としょかんのちかい、かばんちゃんのこうかい

しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる

かばんちゃん、今だよ!

 ジャパリ図書館のベンチに腰掛け、フレンズが二人でうどんを食べていた。


「なぜ、ヒトはしょっぱい水の中にものを浮かべようと思ったのです?」


「面倒です。別々に食わせろです」


 アフリカオオコノハズクの博士と、ワシミミズクの助手はそれぞれユニークな箸づかいで麺を口まで運び、木漏れ日で光るおつゆをすする。


「しかし、美味しい。かばんの料理は流石なのです」


「流石なのです。……かばん、聞いているのですか?」


 二人はその時、ようやく料理人とその親友がいないことに気が付いた。





「博士たち、うどんに夢中だね!」


「うん」


 博士たちから離れること十数メートル。

 サーバルキャットのサーバルちゃんとヒトのかばんちゃんは、『かくしとびら』の間からフクロウ科を観察していた。


「でも、博士たちに教えなくていいのかな……」


「博士たちは料理の方が好きだから後でも平気だよ。かくしとびらの先を探検して、中身を教えてあげよ? それまでは秘密」


 最初、壁の間に風が吹く長方形のすじを見つけたのはかばんちゃんだった。

 しかしサーバルちゃんは、筋がその横のボタンで開くなり心を奪われてしまったのだ。


「何があるのかなあ!」


 ウキウキでもいつものように飛び跳ねることはできない。『かくしとびら』の先は、二人が腹這いになって肩を並べるだけの広さしかなかった。


「大丈夫かなあ」


 『かくしとびら』の端を掴み、かばんちゃんは浮かない様子だった。


「あ、ごめん、かばんちゃん。調べもの、だっけ?」


 料理で博士たちを出し抜いたりもしたが、今日ここに来た目的は調べものなのだ。

 サーバルちゃんには、その顔は本題への未練に思えた。


「う、うん。パークの外周はどうなってるのかなって。あ、でも! 別にただ興味があるだけだから」


 かばんちゃんは咄嗟に手を放し、サーバルちゃんの方に体を向けた。

 扉が完全に閉じる。


「なら一緒に遊んでからでいいよね! かばんちゃん、最近、」


 カチッ、ピコーン


 小気味良い音がして床が抜けた。


「うみゃっ!?」


「えっ!?」


 二人は落ちた。


 うぎゃあああぁぁぁぁ……





「あれ、博士。今、ダストシュートが動く音がしましたよ?」


 助手は『かくしとびら』の方を胡乱うろんに見た。


「しました。どうやらかばんたちは、勝手に地階ちかいに行ったのでしょう」


 博士は事もなげにおつゆを飲み干す。


「地階に。それでは、予定と少し違いますが、われわれの『計画』通り」


 フクロウ科の二人が浮かべたのは、食事の際とは違う種類の笑み。


「あの『秘密』を知れば、すぐに自分のすべきことを理解するのです」


 ふっふっふっふっ


 笑い声の輪唱が図書館を木霊する。


 満足すると、博士は頭の羽をはためかせた。


「あいつらの顔を拝みに行く前に、ちょっと腹ごなしでもしませんか?」


「ええ」


 二人は飛び立ち外に出ていった……





「びっくりしたあ。かばんちゃん、大丈夫?」


「平気。下のこれ、柔らかかったから」


「よかった。でも、ここ暗いね」


 奈落の底は真っ暗闇ではない。遥か上にオレンジの光源が見える。が、辛うじて自分の輪郭がぼんやりわかるぐらい。


「出口は……」


 サーバルちゃんが起き上がる。どこかへ走り出し、すぐに壁にぶつかった。


「みゃみゃ!」


 また走る音がバタバタして、直に戻ってきた。


「狭いし、周りは壁しかないや」


「上、登れないかな?」


 そう言われるとサーバルちゃんは踵を返し壁に向かう。


「うみゃ、みゃん!」


「サーバルちゃん!?」


「だめ、ツルツルだよ」


 声はショボくれているが、とりあえず元気そうだ。


「どうしよう、出口無いのかな」


「博士たちが気付いてくれるかも」


 しかし、大声を出しても騒いでも返事は無かった。


 二人は身を寄せ合い、どちらからともなく座り込む。


「ごめんね」


「気にしないで」


 何も聞こえなくなり、しばらく経った。


「この足元の、なんだろう?」


 サーバルちゃんは指先で地面を触ってみた。夜行性の彼女でもそんなに良く見えていないらしい。


「うーん、うーん」


 サラサラ音がして、サーバルちゃんが唸る。

 かばんちゃんも真似して、見当をつけた。


「紙、かな?」


「それだ!」


 サーバルちゃんは立ち、あらんかぎりに紙を舞い上げて辺りを駆け巡った。


「すごーい! ぜんぶ紙だー!」


「しかも、何十枚も、何百枚も重なってる」


 一か所を掘ると積み重なった紙の束は二人の背ほどもあった。


「何か書いてあるみたいだけど、なんでこんなにたくさんあるんだろう?」


 キョトンとするサーバルちゃんの傍で、かばんちゃんは答えなかった。


 ただ一枚の紙を掴み、食い入るように見つめている。


「かばんちゃん、何か思いついたの……?」


「これ、」





 昼食から数時間後。


 博士たちは巨樹の根元にある階段を降り、ダストシュートの行き先、かつてのゴミ捨て場のドアの前にいた。


「お外がぽかぽかで少し寝ましたが、『計画』どおりなのです」


「かばんたちも『秘密』を思い知ったことでしょう。開けるですよ」


 博士がボタンを押し、ドアを開ける。

 すると。





「ざっぱーーん!」





 白い奔流がドアから飛び出し、博士たちを襲った。


「うわーっ!?」


 波はものすごい勢いで地階中に広がった。

 博士たちは飛ぶ暇も無く飲まれ、階段まで押し流された。


「はわわ!」


 博士は階段に肘をつき、体中についた波に泡食ってもがく。


「……こ、これは、まさか」


 助手が手にした波の正体は、細かい紙のかけらだった。一枚一枚の紙が破かれたもので、たくさんの小さな字が見える。


「あれ、博士?」


 二人を不思議そうに見るサーバルちゃんは、波と地階に転がり込んでいた。


「サーバル!」


「な、なに!?」


 フクロウ科の二人はコートを思いっきり広げて威嚇した。


「こ、こ、この紙には、世界中の料理の作り方が書いてあったのです!!」


「ちゃんと読まなかったのですかー!?」


「暗くて読めなかったんだよ、博士たちみたいに夜目が効かないし」


「そ、そんな……」


「それで、かばんちゃんが急に、」


 二人はサーバルから、ドアの奥へと目を移す。


「『これをいっぱい破いて、広げたら、海みたいにならないかな』って」


 ドアの奥では、かばんちゃんが紙の海に浮かんでいた。


「ざぶーん」


 かばんも帽子も底に沈み、黒髪はどっぷり。

 手足を大の字に広げお腹がふんわり上下する。


「……」


 三人はしばらく静かに、潮の満ち引きのように息をするヒトを見ていた。



「かばんちゃーん」


「あれ、空いてる? 博士たち?」


 かばんちゃんは立ち上がり、駆け寄ってきた。


「……そのビリビリの紙には、世界中の料理が書かれていたのです」


「ええっ!?」


「かばんに勉強させようと溜めておいたのに。罰として夕食を作るです!」


「ご、ごめんなさーい!」


「速く!」


 かばんちゃんは矢も楯もたまらず階段から地上へと追い出され、地階には三人のフレンズだけが残された。


「ねえ、博士」


 サーバルちゃんは普段より小さい声で喋った。


「かばんちゃん、本当は海の外に行きたかったんじゃないかな。最近元気無くて、今日図書館に来たのも、本当は船を探しに来たのかも」


「ふむ」


 博士は納得したように頷いた。


「……ヒトはしょっぱい水の上に浮かびたがる生き物なのですね」


「えっ?」


「サーバル、実はバスは水の上も走れるです」


「壊れてないか見て、壊れてたら直しましょう」


「じゃあ!」


「みんなでかばんを航海させてあげるのです!」


 その時、グウとお腹が鳴った。


「とりあえず、夕食を食べてからだね!」


 三人のフレンズはちかいを立て、友達の元へと階段を昇りはじめた。



 おわり

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