悪夢の終わり アジュ視点

 メアが作り出した夢の世界は、青空と花畑のある草原だった。


「この景色に魔人は似合わねえな」


 横にいるヴァンが苦笑いしている。まあ似合わんよな。メアとコウマの魔人が、二人を胸の中に収納して向かい合っている。軽く見て20メートルはあるな。


「ガキが……私に逆らい世界を汚すとは!」


「ボクは必ず助かってみせる! これが一番確実だ!!」


「調子に乗るなよ! お前はコアに過ぎん。操作権限があるのは、領主の子孫たる私だぁ!!」


 金色の宝珠が輝きを増すと、コウマの魔人も光で満たされる。


「領主の子孫?」


「そうだ! 貴様ら一族を改造し、夢の核へと作り変えたのは、当時の領主だよ!」


 また随分と頭おかしい領主が出てきたなおい。だが納得もした。この技術がどこから来たのか不可解だった。屋敷そのものが実験場だったわけね。


「そんな昔の人の都合なんて知るか! ボクは今、母さんと生きてるんだ!!」


 メアの魔人が、パンチのラッシュを始める。それと同時にコウマの魔人も動き出し、お互いの拳が超高速で数千のぶつかり合いを続ける。


「ううぅ……このおおおぉぉ!!」


「なめるなよガキが! 勢いでどうにかなる領域ではないと教えてやる!!」


 痛みがフィードバックされているかどうかは知らん。だがメアは苦しそうに顔を歪ませても攻撃の手を緩めない。あの歳で覚悟決まりすぎだろ。お前かっこいいな。


「母さんを傷つけて! 沢山の人をこんなことに巻き込んで! お前はもう許さない!」


 メアの魔人がラリアットをかまし、ふらついた敵にドロップキックをぶち当てる。


「ガキに許される必要など無い! 死ねい!!」


 コウマの魔人が手刀の連打で攻勢に出るも、うまく背後に回ってバックドロップから、もう一度ドロップキックで吹き飛ばした。


「プロレスだなこれ」


 迫力あって面白いが、徐々にだがメアが押され始めた。どうやらこれはコウマが世界を掌握しつつあるようだ。夢の世界を自由にするとこうなるのか。参考になるな。


「この世界の支配者は私だ!」


 コウマの魔人が増えている。夢だから自由な想像力で増やせるのか。操作に慣れたら厄介そうだな。


「そろそろ出番かね?」


「もう少し、メアの戦いを見守ってやりたいところだが」


 これはメアの喧嘩でもある。あいつが満足する形で終わらせてやりたい。多人数を相手にする戦闘など、子供のメアには経験がないのだろう。ゆっくり確実に追い込まれていく。


「ボクがコアなんだろ。ならもっと強く、かっこよくなれ! あいつをぶっ飛ばす!!」


 メアの魔人が外部装甲を纏いながら巨大化する。囲まれるなら大きくなって踏み潰せばいいという発想だろう。子供の理屈っぽくて結構好き。コウマも驚きで動きが止まっている。


「どこまでも邪魔を……おのれガキが!」


「多勢に無勢ってな。オレはそろそろいくぜ」


 ヴァンが足元に黄金剣を突き立て、魔法陣を展開させる。そうか、ここにはギャラリーがいないし、別世界だから壊れていい。本気出しても問題ないのか。


「ヴァン・マイウェイの名と契約の元に、真名の解放を許す。来い! イシス!!」


 ヴァンおに召喚された神が魂ごと重なり合い、一人に融合していく。一瞬の閃光の後に現れるのは、ヴァンの面影を残す別人だ。


「魔法剣士ヴァニア。我が友メアの助太刀に、只今参上! ってな」


 真っ赤な髪が長く伸び、一部に金色のメッシュが入る。顔が中性的イケメンに変化して、黒いロングコートとマントが一体化したようなものに身を包む。コートの内側は真紅の服だ。


「いようメア。一緒にあいつぶっ飛ばそうぜ」


 魔人の肩まで跳躍して黄金剣を解き放つ。刃が幾重にも分離し、紅い魔力でつなぎ合わさり鞭のような剣になる。


「ヴァンにいちゃん!」


「援護してやる。魔法剣乱れ打ちだ!!」


 ほんの一瞬で数億の斬撃が魔人を切り裂いていく。コウマ本体を倒さないのは優しさなのかこだわりなのか。


「ヌウウゥ! 小癪な! まとめて捻り潰してくれるわ!」


 世界が歪み、上空に巨大な隕石群が出現した。せっかくのプロレスみたいな殴り合いに小細工はやめろ。視聴者が冷める。


「俺も動くとしよう」


 左腕の腕輪にはめ込まれた宝石が輝き、手甲へと変わる。キーケースから鍵を取り出し、宝石に挿して捻れば完了。


『ヒーロー!』


 ガントレットから声がして、俺の身体に光が満ちる。額を守るタイプのヘッドギアが装着され、純白のマントを翻す。中には首からつま先までを守る銀色の鎧。超一流の芸術品のような出来栄えだが、凄いのは見た目だけじゃない。こいつが俺の切り札だ。


「水差し野郎にはお仕置きだ」


 光速の数千倍で動き、隕石を殴り飛ばして消滅させる。ついでに敵魔人の顔に蹴りを入れて、メアの魔人の頭に着地。少し世界が軋んでいた。


「この程度で傷つく世界か。理想には遠いな」


「アジュにいちゃん!」


「ナイスファイトだメア。ザコは俺達に任せて、お前はコウマをぶっ飛ばせ」


「オッケー! いくぞー!!」


 俺とヴァンで障害物やザコ魔人を倒し、メアがコウマと殴り合う。


「グウウゥゥ……夢の力が及ばんだと……こんなことが、こんなことがあってたまるか!」


 悪の魔人が増えるたびにヴァンが斬り捨て、隕石だのビームだのが出れば俺が弾き飛ばす。長時間の光速戦闘すらおぼつかないようだな。それでどう俺達を止めるつもりなんだか。


「どうしたどうした? メアに負けそうじゃねえか。夢の主ってのはそんなもんかい? 情けねえなあ!」


 接近戦を避けるためか、コウマの魔人に黒い翼が生み出された。遙か上空まで上り、ビームの雨を降らす。


「ヴァンよ、なぜメアに味方する。理想の世界が、望む未来が欲しくはないのか?」


 ヴァンの魔法剣と俺の拳圧で全弾はたき落としながら、メアを守って戦うと、メアも白い翼を生やして天へと追いかける。


「どんな未来が待っていようとも、オレはオレの道を往く。辛いこともあったが、だからこそ出会えた仲間もいる。戻りたい気持ちが湧くこともある。だが戻りたくないと思えるほど、今の連中も大切なのさ。全部ひっくるめてオレだ」


 復讐を終えて、新たな絆を結び続けるヴァンには、そういう説得は通用しないのだ。こいつほどの強さがあれば、どんな未来でも好きに生きていけるだろう。


「ならばアジュよ、やり直したい過去はないのか? 夢ならば過去を変え、望む今へと繋げられるぞ」


 今度は俺か。旗色悪くなったから説得に回っているのかね。無駄なことを。


「俺の人生は一年前から始まった。それより前の過去なんぞに戻る気はない。学園に入学して、あいつらに出会ってからの一年ちょいが、俺の人生のすべてだ。何も後悔はない。今の俺こそが最良の未来だ」


「そろそろお喋りは終わりだ。決めるぜ!」


 ヴァンの剣がさらに光を増幅させて巨大化する。光を置き去りにして飛び上がり、コウマの魔人へと振り下ろされた。


「落ちなあ!!」


 黒い両翼を切断された魔人は、ゆっくりと浮力を失い落ちてゆく。

 次は俺だな。ソードキーを取り出し腕輪に挿す。


『ソード』


 右掌から豪華で美麗な剣が飛び出す。この剣に切れないものはない。好きなものだけを選んで切れる。軽く跳躍して魔人の四肢を切り落とした。


「バカな!? 何故再生しない!!」


 この剣と鎧なら、どんなものでも殺せる。人でも神でも概念でも法則でもだ。やつの再生できるという特性と事実を斬り殺した。


「出番だぜメア!!」


「ぶちかませ!!」


 メアの魔人が飛ぶ。右腕に集まる輝きは、暖かく清らかな力で満ち溢れている。


「ボクの……ボクたちの勝ちだあああああぁぁぁ!!」


 身動きの取れない敵魔人の胸へと突き刺さる拳は、内部のコウマへと届く。破壊と浄化のエネルギーが、この悪夢を終わらせるため、爆発的に膨れ上がって叩きつけられた。


「ガアアアァァ!? ありえん! 絶対にありえん!! 私の夢だ! 私こそが頂点なんだぞ!!」


「お前の野望は終わるんだ! 誰かを生贄にして成り立つ夢なんて、ボクは望んじゃいない! 消えろおおおおぉぉぉ!!」


 膨大な力が光の柱となってコウマを焼き尽くす。


「こんな結末など、認めるわけにはああああああぁぁぁぁ!?」


 大爆発を起こした夢の世界は、ひび割れて崩れていく。偽物の青空は、登り始めた朝日へと変わる。


「昼の次が朝か。妙な気分だな」


 下には半壊した屋敷が見えた。元の世界へと帰ってきたんだ。


「わっ、わ、落ちる!?」


 横にいるメアがじたばたしている。魔人が消えかかっている。そうか、夢の世界が消えたから、力が弱まったのか。より半透明になって、2メートルくらいまで縮んでいた。


「おいおいあぶねえな。掴まれ」


 ヴァンが空中でキャッチして降下していく。ゆっくりと、下で待っているシンシアさんを怪我させないよう、俺もふわりと着地した。


「ういっす、帰ったぜ」


「ういっすー」


 軽く挨拶を交わし、母親へと走っていくメアを見る。再会を喜びながら抱き合う親子を見て、今回の件が無事に終わったことを実感した。


「終わりましたね」


「ああ、守りきった。我々の勝利だ」


 切り札は解除して、騒ぎになる前にメアの家へと戻った。全員で朝飯を食べて、食休み中にメアがこちらへ寄ってきた。真剣な顔をしている。


「ボク、学園に行くよ。お母さんを守れるくらい強くなりたい。ここじゃ強くなれないままだから」


 メアが振り返る先には、シンシアさんが迷いのない顔で笑っていた。


「どんな過去よりも、私はメアが大切です。一緒に引っ越して、夫婦でこの子を支えて生きていきます」


 学園は下手な国家よりも広い。事情を説明すれば移住できるだろう。仕事もある。メアは中等部に入学かな。


「父さんも明日には帰ってくるんだ。だから話してみる」


「そうか、うまくいくといいな。オレも一緒に説得してやろうか?」


「いいの? 学園に帰るんでしょ?」


「報告はした。後は調査隊が来て、引き継ぎ終わったら任務完了。観光する余裕くらいはあるぜ」


 というかここから寝ずに帰るのもしんどい。休んで名産品食って帰ろう。一日くらいだらだらさせてくれ。


「メア、学園で困ったことがあったら僕に聞いてくださいね」


「己の道に迷ったら、オレも力を貸そう」


「オレがトレーニングの仕方とか教えてやるぜ」


「俺は教育に悪いそうだが、暇なら話くらいは聞いてやる」


 メアの力は消えたわけじゃない。まだうっすらと魔人は呼び出せる。その力をどう使うかは本人次第だ。学園は特殊なやつが集まっているから、その程度で浮くわけがない。真っ直ぐでいい子だし、きっとうまくやるだろう。


「ボク、絶対にいちゃんたちみたいに強くなるからね!」


「なれるさ。メアはもう立派な戦士だ」


 新たな戦士の誕生を祝いながら、今回の事件は終わりを告げる。帰ったらあいつらにも話してやろう。今回という過去と、夢の広がる未来ってやつについて。


 完。

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