ゴコク冒険譚~4つのちほー

のこのこのこ

えひめちほー

 ここはキョウシュウエリアのしんりんちほーにあるジャパリ図書館。定期的な来訪者こそあるものの、閑静な佇まいをしていて物静かな場所である。

 そこに息を弾ませ、慌ただしく走って近づいてくる、頭の膨らんだ影が一つ。


「博士さん! 助手さーん!」

「まったく、騒がしいのです」

「我々の優雅なてぃーたいむを邪魔しないで欲しいのです」

「あはは、ごめんなさい。つい」


 その正体は、太陽が昇って沈んでを30回ほど繰り返し遡ること前、ヒトのナワバリを探してキョウシュウエリアを旅立った筈のかばんである。

 何故、ここに帰って来たのかというと、


「約束通り、定期報告のために戻ってきました」

「それだけではありませんよ」

「料理もです」

「は、はい。そうでしたね」


 博士と助手はかばんに、満月の日になる度に、このエリアに帰って来ることを約束させていた。

 それはキョウシュウエリアの外の情報を、定期的に報告させるためである。島の外部の情報収集は、図書館の管轄を行っている島の頭脳として、また島の長として、必要なのである。

 

 ……しかし、本当の目的がかばんに料理を作ってもらうため、である可能性も否めない。

 だとしてもかばんは博士たちに従わざるを得ない。博士たち曰く、「水陸両用新バスの設計図を作ったのは誰なのですか」とのこと。


「ところで、サーバルたちの姿が見当たりませんが」

「そうなんです。アライグマさんとフェネックさんは島に戻ってきてからは別行動で、サーバルちゃんは……島に着くや否や、そこにいたフレンズさんと狩りごっこを始めちゃって、見失ってしまって」


 ヒトのナワバリ探しの旅にはかばんのみならず、その親友であるサーバル、また何故かアライグマとフェネックも同行した。お宝探検団出張編とのことだが、要は楽しそうだから着いていっただけのことである。


「まあいいのです。とりあえずお前一人でも報告を行うのです」

「はい。まず、ボクたちが流れ着いたのは『ゴコクエリア』という、この島よりもやや小さな島でした。そして、そこは4つのちほーから成り立っていました」

「なるほど。この島にはそれよりも多くのちほーがあることから考えても、余り大きな島ではないのですね」

「そんな広大な島の長を務めている我々は、やはりかしこいのです」


 そう言って博士と助手は胸を張る。

 かばんはあははと苦笑いして話を続ける。


「まず、ボクたちが足を踏み入れたのは『えひめちほー』でした」

「えひめちほー、ですか。我々の島のちほーには、『ざばんな』やら、『しんりん』やら、そのちほーの環境を表す言葉が頭に付くのですが。えひめ、という言葉からは何も連想しがたいのです」

「そうですね……確かにゴコクエリアはこの島のように、ある区切りによって環境が全く分断されている、ということはなく、全体的に山がちでした。環境ではなく、文化によってちほーが分かれている、という印象です」

「ふむ。サンドスターの降り注ぐ量の違いから生じるのか、それとも……」

「まだまだ調査、報告が必要ですね、博士」


 助手の言葉に賛同してうんと頷く博士。

 ゴコクエリアにも、キョウシュウエリアで言うところのサンドスターの噴火、あるいはそれに類した現象があるのかどうかは、今回の報告だけでは把握しかねたようだ。


「難しい話もいいですが、実は博士たちにお土産があるんです」

「お土産ですか」

「それは美味しいものなのですか?」

「そうです。口に合うかは分かりませんが……」


 そう言うとかばんは背負っている鞄を肩から下し、両手を突っ込んでごそごそと何かを探し始めた。

 そして「あった!」と言うと、やや平べったい橙色の球状の何かを二つ取り出した。


「これ、『みかん』、って言うんです」

「これは……本で見たことがあるのです!」

「しかし実際に見るのは初めてです……我々の島の畑にはなっていないのです」

「畑というよりは、そこら中の木々に自生している感じでしたね。えひめちほーのフレンズさんは、ジャパリマンと並んでこれを常食していました」


 物珍しそうにみかんを眺める博士と助手。

 みかんからは爽やかな香りが漂い、それが博士たちの鼻腔を抜け、その心地よさが腹にも伝わったか「ぐう」という音が鳴った。


「あはは……どうぞ食べて下さい。料理しなくても美味しく頂けますよ」

「じゅるり……」

「それでは早速……」

「ああっ! そのまま食べないでください!」

「二人トモ、食ベチャダメダヨ」


 みかんにそのまま齧り付こうとした博士たちを、かばんは慌てて制止する。

 驚いた二人はポロッとみかんを落とし、ついでにかばんの手に巻き付けられているボスも誤反応した。


「な、なんですか急に!」

「これ、そのままでも一応食べられはするんですが、普通は皮を剥いて食べるんです。そっちの方が美味しいって、向こうのフレンズさんに教わりました」

「そ、そうだったのですか」

「も、ももも勿論知っていましたよ。我々はかしこいので」


 そう言って皮を剥こうとするが、どうやって剥くのが良いのか分からず、悪戦苦戦する博士と助手。

 かばんはしばらくそれを眺めていたが、次第に見かねて、鞄からもう一つみかんを取り出して見本を見せる。


「ほらこうやって、てっぺんのへた、と呼ばれるところから剥いていくと……」

「おおっ」

「まるで花みたいです」


 果実をむき出しにして、その周りに放射状に広がる皮を見て助手はそう言った。

 それでは早速と二人もかばんの剥き方を真似る。すると、かばんほど奇麗には剥けなかったが、果実を傷つけることなく剥けた。

 皮を剥くことで、その芳醇な香りが辺りにより強く広がり、二人はうずうずする。


「も、もう我慢できません!」

「頂くのです!」

「あー、そのまま齧り付いても良いんですけど……まあ、いっか」

「甘い!」

「甘いのです!」

「そして程よい酸っぱさ……」

「病みつきです!」


 二人ともむしゃむしゃとそのみかんに齧り付き、あっと言う間にぺろりとそれぞれ一個平らげた。手と口の周りにはみかんの果汁がべたべたと付いて、橙色に染まってしまっている。


「美味しかったのです」

「他にはないのですか?」

「ありますよ。この島の皆さんのために珍しいものを色々と貰って帰って来ましたから。でもその前に、えひめちほーの話をもう少し……」

「ダメですね。先に美味しいものです」

「寄越すのです」

「えー、えひめちほーを下ったところにいた、楽器と呼ばれるものを使って弾き語りをするフレンズさんの話とかもしたいのに~……あぁ、引っ張らないでくださーい!」


 博士と助手はかばんの持っている美味しそうな物々に夢中で、話を聞くどころではなかった。

 やれやれと思うかばんだったが、鞄から魔法のように珍しい物々が出てくるのを見て、目を輝かせる二人を見て、「まあいっか」と自然とにこやかになるのであった。





NEXT……こうちちほー

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