第14話:遅滞戦闘

「グローリアス大尉!」

 白い宇宙軍の制服を着た、黒髪を短くそろえた女性が肩を怒らせて荒々しく艦橋に入ってくる。

「ふ、副長⁉」

 グローリアス大尉と呼ばれた、作業中の女性士官とコーヒー右手に談笑していた男性士官が、慌てて立ち住まいを正し、敬礼する。その顔は、ナターシャの鬼気迫る表情によって、引き攣り、額に脂汗が浮かんでいる。

「プロトとコスモブラストを発進させたな⁉」

「は、はい、致しました。マム!」

 問い詰めるような口調にさらされながらも、しっかりと受け答えするグローリアス大尉。

「発進許可は出していないはずだぞ⁉」

 ナターシャがグローリアス大尉に詰め寄る。

「し、しかし、カトラス軍曹の話では、実機演習の許可を艦長と副長から貰ったと……」

 語尾が、段々激しさを増していくナターシャの表情に反比例して小さくなっていく。

「今すぐ呼び戻せ‼」

「い、イエス・マム‼」

 ナターシャの怒声に、グローリアス大尉が背中を反るほどに伸ばして、応を返す。そして、管制用コンピューターの回転イスに座り、ヘッドセットを慌ただしく装着する。

「あ、アナイアレイター1、2! こちらコントロール、訓練は中止、直ちに帰還せよ! 繰り返す、訓練は中止、直ちに帰還せよ‼」

『こちら……アナイアレイター1。JAKE一機と接敵、交戦中。もう一度言う、JAKE一機と接敵、これと交戦中!』

「んなっ──⁉」

 カトラス軍曹からの報告に、ナターシャは怒りを忘れて驚愕する。

「レーダーに敵影、単機です。周辺に敵影認められず、強行偵察と思われます!」

「なぜ今の今まで気づかなかった!」

 してやられた。

 ナターシャが、歯噛みして吐き捨てる。その顔には苦渋が満ちており、先ほどよりも激しい怒気が漲っていた。

「それを議論しても始まらないでしょう?」

「艦長!」

 マーシャが、襟元をいじりながら艦橋に入ってくる。

「両機へ通達、訓練は中断、目標との迎撃戦に移行」

「し、しかし! 訓練用の装備のままではまともに戦闘することは不可能です!」

 マーシャは小脇に抱えた制帽を頭にのせて、前後の鍔を掴んで位置を調整する。

「アナイアレイター3到着までの時間稼ぎが出来ればそれで良し!」

「了解、アナイアレイター1、2両機へ通達。訓練は中断、遅滞迎撃戦に移行!」

「アナイアレイター1、2。こちらコントロール、通達する。訓練は中断、アナイアレイター3到着までの遅滞迎撃戦に移行せよ。繰り返す、訓練は中断、アナイアレイター3到着までの遅滞迎撃戦に移行せよ」

『アナイアレイター1、了解』

『あ、アナイアレイター2……了解』

 最後に、恐れと驚きと困惑の入り混じった、震えて掠れた声が応えた。



『 アナイアレイター1、2。こちらコントロール、通達する。訓練は中断、アナイアレイター3到着までの遅滞迎撃戦に移行せよ。繰り返す、訓練は中断、アナイアレイター3到着までの遅滞迎撃戦に移行せよ!』

「……嘘だろ、オイ!」

 プロトに搭載されている装甲は、地国連で手に入るものの中で最高のモノであるはず。恐らくライフル砲弾の直撃を受けても、問題はないはずである。

 現在のプロトの装備は、訓練仕様のライフル、コンバットナイフ二丁、超々近距離格闘のためのコックピット脇の63mmロケット発射筒四発のみ。

「二十四発か……」

 シートの下半身を拘束するカバーの、レーダーの横の機体状況を示す小さなモニター。そこに記された、今ライフルに装填されている弾倉は、徹甲弾と曳光弾の混合弾倉一つのみ。予備弾倉はなし。ボルトは閉鎖状態、セーフティは安全、薬室内に実包は無し。コンバットナイフとロケット弾は交戦距離に難あり、基本的に使えないと考えていい。故に、マガジン内の二十四発だけが唯一の攻撃手段である。

 右小指のスイッチを押して、無線通信を起動する。

「軍曹……」

『アナイアレイター2、下がっていろ。……邪魔だ』

「…………。」

 カトラス軍曹の、突き放した言い方に、唇を噛んで俯く。直後、カトラス軍曹のコスモブラストが飛び立つ。その衝撃で、小惑星表面の粉塵が舞い上げられて視界を覆う。

 視界が回復した時、カトラス機はE1に向かって直進していっていた。

 システム情報の、機体情報、装備詳細、そこからライフルのプロパティを開いてレーザーアタッチメントを分離、トリガーの回路を撃針に変更する。

 ライフルを構え、カトラス機から逃げるE1を照準する。FCSがすぐさま照準し、システムによって管制された両腕が銃口を敵機の予想進路上に向け続ける。

『アナイアレイター1、何をしている! 照準照射がうるさい、今すぐやめろ! 俺を撃ちたいのか⁉』

 通信越しに怒鳴られ、ライフルを把持した両腕を下げる。なんとかして戦闘支援に周りたいが、カトラス機と1000メートルほど離れたこの状況では、カトラス機にライフル砲弾が直撃する危険が大きい。何とかして接近すれば良いが、E1と複雑なドッグファイトを始めた熟練パイロットの宙戦機動に訓練さえ受けていない未熟者が付いていけるはずがない。

 何をしていいのか分からず、コックピットの中で一人、おろおろと戸惑う。

 敵が目の前にいる。俺はプロトに乗っている。僅かな反撃の力を持っている。

 何かせねば、少なくともカトラス軍曹に何かしらの援護をしなければ。

 強迫観念が、暗雲のように俺を押しつぶす。



 敵機は前方730メートルでこちらの照準を、右に左に、上に下にランダムな機動で巧みに避ける。

「ベテランか……!」

 MASでひしめく、彼の経験してきた、宇宙機動艦隊と機甲師団がぶつかり合う戦場の、三流や二流のパイロットとは違う。一線を画した、数多もの視線を潜り抜けたベテランの兵士が繰り出す、巧みな回避運動。鈍重な機体のハンデなど、ものともしないキレのある機動。

 たまに見える、回避機動の隙。その瞬間を目ざとく見つけるジャック・カトラスがマニュアルで素早く照準し、トリガーを引く。

「チッ……またか、このクソが!」

 その瞬間、敵肩部の単装旋回機関砲がこちらを正確に狙い、牽制射撃を繰り出す。その度に回避機動を取るせいで、E1との距離は一向に縮まらない。

「ガーデルマンか、奴は!」

 見事なまでの敵機銃手と操縦手の連携。恐らく、その二人は長らく互いを失うことなく幾度もの視線を潜り抜けてきたパートナーなのだろう。

 故に、厄介な敵である。

「……あアッ!」

 またもや射撃のチャンスを奪われ、怒声を上げる。

 それはさておいても、奴の狙いがイマイチわからない。偵察機らしく逃走しようとしない。あまつさえ、こちらに襲撃を掛けてきた。

 こちらの実弾のマガジンが一つしかないことを読んでいるのか、はたまた自らの腕に根拠のない自信を持っている二流か。

 右へ左へ、上へ下へのランダム回避機動。それを繰り返し、隙が現れたら機銃手がこちらを牽制する。この一進一退の攻防戦が、ターンや横滑りなどの宙戦機動を交えて宇宙に、イオンスラスターが二本の複雑に交じり合う線を描き出す。

「チッ!」

 何度目の舌打ちか、一発、弾を無駄にした。残り二十三発。

「なっ──⁉」

 突如、HUDにポップアップする警告文。

〈CAUSION! YOU ARE TOO CLOSE ANNIHILATER2! BE ALERT TO COLLISION!〉

「あのガキッ⁉」

 奴が出しゃばって、自機に近づいてきたのか。

「いや……!」

 レーダーは、その憶測を無慈悲に否定する。

 自機が、プロトに異常なまでに接近していた。いや、奴がプロトに接近していた。

 いくらベテランといえど、単機で、鈍重な偵察機が逃走もせずに戦闘機二機を襲撃するなどという異常行動の謎が解けた。

 強行偵察、恐らくはプロトの戦力評価だろう。

「仕事の早い連中だ!」



『警告、アナイアレイター1急速接近。衝突に注意せよ』

 AIの警告に合わせてスラスターを吹かして後方に飛び退る。

 カトラス軍曹がこちらに近づいてきたのではない、敵がランダム回避機動を取りながらも、巧みに穴をすり抜けて真の狙いである新型機へと接近してきた。

 相手はかなりのヤリ手だ。

「いっ──!」

 今まさに見せつけられた、敵との力量差、一歩でも間違えたら死ぬ恐怖からの間違えるなという強迫観念。それが、悲鳴となって口からあふれ出る。

「う、わぁぁぁっ⁉」

 アストレア大尉と戦った偵察機とは違う、数多もの死線を潜り抜けてきた、ベテランパイロット。しかも腕は超エース級。

 蛇に睨まれた蛙とは、強敵に見据えられてすくみ上る者のことを指すが、生存本能と恐怖、脳内をアラートのように埋め尽くす間違えるなと、死ぬなという強迫観念。その頭の内を反響する声に絶叫し、発狂する。

「ああ、あああ! あああァァァァ⁉」

 目の前に急接近してくる死からのパニックで、狂ったように二十四発の砲弾をばら撒く。弾数のカウンターが目に見える勢いで減少していくが、狭まった視界にそれは入ってこない。

『アナイアレイター2、射撃を止めろ。俺を撃つつもりか⁉』

 カトラス軍曹の怒声に、我に返る。

 そして、改めて現実を直視してまたパニックに陥りそうになる。しかし、首が誰かに無理やり押さえつけているかのように固まって動かない。

「た、大尉‼ 邪魔、撃てない⁉」

 それは既に、絶叫に近かった。

『チッ……』

 しかし、カトラス軍曹は僅かに舌打ちして、大人しく離脱して射線から消える。それを確認して、FCSの照準と同時にトリガーを引く。

 冷静に対処しているようだが、その実、目の前の現実を、見えざる力によって首を固定されているせいで異常に分泌され続けるアドレナリンの、狂的な沈着さでしかない。

 言わば、思考停止といったところか、いや、生存本能からの結論といったところだろう。

「うっ、いっ、あ……」

 パニックで頭が凍り付き、言語中枢が麻痺して掠れた叫び声しか上げられない。その事実にさらなる焦りを覚え、トリガーを憑かれたように引きっぱなしにする。だが、敵はそれを興が覚めたように易々と、作業をするような単調さで避けていく。そのランダム回避機動に、FCSが追い付かず、逆三角形と正三角形のマーカーが画面上を忙しく動き回り、一致しない。

 埒が明かない。そうしている間にも敵は、ランダム回避機動を取りながらもこちらとの距離を詰めてくる。

「……当たらない⁉」

 その狂的な冷静さは、弾詰まりを起こしたライフルを投げ捨て、コンバットナイフを取り出す。

「う……おぉぉぉおおおお‼‼」

 そして、丁度公開一二四〇年記念の、太平洋戦争を描いた名作映画のワンシーンのように、スラスターを吹かして、無謀な吶喊を繰り出す。

 それに愛想をつかしたのか、はたまたロマンチストなのか。奴もコンバットナイフを引き抜いてこちらに向かって突進してくる。

「──ッ!」

 衝突の瞬間、スラスター角度を調整し、腰をひねって奴の左脇に滑り込み、刺突を回避して背後に回り込んで左手で首関節を掴む。そして、首関節の、装甲の隙間にコンバットナイフを差し込む。

「うわっ──⁉」

 その瞬間、奴のスラスターが火を噴き、プロトの胸部装甲を撫で付ける炎がカメラアイを覆い、視界が真っ白になる。

「ぁ、あ、アアアアアアアアア!!!」

 密着してもつれ合った両機の間から、激しいオレンジ色の火花が飛び散る。コックピットハッチを挟んだ敵スラスターに向けて、63mmロケット弾を四発全弾撃ち込む。

「あァっ⁉」

 奴のスラスターが大爆発を起こし、その莫大な圧力で近くの小惑星に叩きつけられ、内臓六腑が揺さぶられて冒涜的な吐き気が襲い掛かってくる。

 ガンガン鳴る頭を押さえながら、モニターを見る。

「やった……か」

 レーダーに敵影なし、カメラアイからの映像でも、奴の機体の断片が揺蕩っているのが見れるだけで、奴の姿は見られない。

 生き残った。その安堵から、全身の力が一気に抜け、抑えつけていたストレスから疲れがどっと押し寄せる。心臓の鼓動が大きい。激しい運動をした後の血糖値の急減のせいで、眠気が襲い掛かってくる。

 そこで、意識が途切れた。

 ──アリガトウ


 × × ×


「フドウ1、シグナルロスト。撃墜されたものと思われます」

「やはり、トウドウでも、二機を相手にしては分が悪いか」

 デンドロビウム艦橋で、艦長が項垂れる。その顔には、深い悔恨が刻まれている。

「そのようだな……三流ですらない、素人にエースパイロットを撃墜させるポテンシャルを持った怪物。奴に、彼はしてやられたようだな」

 トウドウ中尉の出撃から最期までを残した、戦闘記録を眺めながら、エラン・ウェストンは無機質な表情を崩さない。

「どう為されますか? アレの処遇は」

 艦長が横目で問うと、エラン・ウェストンが顎に手を当てて思案にふける。

「……やるなら、あの艦ごと沈めたい」

「艦隊の増援を要求しますか?」

「近くに置いておこう。索敵と、タイミングはこちらで見ると伝えておいてくれ」

「分かりました」

 ふいに、エラン・ウェストンが何かに気づいたように顔を上げる。

「敵は一艦隊を殲滅するほどの力があるとも伝えておいてくれ」

「それは言い過ぎでは?」

「警戒しておいて損はない」

「なるほど……」

 そう言って、艦長は黒地のキャンバスと光点で彩られた世界に目を向ける。

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