第4話 魔王?

「うわ~~~~ん!!」


 観音開きの扉を開けた瞬間、聞こえてきたのは、耳をつんざく子供の泣き声だった。


(魔王の間で、なぜ子供の泣き声が?)

と思ったカイトは泣き声のする方を見た。


 金髪碧眼きんぱつへきがんの可愛らしい十歳くらいの男の子が、魔王の玉座のところで泣いていた。

 おどろおどろしい玉座に座っているわけではない。


 目の覚めるような赤い絨毯じゅうたんの先にある魔王の玉座。

 そこに向かう階段の一番上に座り、大声で泣いていた。


「うわ~~ん、うわ~~ん、うわ~~~~~~ん」


 他に誰もいない。

 魔王もモンスターも。


 魔王の部屋に、小さな子供がひとりだけいる。

 その子供は、火がついたように泣いている。


(なんで子供が?)

 入り口の門番を倒し、スライムを倒して、魚を倒して、カエルを倒して、オークを倒してドラゴンを倒して、さんざん苦労をしてここまでたどり着いたのに、極悪な魔王が玉座にいるかと思いきや、いたのは小さな人間の子供一人だった。


「おい……」

 カイトが近寄って声をかけると、子供はビクっと泣きやんだ。

 怯えた顔で、恐る恐るカイトを見上げる。


「に……、人間?」

 今までモンスターにでさえそんな顔で見られたことはない。

 とって喰われることに怯えている顔だ。


 これはむしろ、モンスターに遭遇してしまった人間がする表情だ。


「そうだ」

 カイトは苦虫をかみつぶしたような顔で言った。


「ホントに?」

「……ああ」


「う……」

 みるみる子供の目に涙があふれてくる。


「え?」

 カイトは瞳と髪で魔族と勘違いされて泣かれたことはあるが、人間だと言って泣かれたことはない。


「うわ~~ん、うわ~~ん! うわ~~~~~ん!」

「お……俺は、人間だが、テレンスの息子だ」


「!!」

 子供は息をのんで泣きやんだ。


「テレンス、人間じゃないよ」

 可愛らしい声だった。

 天使のような声と言ってもいいような澄んだ声だった。


 潤んだ瞳でカイトを見上げる。

 テレンスのことは知っているようで、カイトはひとまずほっとした。


「知ってる……」

 テレンスはカイトの母親と違って、純血の魔族だ。

 ただし、王族ではない。


「じゃあ、魔族?」

 あまり答えたくない質問だった。

 カイトはほとんど魔族だ。


「人間の村で育っているから、魔族としての自覚はない」

「……ボクを倒しに来たの?」


 新たに出てきた涙を目にいっぱい浮かべて子供は言った。

 本当に悲しくて仕方がないという顔をしている。


「なんで……、俺がお前を倒さなければいけないんだ?」

「だって、ボク、魔王だもん」

 そう言うと、ポロポロポロポロ涙をこぼした。




***




「悪い人間はね、ボクの額の宝石を狙って来るんだ」

 カイトは『自称』魔王のミシェルの隣に座り、可愛らしく切りそろえられた前髪を上げる。

 その額には、大きな宝石が燦然と輝いていた。


 魔王の印だ。

 カイトも実物は見たことがなかったが、噂では聞いたことがあった。


 魔王には体のどこかに魔王の印が現れると言う。

 光の入り方によって、色を変える宝石らしい。


 ミシェルのあごを持って顔を動かしてみると、宝石は青・緑・赤・黄と色を変えた。

 意思を持った宝石で、強い魔族に取り憑いて、その者を魔王にすると言う。


 これが付いている者が魔王である。


(強いのか? こいつ……)

 どうみてもただの子供である。

 肌つやもいい、元気な人間の子供にしかみえない。


 カイトは黙って前髪を下ろし、少しでも宝石が隠れるように整えた。


「テレンスがいなくなっちゃって、ボク、どうしたらいいかわからないんだ」

 鼻水をすすりながらミシェルは言った。


「魔王討伐に来る人間は今までにもいただろ?」

「ここまで来れないもん」


 カイトもここまで来るのに三年かかった。

 魔王の城だけあって、出現するモンスターはかなり強い。


「魔族に守ってもらえないのか?」

「ボクを見たら喜んで倒そうとするよ。それで、そいつが魔王になるんだ。だから、魔族には会わないようにしてる」


「親父の指示か?」

 ミシェルはコクンとうなずいた。


 カイトはミシェルをじっと見つめる。

 魔力もほとんど感じられないし、顔を動かした時も、大した力がないのがわかった。

 村で元気に遊んでいる子供たちとほとんど変わらないただの子供だった。


「魔法は使えるのか?」

「っ……!」

 ミシェルは何かを言いかけて、唇をかんだ。


「どうした?」

「呪文は知ってるけど……」

 情けない声で言う。


「唱えてみろ」

 カイトが言うと、ミシェルはすっと立ち上がり、トントンと階段を降りていく。

 その様子をカイトは見ていた。


 下々と魔王を隔てる階段を降り切り、少し広い場所まで行き、すうと息を吸い、その小さな口から呪文がこぼれた。


(……え?)

 ミシェルの足元に、聖なる光があふれ、魔法陣が現れた。

 それは、光の最強攻撃魔法の呪文だった。


「そんなもの、ここで唱えたら……」

 カイトは慌てて呪文を止めようと立ち上がり、階段を降りる。


 魔王に見えない小さな子供の口をふさごうとした。

 けれど、間に合わない。


「クソっ!」

 カイトは悪態をつき、改めて呪文を唱える。


(間に合え!)

 カイトは絶望的な気持ちで祈った。


(こんなナリしてても、やっぱり魔王だった……)

 そう思いながら、自分でも可能な強い闇魔法を唱える。


(焼け石に水だが、やらないよりはいい)

 カイトは腕でガードをする。


「……」

 ミシェルが呪文を最後まで唱え終わり、聖なる力が辺りにあふれ、魔法の発動かと思いきや、ミシェルはパタッとうつ伏せに倒れた。


「え?」

 魔法の中和をしようとしていたカイトは、発動しかけた魔法を止める。

 光の攻撃魔法はどこにも感じられなくなっていた。


 魔法陣が消えた赤い絨毯の床に倒れているミシェルを起こして抱き上げる。


「おい……」

 何の冗談かと思ったが、ミシェルは本格的に気を失っていた。

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魔王の城に帰りたい 玄栖佳純 @casumi_cross

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