夢見の館の主人 ルシード視点
夢の世界にて強敵を破ったアジュとカムイは、オレ達のいる部屋へと戻ってきた。
「おいっす」
「おいっすーです」
「お前らも軽い感じで帰ってきてんじゃねえか」
軽く片手をあげて返し、座り込む二人にメアが駆け寄る。
「にいちゃんたち、大丈夫?」
「問題ない。少々厄介だったが、倒せない相手じゃなかったよ」
「心配しないでメア。僕達は簡単に死にませんから」
優しく語りかけるカムイに撫でられ、安心したのかメアは笑顔を取り戻して座り直した。
「んで、この玉はどうすりゃいいんだ? 扉は全部消えちまったぞ」
「何だ!?」
四個の玉が輝きを放ち、部屋を埋め尽くして消えた。
「普通の屋敷に戻った?」
光が失われると、屋敷は廊下と扉が増えていた。全員が感じていた、見られている気配と妙な魔力の流れが消えていくことで、これが正常な屋敷であると認識できる。
「玉の輝きも消えたな。なーるほど、鍵は夢から覚める鍵ってことかい」
「奥の通路の先、感じたことのない禍々しい気を感じます」
それぞれの武器を手に取り、明かりの続く廊下を見据える。いよいよか、思えば奇妙な夜だった。
「ようやくボス戦か。準備はいいな?」
「おうよ!」
「無論だ」
「行きましょう。この馬鹿げた夜を終わらせるために!」
赤絨毯とランプで彩られた道を歩く。不思議と警戒しなくてもいいと感じられるのは、数々の戦闘経験からである。むしろメアの緊張をほぐすことに注力していた。
「メア、オレ達の言ったことを忘れるな」
ヴァンの言葉に、メアはゆっくりと頷く。
「助けられる覚悟をしろ。助かるためだけに動け、でしょ?」
「そうだ。メアが助かるための行動を取れ。オレらはそれ前提で動くからな。ぜってえ負けねえって気持ちを見せな」
「その手段について問うことはない。お前の望むように、お前の未来を描け。己の信念のもとに」
「うん、やってみる!!」
元気な返事にゆるい空気が流れ始める。少し歩くと赤く大きな扉が出迎えた。開いたその先は、圧倒的なまでに拾い空間だった。見上げると、空にも届きそうなほど高い天井。高い壁にはステンドグラス。真っ直ぐに伸びる赤い絨毯と、長い木製の椅子がいくつもある。そこはまるで協会のようであった。そして最奥には、壁一面に何かの装置と、まるで玉座のように存在する大きな椅子がある。
「ごきげんよう勇者諸君。よく試練を突破した。まずはその強さに敬意を表する」
椅子の前にいる男は、全身を黒の強化スーツとマントで包んでいる。紫の肌と目に大きな角がある。額には第三の目があり、ひと目で魔族とわかる見た目であった。
「あんたが親玉だな?」
「いかにも。この屋敷の主、コウマだ。そしてメア、君の母親はここだ」
装置の裏からシンシアさんが出てくる。遠目にだが傷はないと理解し、少しだけ安堵する。拘束もされていないようで、今の所出方を伺う余地はあるだろう。
「メア!」
「母さん!」
シンシアさんが駆け寄ろうとするのをコウマが止める。
「安心しろ。傷一つつけていない。君達の返答次第では、どうなるかわからんがね」
「メアに固執する理由と、目的を聞きたい。お前は夢の世界なんか作ってどうするつもりだ?」
間を置いてコウマが語り始める。その声には暗い影が混ざっていた。
「私の目的は神の支配からの脱却にある」
「神の支配……?」
「それだけの実力を持つ君達なら知っているだろう。この世界には神が実在する」
確かにオレ達は見てきた。神々が暮らし、人と関わり、学園にも通っている場面をよく見知っている。
「自分達の頭の上に、いつでも人類を滅ぼせる連中がいる。知ってしまえば怯えるしかない。殺すこともできぬ膨大な神々が、いつでも人を蹂躙できる!」
「神を知ったからこその愚行か」
「神のいない世界を作り、人類は自由になる。侵攻してくるというのなら、神々すらも滅ぼせる力が必要だ。それを両立できるのが夢の世界なのだ!!」
高らかに宣言するコウマは、その瞳に怪しい輝きをたたえている。正気かどうかも判断できん。本気で神を超えるつもりか。
「メアよ、母親とともに安全な夢の世界へと旅立とうではないか! この世界はいつ神々が滅ぼそうとするかわからんのだぞ」
「神様がそんなことをするはずがありません!!」
「それは一部の善良な神々だろう? 邪神に出会ったことは? やつらは遊びのつもりで人を、国を滅ぼす。人間など虫けらと同義だ」
「まあ……わかるっちゃあわかる」
「オレもよーくわかるぜ」
邪神を葬り続けているアジュと、邪神によって人生が狂ったヴァンは深く同意する。彼らにとって邪神とは等しく人類の敵であり、決して架空の存在ではない。
「神様がいてもいなくても、母さんを人質にするようなやつの言うことは聞きたくない!」
「これは致し方ないことなのだ。メアよ、お前がいなければ夢の世界は完成しない。さあこの装置に座れ。これが玉座だ」
「いやだ! お前の言いなりになんてならない!」
「母親がどうなってもいいのか?」
「メア! 来ちゃだめ!」
シンシアさんの悲痛な叫びに反応して、メアの動きが止まった。時間稼ぎの情報収集のため、アジュがコウマに語りかける。
「座るとどうなるんだ? まさかメアが死ぬわけじゃあるまい。夢の世界を作るまでは生かしておく必要があるはずだ」
「敏いな。メアよ、お前の存在意義はこの装置のコアになることだけだ。死ぬことはない。お前の望む力と世界になるまで、装置とともに生きるのだ」
「勝手に決めるなよ。メアの人生と可能性はメアが決めるもんだろ」
「選択権はない。この子は目的のために生み出された。最初からそう作られている一族だ」
「フウガは血が薄まると言っていた。つまり領主の血筋か、でなきゃ……」
「そうだ。夢の世界を作る研究の過程で生み出された、コアになるためにその細胞までも改造された実験体。その血を継ぐ唯一の子供だ」
目的のために改造された一族か。他人事とは思えんな。メアは意味がよくわからないのだろう、こちらを不安そうに見ているだけだ。
「シンシアさんではいけない理由はなんです?」
「子供の純粋な夢こそが必要だ。成人してしまえば、自由な心で夢の世界を信じることはできない。メアしかいないのだ。血は限りなく薄まっている。普通の人間になる前に、この計画は達成されなければならない」
「そう思い通りにいくかい? あんたの部下はオレらが退治したぜ」
「いいだろう。ならば力の一端を見せてやる」
金色に輝く宝珠が、コウマの背後に黄金の巨人を生み出した。半透明で筋骨隆々な肉体はコウマに重なっている。
「ほー、化け物も出せるわけか。ドトウもやってきたぜ」
「あれは憑依と言うべきか。いや、魔力を実体化させて重ねている? カガリビの使った戦法でもあるな」
コウマが親分なら、子分の技くらいは使えるだろうと、それほど驚きもしない。
「ランプの魔人みたいだな」
「なんですそれ?」
「ランプを三回擦ると出てくる魔神だ。願いを何でも三個叶えてくれる」
「そいつは便利アイテムだな」
雑談に興じる時間はないのだが、どうもオレ達はこういう雰囲気になりやすいな。
「メアよ、そのガキどもを血祭りにあげれば、君の希望を消せるかな?」
「やってみな。オレらは強いぜ?」
全員で武器を向ける。この距離ではシンシアさんを奪うのは難しいが、速度さえ出せればまだ希望はある。
「知っているさ。だから人質がいる。目的のために手段など選ばんぞ」
巨人の手がシンシアへと伸び、いつでも掴める状態へ移行する。手のひらで包み込み、ほんの少し力を込めれば、いつでも握り潰せると想起させた。
「母さんに手を出すな!」
「さあ選ぶのだ。母親を犠牲にして逃げるか、母親とともに夢の世界を作るか」
「メア! お願い逃げて!!」
母親の声がメアを迷わせる。不安と恐怖は子供の身には耐えられないだろう。だからこそ、ここでオレ達にできることをやる。
「ボクは……ボクは……」
「私の理想の世界を作り上げれば、母親と幸せに生きて構わんよ」
「そのためには、ボクが夢を作る必要があるんだね?」
「そうだ。コアが思い描く空想の世界を、私が細部を調整することで完成させる」
メアの迷いは一瞬。一歩踏み出し、振り返って真っ直ぐにオレ達を見る。その目に濁りはなかった。
「ボクは……にいちゃんに言われたことを忘れてないから」
「わかった」
そして装置へ歩き出す。いいだろう。メアが何か覚悟を決め、実行しようとしているのは理解した。ならばその覚悟を見届け、助けるのが務めだろう。
「その装置に座ればいいんだね?」
「ダメよメア!! お願いやめて!!」
「クハハハハハ!! いいぞ! 素直になったか!!」
「そのかわり、母さんとにいちゃんたちを助けて。約束だ」
「いいだろう。夢の世界さえ作ってしまえば、有象無象など好きにすればいい。貴様らは動くなよ? その位置から動けば母親を握り潰す」
人質を随分と重視しているが、コウマそのものには戦闘力が無いのだろうか。見た目は強そうで、魔人も含めて強者のオーラがある。心情が推し量れないな。
「装置に座ると同時に、母親をあの男達の元へ逃がす」
「わかった。心配しないで、母さん」
シンシアさんの静止も聞かず、メアが椅子に座る。そして装置がうっすらと輝きを放ち、室内を侵食していく。
「夢の世界を描くのだ。世界を、そして城を。夢を見る人々が住む場所を、まずはこの町でも再現してみせるがいい」
「母さんを……離せ……」
「いいだろう。行け」
魔人の腕から投げ出されたシンシアさんは、オレとカムイでキャッチした。ヴァンとアジュが剣を抜き、コウマへと走る。
「動くなと言ったはずだが? メアを生かすも殺すも私次第だぞ?」
「ちっ、面倒な……」
「思い描く……ボクの意志で……母さんを守るんだ!」
広い教会の壁が光で歪み始め、真夜中だというのに青い空と花畑が広がり始めた。
「いいぞ! 夢の世界への扉が開く!!」
「うあああああぁぁぁ!!」
メアの背後に魔人が見える。コウマが出しているものとよく似たものだ。
「何の真似だ?」
「魔人よ! あのおじさんをぶっ飛ばせ!!」
大きく振りかぶられた魔人の右拳は、コウマへと振り下ろされる。咄嗟に自分の魔人を動かし両腕でガードしたようだが、その顔は驚愕と憎しみで歪んでいた。
「貴様ぁ!!」
「ボクと母さんが助かるためには、お前のようなやつがいちゃいけない! お前を倒さなきゃ、ずっと怯えて暮らすことになる! そんなのは助かってるって言わない!!」
「ちっぽけなガキが、私に勝てると思っているのか!」
コウマの魔人が拳を突き出す。それに怯むことなく、メアの魔人もまた、右拳を唸らせる。両者のパンチがぶつかり合い、風と音が弾けた。
「知るかよ! ボクは母さんを助けて生き残る! お前なんかの言うこと聞いてやるもんかバーカ!!」
夢の世界のコアはメアだ。ならば夢を制すれば、コウマと同じことができると考えたのだろう。あえて死地に飛び込むことで活路を得るか。素晴らしい根性だ。
「はっはっはっは!! いい根性だぜメア!!」
「流石は俺の見込んだガキだ。嫌いじゃない」
「夢の世界の王は私だ! あの四人の不完全な世界とは違う! この世界では完全なる万能なんだよ!!」
世界が急速に広がり、コウマが魔人の体内へと移動する。魔力が跳ね上がっているようだが、人質の無くなったお前に勝ち目はない。
「万能ごときで最強になれるものかよ」
「ルシード、カムイ、シンシアさんを連れて屋敷から出な。ケリはオレらでつけておくぜ」
「任せたぞ」
「ちゃんと三人で帰ってきてくださいね!」
シンシアさんを担ぎ上げ、夢の世界に飲み込まれる前に屋敷を出た。光の波は屋敷の敷地内を覆い、外からでは様子は伺えない。
「まだメアが! ヴァンさんとアジュさんも!!」
「問題ありません。我々の勝ちです」
「あの二人が勝てないようなら、世界は終わりですからね」
シンシアさんが心配するだろう。さっさと帰ってこい。
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