空より来るもの ーせるりあんー

ゆきまる

空より来るもの ーせるりあんー

 博士と助手の二人はいつものように本の整理を行っていた。

 人がいないということは、図書館を利用する存在が皆無という意味である。

 だからと言って、ここに集められた、たくさんの書物をそのままにしておくことはできない。

 定期的に本を取り出し、空気に触れさせ、湿気を払う。たとえ自分自身には読めないものであったとしても、ここにある無数の書物は知識と知性の象徴であった。


「博士、ここに何かあるのです?」


 高いところの本棚を掃除していると、助手が見覚えのない奇妙なものを見つけた。多くの本と同様、紙でできているが開きそうにない。

 胸に抱え、はしごを降りる。机の上に置くと、表面には『セルリアンに関する一考察。その生態と生物的進化、及び生活史について』と、書かれていた。もちろん、博士たちには読めない。

 ガサガサと全体を探る。中にも紙が入っているようだ。少し迷ったが、オオカミの原稿をまとめて本にした経験はある。だとすれば、これもその類であろうと思い封を開けた。

 思ったとおりだ! 中にはたくさんの文字が記された原稿がある。バラバラになることを心配したが、ちゃんと読む人のために端が組み紐で通されてある。

 ゆっくりとページをめくった。何が書いてあるのか、まるでわからない。ただし、原稿の余白に書き込まれたいくつかのイラスト。その色彩と形が二人の興味を

強く引き付けた。色とりどりのカラーで塗られている、何種類もの『せるりあん』。これはメッセージあると理解した。ここにいた『人類』から、フレンズに宛てた重要な手がかりなのだ。





「それで、これを読めばいいんですか?」

「よろしく頼むのです、カバン。ここにはパークの平和に関する重要な秘密が書かれているはずなのです」


 黒いセルリアンを皆で倒してから数週間、パークは日常を取り戻し、フレンズの多くはいまだ『ゆうえんち』にいた。博士たちは本の管理のため、たびたび図書館へ戻っていたのだが、今日は問題の原稿を携えて帰ってきた。

 そして、カバンに書類を見せて、中身を読み上げるよう依頼する。


「うーん。でも、難しい文章はボクにも読めませんよ……」


 表紙をめくって、最初のページに視線を落とす。


「あれ?」


 意外な内容に驚いた。

 期待に満ちた瞳でこちらを見つめている博士たち。二人にゆっくりと語りかけるよう、文章を読み上げていく。





 もう時間がない。われわれは間もなく、ここを離れ、安全な場所へと移動するだろう。残されたフレンズとパークの未来がどうなるか、それを思うといまも心が痛む。

 残念だが、いち研究者に過ぎないわたしでは、君たちフレンズを救うことはできない。制御不能なセルリアンの暴走。その原因がサンドスター・ローの濃度が急速に上昇したせいであることは確認できている。さらには、パーク全土を襲った黒いセルリアンの大量発生。これが、われわれ人類がパークを廃棄せざる得ない理由だ。

 そして、サンドスターの供給なしではヒトの姿を維持できない、君たちフレンズをここに置いていくことを許してほしい。

 これから先、いったいどれほどの時間が過ぎれば、パークにふたたび平和が訪れるのか見当もつかない。いつか文字を知らない君たちフレンズの中から、人の知恵を宿した存在が現れるのだろうか?

 その時のために、わたしは自身が知り得たセルリアンに関する知識をここに残しておく。願わくば、誰かがこの情報に触れることを強く期待する。


1.セルリアンについて


 この名前がいかなる由来を持つのかは、いまだ判然としない。おそらくは空の色と、大空より降り注ぐサンドスターによって誕生する事象をもじっているのだろう。単に、『空から来るもの』とでも考えておけばいい。

 重要なことは、彼らもまたフレンズたちと同様にサンドスターから生まれるという事実だ。生命の形態を人に模して現れるのがフレンズ。それを無に帰する存在がセルリアン、長らくそのように考えられていた。


2.生態


 だが、わたしはこうした天の配剤的な二元論について少なからず疑問を持つ。

 大自然において、ある存在が他者の絶対的天敵となった時、その者は正義の行いなどという観念的な思考に基づいて行動するのだろうか?

 そんなはずはない。捕食者は単にそうすることが、もっとも効率的であるからそのように行動しているだけだ。ならば、セルリアンも同様に、捕食の優位性という一点のみでフレンズからサンドスターを奪っている。そう結論付ける方が自然なのだ。


3.生物的進化


 セルリアンは極めて動物的特徴を持つ。これはわれわれの調査でも明確に判明している。幼体、群生、形状変化、捕食行動。これらはセルリアンがその時々の生態ステージにおいて成長、あるいは成体化を果たしているものと思われる。

 そこでわれわれはセルリアンの分類を行った。体色についてはおおむね四種、青、赤、紫、黒である。これらに様々な形状を当てはめ、識別をした。

 しかし、わたしはここに至って、もうひとつの可能性を捨てきれない。彼らはみな同一の種族、もしくは極めて近い品種であるという結論だ。


4.生活史


 わたしがこのような仮説に思い至ったのは、美しいパークの夜空を見上げていたときだ。満点にきらめく無数の星々。その中には色とりどりの恒星がある。そして、星の色に記された厳然たる法則。それこそが、わたしにあるきっかけを与えてくれた。

 セルリアンの体表面の色調は、単純なセルリアン内部におけるサンドスターの活性反応に起因するのではないかという疑問だ。

 パーク各地において、もっとも活動的であるのは主に青い色相のセルリアンである。彼らの中には比較的、小型のものが散見される。これは誕生してまもない幼生体であるからという可能性を示唆している。そして、体表面が赤みを増して紫、赤と進んでいくごとに体長の大型化が顕著な特徴として現れる。セルリアンは成長し、大型化を果たし、最後には体内のサンドスター反応が不可能となって崩壊していく。

 わたしの結論はセルリアンの表面の色相の変化は、『老化』現象であるというものだ。その最終段階として、極めて大型の個体となる黒いセルリアンが存在する。


5.黒いセルリアン


 黒色のセルリアンは特別である。それは紛れもない事実だ。

 しかし、それが種による特性だという結論に、どうしてもわたしは納得できない。黒いセルリアンはサンドスター・ロー(以下、SL)を急速に吸い込み、超大型化する。その危険度は極め付きだが、弱点としては水分に弱くなる。

 なぜ、SLを吸収した個体は水分に対して生体反応を失い、無機物へと還元されてしまうのであろうか?

 その原因はまさにSLそのものにある。SLはサンドスターと同時に放出される、精製練度の低いサンドスターであると予想されている。SL自体にはフレンズを生み出すことも、セルリアンを発生させることはない。つまりは不活性であるというのが特徴だ。それが黒いセルリアンに取り込まれることで、個体の大型化を促進する。

 こうした事実から考えられる現象は、SLはサンドスターの反応が低下した黒いセルリアンに対し、生体的特徴を維持するための反応促進剤となっているのでないか? という仮定である。


6.SLによる反応の一時的促進とその限界。


 SLはセルリアンに作用して体積を膨張させる。この状態での黒いセルリアンの体内反応は個体を維持できるギリギリのラインであるだろう。体表のいちじるしい硬化は末端部位の変異が進行しているからである。

 そこに大量の水分が急速に熱と反応速度を奪い取り、生体を維持していたサンドスターの反応を限界値以下にまで減少させてしまう。これが黒いセルリアンに対して、水分が致命的効果を及ぼす理由であると推測する。こうして、セルリアンはその一生を終わるのだ。黒いセルリアンはパークの各地方に出現するが、その頻度はサンドスターを放出する山岳部を中心点として周囲に広がっている。


7.SL放出への対策とその維持。


 われわれにとっての最大の脅威は黒い大型セルリアンである。

 その理由は単にサイズという以上に、SLの供給によって十分な対策が打てないうちに、より脅威度が増すという点である。

 その原因が四神の位置情報の変化によるものであるのは間違いないだろう。

 しかし、軍部ならびに関係部署の官僚たちは、ただ一方的にSLの危険性をまくし立て、パークからの速やかな退去を命じてきた。

 だからこそ、わたしはSLに対する安全な対処法と、その持続的維持を目的とした方法をここに記す。

 まずは何よりも四神の位置の復元である。それによって、これまで何らかの方法で塞いでいたSLの放出をもう一度、低減することが可能になる。

 あとはその状態を常に維持管理することだ。

 われわれは古代の遺産に対して、あまりにも臆病で慎重すぎた。

 それに触れることはおろか、近づくことさえ自重していたのだ。

 その結末が、人類のパークからの撤収である。

 わたしの言葉を聞く者たちよ。未知を恐れてはならない。

 願わくば、君たちがみずからの勇気と行動でパークの未来をふたたび平和に導いてくれることを祈る。





「——以上です」


 カバンが最後のページをめくって、顔を上げた。

 それに対して、博士たちは短く感想を述べる。


「人の話はながったらしいのです……」


 評価は辛辣だった。


「いまさら言われるまでもなく、鳥系のフレンズによる上空からの監視。さらには山岳方面を得意としているメンバーによって、定期的な保安作業の体制をすでに整えているのです」


「はあ……」


 二人の剣幕に相槌を打つくらいしかできない。


「まあ、それでも……。自分たちの進んでいる方向が知恵を持つ人間と同じだったことは安心なのです」

「助かったのです、カバン。われわれは自らの正しさを証明できる知識を必要としていたのです」


 それでもヒトへの敬意は失われていなかった。


「ところで、カバン。お前はどうするのですか?」


 唐突に自分自身のことを言われ、ひどく戸惑う。


「え? 何がですか……」


 問われた意味をつかみきれず、そのまま訊き返した。


「ここに書かれていることが事実なら、人間は島の外にいるのです。それを探しにいかないのですか?」


 とうに諦めた夢。それをいまいちど、博士たちは言葉にする。


「いまはパークのみなさんと一緒にいられることが楽しいんです。ボク自身の夢は、もうしばらくあとで構いません」


 カバンの答えに博士たちはもう何も言わない。聞きたいことは聞けた。それで十分だった。





「博士、カバンの言うことをどう思いましたか?」


 用事が終わったカバンをみんなのもとに返し、また二人だけになったタイミングで助手がたずねた。


「人はうそをつく生き物なのです……」


 博士たちはフレンズの中で強く人間社会に興味を持つものたちだ。

 そのせいで人間の良さも悪さも承知している。


「しょうがないので、サーバルたちが内緒で進めている計画に手を貸しますか」

「ポンコツだらけなので、われわれの知恵がなければ成功しないのです」

「あ……」


 何かに気づいて、助手が声を漏らす。


「博士、海を渡るには例の改造で問題ありませんが、ふたたび地上を走るにはパーツが足りません」

「ああ、そうでしたね……。しかたがないのです。例の二人に、もう一度がんばってもらうとするのです」


 脳裏に『例の二人』がよみがえる。


「大丈夫でしょうか、博士?」


 助手が不安げにつぶやいた。


「まあ、根性だけは信用しているのです……」


 パークは平和と安心に満たされている。

 過去の遺産と人の知恵に支えられ……。

 それを守るのはフレンズたちの勇気と行動だった。




                               おわり

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空より来るもの ーせるりあんー ゆきまる @yukimaru1789

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