第2話 プロローグ 2

 ミランダは宿屋の方まで戻ってきた。

 昨日は珍しく女の人が泊まっていた。


 田舎の村では見ないような垢抜あかぬけた綺麗な女の人で、いつもなら双子はわれさきにと声をかけるが、何か異様なものを感じ、黙って見ているだけだった。


 何かおかしかった。


 その女の人と両親がもめているのかもしれない。

 聞いたことがない声だし、その金切り声はその女の人のもののような気がした。


 トラブルを起こしそうな人だった。

 ミランダはまだ六つだったが、それでもいろいろな人を見ていた。


 いい人か悪い人か、彼女独自の決め方があった。

 その女の人は、自分からトラブルに突進していくように見えた。


 そんな人泊めなければいいのにとミランダは思ったが、どんな人だろうと泊めてしまうのが彼女たちの両親だった。誰かの世話を焼くことが好きで好きでたまらないような両親で、野宿をしようとしている人を見ると家に招いてしまう。


 宿代も他よりもずっと安く、ほとんど親切で泊めているのだが、たまにこういうこともある。


 よそ者である旅人は、必ずしもいい人ではない。

 ただ、両親はそういうことに慣れていた。


 いつもは上手に相手の気持ちを和らげて、気持ち良く出発させている。

 宿屋に着いた時はボロボロでも、出て行く時は見違えるように晴れやかになる。


 双子の愛想がいいのは、両親のそういう姿を見ていたからだ。

 それが宿屋に必要なことだと言う両親が、双子の自慢だった。


 いつかそんな宿屋のおかみになることが双子の夢だった。

 宿屋の入口のドアを少しだけ開け、中を真剣な顔で覗きこんでいるブレンダが見えた。


「ブレンダ」

 ほっとしながらその名を呼んだが、ブレンダはその声にビクっとした。


 赤いリボンの妹が振り返り、口の前に人差し指を当て、静かにという仕草をする。

 不穏な空気を感じ、ミランダは音を立てないように静かにうなずく。


 再び宿の中を覗き込むブレンダの背後にそっと行き、肩に手を置くと一緒に中を見る。

 ほとんど同じ姿の双子が団子のように中を覗く。


 もし誰かがこの姿を見たら、クスっと笑うだろう。

 けれど、双子の表情はいたってまじめだ。


 ミランダは不安だった。

 こんなに長い時間、お客さんが機嫌を悪くしていることは珍しかった。


 中では両親が受付の前でおろおろしていた。

 ただ、両親の姿を見て、ミランダも少なからずほっとする。


 両親の視線の先に、大きな声で怒鳴りつけている女の人がいたとしても。

 やはり、昨日から泊まっていた女の人だった。


 すでに旅支度を整え、出かける服装をしていた。

 細身で小さな顔の綺麗な女の人だった。


 日に当たっていないんじゃないかというほどに白い肌。ガラス玉のように澄んだ青い瞳。旅人らしくない都会風な服装で、頭に細いショールが器用に巻かれていて、程良く金色の髪が見える。


 ミランダは綺麗だと思った。

 村の女の人は、こんな上品に頭に布を巻かない。


 仕事の時に髪が邪魔にならないように、白い三角巾をキュっと結ぶ。

 綺麗な女の人には憧れはしたが、真似をするには無理そうな気がした。


 フワフワと軽そうで柔らかそうなショールは見たことがなかったし、そのショールがどうなっているのかもわからない。


 生きる世界が違う人種。

 そんな感じがした。


「心配しなくていいから。私たちは、何も見ていない」

 父親は両手を相手に向け、ゆっくりとリズムをとり、落ち着かせるように言葉を区切りながら言う。

 覗き込んだばかりのミランダには、何が起こっているのかわからなかった。


「いいえ。あなたたちは見たはずよ!」

 強い口調で女の人が両親に向かって言う。


 こわい……。

 なぜ、そんなに威張りくさっているんだろう?


 ミランダはそう思ったし、妹のブレンダもそう思っているだろう。

 肩がピクンと揺れた。


 そんなことを言ったら、『相手はお客さんですよ』と母親にたしなめられるのかもしれない。

 両親なら何を言われてもニコニコしている。


 まだ幼いミランダは両親の心境に達することはできなかった。

 ただ、ミランダは違和感を持った。


 女の人は、かなり興奮しているのに、小さな包みを抱えている。

 置けばいいのに。


 そんなことを思いながらその包みを見ていると、それがもぞっと動いた。

 ブレンダもそれを見たようで二人でビクっとした。


 お互いの顔を見合わせる。

 そして、お互いの顔を見てコクンとうなずき、何も言わずにまた中を覗く。


 女の人が胸元に両手で抱えている包み。

 大きさから、赤ん坊が入っているのかもしれない。包みも赤ん坊を入れておくのような気がした。


 この人が母親?

 ……には見えない。


 ミランダはそう思いながら中を見ていた。


 村に住んでいる赤ん坊の母親とは何か違う。

 自分たちの母親もそうだけど、もっとどっしりとした感じだ。


 ブレンダとミランダが同時に首を振る。

 どうしてだろう?


 他と何が違うのだろう。


「この子は人間よ。だって、私の子だもの。私は人間だもの。この子も人間でしょう? そうよね?」

 鬼気に迫った顔。自分で母親だと言った。


 では、どうしてこんなことになっているんだろう。

 何かとても異常なことがある。


 双子がそう思っていると、女の人が両親から隠すように持っていたものを移動させた。

 すると、ミランダたちから丸見えになった。


 それを見た時、姉妹はぎょっとした。

 女の人と同じような金色の髪の赤ん坊がすやすやと眠っていて、その頭に小さな円錐形の角が二つ出ているのを。


 ミランダはブレンダを見る。


「赤ちゃんって、角あったっけ?」

 小さな声でそう言うと、ブレンダはフルフルと細かく首を振った。

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