偽りの幸福を打ち砕け カムイ視点

 扉の先は屋外みたいだった。真昼の大きな街だろう。足元はレンガ。家も似たような作りだ。遠くにお城が見えるから、ここは城下町なのかもしれない。


「クカカカカ、これはこれは随分と綺麗な子が来たもんだネ」


 見上げると空に逆さまに立っている、道化師のような服を着た男性がいた。

 紫の短髪と瞳で、二十代くらいの年齢に見える。


「吾輩は憧憬のスイセイ。覚えたかな? 利発そうなお坊ちゃんだもん、ちゃーんと覚えたよネ?」


「カムイといいます。あなたがここの管理者ですか?」


「うんうん、しっかりご挨拶できていい子だねえ。そして大正解! オレに聞きたいことは他にあるかな?」


 逆さまで普通に動いている。素直に答えてくれるとも思えないけれど、疑問は聞くだけ聞いておこう。


「メアをさらってどうするつもりなんです?」


「そりゃ私達の野望のために使うのさ。起動の鍵だネ」


「あの子はまだ子供です。野望の犠牲にするわけにはいかない」


「興味ないネ。ボクには関係ないよ。それ言ってるキミだって子供じゃないのさ」


「メアよりは年上ですよ。そして力がある。ならば助けるのみです」


 空中にいる相手は格闘戦に持ち込むのが難しそうだ。警戒しながら、いつ攻められてもいいように集中しておこう。


「こんな非道を見過ごすことはできません」


「非道? 美しいと思わないのかい? 疲れた人々に一時の夢を見せてあげる。そんなリラックスタイムをお届けする装置があるんだよ?」


 平然と言い放つ。夢の世界に移住させるつもりのくせに。この人は油断ならない。


「人の命を奪っているんですよ? 夢を見れない人も出る」


「当然じゃないか。平等なんて幻想は捨てるべきさ。かくいう私も嫌いな概念さ」


「あなたの理想の世界とは、そんな不幸な人を助けられない、歪んだ世界なんですか? 夢のような世界を作るのなら、誰もが幸せになれるようにすることもできるはずです」


 現実では難しくても、僕も将来は王として国を背負わなければならない。たとえ不可能に近くても、国民みんなが幸福であるように願い、理想に向けて努力し続けることは義務だ。


「つまらないなあ。幸せっていうのはネ、他人の不幸があって初めて幸せなのさ。幸せの分量を調節する側に回れたら、それはもう幸せの支配者ってことだよ!」


「幸福は誰かが独占したり支配するものじゃない!」


「いいや吾輩なら与えられるのさ。そのために作った楽しい街だよ。楽しんでいって欲しいな!」


 うさぎや猫のきぐるみを着た何かが、刃物を持ちながら近づいてくる。


「これは……」


「楽しい街には楽しい住人がいなくちゃネ。さあ、歓迎してあげなよ!」


 スイセイが手拍子を始めると、きぐるみ達が踊りながら笑い出す。


「アハハハハ!」


「フヘヘヘヘ!!」


「そうそう、笑顔以外は許可してないよ。ここはハッピーハッピーな気持ちになれる街なんだからさ! そのまま愉快に殺っちゃいな!」


 笑いながら、かわいいのか気持ち悪いのかわからないきぐるみに襲われる。こういうのは初めてだなあ。気持ちの切り替えが上手くいかないけれど、近くの敵に魔法を放つ。


「風流牙!」


 風と水できぐるみを押し戻して、スイセイに向けて炎の刃を飛ばし続ける。


「炎舞爪!」


「ヒョッヒョッヒョ、やるねえ。でも無駄無駄。そんなんじゃ当たらないよ~」


 フットワークが軽い。どう当てたものかに気を取られ、背後の敵への対応が遅れた。既に斧は振り上げられている。


「ガアアアァァァ!!」


「このっ!!」


 体を捻ってかわし、魔力を込めた掌底で吹き飛ばす。街の雰囲気に飲まれるな。風水陣でやつの弱点を……。


「はあ……違うんだよねえ。ガアアアーってさあ」


 スイセイの手から鎌が飛ぶ。それは僕ではなく、叫んでいたきぐるみ達の首をはねた。胴体からは血が吹き出している。味方じゃないのか。


「笑えと言っただろう。キャストはお客様を楽しませるために、笑顔を欠かしちゃいけないんだ」


 スイセイの声が荒くなる。今までの楽しげな口調とも違うものへと変わっていた。


「言ったよね、楽しい夢の世界だって。そういうごつい掛け声とかいらないんだよ。はいスマーイル」


「ハ、ハハハハハハ!!」


「アッヒャヒャヒャヒャ!!」


「これは……無理やりやらせているのか!」


 こんなやけくそな笑い声で、楽しい気持ちになんてなるわけがない。スイセイは狂っている。


「そりゃ躾はしないとねえ。オープンまでもう時間がないんだよ。しっかり調教しなくっちゃあ、オレの世界がクオリティ低くなるじゃないのさ」


「自分の欲望のためだけに……人の命を縛り付けるな!」


「いい子ちゃんだネ。けどそいつらはもう人間じゃない。俺様が命令してやらなきゃなーんもできない。ほーら、まだまだいるよ。精々頑張ってちょーだい」


 笑いながら襲いかかってくるきぐるみを、囲まれないように動きながら倒していく。個体はそこまで強くない。けど数が多すぎてきりがない。やはり狙うならスイセイ本人だろう。


「疾風脚!」


「何ぃ!?」


 風を纏って高く飛び、最速で肉薄する。氷と嵐を混ぜ合わせ、拳に込めて一気に打ち出す。打ち込めば内外から確実に粉微塵に砕け散る。


「激奏氷嵐牙!!」


 スイセイの胸を深々と貫き、暴風が身体を細切れにしていった。嫌に呆気ない。漠然と嫌な予感が心を支配していく。


「ご苦労さまだネ」


 背後からの声に気がつくのが遅れ、振り返った時にはもう、僕の身体に鎌が突き刺さっていた。


「なっ……しまっ……がはっ!!」


 脇腹に刺さる鎌の刃が、痛みが僕の思考をかき回す。今殴ったスイセイは囮だったのか。


「危ない危ない。やっぱり必殺技があるんだネ。かっちょいいじゃないの」


「爆砕牙!」


 爆発の起こる技で強引に距離を取る。刃が抜ける時の痛みに耐えるのは厳しく、屋根の上に乗り、回復魔法をかけながら呼吸を整えるのがやっとだった。


「回復魔法かい。本当に面倒だよネ。死ななきゃ回復しちゃうやつが多すぎるよ」


 爆発で焼け焦げたスイセイとは別のスイセイが現れる。どうなっているんだ……こいつ、現れるまで気配がない。


「ぐうぅ……つっ……はあ……」


 よし、傷口は塞がった。痛みで少し頭がくらくらするけど、じきに治るだろう。


「今度は間違えない!」


「ん~? な~んかおかしいねキミ。急所を外れたにしても、そんなに早く動けるようになる? 人間の再生スピードじゃないよネ? 魔法の範疇じゃないねえ」


 この少し特殊な身体に感謝しておこう。致命傷でも即死しない限りまず死なない。


「あなたこそ、その鎌はおかしい。僕の体をそう簡単に貫けるなんて」


「目の付け所がとてもいいネ。戦いながら聞くといいよ」


 きぐるみ集団が屋根の上にまで登ってきた。アジュさんが話してくれた、ゾンビ映画やホラーゲームというものに、こういう死人の物語があったなあ。半分くらいわからない話だったけれど。


「ふっ! はあ! せいっ!」


 敵は笑い声がするし目立つから位置がわかる。訓練を積んだ人間ではないようで、武術の動きでもない。怖いのは数で囲まれることだけだ。余裕のあるうちに風水陣でスイセイの位置を探り、吉兆の方角へと移動しながら戦い続けよう。


「これは一見何の変哲もない鎌だけど、水分を凝縮させて超振動を繰り返すカッターに変えている。水圧ってやつをどこに、どのくらいの量、何時間固定するかまで自在だ。水魔法を極めるということは、他人の希望に冷や水ぶっかけるみたいで気持ちがいいよネ!」


「その姿も水鏡に映った姿というわけですか」


「おやおや説明を遮るとはいけない子だ。けど大正解。水の塊をボクに見せかけているのさ。そのくらいはできる。ここはオレの夢の世界なんだぜ」


 直前まで反応がないのは、水分を集めて魔力で分身を作るからかも。その過程で認識できるようになる。つまり本体がどこかに居るはずだけど、広すぎて検討もつかないぞ。


「カムイくんの考えはわかるよ。本体が遠くにいたらどうしよう。どうやっても見つけられなかったら、きっと体力が尽きて殺されちゃうってネ!」


「悔しいですがその通りです。それはほぼ詰みですね」


 落ち着け。考えるんだ。超遠距離から、これほどの精度で魔法を使えるのだろうか。何故分身は複数でないのか。物事には必ず過程があり、結果がある。焦らずに考えなくては……けど落ち着いて考えようにも、きぐるみの攻撃が思考を阻害する。


「それでも諦めない。人の命を踏みにじる悪は、僕が滅する。消えそうな命にこの手が届くなら、メアのような子供を増やさないように、お前を倒す! それこそが今の僕に与えられた使命だ!」


「お固い生き方だネ。けどそれは、本当にキミが望んだ生き方なのかい?」


「どういうことだ?」


「使命とか責務とか、くだらないことに人生を奪われすぎじゃないかな? まだまだ子供なのにさ。自分を押し殺して生きるのは辛くないのかい?」


 スイセイの声が変わる。優しく、子供をあやすように、何かを諭すように語りかけてくる。同時にきぐるみが止まった。


「キミも新しい世界を作ればいいじゃないか。高い志を、自分の世界で掲げてみないかい? きっといい国ができるのだろう」


「そんなものは偽物だ! その世界は死ななくていい人の命を犠牲にした、不幸な世界だ!」


「カムイくん貴族か王族でしょ。どうせキミの治める国も、支配が完璧にはならない。誰もが笑顔でいることなんて、現実じゃ出来やしないんだ。できないことのために、その人生を縛り付けているのはキミだよ、カムイくん」


 できもしないと諦めて、他人を犠牲にしたくない。そういう悪を倒し、国民を愛し、弱者を守る。物語のヒーローじゃなきゃ口にしないだろう。演説で口にする貴族や王族も、それを本心から語り、実行している人間がどれだけいるだろう。けれど、たとえ誰もが諦めてもいい。僕は諦めない。


「僕が選んだ道だ。諦めるくらいなら、王なんて初めから目指さない!」


「またまたー、本当は羨ましいんでしょう? 逆境を覆せるヴァンが。己の信念を持つルシードが。自由に生きるアジュが。自分にはできない生き方だもんねえ?」


 確かに、あの三人の生き方を羨ましいと思ったことはある。けれど、それは三人が苦労していないわけじゃない。決して楽して辿り着いた道でもない。数々の戦いがあって、辛いことがあった。それでも守りたい想いが、大切な人がいたから立ち上がって、今のみんながいる。だから僕も諦めない。胸を張ってあの人達と並ぶために。


「夢を受け入れて叶えるんだ。現実なんて諦めちゃえよ。国民全員がキミを王と認めるなんてことはありえないんだぜ」


「それでも、それでも諦めたりはしない! 今ここでお前を倒さない理由にはなっていないんだ!!」


「それじゃまだ理由が足りないかな。メアとは数日前に会ったばかりだろう。この町に来たのも初めてだネ? なのにどうしてそこまで体を張れるんだい?」


「助けられる誰かを助けて守る。そこに小難しい理屈なんて必要ない!」


 そうだ、物事は難しくも簡単にもなる。自分の心が決まっていれば、どっちだろうがやることは見えてくる。こんな強制された幸せなんて存在してはいけない。僕がこの場で打ち砕く。


「そうかい、ならシンプルに言おう。オレに従わないなら、弱いキミは死ぬ。どうやって勝つのか教えておくれよ」


「僕は未熟だ。英雄になりたいわけじゃない。全員を助けて幸せにできると思い上がってもいない。だから恥を承知で力を借りる。せめてメアのような、泣いている子供を笑顔にできるように!!」


 魔力を体内へと戻し、この世の吉と凶を宿し、そのすべてをもって絆と変える。今までの辛い修行も、厳しい戦いも、その過程で得た仲間も、すべてが僕の力になる。


「伏犠師匠! お力をお借りします!!」


 魂の内部で高め続けた力を紡ぎ出す。神の力を、自分の魂に存在する器から自由に開放してやるだけでいい。


「何だこの光は!!」


 温かい光が全身を包み、僕の体を高級な導師の服へと変えていく。極上の羽衣のように包んでくれる神力は、身体能力を極限まで高めてくれた。


「僕は神の力を入れる器だ。僕という器に神との絆が力を残す。神様の力は衣となって僕を守ってくれる」


「神の力? どんなにかっこいい見た目になっても、分身を倒すのが精一杯だろ?」


「これでもかい? 炎殺咆哮!!」


 火炎の渦が、倒れているきぐるみの山へと突っ込んで焼き尽くす。


「ガアアアァァァ!?」


 火達磨になりながら飛び出してきたのは、分身と変わらない姿をしたスイセイだった。


「おかしいと思ったんだ。何度占っても、ある方角だけずっと凶を示す。その方向には、積み上げられたきぐるみの死体がある。だから不吉なのかもと思ったけれど、そこに本体が隠れていたんだな」


 スイセイに鎌で斬られていた敵が本体だ。僕が殺したわけじゃない。だからこそ、倒したのかどうかの確認ができていなかった。やられたフリをすることで、完全に意識の外に持っていかれたよ。


「クッソ……お前みたいな甘ちゃんに見抜かれるとは!」


「僕ごときに見破られるんだ、必ず誰かがお前の野望を阻む」


「黙れ! この世界こそが、俺の理想なんだ!!」


 きぐるみが一斉に動き出して僕を囲む。落ち着いて光を束ね、くるりと円を描くように回転しながら光の奔流で飲み込んでいく。


「お前の作る偽りの笑顔なんて、僕が壊せる程度の薄っぺらい世界なんだ! 光臨龍尾!!」


 きぐるみ軍団を片付けた。力の制御も完璧にできている。やっぱり師匠の力が一番馴染みます。


「死ねええぇぇ!!」


 振り下ろされる鎌を片手で掴み、そのまま握り砕く。


「バカな!?」


「お前はもう、僕には勝てない」


「こんなところで、終わってたまるかああぁぁ! 我が夢の果てが、ガキに潰されていいわけないだろう! 消えろ! 現実からも、夢の世界からも!!」


 距離をとったスイセイの肉体が膨れ上がり、水と血の混ざった禍々しい鎌を生み出している。あれが奥義なのだろう。ならばこちらも奥義で迎え撃つ。


「消えろ、悪夢はこれで終わりだ。はあああああぁぁぁ!!」


「夢の邪魔をするガキが! 死んじまえよおおぉぉ!!」


 魔力は黄金の衣へと変わり、両腕に神格が宿る。迫りくる凶兆そのものに向け、輝く神格を込めた波動を、フルパワーでぶちかます。


「黄龍烈破!!」


 金色の龍が血染めの鎌を砕き、スイセイを飲み込み、その存在を世界から消してゆく。


「ハッピーエンドが……消える……どうして、どうしてだああああぁぁぁ!!」


「幸せはみんなで作り上げるものなんだ。手を取り合うことを忘れ、自分の快楽だけを優先したお前に、明るい未来なんてやってこないんだ!」


「こんな結末、こんな展開、オレは認めない! うわああああぁぁぁ!!」


 断末魔を残し、スイセイとともに呪われた町は消えた。

 元に戻った世界では、どうやらここは遊戯室のようで、ダーツの的やビリヤードの台がある。他のボールに混じって、赤く輝く玉があった。これが鍵だろう。


「必ず守ってみせる。誰もが幸せな未来を描ける世界を」


 スイセイのような暴君にならないよう、僕はもっと心身ともに強くならなければならない。そう誓い直して、帰りを待つみんなの場所へと戻った。

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