第11話 神さまの『悪戯』と『言う通り』。

 僕こと水面楽一が、『自協計画』なるイベントの存在に気がついたのは、一学期末テストを終え、一週間後には夏休みを控えた七月中旬のことだった。いや、実際そのイベントの開催は一ヶ月ほど前からプリント等で知らされていたらしいけど、なぜか僕の耳には届いていなかった。(単純に聞いていなかっただけだ)


 最初に説明してしまうと、『自協計画』とは、『自立・協調・計画・画策』の頭文字を取ったもの。砕いて言ってしまえば、自立した立派な大人になるためのプロジェクト......らしい。


 そんな大層な名前まで付いている『自協計画』だけど、その実態は合宿に近い。一年生の生徒は、何十ものグループに分かれて全国各地のアパート、マンションに放り出され、与えられた部屋、与えられた資金だけで三日間過ごさなければならない。


 生活を送る上で必要になる支出は全て資金で賄わなければならない。食費に光熱費、移動に必要な交通費までもである。


 加え、行った先での住民とのコミュニケーションも目的の内の一つ。コミュニティ内での活動を円滑に行えない者は将来性がない、とのこと。


 個人的には過保護気味な気もするけど、私立校だからという理由で面倒見がいいのも仕方ない。それに、僕一人がどうこうとはやし立てたところで、このイベントがなくなるとも到底考えられない。だったらどうしようもない。中学校の頃、嫌いで仕方がなかったプールの授業が毎週来てしまうように、今回も為せば成る、で押し通すことにした。


 さて、そんな『自協計画』を目前にしたある日の総合の授業。


 僕のクラスでは......というか、一学年全てのクラスで統一してだろう、件のメンバー決めが行われた。


 面倒なことに、チーム決めは学年内で行われるので、他クラスの生徒と一緒になる可能性も十分にある。むしろそちらの方が確率的には高いだろう。


 教卓の上には正方形の箱が置かれ、それを教師がかき混ぜている。教室中の視線がそこに集められ、もちろん僕もその例にもれなかった。


「それじゃあ、端の列から順番に引きに来ること」


 その一言で端の列に座る連中が次々に立ち上がり、箱の中へ一人ずつ腕を入れ、四つに折られた紙を引いていく。僕はその様子を見届けた。




 ふと気がつくと、くじ引きの順番は僕の席がある列までやって来ていた。静かに席を立つと、教卓まで歩く。いざその箱を目の前にすると、意外にも大きく、ほんの少しだけたじろいでしまった。


 そんなことをしているうちにも僕の後ろにはまだ引いていない人たちが列を作る。早くしろ、と無言の圧力に後押しされて箱へと手を伸ばした。



「う〜ん......」


 自分の席へと戻った僕は唸った。手元にある紙をもう一度見直す。紙にはやや乱雑に、殴り書きをしたような『九』があった。くじを用意した人は相当多忙だったのだろうか。それともただのせっかちか。どちらにしろせわしない人が書いたのは間違いないだろう。


 もう一度紙を見直す。この九はグループ番号を表しているのだろうけど、果たして当たりの部類に入るのかどうか判断に困る。


 今の段階で僕に出来ることは、クラスメートの中に同じグループの人間がいるかどうかを調べるのが精々だろう。


 辺りを見ると、ほとんどが席を立ち、各々友人たちで集まって引いた番号を教えあっていた。僕もそれに乗じようと席を立つ。


 立つまでは良かったのだが、肝心の話し相手が周りにいないと気づくのにそう時間はいらなかった。


『あれぇ......? おかしいな......』


 クラスでの立ち位置が良くないというのは薄々気づいていたが、ここまで重症だっただろうか......? 気がつけば僕の席の周りは、不自然な空白が出来ていた。クラスの数カ所に固まり、小規模なグループを作っていた。それに入れなかった僕は見事に蚊帳の外というわけだ。


 数少ない男友達である山田君も、グループの輪の中で談笑中だ。その中に入っていけるほど僕は無鉄砲ではないし、その気もさらさらなかった。


 僕は席に着こうと椅子を引いた。その時。


「ねえねえ、水面君」


 その声と共に、肩を優しい手つきでぽんぽんと叩かれた。振り返るとそこには朝武ともたけさんの姿があった。何て慈悲深い......そう思わずにはいられなかった。


 しかし、その感動を顔に出したら恐らく、いや確実に泣いてしまうので努めて顔に出さないようにした。


「ど......どうしたの、朝武さんっ」


「私『九』番だったんだけど水面君はっ? 水面君は何番のグループだったの?」







 クラス全員がくじを引き終えた後、僕たちは体育館に移動した。早速グループごとに顔合わせを行うらしい。僕たちが体育館に着いた頃には、すでにグループでまとまり始めていた。数字が書かれたプラカードを掲げた生徒がそこかしこに立っている。


 僕も自分のグループのもとへ行こうとしたが、背後からの声に呼び止められた。


「ちょっと待ってよ......水面君〜」


 朝武さんが上履きから体育館履きへ履き替えていた。(この学校では、体育館に入る際には体育館履きへの履き替えが義務付けられている)


「せっかく同じのグループになったんだから一緒に行こうよ〜......」


「り......了解」


 僕はその誘いを断れなかった。まあ断る理由もないので構わない......というかかなり舞い上がっているのが現状だ。


 見渡すとすぐに分かった。徐々に集まりが良くなっている。もう全員揃って話を始めているグループもあるみたいだ。少し焦る。朝武さんと早歩きで体育館を横断していると、視界に見慣れた姿が入り込んだ。



「よ、公良」


 気がついた時にはもう声をかけていた。公良は一瞬戸惑ったようだが、すぐにこちらの存在に気がついたようだ。


「やぁやぁ水面クン! ......」


 こちらを見るなり表情を明るくした公良だったが、すぐに眉を細めた。その場に立ち止まり、こちらをじろじろと......まるで値踏みをするように見た。


「ど、どうしたの。顔に何か付いてた?」


「いや別に。強いて言えばマヌケな目と眉毛と鼻と口が貼り付いてることぐらいかな」


 公良はさも当然のように毒づいた。そして僕の反応を待たずにどこかへと歩いて行ってしまった。


 今の彼女。少し違和感を感じたのは気のせい......杞憂だろうか。笑いながら言われる分には冗談だと割り切れるが、あそこまで呆れたような顔で言われるとふっ切れるものもふっ切れない。


「水面君? どうしたの、大丈夫?」


「ん......あぁ、平気」


「顔色があまり良くないみたいだけど」


「ちょっとめまいがしただけ。もう万全。早く行こうか」


 朝武さんはあまり納得せず煮え切らないようだったが、半ば強制的に会話を打ち切って僕は人だかりへと向かった。





 神様のイタズラとかいう存在を、僕は未だかつて信じたことはなかったし、当然今後も一切合切信じることはない......そう思っていたのだが。


「......」


 僕の口は唖然としたまま開いており、自らの意思で閉じることが出来ないでいた。もっと正確に言うならば、突飛なあまり『口を閉じる』という命令が体へと届いていない状態なのだ。脳では理解出来ても体が追いつかないとはまさにこのこと。


 九と書かれたプラカードがある場所に着くと、そこには三人の人影。


 その内二人は男子生徒で、一人はそろそろ夏本番という時期にもかかわらず制服のブレザーを着込み、眼鏡をかけた少年。髪はぼさぼさで整えられておらず(あるいは、もしかするとわざとそうしているのかもしれないけど)、身だしなみには無頓着というのが僕の第一印象。


 もう一方はというと、眼鏡の彼とは対照的で白いワイシャツのボタンを上から三つ開け制服のズボンを何重にもまくっていた。


 そのくせ髪型はきちんと整えられており、寝癖の一つも見つからない。だらしがないのではなく、故意的に意図的にそのような格好をしているようだ。


 そして、残る一人は女子生徒。それも決して初対面ということはなく、むしろ僕自身がよく見知った顔だった。


 長く、艶を帯びた黒髪。見ただけで引き込まれてしまいそうな......そんな摩訶不思議な魅力を持った目。すらりと整った鼻筋。リップグロスを塗っているのだろうか、潤いを含んだ唇。


 それら全て、僕にとって見覚えがあった。


「水面君⁉︎ わぁ......! すっごい偶然!」


 座ったままだった彼女......社杜うららさんは僕の存在に気がつくと立ち上がり、小走りで駆け寄って来た。


「き......奇遇だね」


「もしかして知り合いがグループの中にいないんじゃないかと思って気が気じゃなかったんだ〜。でも水面君が来てくれたから一安心かなっ」


 彼女と僕の身長差は大体頭一つ分。社杜さんは僕を見上げて言った。可愛い。突然入ってきた沢山の情報と目の前の笑顔に、僕はただ困惑し、言葉を漏らすことしか出来なかった。


「あっ......! この前の」


 と、僕の後ろにいた朝武さんに気がついた社杜さんは、驚いた顔を見せる。


「お久しぶり。朝武縁です。よろしくね、社杜さん」


 朝武さんは柔らかい笑みを浮かべた。

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顔の『無い』君に恋をした。 蔦乃杞憂 @tutanokiyuu93

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