第3話 ようやくたどりついた魔王の間
人間が好まない、茶色い壁に紫の
魔族が好みそうな色合い。
魔王の城の入り口近辺には、おどろおどろしいガーゴイルを
一番下の階にはネバネバしたモンスターがいて、次は魚類系、次は両生類、そして竜と、まるで進化の過程を見ているようだった。
「…………ようやく、ここまで来たんだ」
銀髪の少年カイトは、たった一人で魔王の城の最上階にある魔王の間の前に来ていた。
日に焼けた肌に赤い瞳。
カイトは人間というよりも、人語を理解する上級魔族に近い風貌をしている。
剣や斧を振り回すがっちりとした筋肉質の戦士タイプではない。
でも、吹けば飛ぶような身体で、強力な魔法で敵を倒す魔法使いでもない。
ほどほどな身長にほどほどな筋肉。
強そうには見えないが、それでもたったひとりで魔王の城周辺のモンスターを倒し、魔王の間まで来られてしまうだけの力があった。
ただし、ここに来るまで約3年の月日を費やしていた。
魔王の城の攻略をはじめたのが15の誕生日で、もう間もなく18になる。
カイトは器用に補助魔法を駆使し、仲間を治す治癒魔法のエキスパート。
それでもそこそこに物理攻撃もできる。
カイトはマルチにこなせる僧侶タイプだった。
でも、人間の宗教にはまっているわけでもない。
魔法が使えたから魔法を使い、体を動かすのが嫌いではなかったので剣術を習っただけだった。
ただ、魔法が使えるのは、その外見が示すように、魔族の血を引いているからだ。
頬を伝う液体を拭うと、チリっと痛みを感じ、眉をしかめた。
手の甲には赤い血がついている。
下の階でドラゴンと戦った時にできた傷だ。
顔は気付かなくて治していなかった。
「落ち着け、慌てるな。かすり傷だ」
自分を落ち着かせるために、カイトはつぶやいた。
カイトは
「ヒーリングウィンド」
ひんやりとした風が頬を撫で、傷が消えた。
「ふぅ……」
カイトは自分がいつもと違う精神状態であることに気付いた。
無理もない、ようやくここまで来られたのだ。
この扉の向こうに魔王と、その補佐官である自分の父がいる。
普通の人間ではありえない赤い瞳。普通の人間には使えない強力な魔法。
攻撃魔法はそうでもないが、回復魔法は自己流ながらもかなり得意だった。
魔法使いに見えない攻撃魔法が得意な幼なじみのリネットはカイトを羨ましがった。
「あたしは皆を守りたいの。だから僧侶を目指しているのに、なんであんたが僧侶なのよ」
もちろんリネットにも信仰心はない。
でも、癒しの力を持ちたいという理由で、リネットは僧侶を目指していた。
ただし、彼女の適性は、誰が見ても魔法使いだった。
魔法が使えるリネットも、魔族の血が流れている。
彼女は生まれてすぐに宿屋の一家に引き取られた、カイトの二つ下の金髪の女の子だ。
僧侶は薬草を駆使するだけで、治癒魔法が使えるわけではない。
魔法が使えるのは、魔族だけだった。
カイトの体の中に人間の血は四分の一しかない。
それでもカイトは人間として生きてきた。
魔法が使えたり、恐ろしい姿をしているモノを魔族という。
魔族の中にも、言葉を交わせないほど知能が低い物や、高次の魔法を駆使して強力な魔法を操る人型の者もいる。
人型の魔族は人との間に子を作ることができた。
(俺は人間だ。でも、だからこそ、魔族のことを知りたい)
そう思って、カイトはここまで来た。
持ち物の中から、魔力回復のための薬を出す。
魔力は無尽蔵に使えるわけではない。ひとそれぞれの
その薬は幼なじみの宿屋の三姉妹、リネットの姉のミランダからもらったものだ。宿屋の外でも魔力を回復できるようにと。
カイトはその小さな薬の包みを開ける。
粉ではなく、小さなスライムのような水色の塊だった。
触るとブニブニしている。
「食っても平気なのか?」
カイトは呟いた。
高価な薬なので普段は使わないようにしていたが、魔王の間に到着できたのだ。
今が使い時だった。
恐る恐るゼリー状の何かをつまみ、口の中に入れる。
口に入れただけでは、何の味もしなかった。
そのまま飲み込めばよかったのかもしれないが、カイトはそれを噛んでしまった。
「うげ……」
ものすごく不味い液体が口の中に広がる。
味と言うか、感触が気持ち悪い。どろんとして、まるで沼の中の物を飲んでしまったような感じだ。
(高い薬なんだ。吐き出さないぞ)
カイトは口を押さえ、必死に飲み込む。
おぞましいモノが喉を通っていく。
(これ、ホントに魔力が回復するのか?)
はじめて飲んだ魔力回復の薬は、ものすごく不味かった。
しかし、体に力がみなぎる。
「よしっ」
カイトはガッツポーズを取った。
そして、ゆっくりと息をはき、魔王の間の扉を見上げる。
壁と同じような茶色の観音開きの扉。それを縁取る紫の文様。
カイトは扉に手を当て、思い切って開けた。
今までの思いをぶつけるように。
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