彼との奇妙な同居生活

みきまる

第1話

 

  私が大学2年生の時の話である。


  私は一浪したあと上京したけれど都会の空気や人間関係、そして漠然と襲いかかる将来への不安が重なりあって一時期グレてしまった。

  自分で選択する行動する生活に疲れていたんだと思う。

  夜の町をふらつき男に声を掛けられる。

  そのまま私は流されるまま一緒に食事までするのだが結局の所そこで終わり。

  怖くなってしまいそこから後は続けずに逃げてしまう毎日だった。

  そんな私だから余計に自己嫌悪に陥って挙げ句の果てにクスリにでも手を出そうかと考えてしまう。

  その時に私はあの書き込みに出会ったのだ。

 ネットのアンダーグラウンドな匿名掲示板の書き込みを流し読み。

  『アイスあります。』『スピード、今なら半額!』などの謳い文句を流し見しているとぽつんと一つ


『私のペットになってくれませんか?』


 と他の書き込みと毛色の違う書き込みが目に入った。

  普段の私なら絶対に目に入らずそのままスルーするのだけれども、その時の私はその書き込みに何故か引き込まれてしまった。

  理由は今もわからない。

  ただ強いて言うならばそれは『運命』だったのだろう。


  私は直ぐにそこに書かれてあるメールアドレスに連絡する。

  するとメールは直ぐに返ってきた。


  『今日の午後8時に渋谷のハチ公前で待ち合わせしましょう。黒の帽子を被ってます。』


 私はこの時、この依頼者が何となくやりたいことが推測出来た。多分そう言うプレイなんだろう。

  Mの才能があるのか分からないが流されるまま私はこの話に乗る。

  大学は夏休みに入っており心配されるような友人もいない家族は既に他界済みである。心配される相手などいない。孤独な存在。

  私は一人である。

  誰も悲しむ事もない。

  私は白いワンピース姿でバックを片手に夜の渋谷へ依頼者に会うために家を出るのであった。


  ハチ公前で待っていた依頼者は30代後半のマジメそうな人だった。

  グレーのスーツに黒のハット。右手にビジネスバック。そして彼のアゴ髭がダンディな空気を醸し出す。多分一流の商社マンとかだろう。そんな感じを醸し出していた。

  私は想像とのギャップに困惑する。

 てっきりこんな依頼は夜の街を戯むるチャラチャラした男か童貞くそデブしかいないと思っていたのだ。

  だから私は覚悟してここに向かったのに拍子抜けである。

  また私はその時、彼への評価が一気に下がってしまった。

  当たり前であろう。

  誰がこんなダンディな人が『私のペットになってくれませんか?』と呼び掛けてくると思うだろうか。

  そんな私は恐る恐る彼に声をかけたのだ。

  彼は私を見ると一言


「着いてきなさい。」


 と言い先に歩きだした。


  私は彼に色々説明してもらうため後ろから声を掛ける。たけど彼は一度も振り返らず私の話を聞き流していった。

  彼はがっちりとした骨格で背筋を伸ばし、胸を張った姿で私の前をずんずん進む。

  そんな彼に私は根気よく声をかけていったが結局振り返る事もなく次第に私の口数も減っていった。

  彼は渋谷駅の券売機で目的地までの切符を二枚買うと一枚を私に手渡し、彼は先に自動改札機を過ぎ行く。

  私も人混みではぐれ事がないように彼の背中を追う。

  そうして電車で揺られる事一時間。

  彼が降りた駅の先には閑静な住宅街が広がっていた。


  閑静な住宅街を二人で歩く。

  夜9時を過ぎたぐらいであるが人通りはなく、数十分歩いただろうか。一軒のごく普通なアパートが目に入った。

  彼はそのアパートの一階の右端の部屋のドアを開ける。そして私の方を振り向くと部屋の中に入るよう手招きする。

  私は指示通りに中へ入った。

  部屋の中はごく普通の生活観溢れた部屋であった。

  部屋が散らかっている訳でもなく汚れている訳でもない。玄関には多種多様なアンティーク品だろうか置物などが置いてあり、キッチンには今朝の朝食で使ったのであろう食器達が乾かしてある。

  部屋全体が物に囲まれているがしっかりと整理整頓されてある。

  しかしこの部屋に一つ場違いな物が鎮座してあった。

  それは大型犬サイズのゲージである。

  大体幅70cm、奥行き1.2m、高さ80cmの典型的なゲージ。それがリビングの隅に鎮座していた。

  彼はソファにバックを投げつけると、ハンガーにスーツを掛ける。そしてガサコソと引き出しを漁くり初めた。私はどうすべきか分からず廊下とリビングを繋ぐドアの所で彼を観察する。

  彼は何者なのか?

  私と特殊なセックスするために呼んだんだセフレではないのか?

  脳内で様々な思考が混濁する。

  彼の思惑はなんなのか?

  監禁?拘束?身代金?

  そう思考していると彼はお目当ての物が見つかったのだろうか。引き出しからある物を引き出す。

  それは首輪だった。

  牛革の細いレザーを編み込んだメッシュレザーのベルトになっておりまた何も書かれていないドックタグが付いている首輪。

  彼は私に裸になって首輪を着けるよう指示をする。

 

「君は今から犬だ。私のペットだ。」


  そう言って彼は私に首輪を手渡す。

  私は彼に身代金目的なら払う相手がいない。監禁する意味がないと伝えた。

  私は彼が身代金目的の犯罪者に見えたのだ。

  だけど彼首を横に振り、もう一度私に言った。


  「私が求めているのはペットだ。犬だ。決してお金目的などではない。私は掲示板にこう書き込んだはずだ。『私のペットになってくれませんか?』と。」


  確かにその通りである。

  しかし私は彼のプレイの一環だと思っていた。まさかそのままの意味だとは夢にも思うまい。

  しかし私はこの話を聞くと心の何処かでこの生活に憧れを抱き始めた。

  それが何かは分からない。

  だけど私はそう心の何処かで思っているのだ。

  私は彼に分かったと伝えると即座にその場で脱ぎ始めた。

  白いワンピースの後ろにあるファスナーを下ろして腕をゆっくりと袖から外し、下に降ろす。

  そしてキャミソールも脱ぐと下着一枚の姿になる。

  彼は脱がすつもりは一切ないつもりらしくソファで座って私の方を観察するように見ていた。

  まるで脱衣ショーみたいだと思いながらブラに手をつける。

  背中のホックを外し床に落ちるブラジャー。そしてショーツの両端に手をかけゆっくりと引き降ろす。

  局部も露になった私は身ぐるみ一つの姿で彼から貰った首輪をはめた。


 ───こうして私はその日から犬となり彼のペットになった。───




  私の一日はコーヒーの匂いから始まる。

  彼が毎朝、美味しいのコーヒーを飲むためにコーヒー豆を挽くためだ。

  コーヒーの芳醇な香りとは言うけれど実際に嗅覚が鋭くなると身をもって実感する。

  私はその香りと共に目を覚ます。

  丸まっている身体から四股に力を入れ立ち上がる。

  自由に開け閉めが出来るゲージの扉をくぐり抜け、キッチン前に置いてあるボウルの前でお座りの姿勢。

  今か今かと待ち続ける自分。

  わたしの尻尾がパタパタと音を立てていると彼はコーヒーを入れ終えたのか熱々のカップを食卓テーブルの上に置き、キッチンへ再度戻る。

  ドックフードが保存してあるお洒落なガラス製のフードストッカーから彼は私の朝食分の餌を掬い、目の前のボウルに注ぐ。

  私は今すぐに食べたい衝動を抑え、彼の方をじっと見つめる。

  彼も私を見つめ返しており、暫くすると「よし!」と声を掛けた。

  それが合図であり私は餌を食べ始める。

  ガツガツと貪欲に餌に食らい付く。

  ペットフードも技術の進化によるためか以外に美味しい食べ物である。といっても舌の感じ方も変わっているから実際はどうなのか分からない。ただ今は美味しく頂く事が出来ているのだから問題ないのだろう。

  そう考えている内に空になるボウル。

  何時も勿体無く感じるためか空になったボウルを綺麗にかつ丁寧に嘗める。

  暫くすると彼がコップに入れた水をボウルに注ぐ。それを私は長い舌をスプーンの様に器用に使い、飲み進める。

  暫くするとまた空になるボウル。

  満足した私はそのままベランダの方へ向かい直射日光が当たる床でごろんと横になった。

  そのまま私はクーラーの効いた部屋でポカポカと日光浴を楽しむ。

  そうしてる内に彼は出勤の準備を終えた後、私に


「行ってくるからな。大人しく待っとくんだぞ。」


 と頭を撫でながら声を掛けそのまま会社に向かっていった。


  そう、私は『犬』になっているのだ。

  ブラックアンドホワイトの毛色に長毛のダブルコート。

  しっかりとした体型。微妙に垂れた耳にふさふさのしっぽ。そして背中には天使の羽根の形をした白い毛が生えている。

  そう今の私の姿は『ボーダーコリー』そのものだった。


  あの日、彼から首輪を渡された日。

  私は彼から渡された首輪を首にはめ、ゲージに入るように伝えた。

  私は彼の指示どうりにゲージへ入る。

  そして彼は私が持ってきたバックやさっき脱いだ服と下着を回収し


「今から君は犬だからこんな物は要らないよね。」


 といって奥の寝室に持っていってしまった。

  そのまま彼はベットに入る。私はそのまま素っ裸の状態で一夜を過ごす事になった。

  自分は犬である。

  ペットである。

  彼のペットの犬である。

  そうつらつらと考えていると次第に眠気が襲う。

  私はそのままゲージで丸くなると夢の世界に旅立ったのであった。

  そうして次の日。

  夢も見ることもなくコーヒーの香りで私は目を覚ます。私は二股ではなく四股で立ち上がると身体中が毛でおおわれているのに気づいた。

  私はリビングに立て掛けてある姿鏡に目を向けるとそこには一匹のメス犬がゲージの中に立っているのが見える。

  私はその姿に何も不思議がることもなくまたパニックに成ることもなくただ自分が犬だという事を切実に受け止めていた。

  あぁ、まさか本当に『犬』になるとは。

  本当に『ペットの犬』になるとは。

  私は考える。悩む。思考にふける。

  犬の幸せ。

  考える必要がない仕事や金銭関係、人間関係、生きることに必要ない知恵や知識。

  ペットの幸せ。

  すべて与えられる存在。食べ物に水、環境に 『自由』。

 

  『不適切な栄養管理からの自由』

  『不快な生活環境からの自由』

  『身体的苦痛からの自由』

  『精神的苦痛からの自由』

  『その動物種らしい行動をする自由』

 

  その5つの『自由』が与えられる存在。


  私はそれらの『与えられる幸せ』を感じる『ペットの犬』として、彼との奇妙な同居生活が始まったのであった。

 

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