第39話 夢の終わり
無事に始まった歓送迎会。最初は誰もが、見慣れぬ景色やスタッフに戸惑っていたが、お酒が入ると場になじみ、やがては賑やかな宴会場へと変化していった。
「瀬里花ちゃんも未菜ちゃんも、まんまキャバ嬢みたい。隣座ってー?」
酔っぱらった男子のテーブルを次から次に回り、御酌をしていく瀬里花たち。新人だから仕方ない部分と、普段から助けられていたことに気づいた今の瀬里花には、むしろ感謝の気持ちを伝える良い機会だった。そして一周する頃には、みんなと仲良くなり、みんな許斐ではなく瀬里花の名前で呼んでくれるようになっていた。未菜を見る。やはり彼女はやり手である。胸の谷間を武器にして、次々と男子を虜にしていっている。男子が好きそうな下ネタであっても、笑ってツッコミを入れられる彼女は、すぐに人気者になるだろうと瀬里花は思った。
「許斐さん、ありがとー! こんなイケメン初めて見たー!」
女子四天王の周りには、ぴったりとイケメンホスト四人が、マンツーマンで接客をしている。あの更紗でさえも、驚くほど頬を緩めているのだ。
「更紗先輩。ホストにはまらないで下さいね?」
瀬里花の悪戯心に、更紗は笑いながら、カクテルを一気飲みをした。
「大丈夫。もうはまっている」
――ダメじゃん!
「もうー、更紗さん。駄目ですよ。この人たちは今日だけ特別なんですから」
でもそこは知里がいる。彼女がいれば更紗が変な道に行くことはないだろう。
「咲希先輩も朱音先輩も、楽しんでいらっしゃるみたいで良かったです。それで、この中で誰がタイプなんですか?」
これは瀬里花なりの意地悪のつもりだった。それでも二人は笑いながら、各々に好きなタイプのホストを指差し、また席替えをしているようだった。
四天王テーブルから離れると、そこには店長と柊木がまったりとお酒を酌み交わしていた。もちろん、極上のホステスを側においてだが。
――こういうところは嫌い。
でも、それが男なのだろうと瀬里花は思う。それでも、みんなが楽しんでくれていることに、瀬里花は胸を撫で下ろすのだった。
――そして。
瀬里花が一ノ瀬と飲んでいると、そこにあのサービスマネージャーの向井がやってきた。
「何だ、一ノ瀬さんが絡んでいたんですね。それでこれだけのクオリティーだったんですね。みんなびっくりしていましたよ」
「おう、向井か。まだここで働いていたんだな。どうだ? もうあくどいことはきちんと止めたか?」
「ちょっ、ちょっと一ノ瀬さん。瀬里花ちゃんに誤解を与えるじゃないですか」
すでに怪しさ満点である。でも、瀬里花は知っている。今の向井がそんな人間ではないことを。
「まあ、昔だから出来たことっていうのは、いくらでもある。逆に今しか出来ないことは少ないがな」
しみじみとした様子で一ノ瀬が語る。グラスの中の氷が、カランと涼し気な音を立てた。
「そういえば、瀬里花ちゃんは柊木が先輩営業だったっけ」
向かいの表情が微かに曇った。瀬里花は静かに頷く。一ノ瀬は何故か、遠くを見るように身体を背けたのだった。
「瀬里花ちゃん、気をつけろよ? あいつは良い噂もあれば、黒い噂もある男だ。出来る男には必ず、何かしらの影の部分があるもんだ。だからその影に飲み込まれないようにな」
――ん?
「どういうことです? 黒い噂って、昔、あの人に何かあったんです?」
瀬里花の問いに、言おうか言うまいか迷っている様子の向井。しかし、瀬里花がまっすぐに見つめると、向井は折れたようだ。
「何年か前だったかな。あいつ、仕事中に人をはねてしまったことがあったらしくってな。結局どうなったかはわからないんだが、今もその親御さんとは仲良くしているらしい」
「車の営業ですもんね。気をつけていても、事故は確かに起こりそうです。人身事故はまずいですけど」
それでもその相手の親と仲良く出来ているのは、彼らしい。黒い噂どころか、瀬里花は感心するのだった。
「ただな、その時に事故した形跡をもみ消したって噂があるんだ。警察に圧力をかけたのか、はたまた現場に細工をしたのかわからないがな。だから、あいつは黒い噂が今も絶えない」
――もみ消した?
「そんなことが出来るんですか? 証拠だって、今は本当に細かいものでも、物証になるっていうじゃないですか」
当て逃げをしたとしても、流石にそれは無理があると瀬里花は思った。
「まあ、あいつなら色んな知り合いが多いからな。今のあいつを見ていると、事故の一つくらい簡単にもみ消せるんじゃないかって俺でも思うよ」
彼はある意味で超人だ。瀬里花もそれには頷ける。ただそれでも、瀬里花の愛車を復活させるまでの力はなかったのが非常に残念だ。
「わかりました。気をつけますね」
瀬里花は向井の忠告を素直に受け入れることにした。それでも、話半分ではあったのだけれど。
「ああ、そうしたほうがいい。でも、もしかしたらその時の事故の相手の女の子は、もう亡くなっているかもしれないんだよな。何かの競技で国体にも出ていたらしく、一時期地元の新聞で大きく出ていたんだけど、最近めっきりだからな。名字は覚えていないが、かなり和風で可愛らしい名前だったなあ。名前は確か……茉莉花ちゃん?」
――何……。
「その子が結局どうなったかはわからないけど、どこかで元気にしているといいんだけどな。でもかなり大きな事故だったっていうし、やっぱり厳しいのかもな」
――何……。
瀬里花の手は震え始めた。全身に鳥肌が立ちそうなくらい寒気に一気に襲われた。
――どうして茉莉花が……。
今も家に帰ったら、ちゃんと瀬里花を待ってくれているのに。
茉莉花が事故に合ったことは母から聞いた。何でも出来る茉莉花。カッコいい彼氏だっていたのだという。
――でも。
あの日から彼女の時間は止まっていたのだ。瀬里花の止まっていた時間は、今再び動き始めた。
「ねえ、向井さん。噂が本当かどうかはわかりませんけど、その茉莉花って女の子は、多分亡くなっていると思いますよ?」
無表情で答える瀬里花に、何故か向井は怯えているようだった。そしてそれを一ノ瀬は、悲しそうに眺めているのだった。
――そして。
瀬里花は思い出す。彼と初めて出会ったあの事故の日、何故、彼はあの場所にいたのか、今はそれだけを考えていた。
※ 第一部 完
引き続き、よろしくお願いします。
車に恋をしたらダメですか? lablabo @lablabo
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