としょかんのちかい、かばんちゃんのこうかい
しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる
かばんちゃん、今だよ!
ジャパリ図書館のベンチに腰掛け、フレンズが二人でうどんを食べていた。
「なぜ、ヒトはしょっぱい水の中にものを浮かべようと思ったのです?」
「面倒です。別々に食わせろです」
アフリカオオコノハズクの博士と、ワシミミズクの助手はそれぞれユニークな箸づかいで麺を口まで運び、木漏れ日で光るおつゆをすする。
「しかし、美味しい。かばんの料理は流石なのです」
「流石なのです。……かばん、聞いているのですか?」
二人はその時、ようやく料理人とその親友がいないことに気が付いた。
◆
「博士たち、うどんに夢中だね!」
「うん」
博士たちから離れること十数メートル。
サーバルキャットのサーバルちゃんとヒトのかばんちゃんは、『かくしとびら』の間からフクロウ科を観察していた。
「でも、博士たちに教えなくていいのかな……」
「博士たちは料理の方が好きだから後でも平気だよ。かくしとびらの先を探検して、中身を教えてあげよ? それまでは秘密」
最初、壁の間に風が吹く長方形の
しかしサーバルちゃんは、筋がその横のボタンで開くなり心を奪われてしまったのだ。
「何があるのかなあ!」
ウキウキでもいつものように飛び跳ねることはできない。『かくしとびら』の先は、二人が腹這いになって肩を並べるだけの広さしかなかった。
「大丈夫かなあ」
『かくしとびら』の端を掴み、かばんちゃんは浮かない様子だった。
「あ、ごめん、かばんちゃん。調べもの、だっけ?」
料理で博士たちを出し抜いたりもしたが、今日ここに来た目的は調べものなのだ。
サーバルちゃんには、その顔は本題への未練に思えた。
「う、うん。パークの外周はどうなってるのかなって。あ、でも! 別にただ興味があるだけだから」
かばんちゃんは咄嗟に手を放し、サーバルちゃんの方に体を向けた。
扉が完全に閉じる。
「なら一緒に遊んでからでいいよね! かばんちゃん、最近、」
カチッ、ピコーン
小気味良い音がして床が抜けた。
「うみゃっ!?」
「えっ!?」
二人は落ちた。
うぎゃあああぁぁぁぁ……
◆
「あれ、博士。今、ダストシュートが動く音がしましたよ?」
助手は『かくしとびら』の方を
「しました。どうやらかばんたちは、勝手に
博士は事もなげにおつゆを飲み干す。
「地階に。それでは、予定と少し違いますが、われわれの『計画』通り」
フクロウ科の二人が浮かべたのは、食事の際とは違う種類の笑み。
「あの『秘密』を知れば、すぐに自分のすべきことを理解するのです」
ふっふっふっふっ
笑い声の輪唱が図書館を木霊する。
満足すると、博士は頭の羽をはためかせた。
「あいつらの顔を拝みに行く前に、ちょっと腹ごなしでもしませんか?」
「ええ」
二人は飛び立ち外に出ていった……
◆
「びっくりしたあ。かばんちゃん、大丈夫?」
「平気。下のこれ、柔らかかったから」
「よかった。でも、ここ暗いね」
奈落の底は真っ暗闇ではない。遥か上にオレンジの光源が見える。が、辛うじて自分の輪郭がぼんやりわかるぐらい。
「出口は……」
サーバルちゃんが起き上がる。どこかへ走り出し、すぐに壁にぶつかった。
「みゃみゃ!」
また走る音がバタバタして、直に戻ってきた。
「狭いし、周りは壁しかないや」
「上、登れないかな?」
そう言われるとサーバルちゃんは踵を返し壁に向かう。
「うみゃ、みゃん!」
「サーバルちゃん!?」
「だめ、ツルツルだよ」
声はショボくれているが、とりあえず元気そうだ。
「どうしよう、出口無いのかな」
「博士たちが気付いてくれるかも」
しかし、大声を出しても騒いでも返事は無かった。
二人は身を寄せ合い、どちらからともなく座り込む。
「ごめんね」
「気にしないで」
何も聞こえなくなり、しばらく経った。
「この足元の、なんだろう?」
サーバルちゃんは指先で地面を触ってみた。夜行性の彼女でもそんなに良く見えていないらしい。
「うーん、うーん」
サラサラ音がして、サーバルちゃんが唸る。
かばんちゃんも真似して、見当をつけた。
「紙、かな?」
「それだ!」
サーバルちゃんは立ち、あらんかぎりに紙を舞い上げて辺りを駆け巡った。
「すごーい! ぜんぶ紙だー!」
「しかも、何十枚も、何百枚も重なってる」
一か所を掘ると積み重なった紙の束は二人の背ほどもあった。
「何か書いてあるみたいだけど、なんでこんなにたくさんあるんだろう?」
キョトンとするサーバルちゃんの傍で、かばんちゃんは答えなかった。
ただ一枚の紙を掴み、食い入るように見つめている。
「かばんちゃん、何か思いついたの……?」
「これ、」
◆
昼食から数時間後。
博士たちは巨樹の根元にある階段を降り、ダストシュートの行き先、かつてのゴミ捨て場のドアの前にいた。
「お外がぽかぽかで少し寝ましたが、『計画』どおりなのです」
「かばんたちも『秘密』を思い知ったことでしょう。開けるですよ」
博士がボタンを押し、ドアを開ける。
すると。
「ざっぱーーん!」
白い奔流がドアから飛び出し、博士たちを襲った。
「うわーっ!?」
波はものすごい勢いで地階中に広がった。
博士たちは飛ぶ暇も無く飲まれ、階段まで押し流された。
「はわわ!」
博士は階段に肘をつき、体中についた波に泡食ってもがく。
「……こ、これは、まさか」
助手が手にした波の正体は、細かい紙のかけらだった。一枚一枚の紙が破かれたもので、たくさんの小さな字が見える。
「あれ、博士?」
二人を不思議そうに見るサーバルちゃんは、波と地階に転がり込んでいた。
「サーバル!」
「な、なに!?」
フクロウ科の二人はコートを思いっきり広げて威嚇した。
「こ、こ、この紙には、世界中の料理の作り方が書いてあったのです!!」
「ちゃんと読まなかったのですかー!?」
「暗くて読めなかったんだよ、博士たちみたいに夜目が効かないし」
「そ、そんな……」
「それで、かばんちゃんが急に、」
二人はサーバルから、ドアの奥へと目を移す。
「『これをいっぱい破いて、広げたら、海みたいにならないかな』って」
ドアの奥では、かばんちゃんが紙の海に浮かんでいた。
「ざぶーん」
かばんも帽子も底に沈み、黒髪はどっぷり。
手足を大の字に広げお腹がふんわり上下する。
「……」
三人はしばらく静かに、潮の満ち引きのように息をするヒトを見ていた。
「かばんちゃーん」
「あれ、空いてる? 博士たち?」
かばんちゃんは立ち上がり、駆け寄ってきた。
「……そのビリビリの紙には、世界中の料理が書かれていたのです」
「ええっ!?」
「かばんに勉強させようと溜めておいたのに。罰として夕食を作るです!」
「ご、ごめんなさーい!」
「速く!」
かばんちゃんは矢も楯もたまらず階段から地上へと追い出され、地階には三人のフレンズだけが残された。
「ねえ、博士」
サーバルちゃんは普段より小さい声で喋った。
「かばんちゃん、本当は海の外に行きたかったんじゃないかな。最近元気無くて、今日図書館に来たのも、本当は船を探しに来たのかも」
「ふむ」
博士は納得したように頷いた。
「……ヒトはしょっぱい水の上に浮かびたがる生き物なのですね」
「えっ?」
「サーバル、実はバスは水の上も走れるです」
「壊れてないか見て、壊れてたら直しましょう」
「じゃあ!」
「みんなでかばんを航海させてあげるのです!」
その時、グウとお腹が鳴った。
「とりあえず、夕食を食べてからだね!」
三人のフレンズは
おわり
としょかんのちかい、かばんちゃんのこうかい しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる @hailingwang
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