第9話
「おりゃああああああああああああああああ!」
全力だ、こいつは本当に俺を倒すつもりで来ている。
俺も相応の対応をしないといけねえな…
「……!!」
当たってやる。でもお前も当たれ!
もうこいつは魔獣なんて力に頼っちゃいない。なら俺もあの力に頼る必要もない。
勝負をつけるになら、こぶし一つで十分だ!!
折れている右腕を構わず、左手で殴る。右腕が体に少しでも掠れたり、揺れたりする度に激痛が走る。
この痛みは、俺が生きてるって証だ!だから抑えろ、限界まで耐えろ、こいつの因縁を断ち切ってやるまでは、安らかに眠るわけには行かねえ!
あの時、右腕で脇腹を庇ったが、実際は肺にまで到達していた。
脇腹の骨が何本か折れている。いつ倒れてもおかしくはないのに、倒れることなかった。
「ガハッ……」
肺が……
「はぁ……はぁ……」
半身吹き飛ばしたっつうのに、まだ動くか……。魔獣の力で復活した下半身で立ち上がり、俺に立ち向かってくる。俺はもう限界だっての……
かれこれ何十分も殴り合い、こいつに体力の限界はねえのかと問いたいところだ。
そんなのに付き合っている俺もバカなのかもしれないな。
「もう……倒れろよ!」
オルカが泣き叫ぶように言い放つ。その言葉と共に、俺は前に倒れ始めた。
地面に近寄っていく。
ああ……もう限界なんだな……
何処かで諦めがついていた。こんだけやったし、あいつも十分だろ。これであいつの因縁は切れるだろ、違うか?
俺は返ってくるはずのない問いを自分に問いかける。
"何勝手に決めてんだ、負けてるじゃねえかよ"
俺は驚きのあまり前足で倒れるのを踏ん張る。
……ああ、そうだな。
"負けてんじゃねえよ、見せてやるんだろ?俺がどんな奴かを"
痛い所を付かれた。いつの間にかに忘れていたようだ。
「まだ……倒れることを許してくれそうにない……」
「忘れていた、俺は、見せるんだった。俺がここで倒れたら、臆病者って認めちまうもんな……」
「ここからは! 俺の意志がで戦う!!」
こいつの意志の強さは十分に伝わった。なら、今度は俺の意志の強さを見せてやるよ。
「どうして……どうしてそんなにしてまで戦うんだよ!」
「愚問を、言うなよ。お前だって同じじゃねえか」
「そうじゃねえよ! お前にはなんのしがらみもねえじゃねえか! 何のためにそこまで戦えるんだよ!」
何のために?
「だーかーらー……何度も言わせんなよ、俺は、師匠が育てた俺をお前に見てもらうことで、師匠がどんな奴かを教えるつってんだ!」
「そんなことのために、命を賭けるのか?」
普通はおかしいのだろう。俺でもおかしいと思う。分かっていても、これだけは譲れない。
「命を救ってくれた、せめてもの恩返しが、それしかないなら、俺は喜んで賭ける!」
恩返しが、したいんだ……。
「......やっぱり、お前馬鹿だよ」
「――――――ッ!!」
その刹那、オルカの腹から、手が突き出した。
「ガハッ......お前......」
「オルカ!!」
貫通した手はオルカから黒い球を取り出すと、オルカの腹から抜けていった。
「くっ......」
「は~い、終わりです~」
陽気に、そしてどこか楽し気な声に俺は聞き覚えがあった。
「お前......どうして......」
「はて? 何のことでしょう?」
「まだ、俺は......!!」
「あぁ? 言わねえと分かんねえかぁ? もういらねえつってんだよ」
「グアアアアアアアアアアア!!」
傷口を思いっきり蹴り、叫び声を聞いて、喜んでいた。
「インター! 何のつもりだ!」
「うっさいですねぇ、これだから餓鬼は嫌いなんですよ」
インターは耳を穿って嫌そうな顔をしていた。
「あー言ってなかったですねぇ、この魔獣の欠片渡したの、”私”なんですよぉ......」
「え?」
「その唖然とした顔、面白い、最高ですねぇ!!」
ケラケラと笑い続け、黒い球を手の上で転がしている。
「用事は済んだから回収しに来たら、こんな面白い演劇やってるんですからぁ、傑作ですよねぇ?」
「演劇だと......?」
オルカが必死になって、自分のしがらみを断ち切ろうとしていたのを、演劇だと?
「ええ、彼の”無駄な”行為のお陰で、あなたの師の死に目に会うことが出来ましたしねぇ?」
「お前! アニューに何しやがった!」
「あらら、いっけない。知らないんでしたね、気を付けなければ」
「......答えろ、アニューに何をした!!」
オルカのことについても、アニューについても、コイツだけは許しちゃいけない。そんな気がして、恐怖が心を支配していた。
「答えしか求めない餓鬼はインターさん嫌いです、ああそうだそうだ。君の能力は使わないでくださいねー、このお友達諸共死んじゃいますよ?」
「くっ......」
「物分かりが良いですねぇ! 出来ることなら私の弟子にしたいくらいだ」
「超最悪な冗談をありがとよ、死んでも御免だ」
「惜しい人ですね......」
「あなたは、邪魔です。死んでください」
最悪な状況だった......
「ナイン!! あとは任せましたよ」
「同級生に戦わせるとは、やはり最悪な性格です、師匠」
インターの背後から、ナインの姿が現れた。
「なんで......?」
「冗談は良してくださいな、先生が生徒を殴ったら職員会議にかけられるますよ?」
「思いっきり生徒の腹貫いてるじゃん......」
「アハハハハ、面白いご冗談ですね、そんなこと何時したんですか?」
「目の前にあるじゃないですか」
「はて? 私にはこれがゴミにしか見えないのですが......」
「お前ら、それでも、人か?」
俺は、心の奥から、怒りではない違う何かが渦巻いていた。
これは、初めての感覚だ。
「人じゃありません、私達は」
「あなた方で言うと、こうでしょうか?」
「境界を開く者」
「と言った所でしょう?」
そうか......こいつらが、敵か
そしてこの感覚は、そういう事か
「成程な......そういうことか」
「はい? おかしくなっちゃいましたか?」
「ようやく分かった」
「これが、殺意って奴か」
インターがニヤリと微笑み、俺に両眼を向ける。
「ナイン、気が変わりました。先程の命令は取り下げです」
「珍しい.....」
「では帰りますよ。そろそろ境界を開かなければいけない」
「はい」
「待て!!」
「待てと言われて待つ訳ないでしょう? 代わりに」
「先に地獄で待っててやんよ......」
高らかな笑い声と共に、黒い靄に二人の影が消えていった。
俺は、それと同時に、体の緊張感が一気に溶け、気を失った。
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