言い方をした方が適切か……? うむぅ、興味深い……」
「なにブツブツ言ってるのですか?」
「あ、ああ、考え事さ。オレみたいに頭が回るフレンズは忙しいんだ」
「そういうこと、自分で言うんだー」
「ま、事実だからなー」
そう言ってツチノコは鼻を鳴らす。
「まーそれはさておき、そのおさけを飲むと、凄く気持ちよくて、楽しい気分になるのさー。その日の疲れを忘れて、足元も浮ついて、まるで空を飛んでいるかのようなかいほーかーん、ってねー」
「ほほう、紅茶を飲むと落ち着いたり、温泉に入ると体が温まったり、そういうのとはまた別もん、って感じだな」
「それ、飲んでみたいかも……!」
スナネコが目を輝かせてそう言った。
しかしフェネックは手を横に振って、
「まー、そんな魔法みたいなものには代償が付き物、ってやつだよー」
「そうなんですかぁ?」
「おさけを飲むと楽しい気分になれるのはいいんだけどー、まるで性格が変わっちゃうんだよー。例えばー、サーバルなんかは急に泣き出したりー」
「えっ、あのサーバルがですかー?」
「楽しさも峠を過ぎると、ってやつなのかねー、おかしなもんだよー。あーそれと、おさけの飲んだ次の日の朝は頭が痛かったり、気分が悪かったり……バスに乗ると余計にそれが悪化して、旅にならなかったなー」
「な、なんか、アブナイなァそれ……」
おさけに興味が津々だったツチノコとスナネコも、それが本当は危険なものなのではないかと感じ始める。
無意識に後ずさった二人に対し、フェネックはにやりとして話を続ける。
「アライさんなんか凄かったよー。アライさん、おさけを飲むと気分が良くなってー、何でも洗いたがっちゃうのさー。かばんさんの荷物を勝手に洗っちゃったりー、おさけを分けてもらったお魚のフレンズの身体を洗っちゃったりー、しまいにはもっとおさけを持ってこーいって、叫び始めて」
「う、うわ……そりゃ酷い」
「フェネックはおさけを飲むとどうなったのですか?」
「あ、わ、私かー。それはねー……」
スナネコに自身の話を振られた瞬間、雷が落ちようとも落ち着き払っていて、いつも隙のないフェネックが焦り始めた。「やー、その、うーん」としばらく考え込んで、こう言った。
「そーだそーだ、私は勝手にどっかに行っちゃったアライさんを探している途中だったんだー。うん、そうそう、そろそろ行かなくては。ではではお二人とも、ご清聴ありがとー」
「あっ、逃げましたね」
「オ、オイ! もっと聞きたい話があるんだが! 最初の方で話していた、シマント川という大きくて光り輝いてた川の話とか! まだ途中だったろォ!」
ツチノコの制止を振り払って、フェネックはスタスタと立ち去った。
おさけを飲んだフェネックがどんなことをしたのかは、一緒に旅したフレンズの間だけの秘密である。
NEXT……とくしまちほー
ゴコク冒険譚~4つのちほー のこのこのこ @nokonokonoko
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