ストライク!
水谷一志
第1話 ストライク!
一
「先生、次の球は、外角低めのスライダーです。ストライクからボールになる球なので、手は出さない方がいいと思います。」
「よし、分かった。」
―「先生、次は真っ直ぐです。相手ピッチャーはコントロールをミスして、高めに入ってくるので、そこを打ちましょう。」
「よし、分かった。」
―「すごいぞ、3ランだ!これも、町村のおかげだな。」
―私、町村凪沙まちむらなぎさは、ごく普通の女子高生…だった。とある日に、熱にうなされるまでは。
私は昔から、父の影響で野球が好きで、小さい頃からよく父に、プロ野球や高校野球の観戦に、連れて行ってもらっていた。そして、そんな私も高校生になり、「野球部のマネージャーになりたい。」と思うのは、必然の流れであった…と自分では思っている。
しかし、特に勉強や運動ができるわけでもない私は、地元の、ごく普通の公立高校に進学した。一応説明しておくと、そこの野球部は弱小で、甲子園出場を目指す地方大会でも、初戦敗退が続いていた。でも、私はそれでも良かった。大好きな野球部のマネージャーになって、高校球児たちと、青春を楽しみたい―。それが、私の高校生活における、ささやかな願いであった。
案の定、私が高1、高2の時は、私の高校の野球部は、いずれも初戦敗退であった。もっと、この場面で粘ったら、もう少し上にいけたのに―。私はそう思うこともなくはなかったが、それも仕方ないのかな、と、半ば諦めていた。
しかし、そんな私と野球部に、転機が訪れたのは、私が高3になる直前の、3月のことである。
その日、私はインフルエンザにかかり、高熱を出して学校を休んでいた。3月になって少し気候も暖かくなってきたのに、運がないなあと思いながら、私は寝込んでいた。そして、ずっと寝込んでいても逆に疲れる、と思い、私はプロ野球の、オープン戦中継をつけ、大好きな野球観戦をしようとした。
「おい、凪沙、テレビなんか見てて、具合は大丈夫なのか?」
その日は、父の仕事は休みで、父は私の看病を、してくれていた。
「うん。寝てばっかりだと逆に疲れるし、大丈夫!」
私は父にこう答えた。
「そうか。それなら今から親子で野球観戦といくか。」
そう答えた父に、私は笑顔で「うん。」と頷いた。
ちなみに、他の家の女子高生の中には、(私の友達なんかも)
「父親としゃべるのが、ウザい。」
などと考える人もいるらしいが、私の家はそうではない。私は小さい頃から、そして今でも、父のことが大好きだ。それもこれも、大好きな野球のおかげだと思っている。少し大袈裟かもしれないが、「野球が親子の絆をつないでいる。」みたいな。
そして、父と野球観戦をしているうちに、私の体に、ある変化が訪れた。
「このピッチャー、2球とも真っ直ぐで追い込んだか。次は、1球外すかな。」
ピッチャーの配球など、野球の戦術も好きな父は、私にこう話しかけた。
しかし―。
「次は、ストライクからボールになるフォークで3球勝負…。」
私は、父にこう答えた。
「いやいや、この場面で3球勝負はないだろ。…あれ、凪沙の言う通りだ。」
そのピッチャーは、私が予言した通り、3球勝負で三振を奪った。
―その時、私の体には、異変が起きていた。なぜか、私の目には、ピッチャーの球筋の、残像のようなものが映ったのである。そして、野球に詳しい私は、その残像が、次に投げるピッチャーの球種であることを、瞬時に理解した。
―「次の球は、外角へのチェンジアップ…。」
―「次は、真っ直ぐが外れてフォアボール…。」
そして私は、ピッチャーが意図した球だけでなく、コントロールをミスした球まで、言い当てることができるようになっていた。
「凪沙、いったいどうしたんだ。すごいな。」
これは、この能力を授かり、それを一通り披露した後の、父の言葉である。
※ ※ ※ ※
そして、インフルエンザから体調が回復した後も、この能力は、消えなかった。その後私は、あることを思いつき、野球部の監督に提案した。
「何、相手ピッチャーの球筋が見える?本当か、それ?」
「はい、何なら証明しましょうか、先生。」
そう言って私は、他校の練習試合に、監督の先生と足を運ぶことになった。
「このピッチャーの持ち球は、真っ直ぐ、スライダー、フォークの3種類です。特に、フォークの精度が高いですね。あ、でも、次に投げるのはスライダー…を投げミスして真ん中に来ます。」
「…本当だ。何てことだ。」
そして私は、次に投げるピッチャーの球筋だけでなく、そのピッチャーの持ち球も、言い当てることができるようになっていた。
「次は、スライダーを打つ練習だ。球筋は分かっているんだから、しっかり打てるようにしとけよ!」
次の日から、私たちの野球部の練習は、様変わりした。私が、対戦相手になるであろうピッチャーを見て、球種を監督に伝える。今まで投げていない、新しい持ち球ができたって、こちら側には何も問題はない。なぜなら、全て私が見抜くから。
そして、野球部員たちは、徹底的に、その球種を打つ練習をする。そして、試合本番では…もちろん。
「先生、次の球は、威力のある真っ直ぐです。まだ1ストライクですし、ここは無理をしないで、1球様子を見ましょう。」
―「先生、次は、低めのフォークで三振を奪うつもりです。ストライクからボールになるいい球なので、絶対に振らせないでください。」
―「先生、チャンスです!次のスライダー、投げミスで真ん中に甘く入って来ます!肩の力を抜いてスイングすれば、ホームランだって狙えます!」
「よし、ヒッティングだ!―やった、ホームランだ!」
これは、とある練習試合での、1コマである。私は、自分の能力を如何なく発揮し、チームに貢献していた。
また、その頃になると、私の能力は進化し、相手の攻撃時にも、その能力を発揮することができた。例えば―
「先生、1塁ランナーですが、盗塁を狙っています。次の球で確実に走ってくるので、1球、外してください。」
―「アウト、盗塁失敗だ!」
「先生、このバッター、確実にストレート待ちです。この待ち方だと、変化球には対応できません。」
―「ストライク、バッターアウト!」
―みたいな。
そして、今まで弱小であった、私たち野球部が、夏の地方大会で、旋風を巻き起こしていくことになるのである。
二
7月。いよいよ、全国高校野球選手権地方大会が始まった。この大会が来るまで、私たちは、私を中心にしたオリジナルのメニューで、練習に練習を重ねてきた。そして、私がこの能力を授かってから、春季大会、また練習試合をうちの野球部は戦ってきたが、その時はまだ荒削りで、いい成績には届かなかったものの、毎年初戦敗退、弱小チームの汚名は晴らすことができ、
「今年は、(私たち)南高校が、台風の目になるのではないか。」
という声も、ちらほら聞かれるようになった。
そして、地方大会の蓋を開けてみれば、私たちは、(一部を除く)大方の、「初戦敗退」の予想を、覆すことができた。
これは私の個人的な意見だが、野球というスポーツは、一種の「化かし合い」の要素を持っている。例えば、ピッチャーの配球―。「次は真っ直ぐを続けたから、変化球を投げよう。」
―また、攻撃時―。
「次、バッテリーが無警戒だから、盗塁させよう。」
―などなど。
その化かし合いに勝ったチームが、優勝することができる。その上で、私のように、相手の戦略を全て見抜く特殊能力を持った人がいるのといないのとでは、結果は大きく変わってくる。
もちろん、これは自慢ではない。―というか、この特殊能力、私のものであって、私のものでないような…。
とにかく、私たちは大方の予想を覆して、勝ち続けた。そして、何と私たちは、地方大会、決勝にまで進んだのである。
「よし、次勝てば、この野球部は創部以来、初めての甲子園出場だ!みんな、次の決勝、思い切っていけよ!
あと、この後の第2試合で、決勝の相手が決まる。町村、いつものあれ、頼むぞ。」
「分かりました、先生。」
そう言った私の心は、複雑な気持ちでいっぱいだった。
実は、私には、好きな人がいる。それは、私と同じく野球が大好きで、そして、野球に対して純粋で…、ひたむきに、努力する奴だ。
私と彼、山川拓磨やまかわたくまとは、小さい頃からの付き合いだ。そして、拓磨は、少年野球の頃から、「地元の豪腕、逸材」として、注目されてきた。そんな、私なんかと違い、陽の当たる所を歩いてきた彼だが、家が近所ということもあり、私とはよく話をする間柄であった。
そして、私と拓磨とは中学も一緒で、拓磨はうちの中学のエースとして、総体で大活躍した。そんな拓磨が、高校野球の名門、東亜大学附属高校に進学したのは、必然の流れであった―と、私は勝手に思っている。
「凪沙、俺たち、これから別々の高校だな。」
「うん、そうだね。」
「まあ、鬱陶しい凪沙がいなくなって、せいせいするよ。」
「何よそれ!私だってせいせいするんだからね!」
「何だよ、ムキになるなよ。冗談だよ、冗談。まあ、お互い別々の道だけど、これからもよろしくな!」
「分かった。よろしくね!」
これは、中学の卒業式が終わった後の、私たちの会話である。その時本当は、寂しくて、切なくて、正直、拓磨に抱きつきたかった―、なんて、とても言えない、奥手な女の子の私なのであった。
「どうだ町村、第2試合に勝った、東亜大附属のピッチャー、…山川だったか?打てそうか?」
「先生、彼はストレート、スライダー、フォーク、チェンジアップに加え、最近ツーシームを、覚えたようです。―このツーシームは、まだ試合で1度も投げたことがありませんが、精度は高く、次の試合、使ってくるかもしれません。」
「そうか、それは初耳だ。いつもありがとな、町村。」
―そう監督に答えた私は、罪悪感に支配されていた。
さっきも言ったが、野球とは、「化かし合い」のスポーツだ。その化かし合いにおいて、相手の球種、また作戦などを事前に特殊能力で把握する、これは―。
はっきり言って、卑怯だ。
このことを、拓磨に知られたら、どうなるだろう?卑怯な奴、意地汚い奴と、思われるに違いない。よりにもよって、私は拓磨に、そうは思われたくない―。
いや、それだけじゃない。というか、それよりもっと、大事なことがある。それは―。
拓磨は今回、隠し球として、ツーシームを用意している。これは、まだ試合で1度も投げたことのない、拓磨の大切な球―。
それを、あろうことか私は、特殊能力で、見破ってしまった。
拓磨は、この大会に向けて、必死に新しい球を練習して、習得したんだろう。どんなに才能のあるピッチャーだって、球種を増やすのは、そう簡単ではない―。一応野球に詳しい私だから、そのことはよく分かる。それを私は、何の努力もなしに授かった特殊能力で、見破ったのである。そして私は、自分本来の力でない特殊能力を使って、
「先生、次はツーシームです。」
って、言うんだろう。拓磨の努力の結晶を、私は簡単に、潰してしまうことになるのだ。
でも、今更、
「先生、私、もう特殊能力は使いたくありません。」
とは言えない。私たち、南高校野球部の悲願、甲子園出場は、私の、特殊能力にかかっているのだ。この能力は、決して私が努力で手に入れたものではないが、それでも、こんな私に、自分たちの夢を託してくれる、野球部員たちがいる―。そのことを思うと、この能力は私だけのものではない、そうも思えてくる。
私は、完全にジレンマに陥っていた。
そしてその日の夕方、拓磨から、1通のメールが届いた。
「凪沙、久しぶり。今から会えないか?」
三
その日は、7月の陽射しが照りつける、暑い日だった。しかし、私が呼び出される少し前に、この季節特有の夕立が降っており、そのせいか暑さは少し和らいでいる。その夕立もすぐに止み、私は傘を持たずに、拓磨との待ち合わせ場所に向かった。
「おっ、来た来た。凪沙、本当に久しぶりだな。最近はどう?」
「いきなり何よ〜。最近は、…忙しいよ。」
「そっか。そうだよな。最近、お前らの野球部、頑張ってるもんな。」
「べ、別に、そんなんじゃないよ。」
私は、何とかそう言ったが、目は、拓磨を直視できていない。やっぱり、どうしても、後ろめたい。そんな私の心を、拓磨に見抜かれてしまいそうで、私は、少し怖かった。
「いや、頑張ってるよ。だって、お前ら去年まで、ずっと初戦敗退だったんだろ?それが今回は…、って、何か上から目線みたいで悪りぃな。」
「だから、そんなんじゃないよ!」
拓磨がその言葉を言い終わるか言い終わらないかのうちに、気づいたら、私は叫んでいた。
「ど、どうしたんだよ?やっぱ、さっきの発言、上から目線ってことか?ごめん、そんなつもりはなかったんだ。謝るよ。」
「そうじゃない。そうじゃない。私は…。」
気づいたら、私の目からは、さっきの夕立にも負けない、大粒の涙がこぼれていた。
「拓磨、今から私の言うこと、聞いてくれる?」
そして私は、私の特殊能力のこと、またそれを使って、勝ち上がってきたことなどを一気に拓磨に話した。最初、拓磨はそれを信じなかったが、私が、
「拓磨って、新しく、ツーシームを覚えたんだよね?」
と言った段階で、(拓磨の高校の野球部員以外誰にもそのことは言っていない、ということもあり)拓磨は私の言うことを信じた。
「どう?これが私たちの、本当の姿なの。…私たち、やっぱり卑怯だよね?
私のこと、嫌いになった?」
「…嫌いになんか、なれねえよ。」
拓磨からは、思いがけない言葉が、返ってきた。
「確かに、野球には化かし合いの要素もあるのは分かる。でも、野球はそれだけじゃねえよ。
こんなこと言うと、また上から目線、って言われるかもしれないけど、相手の作戦が分かった所で、例えばピッチャーの配球が分かった所で、それを打ち返す能力がなければ、試合には勝てないだろ?野球は、そういうスポーツだよ。
だから、凪沙のその能力だけでは、試合には勝てないよ。お前らの野球部、凪沙の能力で得た情報を元に、必死に練習したんだろ?一応俺は野球をずっとやってきたから、それは分かるよ。
だから、罪悪感を感じて、必要以上に自分を追い込むの、止めなよ。」
拓磨にそう言われた私は、少し、救われた気がした。
「それに、今俺は、『相手が分かってても、打てない球』を目指してるんだ。だから、凪沙が俺の球を見破ったって、そう簡単には打たせないよ。
…それに、俺、今日は凪沙に、言いたいことがあって来たんだ。これは前から言おう、って決めてたことなんだけど、
俺、凪沙のことが好きだ。小さい時から、ずっと…。だから、俺が甲子園出場を決めたら、俺と付き合って欲しい。」
―突然の拓磨の告白に、私は虚を突かれ、固まった。
「もちろん、返事は今すぐじゃなくていいんだ。…ってか、これって凪沙の野球部を倒さないといけない、ってことだよな?なんか矛盾してるよな?…でも前から言おうって決めてたから…。」
「私も!」
気がついたら、私はもう1度、叫んでいた。
「私も、拓磨のことが好き。ずっと前から…。だから、待ってる。拓磨が、甲子園に出るのを…。
でもこれってやっぱり、おかしいよね?私、どっちの味方か分かんないね!」
「…だよな。でも、これだけは言える。次の試合、凪沙には、手を抜いて欲しくないんだ。特殊能力でも何でもいいから、本気でぶつかってきて欲しい。俺、それでも勝てるようなピッチャーになって、絶対、凪沙を迎えに行くから。」
「…分かった。うちの野球部だって、そう簡単には負けないんだからね!」
そう言って、2人はこの日、お互いの家へと帰って行った。私の胸の中には、告白されて嬉しい気持ち、また言いたいことを言えて清々しい気持ちが、あった。
四
「おい、お前ら何やってるんだ!相手の球は、分かってるんだぞ!」
拓磨が私に、また私が拓磨に想いを伝えた翌日、地方大会の、決勝があった。私はこの日、拓磨との約束通り、南高校勝利のため、自分の特殊能力を、如何なく発揮していた。
「先生、次は真っ直ぐです。」
そう監督に伝え、監督はそのことをサインでバッターに伝えるが…、
打てない。
拓磨の球は、私の予想以上だった。いや、拓磨の球筋は、自分でも分かっているつもりだ。だから、今までのピッチャーのように、それを伝えれば、うちのバッターは簡単に打てる―はずなのに。
「先生、次はツーシームを投げてきます。ボールが手元で動くので、今まで練習してきた通り、しっかりミートするよう伝えてください。」
―しかし。
「おいおい、今まで練習してきたじゃないか。何でその球を引っかけて、内野ゴロになるんだよ。」
結果、5回終了時点で、私たち南高校は、1本もヒットを打てていない。ストレート、スライダー、フォーク、チェンジアップに加え、拓磨が一生懸命練習した、ツーシーム―。どの球をとっても、今日の拓磨は完璧で、私たちはストレートの球威に押され、また変化球のキレにやられた。
「分かっていても、打てない。」
というのは、このことをいうのだ―。私たちはまざまざと、そのことを思い知らされた。
そして、私はそれを見て、ある思いに支配された。
それを、私は監督に伝えよう、そう思った。
「先生、私、この特殊能力を使うの、止めにしたいと思います。」
「おい、諦めるのか?まだ勝負は分かんないぞ!」
「そうじゃありません。でも…、
相手の山川投手が、いいボールを思いっきり投げる。それを、私たち南高校の球児たちが、全力で打ち返す。それが野球の基本じゃありませんか?
私、小さい時から野球が本当に好きで、こんな、何もできない私だけど、野球に携わることがしたくて、高校野球のマネージャーを、頑張ろう、そう思ったんです。
確かに、私の特殊能力によって、私たちのチームは決勝まで勝ち上がることができました。…いや、それは違いますね。私の特殊能力と、それを使って練習してきた部員たちの努力によって、私たちはここまで勝ち上がることができたんです。
でも、いやだからこそ、このままでは後悔すると思います。相手の山川投手は、素晴らしいピッチャーです。球筋が分かっていても、打つのは難しいでしょう。だから…、
今日は選手には、伸び伸びプレーして欲しいんです。
私、今日は球筋を見るのも、相手の作戦を見るのも止めます。選手本来の力で、勝負させてあげてください。
ご無理言ってすみません。」
そこまで黙って私の話を聞いていた監督は、しばらく考えた後、攻守交代で集まっていた選手たちに、こう言った。
「いいかお前ら。町村から、ある提案があった。
私たちは、あと1回勝てば、悲願の甲子園出場だ。でも、その甲子園出場より、もっと大事なことがある、私はそう、町村に気づかされた。
今日、この後からは、サインは一切出さない。各自、自分たちで考えて、野球をやるんだ。もちろん、塁に出て、走れると思ったら、盗塁を試みてもいい。セーフティバントだって、試みてもいい。
最後に言っておくが、これは試合を諦めるわけじゃない。お前らは今まで、町村の特殊能力だけで、勝ってきたわけじゃない。それに合わせて、練習メニューをこなし、努力したうえでの今までの勝利だ。だから…、
お前らならできる。自分を信じて、気合入れてプレーしろ。
異論ないか?」
そう言い終えた後、負ければ引退の、3年生のキャプテンが、こう答えた。
「異論ありません!僕たち、自分たちを信じて、勝ってみせます!」
「そうだそうだ、絶対、打ち崩してやる!」
「ようしその意気だ!頑張れ!」
そう言った監督、また選手の間には、今までにない、結束力ができたように感じた。
結局、私たちは、地方大会の決勝、大差で敗れることとなった。ただ、私たちの4番バッターが、拓磨の、この試合唯一と言っていい失投を逃さず、スタンドまで運んでホームランにし、1点をもぎとったことが、唯一の救いであった。
しかし、私たちには、後悔の念は全くなかった。試合が終わった瞬間、私たち野球部の選手、また監督、またマネージャーを含めて、みんなで泣いたが、それは清々しい、青春のひとしずくのような涙であった。
※ ※ ※ ※
8月。今日は全国高等学校野球選手権大会、つまり甲子園の、初戦だ。拓磨と付き合い始めた私は、第一試合に先発する、拓磨有する東亜大学附属高校の試合の応援に、甲子園まで駆けつけていた。
そして、私には、密かな楽しみがあった。それは、拓磨の今日の球筋を、見ることだ。変な話になってしまうかもしれないが、私にしかできない、拓磨と私との秘密―を共有しているようで、私はそれが嬉しかった。だって、拓磨の球筋をあらかじめ見ることは、私にしかできないのだから。
そして、試合が始まった。
―あれ?
今まで見ることができた、ピッチャーの球筋はおろか、相手の作戦も、今日は見ることができない。
おかしいなあ、私はそう思ったが、回が進んでも、私の特殊能力は、全く表れて来ない。
―そうか、私の特殊能力は、消えてしまったのか。
そう理解するのは、それからしばらく経った後のことである。
ああ、せっかく名スカウトになれるかもしれなかったのに、などと半分冗談(半分本気)で思ったが、消えてしまったものはしょうがない。
それは、太陽が照りつける、真夏の暑い時期のことであった。(終)
ストライク! 水谷一志 @baker_km
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