第3話 ダイアログ・モノローグ


「今日はもう遅いから泊まってく?」


えっ?うそ。いいの?

彼に抱かれたまま少しうなずいた。


「泊まってく。…嬉しい。」


彼は私の背中を一度ぎゅぅってしてから立ち上がって


「じゃぁ着替え。買いに行こ?この近くでこの時間だったらドンキくらいしかないかな?いい?」


「どこでもいい。コンビニでもいいよ?」


彼は首を振ってちょっと微笑んだ。


「君の歯ブラシとか、シャンプーやコンディショナーとか……収納もあったほうがいいかな。まぁそれはまたIKEAにでも行こうか?食器やコップもいるだろうしさ。」


え。それって…


「……私…ここに居て…いいの?」


「もちろん。色々と揃えなきゃな。あ…もぅ枕だけで良いよな?一緒のベッド使ったらいいし。」


私は我慢出来なくてまた彼に飛びついた。


「いいよ!枕なんてなくってもいい。

何にも要らない!私はあなたのもの!好きにしてくれたらいい!」


彼は私にいつも一番嬉しいものをくれる。

もう離さない。離してなんかやらない。

大好き。蒼音。

大好き。


****************


「ふぅ。やーっと終わったねー。今日はさすがに死んじゃうかと思ったわ。」


連日満席の客入り。

すでに一日の売上げは3桁に突入してる。

やっぱこないだのイベントが本当に効いてんのねー。お客さん二時間待ちでも帰んない帰んない。

あたしの制服どうなっただろう…。

想像したら寒気が…。


空はもう半分寝てる。

今日はいっぱい歌ってたしな。外で待ってくれてるお客さんのためにリクエスト聞いて歌ってた。あれはファインプレイだった。

カボ+の子たちもだんだんみんな連携が上手くなってきて、ほんと、インカムも要らないくらい。

今後は弥生にチーフを譲って、あたしはマネージメントに専念しようと思ってる。


もっともっとイベントを増やして、もっともっと衣装もデザインして、もっともっと客層を広げたい。

そのためのアイディアが、今回の慰安旅行先のリゾートホテルにたくさんある。だからシンディさんと私で選んだ。

高校3年間の間にどれだけあたしに能力があるのかを確かめたい。


あたしはもっとやれるはず。

空は天才だけど、そんな空にも負けない。

そーとにだって負けたくない。

あたしはあたしの道をしっかり掴んで、空やそーとと肩を並べて、同じ景色を見て笑いたい。


これが、今のあたしの目標。


その中で、そーとがあたしを選んでくれるのなら嬉しい。

無理でもあきらめない。絶対に退かない。逃げない。

すべては、そーとと並んで歩くため。


たぶん、そーとは、水意先輩のことが好きだ。

見たらすぐに分かる。

長い長いつきあいだもん。こんなに愛してるもん。

見たら分かる。


だけど、負けない。負けてなんかやらない。

そーとを想う気持ちは誰にも負けない。

あたしはあたしの全力で

そーとを愛し続けるの。


絶対に負けない。


****************



「これ可愛い! これにする。」


「もっとおっきいのにしなきゃ、それじゃエスプレッソくらいしか入んないよ?」


「いいの。あなたみたいにカフェ中じゃないんだから。」


楽しい。

22時を超えて出歩くって初めて。

すごいドキドキする。

一応、制服のトップスは脱いで、彼のタンガリーを借りてるけど、なんだか見られてる気がして怖い。


家にはちゃんと連絡した。


両親には、蒼音のことはしょっちゅう話してたし、蒼音の事情も知ってる限り話してた。


今、お父さんは海外に行ってるから、お母さんに正直に説明した。

すごい怒られるかなって思ったけど、お母さんは泣いてまで喜んでくれた。


バイクの免許のことも許してくれた。

蒼音との旅のことも。


私のやりたいことが見つかったのなら、それが一番嬉しいと、お母さんは泣いて喜んでくれた。


何よりも、私をここまで変えた蒼音にすごく感謝をしていた。


そうだな。私はずっと腫れ物だったから。


お父さんもお母さんも、私がお風呂で事故にあったことにすごく引け目を感じていた。

自分たちがちょっと目を離してしまったせいで、私の希望を奪ってしまったことを。私の人生を障害物だらけにしてしまったことを。


でも私はそんなことどうでも良かった。

ただ、そんな両親を見ているのが辛かったし寂しかった。


私はただ、抱きしめて欲しかっただけだから。


思いっきり抱きしめてくれれば、私はこんなに自分を騙して生きてなかったと思う。


いつも優等生で、誰にも劣るとこのないように、あなたたちの子供として恥ずかしくないように、頑張った。

いじめられて、苦しくても、悲しくても、あなたたちの前でも、私は泣けなかった。

そんな腫れ物を触る目で見られるのが哀しかったから。

引け目を感じてるのが手に取るように見えたから。


ただ抱いて欲しかっただけなんだけどな。


蒼音はそんなことどうでもいいって、私を力いっぱい抱きしめてくれた。

私はたったそれだけで救われたのに。


でも、今となっては、本当にありがたさが分かります。

蒼音が本当に家族を大切に想って、大事にしているのを見てるから、どれだけ私を大切に育ててくれたのかが分かりました。

今まで本当にありがとうございます。


私はずっとこのひとのそばで

もっともっと大きくなって

あなたたちを守ります。

だからお父さん、お母さん。

心配しないでね。


私はもう、心から笑えます。



****************



「居ないじゃん。なんでー?」


空がベッドの下まで潜って見てる。

こんな時間に居ないなんて…

電話してみようかな。


「─お客様の携帯電話は現在電波が……」


電波が?なんで?

どこに行くとも聞いてないし……

空がくんくん匂って回ってる。


…ごはんは食べてるみたいね……。

……二人…分?お皿も多い。


片付け方が少しそーとと違う。

誰か来てたのかな?


空がくんくんしながら何か見つけて叫んだ。


「葵ー?! これ!夏服だぞー。」


空が摘まんで来たのは確かに女子のシャツ。

寝室から…えっ? マジで?!

でもシャツだけじゃわかんない。

そうか。リボンの色!

あたしは浴室に向かった。


「……水意先輩…。紫のリボンだ…。」


「みいか? バスルーム使ってるな。バスタオル二枚とハンドタオル一枚があるってことは、ブルーノートも入ったってことだな?他にもなんかないかなー。」


空が寝室に向かう。

なんか嫌。倒れそう。気分がわるくなってきた。

もういいよ空。


「…空?またあとで電話してみよ……空?」


空が寝室で固まってる。

やだ。怖い。


「……葵…? これ…何だと思う…?」


空がベッドを指差して呆然と見てる。

もうやめて、いいよ空。


「空?! 今日は帰ろ?ね?たぶん家に帰って寝てんだよ。帰ろ?」


「…これ…ち…」


「空!!帰るの!今日は帰るの!明日聞いたらいいから!」


あたしは無理矢理空の手を引いて部屋を出た。


歩いて家まで帰る。

空が黙ってすんすん泣いてる。

すごく小さく見えた。子供みたい。


「泣くな!空。」


「……だって…」


「だって何?! だからってそーとが悪いの?! 嫌いになれるの?! 」


「…やだ……。やだぁ…。ブルーノート…愛してる…のに。」


「じゃぁ泣くな!バカ!」


「…うぅぅぅぅ……あぁぁぁぁぁぁ……」


「泣くなって言ってんでしょ!!あたしだって! ……あたしだって我慢してんだ!!バカ!!」


「あぁぁぁぁぁぁ…ブルーノートぉ……取られちゃったぁ……」


「言うな!言うなぁぁ!!バカぁ!!…………」


そのあとはあんまり覚えてない。

気がつくと空を抱えて家のベッドで眠ってた。


そーとが選んだんなら仕方ない。


でも、あたしたちは負けない。

そーとを愛する気持ちは誰にも負けない。

そうでしょ?あんただって。


あたしたちはもっともっと大きくなろう。

そーとを振り向かせられるように

もっともっと綺麗になろう。


あたしたちは絶対に負けない。





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蒼の音。空のうた。 finfen @finfen

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