前前前世で救えなかった君を助けるため異世界に転生する。

ケンコーホーシ

第1話

 世界って言葉がある。

 僕はずっとそれを地球を現す言葉だと思っていた。


 だが、それは違った。

 この世界はもっと広大で、いくつもの夜空に輝く星々と、夢の中でしか出会えないような異世界が、この世界には広がっていた。


 弓原千恵子は最初に出会った時は僕のクラスメイトだった。

 といっても教室でも席は離れており、部活や委員会も違うので同じクラスだけど他人、って感じだった。

 教室という空間は今になって考えて見ても奇妙な場所で、特に知り合いでもなければ友達でもない同い年の人間が、一つの教室で思春期の時間のほとんどを共に過ごすわけだ。


 初めに世界とは地球のことだと僕は言ったが、あの言葉は正しくない。

 あの頃の僕は、世界とは、教室のことだと思っていた。

 そして、僕の世界が教室から弓原千恵子に変わったのは、修学旅行で同じグループになったのがきっかけだった。

 その時の旅行先は京都・奈良という定番コースで、清水寺に行った時に偶然、僕と弓原千恵子は二人きりになった。

 ……いや、正確に言えば二人きりになったのは10分ほどで、程なくお土産を買っていた他メンバーと合流することになったのだが、僕はその時のお喋りで不覚にも恋に落ちた。


 何も特別なことがあったわけではない。

 会話の内容だって今になってはよく覚えていない。

 ただ、何だろう、今まで話したことのなかった弓原千恵子との日常が僕にとってあれほどまでに楽しくて、喜ばしいものになるとは思わなかったのだ。


「桐原くん」


 そう呼ばれただけで心が跳ねた。

 もっと弓原さんとお近づきになりたい。

 淡い気持ちを抱きながら、一ヶ月、二ヶ月、半年と過ぎ、ついに卒業の日がやってきてしまった。


 どうしよう……。

 僕は迷ったが、彼女に告白しようと心に決めた。

 いや、告白なんておこがましい。

 友達。

 せめて友達になりたい。


 僕は勇気を振り絞って、彼女のメールアドレスの番号を聞いた。

 嬉しかった。

 ウキウキの気分で僕が家に帰ると、テレビでニュースがやっていた。



 3日後に地球に隕石が落ちてきて人類は滅亡すると。



 そうして僕と弓原千恵子は死んでしまった。




 ☆




 次に目覚めた時、僕はラティーネ星で暮らすグリーンの髪色が似合う男の子だった。

 この世界は、EASAと呼ばれる宇宙からの生命体に狙われており、僕はその保護施設で暮らす無力の男の子だった。

 僕には幼馴染がいて、名をラフィと言った。

 ラフィは僕と違って、EASAと戦うための特殊機構方戦闘兵器GIGAに載ることができて、彼女は脳の一部をGIGAにエクスポートすることで、GIGAのプラットフォームは彼女の意識それ自体をアドオンプログラムのように組み込んで駆動することができた。

 つまりは少女と一心同体の戦闘兵器だったわけだ。

 僕はラフィと一緒に戦うことはできなかったけれど、せめて彼女の帰ってくる場所を作ることを心がけた。

 戦闘兵器と一体化して戦う彼女は、ダイレクトに宇宙生命体の攻撃を受けることになる。

 さらに機械と一体化していく過程で、自分が何者なのか、そもそも自分は何のために戦っているか分からなくなっていった。


 僕はラフィのための日常となった。

 彼女が助かるためには憩いが必要だ。

 僕は彼女の食事を作り、何てことはないが一緒に公園に遊びに行ったり、繁華街に行ってショッピングをしたりした。


 楽しかった。

 僕はどうにかしてラフィの心の支えになりたかった。


 だが、ある時、繁華街をEASAが襲った。

 ラフィは人が大勢いる前で、戦闘を余儀なくされ、戦いには勝利したものの、多くの犠牲を払うことになった。


 以来彼女は戦うことを拒絶した。


 僕はどうにかして彼女を元気づけようとした。

 ゆっくりと、自閉していく彼女の心を少しでも開かせようと懸命に努力した。

 そのお陰か、彼女は徐々に元気を取り戻してきた。


 そんな時だった。

 僕は前世の記憶を取り戻すことになった。



 16歳の誕生日を迎えた日。

 僕はもともと地球の日本で暮らす桐原裕翔という少年であった、と。

 そして、ラフィが前世で会った弓原さんにそっくりであることに気がついた。



「まさか……」



 と思ったが、僕はついぞ尋ねることはできなかった。

 ラフィがEASAとの最終決戦に挑むための兵士として志願したのだ。


 どうして彼女が!

 僕はラフィの教育係であった軍人に掴み掛かって尋ねると、彼は一言。



「守りたい世界ヒトがいるんだとよ」



 おかしい。

 僕の世界は君なのに。

 その頃から僕は、この前世の記憶というものに興味を持った。


 僕が前世の記憶を持ったのは偶然ではない。

 きっとこれはコントロールできる。


 EASAとの最終決戦がGIGAの敗北に終わったというニュースを聞いた時。

 僕たちの星は滅亡が決定した。




 ☆




 次の世界で僕は騎士団の団長の一人息子として生まれた。

 剣と魔法のファンタジー世界。

 僕は5歳になる前に、自分がかつては、ラティーネ星の少年で、その前は桐原と呼ばれる少年であったことを思い出した。

 前回よりも記憶の回復が早くなっている。

 転生することに自覚的になってきたのが良かったのだろうか。


 だが、今度は不幸なことに弓原さんが見当たらなかった。

 彼女に該当する少女が、この世界のどこを探しても見当たらなかったのだ。


「そんな……前は偶然だったのか……」


 落胆しつつも人生は長い。

 僕は心の中にポッカリとした穴を開けながらも、15歳にて初めて父親ともども自国のお姫様に謁見した際のことだった。


「弓原さん……」


 そこにはお姫様になった少女の姿があった。


 よかった。お姫様なら。ラフィみたいに戦う必要はない。

 僕はこの国を絶対に護ることを父と、そして彼女に誓った。


 中途半端だった剣の鍛錬も夜遅くまで特訓するようになり、兵法や戦術に関する書物を読みふけるようになり、父の許しを得て何度も遠征に行かせてもらった。


「ジグルは良き騎士になる。若い時分は放蕩に耽るものだがお前にはそうした傾向がまるでない」

「私はこの国をお護り致しますゆえ」

「頼りにしてるぞ、自慢の息子よ!」


 だが、魔王軍との戦いは苛烈を極めた。

 いくら鉄の鎧で見を守ろうとも、奇怪な魔術にとらわれて倒されてしまう。

 僕たちの軍はじりじりと、戦況を狭め、追い詰められていった。


「くそう! まだか、まだ倒せないのかっ!」

「キリがありません、若大将、早く陣にお戻りください!」

「馬鹿野郎! お前を捨ててこの国が守れるか!」


 だが、恥ずかしながら僕はこの戦いで負けた。

 弓原さん、ラフィ、……。

 滂沱する涙は泥の雨に混じって儚く消えた。



 ☆



 転生を司る女神様は来訪者がいることに気がついた。


「あら……めずらしい。ここにはめったに誰も来ませんのに」


 万物は流転する。

 だが、魂はそれ自体が一つの粒子としての性質を持つ。

 分割不可能な存在として定義されている。

 

 故にどこの世界でも、魂は形状を維持する。

 前世の記憶が残るのは、そうした分割不可能な魂に強い思いが削除されずに残る時だ。

 そして本当に強すぎる思いは、時として女神のもとへやってくる。


「いいでしょう……好きな望みを言ってください。それで貴方の思いが消えるなら」


 女神の役目は、魂たちを満足させて、次の転生時にきちんと魂を初期化することだ。

 だから彼女は、訪れた魂に、何でも好きな願い事を叶えさせることにしている。


「……わかりました」


 魂の話を聞いて、女神は頷いた。

 

「とても、とても強い望みですね。これ以上あの人を不幸にしたくない。どうにか救ってあげたい――――いいでしょう」


 彼女は美しく微笑んだ。


「好きなんですね。その人のことが。いいんですよ、恥ずかしがらなくても」


 そして不思議な呪文を唱え始める。

 渦が巻き、世界が変わる。


「それでは次の世界は、貴方にとって幸福でありますように――――"弓原千恵子”さん」



 ☆



 次に僕が目覚めた世界は最初の地球にとても似ていた。

 違いがあるとすれば、僕が中学生の頃にはあり得ないくらいに部活動が盛んで、生徒会に権力があって、やたら学食が混んでいることくらいだろうか。

 ……いや、そんなのは学校の違いだけだな。

 でもそれぐらいであった。


 僕は今、第三次文芸部と呼ばれる漫画・ゲーム・アニメといった、文芸作品の異端児たちを語り合おうという部活に入部していた。

 ……といいつつも、実際問題お菓子を食べながらゲームするだけの部活になっているんだが。


「おっしゃーいけいけぇー!」

「おー」

「うわっ、先輩また勝手に私のお菓子食べてっ!」

「置いとくほうがわりーんだよ」


 部員数は全部で6人。

 騒がしい先輩に、クールな同級生。小うるさい後輩に、そして――――。


「弓原ーお茶ー」

「はーい、今持ってきますよー」


 "弓原千恵子"さんという優しい先輩。

 そして僕は。


「桐原ー私はこーひー」

「はいはい、豆挽いときますよ」

「おねがいー」


 彼女たちと同じように、平和な日常を過ごしている。

 名前も桐原と、前と同じだ。

 ただし一つ問題があった。

 それは……。


「桐原ちゃん、コーヒーも私がやっておくよ」

「そ、そんなっ、弓原先輩に全部任せるなんてっ」

「ふふっ、優しいのね……」

「あ、あう……」


 と、先輩が優しく僕の髪を撫でる。

 綺麗だと彼女が褒めてくれたから、最近伸ばしはじめたのだ。


「おいおい百合はあとにしてくれよー」

「こーひー」

「ああ、もう、すみません、先輩方、私がやりますよー。弓原先輩と桐原先輩も、――女の子同士きちんと分別はつけてくださいねっ」


 そうなのだ。

 僕は女の子になっていた。

 女装しているとか男の娘でもなく、純粋な付いてない女の子だった。


「じゃあ、ゆっくりしましょうか、桐原ちゃん」

「は、はい……」


 と、僕は弓原さんに抱っこされるかたちで、ゲーム機を持たされる。

 う、うわ、これめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……。


「二人プレイでいきましょう」

「意味変わってんじゃねーかー」

「ち、ちがいますっ!」


 入部して約一年半。

 僕らは百合キャラということでこの部活内において定着してしまったみたいで、弓原先輩は事あるごとに迫ってくるし。

 僕もまあ……嫌じゃ、ないんだけどさ。


「……~~♪」

「ゆ、弓原先輩あついです」

「どこにも行っちゃだめですからね」

「行きませんって」

「ほんとにほんとにね」

「はい」

「ぜったい、ぜったいもういやだからね……」



 世界って言葉がある。

 僕はずっとそれを地球を現す言葉だと思っていた。

 


 だが、それは違った。

 この世界はもっと広大で、いくつもの夜空に輝く星々と、夢の中でしか出会えないような異世界が、この世界には広がっていた。



 でも、それすらも違った。

 たとえ本物の世界が広がっていようとも、本当の僕にはそれは意味のないことなのだ。

 目の前の彼女。そして僕の両手に広がる空間。それを世界だと称することに大仰だと馬鹿にする人もいるけれど。

 それでも僕らはこの小さなつながりを得るために無数の時と空間を超えてきたのだ。


 故に僕らには宇宙が異世界がつまっている。


 世界はどこまでも拡張可能なように、世界はどこまでも圧縮可能なのだ。

 それはただ文字列情報が無限に広がる粗筋を物語るように、僕らの世界はこの狭さから無数の宇宙と異世界に接続する。その広大さに敵うものなんかいない。



 誰かを愛するってのは、そういうものなのだ。

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前前前世で救えなかった君を助けるため異世界に転生する。 ケンコーホーシ @khoushi

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