第4話「速度は貯めるもの」


ビスマルク家2階、執務室。

そこに気難しい顔で書類を処理している人物がいた。


鋭い目付きと気難しげな顔立ちをし、威厳を醸し出す美しいカイゼル髭を蓄え、金の鎖が煌めく片眼鏡を掛け、機能的でありながらその地位に相応しい美しい刺繍を施された仕事着を着こなす壮年の男性。


彼こそ、ハインリッヒ・マルクグラーフ・フォン・ウント・ツー・ビスメルク。

ビスメルク家の家長にしてプロイスン王国侯爵でありガウナ・ビスメルクの父である。


ふとすれば怒気を含んでいる様にも思える雰囲気や表情をしているハインリッヒだが、別段不機嫌という訳でもなく、このキツめの顔は代々の遺伝であり、しっかりと娘のガウナにも受け継がれている。

その遺伝のせいでガウナは悪役令嬢がしっくりとハマるのであるが。


しかし、その表情もさらに段々と険しくなって来た。

先程から屋敷の中が、正確に言えば一家の生活スペースの方が騒がしいからだ。


「またか……」


ハインリッヒはため息と共にそう呟いた。


騒音の原因には目星が付いている。

娘のガウナである。


「私は少し娘に対して甘すぎるのではなかろうか」


彼はそう独りごちる。

ガウナは結婚してから少々遅くに産まれたただ一人の娘である。

しかし、別に妻は生きているし不仲でも無い、ハインリッヒの身体的に問題がある訳でも無い。

どちらかと言えば仕事に重きを置き、常に忙殺される程の仕事量と生活習慣に問題があって子を成す事がなかなか出来ないでいた。

このままでは年老いてしまい、ホントに子供はガウナだけになってしまう。

そんな不安からも一人娘に強く言えないでいるハインリッヒであった。


ガウナはケガをして寝ていると聞いていたが、もう起きていつもの癇癪を起こしているのか。

今日こそは一言、父親らしい事を言って聞かせねば、と立ち上がり廊下へのドアを開いた。

すると右の方から。


「ヤヤヤヤヤヤッフゥーーーーーッ!!!!」


左へ超高速で廊下をすっ飛んでゆく娘の姿があった。


「……」


ハインリッヒは無言でドアを閉めた。


「少し働きすぎたか? 自分でも分からぬ間に疲れが溜まっていたとは……」


眉間に指を当て唸るハインリッヒだが次の瞬間、突然執務室に飛び込んで来た人物と激突する事になる。


「旦那様っ! どぅわっ!?」

「おぐぅっ!?」

「だ、旦那様ぁーーーっ!?」


飛び込んで来た人物とはメイドのモニカであった。

この小柄なガウナ付きメイドの頭部がみぞおちにクリーンヒットしたハインリッヒは堪らず膝を折ってしまった。


「し、失礼いたしました! で、でも一大事なんです!! お嬢様が!」

「ぐぅ、ど、どうせいつもの癇癪だろう?」

「それが……とにかくこちらへ!」


モニカに手を引かれて廊下に出るハインリッヒ、そこには。


「ドゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥエッ!ドゥドゥドゥドゥエッ!」


左から右へ、残像を残しながら斜め下方向に蹴りを入れる体制で廊下を踏み荒らしつつすっ飛んでゆく娘の姿があった。


「は?」


「ムッムッホァイ」


「はぁ???」


謎の掛け声と共に高速スライディングに移行した娘を見て、さらに間の抜けた声を出す。

ハインリッヒはあまりの光景にやがて泡を吹いて倒れ、モニカに至っては。


(絨毯が痛むからアレはやめてもらいたいなぁ、あと純粋にズザーズザーうるさい)


と、現実から目を背けていた。


「よっと。身体の調子も良いし、一部未習得の技を除くとそれなりに動けるわね。あとでコンソールから追加しておこうかしら。でもイベントを飛ばすとフラグ管理が面倒になるかも……」


ひと通り屋敷内をかっ飛び回した後、モニカの目の前で停止したガウナは腕を組んで言う。


「で? どうかしら、信じる気になった? 貴女もそのうち出来るようになるわ」

「なりませんし、やりません、なんならもうやらせません」

「『します、させます、させません』ね。貴女素質があるわ」

「そんな素質はいりません!」


そんな問答の後、ガウナはそこで初めて気がついたかの様に、傍らでぶっ倒れている父を見下ろした。


「ところでモニカ? なぜお父様はこんな所で寝ているのかしら、寝不足?」

「お嬢様のせいです! お嬢様の!!」

「あー、というか心停止してるわよ? コレ」

「え、ウソ?」


泡を吹いて倒れていたハインリッヒはなんと死にかけてしまっていた、それ程までに先程の光景は常軌を逸していたのだろう。

そこでガウナは考える。


「こんなところで死なれると後がめんどくさいわね。でもわざわざIDを調べてコマンドコンソールから蘇生するのも面倒臭いし、下手にResurrectして新しいお父様が生成されるのも嫌だし」

「新しい? 生成??」


モニカの困惑を無視して導き出した答えは、『まだ』死んでいないのだから回復ができる、というものだった。

そうと決まれば回復アイテムが必要だ。

生憎と乱数を調整している場合でも、都合よく回復アイテムが拾える場所でもないので、ここは大人しくコマンドコンソールを開く。


「〈Player.additem 39be5 1〉」


《回復の薬(極)を入手》


コンソールにコマンドを入力するとガウナのインベントリの中に薬が追加された。


しかし、本来『Player』とはゲーム『野に花』の主人公を指すが、そこは転生時に上手い具合に設定を変えている。

今はガウナがPlayerとして世界に認識されていた。


ガウナはポケットから薬を取り出すと、地面に倒れる父にその中身を容赦なくぶちまけた。

主に顔面、呼吸器の辺りに。


「ぶがっ!? ぼごっ!?」

「よかった、生き返ったわ」


この回復薬はかけて良し飲んで良しの非常に便利なものである。

そんな回復薬を掛けられた父は体力を回復し仮死状態から息を吹き返すが、すぐに降り注ぐ回復薬により窒息、回復を繰り返す。


「ぶわぁーーーっ!! やめんかバカもんっ!!」

「お父様、心配しました」


心にもない事を言うガウナ、ド畜生である。


「モニカ!」

「は、はい旦那様!」

「妻をここへ、家族で話がしたい」

「はい! すぐに!」


ガウナは廊下をかけて行くモニカの背中を面倒臭い事になったと眺めていた。

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チーT.A.S悪役令嬢は遊びたい T-Kasiwa @T-Kasiwa

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