魔王の城に帰りたい
玄栖佳純
第1話 プロローグ 1
空がとても青かった。
六歳の誕生日を迎えたばかりのミランダは、宿屋の入口にある低いレンガの塀に座って空を見上げていた。
ピンクの小さな靴をはいた足をブラブラさせ、白い雲がゆっくりと風に流されているのを飽きもせずに眺めている。
広がる牧草地の緑。黄土色の道。広い空の青。
ミランダがいつも見ている景色。
暖かい空気、優しく風が吹くと、緑の香り。
王都から離れた人間の村は平和だった。
噂ではある町が魔族に襲われて滅んだだの、港が乗っ取られただのと聞くけれど、この小さな村では魔族を見たこともない者がほとんどだった。
魔族は魔法を操り、醜く恐ろしい生き物だと聞いていた。
クマのように大きな体、イノシシのような顔、サイのような角を持ち、毛むくじゃらで大きな声で騒ぐと。
近所の子供たちは勇者ごっこをして遊ぶ。
魔族の王である魔王を勇者パーティが倒す。
夢中になってやっている。
ミランダもたまに入るが、でも、魔族がどんな生き物かは知らなかった。
きっと恐ろしい生き物なのであろう。
遠くでは被害にあっているらしい。
魔族が多く住んで、魔王が治めるドランザークの国の近くは大変らしい。
でも、それは遠くの話で、この辺りは至って平和だった。
のどかな国の、のどかな村では、村人のほとんどは農業や酪農で暮らしを立てている。
塀も隣家との境界のためにあるわけではなく、なんとなく作って、なんとなく作るのをやめてしまったかのような中途半端な高さ。
ミランダと双子の妹のブレンダが座るのにちょうどよい。
二人が大きくなったら塀の高さを上げてやると、宿屋の主人をしている父親は冗談のように言っていた。
ミランダとブレンダはいつもそこに座って、お客さんが来るのを見ている。
お客さんと言っても、宿に泊まる客は滅多にない。
この村に来る旅人が少ないからだ。一カ月にひと組あるかないか。
だから、双子の前を通りかかるのは村人であることが多い。
塀に座ってニコニコと話しかける小さな双子の歓迎は村人からの評判もいい。
おそろいのピンクのストライプのスカートに白いエプロン。
ブラウンの髪をツインテールにして、ミランダはピンクのサテンのリボン、ブレンダは赤いリボンを結わえている。
同じ姿をしている双子はリボンの色で区別されることが多い。
宿の収入だけで家族が生活をするのは難しかったので、二人の両親は家庭菜園や他の農家の手伝いで生活していた。
それでも笑顔の絶えない宿だった。
ミランダは家族に、この村に、何の不満も持っていなかった。
白い雲が、ゆっくりゆっくり流れている。
「う~」
ミランダは思い切り伸びをして、下を向いた。
足元の緑が目に入る。
しばらくそれを見ていたが、いきなりグリンと置きあがり、横にいるはずのブレンダを見る。
「あらぁ?」
かわいらしい高い声。
けれど、そこに妹の姿はなかった。
心地よい風が、そよそよと頬をなでる。
ミランダは目をぱちくりさせ、首を傾る。
勢いをつけてポンと小さな足で地面に降り、よろけつつも周囲を見回す。
のどかな村ののどかな景色。
そこに双子の妹、ブレンダはいなかった。
「ブレンダ?」
小さな声で呼んでみる。
けれど返事はなく、代わりにどこからか女の人の金切り声が聞こえた。
そういえば、さっきから聞こえていたような気がする。
ミランダはあまり気にしていなかった。
でも、ブレンダは気にしたのかもしれない。
ブレンダの方が細かいことにこだわる。
そして一度気になると、確かめずにはいられない。
それは、ミランダも同じだった。
興味を持てば行ってみようと思う。
ミランダは声のする方に向かう。
おそらくブレンダはそこにいる。
妹はミランダよりも行動が早い。
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