第11話
深く、太陽の光すらほとんど入らない森の奥。そこは森林、ミカン畑と昔呼ばれていた場所だ。
「よう、来てやったぜ。クソ野郎の嘘つき」
軽く罵倒を浴びせた所で、どうせ対した煽りにならない。こいつは逆に笑みを浮かべる。
「ヒィ、怖いですね、人を嘘つき呼ばわりなんて」
「......」
言葉を返してきても、どこか笑っている。その微笑みに反吐を覚える。
「ふざけたことを抜かすな、アニューは、アニューは何処にやった!」
「はて? 誰のことだか?」
「ふざけんな!」
「ふざけてなどいないのですがねぇ......私はあなたに条件を提示したい」
唐突に何を言い出すのかと思えば、何だと?
「俺はそんなつもりはねえ! 答えろ、アニューをどこにやった!」
「良いから話を聞きなさい.....ったく、薄々気付いているはずだ、てめえの能力をなぁ!」
「......」
言い返す言葉は見つからなかった。俺は薄々気付いていたわけではなかった。でも、何となく分かっていたのだ。普通の人間とは違う、それには訳がある。そして、俺が師匠に拾われたのは十四年前、それ以降の記憶はない。都合が良すぎるタイミングだろ?それは境界という言葉を聞いた瞬間から、考えていた。
そして、こいつの出現、アニューが俺をあの学園へ飛ばした理由。すべてを考えれば合致する。
師匠は、俺を境界へ接触させたくなかった。でも、話さない訳にはいかなかった。何時か知る必要があると思っていたからなんだ。
だからって、土壇場すぎるタイミングで教えられても困るな......。
「てめえは少し特殊なんだよ」
「特殊......?」
「折角だ、教えてやるよ」
「俺達、境界を開く者は感情がねえ、境界を開くためだけに居る奴らだからなぁ」
「嘘を言うんじゃねえ、お前のどこに感情がねえんだよ、ありありじゃねえか」
「嘘なんかじゃねえんだよ、俺達は境界を開くためだけに召喚された、それはお前も同じ”はず”だった」
「はず?」
「ああそうだ、俺は境界を開く者として一番最初に送られてきた人間、そして、ナインとてめえは二番目に送られてきた」
「何を言って......」
「俺一人では二回目は開けらんねえと判断したんだろうよ、境界がな、だあらおめえらが来た。だが、そこで事故が発生したんだ。お前という名の失敗作が産まれちまった、その失敗作のせいで、俺たちゃ掛かる時間の2倍の時間を要した」
「そしてついに! この日がやってきたんだ......なのに、てめえという失敗作がまた邪魔をしやがる、だから消そうとしたが、俺は気が変わった」
「さっきっから訳の分からねえことをグチグチと!」
俺は飛び掛かるために体制を低くする。手段なんかない。こいつの真正面で消し飛べと大声を出せばいい、こいつだけ巻き込むようにして。
「てめえには感情があるんだよ、それを俺は憎しみを受けたことで初めて知った。これが憎しみを受ける、これが受けた感覚なんだなってな」
「蒙昧したぜぇ? 今まですべては無意味で無価値で無味だったんだ。生きてるって素晴らしいって感じた......」
「感謝してんだ、感情ってのはこういうのなんだなって、だからよぉ、帰って来ねえか?」
予想外の言葉に足が一歩下がった。だが、覚悟は党に決まっている。
俺の帰る場所は、お前らの場所でも、境界でもない。俺は、俺の帰る場所は。
「......俺の帰る場所は決まってる。俺の帰る場所は、ここだってな」
「......残念だ。わざわざ生かしてやったのに、意味がなかったな、ナイン、殺れ」
その言葉とともにナインが飛び出してくる。俺目がけてナイフを一本片手に。
「ッ――!!」
術があるとすればこのダガーナイフ一本。これで軽く翻した所で、第二撃が来る。一撃目は防げても戦闘が長く続けば勝ち目がないのは明白。
「舐めるな!」
大きく振りかぶって俺の頭上目がけて飛んでくる。俺はそれをダガー一本で受け止める。
重い......!!
よく見るとナインのナイフも俺と同じ模様が入ってきた。
「お前、お前も魔術使えないんだな......」
「気付くのがおっそい! と言っても、あたしは基本部屋に籠ってたからね」
「そうだな、俺よりもお前の方がニートって言われた方がいいんじゃなかったの、かっ!」
薙ぎ払うようにダガーに力を入れる。
そしてナインが後ろに一歩下がる。
「あたし、そんなこと言ってくれる友達居なかったから」
よく気付けば怪しい点なんかたくさんあった。ナインはどうして男女共有部屋で一人だったのか、どうしてカルラが俺のことをアルバートンと呼んでしまった時にコイツは無反応だったのか。
驚かなかったのはこいつが元々知っていたからだ。
「寂しいことを平然と言うねぇ、こっちまで傷つくわ」
「あっそ、じゃあ行くよ」
少しも休ませてくれる気も、緩んでくれる気もないようだ。
チッ、こんな時にカルラは何してんだよ!あいつ残英雄とかいう英雄の癖に。
「そいっ!」
「ちっぃ!」
早い、目で追うのが精いっぱいだ。イリスの特訓で剣捌きを軽く教えてもらっていなかったらもう死んでいる所だ。
どうする......勝ち目がねえ、ここで能力を、いやダメだ。ナインは殺せない.....殺すなんて出来る訳ないだろう?
「お前が境界を開くために戦うなら、俺は閉じるために戦う。だからここで引く訳には、行かねえんだよ!!」
やっぱり、俺は自分の身を削る方法しか思いつかない......
ナインが俺と対峙している。なら......
真っ直ぐ俺に差し掛かる時が、チャンスだ。
俺はナインが右から攻撃が来るのを確認したら、大きく大袈裟にダガーで防ぐ。
そして、俺とナインのダガーは互いに弾き合う。
その隙は、俺の真ん中ががら空きになるほどに。それをナインは見逃さず、透かさず差し込みにかかる。
グサッ......
深々とナイフが俺の腹部を貫通した。
そして、そのナインの手を俺はガッシリと掴んだ。
「つか、まえた......」
「ッ!?」
ナインは両目を見開き、俺の頭上を見つめている。それは当然だ、何故なら、俺がナインを、上から刺したのだから。
「どう.....して......」
力なくその場に倒れ、気を失うナイン。
「......」
俺はただジッと見つめていた。どうして能力を使わない?意図は知らない、でも使わなかったのはありがたい限りだ。
これでようやく......ぐっ。
貫通した腹を抑え、正面を向き直る。
シエルに無理を言って直してもらった傷。そして今の深手、正直に言えばかなりきつい。
「行くぞ、インター......」
「はぁ、どーして能力を使わなかったんでしょうかねぇ、理解に苦しみます。馬鹿弟子が」
インターの能力はもう既に知っている。
「後は、お前だけだ......」
俺は飛び掛かるようにして襲いかかる。こいつを倒せば終わる。こいつを倒せばいいんだ。
「その前に、一つ聞きたい、インター」
「......なんですか?」
「アニューを、アニュー・アルバートンを何処にやった!!」
「ああ、そんなことですか」
「アニュー・アルバートンなら、私が......殺しましたよ」
俺はその言葉を聞いた瞬間、痛みなど忘れ、体の限界など忘れ。すべてをこいつにぶつけに行った。
信じるに値しない。アニューが死んだなんてあり得ない。でも殺さなくちゃ行けない。こいつだけは生かしておく訳には行かないと感じていた。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
インターを突き刺す。そこに殺意や憎悪などはない。ただ無心だった。
そして
「消し飛べ......」
その言葉とともに、インターの体は塵のように崩れていく。
「フフフ......アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
泣き叫ぶ訳でもなく、狂気に陥った訳でもなく、一心不乱に笑う。
消えるのを喜んでいるわけでもなく、何かを楽しんでいる訳でもなく。
「これで、俺の役目は、終わりだなぁ?」
「俺の前から、いなくなれ......」
「言ったはずだぜ? 先に地獄で待ってやんよってなぁ。せいぜい頑張れや、出来損ないの人形」
「ほざいてろ」
そのままインターの姿は粉のようになり、消えていった。
「終わった......のか?」
俺は一息を胸を撫でる。
だが、そう問屋が卸してはくれないらしい。
突如、爆音が鳴り響く。その爆音は空、いや、雲の上から鳴っていた。
「なんだよ!!」
ポッカリと穴が開いた空、そして
「まさか......開いたのか?」
暗闇が、のぞき込んでいた。
「どうして......こいつは、倒したはずなのに」
「全く、師匠といい、あなたと言い、師弟揃って爪が甘いですね」
この声、この言い方。俺は覚えている。
「カルラ!!」
「大声を出さなくても聞こえてますよ」
「今までどこ行ってたんだよ!」
「ちょっと......不意打ち食らっちゃいましてね。軽く天国に」
「は? 何言ってんの」
意味不明なことを言っている暇はないというのに、何を言ってるんだお前。
「いいから空を見上げなさい。あれはあなたが開けたんですから」
「どういうことだ?」
「奴らはあなたの能力を逆に利用した。それを体内で受け止めることで境界へと流し込み、結界を消し飛ばしたんです」
「なっ!」
信じられない。じゃあ俺のせいで、俺のせいで開いたのか?
「じゃあ、アニューは」
「今はそんなことを言っている暇ではありません。良いですか、アレを止める手段は二つに一つ。アニューのいない今、出来ることは一つしかない」
「アニューが秘蔵で作っていた魔術式か?」
「はい」
「そうか」
俺は知っていた。昔回復魔法を受けた時に、味わっていた。あれが本当は回復のためではなく封印のために作られているということも、俺は知っていた。だから未完成だと言っていたんだ。
「でも、あれは未完成だ。完成していないから、使えない。カルラも知っているんだろう?」
「未完成でも、やってみないと分かりませんよ」
「それじゃあダメだ、運に掛けるほど愚かじゃない。俺に方法がある。代わりに、シエルを助けてやって欲しいけど」
「何を......」
「ちゃんと拾ってやれよ。じゃあ、あとは任せた」
「あっ......」
俺は走って学園へと戻る。今すぐにアレを閉じなきゃいけない。なら方法は一つしかない。これが俺の保険。
「何故、最後は何時も同じ姿なんですか。アニュー」
「シエル!! 準備は出来たか?」
「無理難題を押し付けて何を言うかと思えば、出来ましたよ!」
「流石だ、じゃあ行くぞ。これが、本当に世界を救うだ」
そして、俺はシエルの召喚した竜に乗り、空へと飛んで行った。
飛んでいく先は、決まっていた。
「これで、どうするんですか?」
ポッカリと開いた穴。底から何かが蠢いている。もう少しすればそれが出てくる。
「こうするんだよ」
俺は竜からシエルを突き落とす。
俺は笑みを浮かべていた。俺の死に場所はここだ。師匠が本当に死んだかは分からない。でも、俺の生まれや正体が境界であるのならば、俺は生まれた場所で死ぬべきだ。
「悪いな、お前に付き合ってもらうことになりそうだ」
俺は竜を軽く撫でて、穴へと突っ込むように指示する。
「じゃあな、シエル。アニュー」
全く、何してるんだか、アニューめ。後で帰ったら文句言わねえと。俺をあんなところにやって、勝手に死んだとか言われて、こっちの身になれっつうんだ。
そうだろう?アニュー。
そして、穴に入り切った瞬間。体を何かが蝕んでいくのが分かった。それは俺の体を食い続ける。
「グアアアアアアアアアアアアア!!」
でも止まるわけにはいかない。
「消し......飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!」
俺が唯一使える力。すべてを消し飛ばせる力。
だから、これが本当の俺の在り方なんだ。だから俺を育てたんだろう?アニュー。
馬鹿弟子が、勝手に死ぬことは許さないぞ。
「......ッ」
俺は目を覚ました。
「どこだ、ここ」
俺は見知らぬ、そして深い深い森に居た。
「俺は.....誰だ?」
空を見上げると、そこにあったのは月だった。
大きな月が、朝っぱらだというのに俺を見ていた。
「まだ朝じゃねえのか?」
俺が空を見上げていると、草木がザワザワと音を立てている。
動物でも居るのだろうか。俺はそちらに視線を向ける。
「誰かいるのか?」
「......」
姿を現したのは小さな女の子だった。髪は白く、そして。
「お兄ちゃん、だあれ?」
何処か見覚えのある少女に思えた。
臆病者と呼ばれた師匠の弟子は魔術学園にて最弱でした @satou121
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます