第10話
「...て、起きて!」
耳元で誰かが大声で叫び、俺の体を揺さぶる。俺はそれに反応し、覚醒する。
「......誰だ?」
「私です、シエルです。分かりますか?」
目が霞む。視界は良好ではないようだ。腕を上げようにも腕が動かないのはたぶん、さっき折れたからだと思う。
体が反応しない。意識はぼんやりとしていた。これこそ、死にかけというに相応しいのではないか。と思ったが、実際死にかけていたら意識なんてあるとは思えない。
俺は体が動かない代わりに思い瞼をゆっくりと上げる。
「シエル......か、オルカは?」
意識が次第に戻ってきた。これなら喋ることくらいはできそうだ。
「緊急病室に運ばれました。でも、難しいかもしれないと......」
そりゃあそうだ。腹を貫通させられてんだ。
「そうか、一応病室には行ったのか」
難しいとはシエルは言うが、オルカはしぶといし、まだ魔獣の欠片の効果が継続しているかもしれない。それを考慮すると、死ぬ、というのはあまりにも考えにくい。
だって下半身をすぐに再生するほどの力だぜ?普通じゃありえない。
「あいつは、しぶといから大丈夫だ」
根拠はあると言えるが、確信ではなかった。
「シエル、頼みがあるんだ」
「なんですか?」
「治癒魔術をかけてくれないか?」
シエルは感染系の魔術師ではない。もちろん、治癒出来る奴を召喚すればまた話は別だが、持っている可能性もかなり低い。それでも頼むしかなかった。
シエルが俺を病室に連れて行かなかった理由は大体予想がついていた。そこに関しては感謝しかない。
俺にはまだやることがある。言わずもながらシエルには分かっていたのかもしれない。
「私に隠し事、ありますよね?」
シエルは気付いている。俺が、俺とカルラ達が、何かに関わっていることに。でもそれを自分だけ教えてもらえていない。何故かもきっと気付いている。それに対して無力だと分かっているから強くは追及してこなかった。でも、シエルよりも弱い俺が行こうとしているのに、それを見す見す行かせる自分が許せないと思っているのだろう。だから今、シエルの顔は暗い表情をしているんだ。
「......ごめんな、話すわけにはいかないんだ。シエルを危険な目に合わせたらカルラに殺されちまう」
心配そうな顔をして俺を見つめている。
そんな顔されたら行きたくなくなる。たった数日だってのに、なんでここまで俺は深入りしてんだかな。
「それに、俺一人で行かないと行けないんだ。師匠に何があったのか、俺はそれを確かめなきゃいけない」
境界を開かれれば世界は壊れるんだろ?救うには俺しかいないだろ。この力で、あいつごと吹き飛ばせばいい。シエルに危険な真似はさせられない、もしさせちまったら、本当にカルラに殺されるしな。
心の中で冗談を言いながら、シエルに軽く微笑んで見せた。
「俺なら大丈夫だ。死なない」
「......」
納得し切れていない表情をしている。それもそのはずだ。今の怪我でどうしたらそんなことが言えるんだって思われても仕方ない。この怪我はそれだけ酷く重症だった。
自分でも驚いている。これだけの怪我をしてまだ意識があるのか。
俺はそのことについてこう思っていた。
”まだ倒れることを許されていない”
倒れてはいけないんだ。だからこうして意識を保って居られて、シエルがここにいる。それにはきっと訳があるはずなんだ。
その訳がきっと境界を開かせないためだと思う。だから行かなくちゃいけない。足が無くなろうとも、腕が無くなろうとも。心臓の鼓動が止まろうとも。俺は止まれないんだ。
何かが、ミカの心を突き動かし、境界へと接触させようとしていた。そのことに、ミカは薄々気づいていた。自分の過去に境界が関係している。確証はない。でも、確かめることはできると思っていた。
「頼む......」
シエルは下唇を噛み締める。
「じっとして居てください......馬鹿」
最後の方に言った言葉は、小さな声であまり聞き取れなかったが、何故か、あまり心地の悪くない罵倒が入った意味合いに思えた。
「ありがとう」
気絶させて、気付いたらみんなボロボロで、事情も聴かずに俺を治療してくれている。
普通だったら怒ってもおかしくない。でも、シエルは怒らなかった。
「やっぱり、シエルはシエルだな」
「シエル、もし、何かあったら手伝ってくれ」
「はい......?」
これは保険だ、もしもの時の
「じゃあ、行ってくるわ」
「あっ......」
走ってその場を後にする俺は、一度も振り返ることはなかった。一度覚悟を決めたのに、振り返ったら揺らいでしまう。死ぬかもしれない、かもしれないじゃないな。俺はこれから、死ぬんだ。
地獄の入り口は分かっている。俺が拾われた場所、ミカン畑の場所だ。
あそこが、十四年前に開いた、境界の場所だから。
「......この力の正体が、そんなまさかな」
信じない。俺は信じない。この力の根源が、あいつ等と同じだなんて信じない。
でも、もしその時は、本当に......。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます