第8話
「お前、誰だ」
カルラは俺のことを凝視している。俺は正直戦いたくなかった。
「俺は……そうだな、お前の馬鹿にした奴の弟子だよ」
足がすくむ、勝てるなんて思えない。あのイリスが負けたんだぜ?でも、シエルとは戦わせられない。友って言うのも気恥ずかしいが、男として、やられるのを見ていろっつうのは、我慢出来ない。
「はぁ? いいから失せろ、俺は学園一位に用がある」
憎悪にまみれた目にはシエルだけしか入っていないように写った。
「今、学園一位を俺が倒した。だから俺が一位だ、俺を倒せばお前が一位だ、いいだろう?」
俺がやられればそれで済む、と思っていたのだけれど、案外そう言うわけでもないらしいからな。
「訳わかんねえことほざくな! さっさと消えろよ!」
「消える……ね、まぁいいわ、かかってこいよ」
「あ? 人の話聞いてんのか?」
「だからさぁ……人の師匠を馬鹿にしといて、タダで済むと思ってんじゃねえぞつってんだよ」
相手は何かを使ってる。それが分からなければ俺に勝機その物はない。どうする、考えろ。あの時の悪寒を感じ取ったのは俺だけ、となると考えられるのは魔獣、だけど魔獣なんてここにはいない。ならなんだったんだ?
「……お前、まさか、アニュー・アルバートンの弟子か?」
簡単にはバレないと思っていたのだが、簡単にバレちゃった。
「なーんでうちの師匠の弟子ってだけで驚かれんだかな」
「当たりめえよ、大災害を止める一歩手前で命欲しさに逃げた女だろ、有名に決まってんじゃねえか!」
俺は始めて聞く真実を信じられないと同時に、心の奥底で何かが蠢き始めていた。
「逃げた?」
「知らねえのか? お前の師匠は自分の命が惜しくて逃げた臆病者だ!!」
「師匠が臆病者ねぇ」
「お前をぶっ殺してからシエルを殺してやる」
高らかに笑うそれには、もはやオルカと呼ばれる者の面影はなかった。
「俺は師匠を馬鹿にされるのは構わねえ、確かにあいつは馬鹿だ」
「あぁ?」
「でもな、臆病者なんかじゃねえ、何時だって真っ直ぐな人間だ!」
俺だけは知っている。例え世界がアニューに後ろ指を指そうとも、俺はアニューの弟子だから、味方でありつづけなきゃ行けない。それに、今の俺があるのはアニューのお陰だ。恩返し、まだしてねえしな。
「カルラー!! 決闘ルールを使用しろ!」
俺は会場にいないはずのカルラに向かって大声で叫ぶ。
聞こえてんだろ、返事しろよ。
観客席がざわめき始める。
「許可します」
何処からともなく返事が帰ってきた。
「「「「えええええええええええええええええええ!?」」」
観客の声が施設の外にすら漏れる声量だった。
「だとよ、オルカさんや」
「……そんなに死にたいのかお前」
「いいやちげえよ、俺は見せたいだけだ、師匠を馬鹿にするアホ共に、その師匠がどんな人物かをな」
俺だけが知っている。
「これで誓いは不要だ、始めようぜ」
「……魔術も使えない最弱風情が」
俺はダガーナイフを構える。これだけなんとか出来るなんて思っちゃいねえ。でも、やるしかねえんだ。
俺がコインを指先に置いて、大きく振りかぶってぶん投げる。これが落ちた瞬間、開始だ。
そして、火蓋は切って落とされた。
「黒龍の園庭」
「またそれかよ!!」
しかも開幕から、相手は気を緩めてくれそうにない。
オルカは接近だから殺傷系と読んで間違いはない。だが、どうやって相手をする……あいつの身体能力上昇はかなりヤバイ。イリスは一撃だったのに、俺が食らえばもっとヤバイ。
当たるわけにはいかねえ。
「雑魚が!」
オルカは真っ直ぐに突進してくる。俺がそれでやられると見ているのか、反応が間に合わないとでも思っているのか。
回避よりも、俺が今出来ることは、立ち向かうだ!
「おりゃあああああああ!」
上から思いきり左手で振りかぶる。それをオルカは左に交わす。それを見た瞬間俺は左手に握っている手の力を緩め、離す。
「おっちねぇ!」
横から蹴りが飛んでくる。あれに当たればあばら骨と肺が潰れる。予想できたことだ。だから!
「甘んだよ!」
離したダガーを落ちきる前に右手でとって左手で脇腹をガード、そのまま右手でオルカの足に突き刺す!
「イッツ……クソッ!」
オルカは一度距離を取って様子をうかがい始めた。俺のダガーナイフは切った魔術を破壊する能力だ。これで黒龍の園庭とかいう身体能力も切れたはずだ。
効いた、でも効いたのはこっちも同じだ。
左腕一本に対してあっちはほぼ無傷。刺したはずの傷跡も修復されてる。傷口の治り方は黒い毛で覆われるだった。
「ああ、成程な」
「殺してやる……」
こいつがさっきっから物騒なのもそう言うことか。
「お前、魔獣の欠片使ったな?」
こいつ、禁忌に手を出しやがったのか……そこまでして……
「だからなんだって言うんだ、それで勝てるならいいじゃねえか」
「……人は魔術に頼りすぎちゃいけない、なんでか知ってるか?」
「意味わかんねえこと言うんじゃねえ」
「じゃあ教えてやるよ」
傷が修復し終わると俺にまた突撃を仕掛けてくる。
こいつは魔獣の欠片を使っている。なら俺のにも耐えられるな。余計なお世話、っていうのもあれだけど、カルラに感謝しないとな。
こんな時くらい使ったっていいよな、アニュー。
「消し飛べ」
猛スピードで走ってくるオルカはその場で倒れる。
ザー
「あれ? なんでいきなり倒れて……」
オルカの半身は消し飛び上半身しか残っていなかった。それを見た観客席から悲鳴がするか思っていた。しかし、全員無反応だった。それはカルラが結界を張ってくれたお陰だった。
「魔術は人を不幸にする、これが答えだ」
「何を言って……」
「ったくよぉ、気づけって話ですよ、お前がそんなになってんのは魔獣の欠片のせいだからな、今結合崩壊させてやるから待っとけ」
「余計なことすんじゃねえ!」
「お前、飲み込まれかけてるって分かってんのか」
こいつはこのままでは死ぬ。欲望に飲まれ、本能がままに動き続ければただの魔獣と成り果てる。
「……分かってる、それでも俺は戦わなきゃいけないんだ」
欠片の力によって少しは復活した体の下半身を動かし、立ち上がろうとする。しかし、また地面に倒れ込む。
「なんでそんなにしてまで戦おうとするんだ」
「約束だからだ、母様との、約束だからだ!」
「……」
俺は見つめる他、オルカにかける言葉は見つからなかった。代わりに思ったのは、俺とオルカはどこか似ていると思った。
「十四年前の大災害で失った母様を守れなかった、力があれば守れたのに!」
歯をギシギシと音を立てながら悔し涙を流していた。
「なら、立てよ、決着つけようぜ」
こいつのしがらみを断ち切るためには、俺が戦うしかない。
オルカは、その言葉を聞くと、ゆっくりと立ち上がった。覚束ない足、フラフラと前へ進む。
「そう、だな……」
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