保護者系のリザードマンと迷子の女子高生

赤崎桐也

コモドオオトカゲ、現る。

 ――これが俗に言う貞操の危機なんだろうか。

 高く上った日が木漏れ日となり降り注ぐ森の中、野営をしている荒くれ者たちが囲う焚火の外れでスズキ・ヒナタは己の状況を改めて考えた。

 2月14日、恋する乙女にとっては天下分け目の大戦となるバレン・タイン。

 同じ大の爬虫類好きで憧れの存在であったカエル顔の先輩に手作りの想いをぶつけ様としたら、親友に先を越されると言う二重の意味でキツイ現場に鉢合わせ、混乱したままその場を逃走。

 ついでに猫が道路で車に轢かれそうになっていたので、思わず飛び出した辺りから記憶が無い。

 そして気がつけばご覧の有様。樹に縛り付けられたまま、口に猿轡さるぐつわまでされて何も出来ない。

 騒いでいる男達の会話が嫌でも聴こえて来る。


「だから獣人系の女の子は犬耳が至高って行ってんだろうがっ! あっ!? 子犬見てえに甘えられたら堪らんだろうがよ?」

「猫耳の良さが理解出来ないとは貴様は本当に愚かだな、にゃん」

「よさねえか、お前ら、せっかく久々にまともな成果にありつけたんだぜ? あと、ウサ耳が一番尊い」

「流石っす、兄貴! 時代はやっぱり角っ子ですよね!」

「いや、でも本当に久しぶりの成果っすよね。最近、温い戦ばっかで、オレら見たいな戦場泥棒は商売上がったりですよ――まさか、こんな上玉な墜ち人が手に入るなんて。綺麗な黒髪してますね」

「どこに売りつけます?」

「ガメックスの地主に売りつける。あいつ、自分の後宮作りに熱心だったからなあ」


 ――うわあ、逃げたいなあ。

 会話からダイレクトに聴こえる身の危険からどうにか逃げられないかと色々思考を巡らせて見るが、拘束を外せない事にはどうしようもない。

 明らかに外国の人っぽい彼らが流暢に日本語を喋っているのは不思議で気になるけど今は棚上げにして、取り敢えず縛られている縄をどうにかしようと体を揺すって見る。

 ――あ、これ無理だ。私じゃ外れそうにない。

 スズキ・ヒナタは己の無力さを自覚しているので抵抗を潔く諦める事にする。

 この後の展開に想像を膨らますと、プロの自宅警備員である兄がPCに入れていたRがZなゲームを思い出す。

 ――やっぱり、頑張って脱出しよう。

 再び体を一生懸命に揺すって、縄の結びが緩くならないかと試みる。縄が更に体に食い込んだ。

 痛みに顔をしかめるが気にしてはいられない。抵抗しなければもっと酷い事になるのだ。

 更に体を揺すろうとする――後ろから誰かに体を押えつけられた。

 ぎょっ、と目をやれば筋肉によって盛り上がった太い腕が腹を押えつけている。

 見た目を確認して更に驚く。

 内側に見える灰色の肌に漆黒の鱗がびっしりと外皮を守るために覆っている。手には鋭い漆黒の爪が五つ。明らかに人のものではない。


「良い子だから、静かに。今助けてやる」


 更に意表を突く様にくぐもった声が静かにヒナタに語りかけた。

 声の方に目をやれば、器用に民族服を着込んだ筋骨隆々のトカゲが。

 ――凄い、コモドオオトカゲが二足歩行で歩いている!

 鋭い爪により、ぶっ、と縄が切れる。

 崩れ落ちそうになった体をトカゲ人間が丁寧に受け止め、音を立てないようにヒナタを地面へと降ろす。


「目を閉じてて、ちょっとばっかし流血沙汰になる」


 トカゲ人間が両手の爪を凶悪に立て、話に夢中になっている男達に忍び寄ろうと一歩を踏む。

 ヒナタは咄嗟にトカゲ人間の服を掴んだ。


「……殺しちゃ、ダメですよ? 後で貴方が辛くなります」


 今度はトカゲ人間が爬虫類特有の目を大きく見開いてヒナタを見つめ、正面に向きなおすと溜め息を吐いた。


「――墜ち人はこれだから……少し、骨が折れるな」


 ヒナタには彼が苦労している様には一切見えなかった。




「――と、言うわけでヒナタ、君を王都にまで連れて行く。それでいいね?」

「正直、事態がよく飲み込めていませんが、宜しくお願いします」

「それでも君は落ち着いている方だよ。俺の姿を見て悲鳴一つ上げない」

「あ、大好きなんです、爬虫類」

「……嬉しくて涙が出そうだよ」


 ならず者達を樹に縛り付けた後、大きな馬なのか牛なのかよく解らない生き物に跨ったヒナタとトカゲ人間は街道をスローペースで進んでいた。

 爬虫類好きのヒナタがうっとりとした顔でトカゲ人間――もとい、リザードマンのアルゴの背中の感触やら尻尾を堪能する。

 アルゴは変わった娘だと思いつつもヒナタの好きな様にさせる。見知らぬ世界に独りで墜ちて来てしまったのだ。本当は心細いだろうに。


「はう~~ヒンヤリペタペタ~~」


 ――俺の考えすぎだろうか。後、ちょっと熱いから離れて欲しい。


「あ、そうでした。折角なので」


 ヒナタが思い出したようにならず者達から奪われていた学生鞄から綺麗な包装紙にラッピングされた手作りのチョコを取り出す。今日、本当は先輩に上げる積もりだったものだ。


「私が墜ちて来る前に向こうで作ったお菓子です。良かったらどうぞ、このままだと何時か溶けちゃいますし」

「……とても香ばしくて良い香りがするね。貰って良いのかい?」

「はい、アルゴさん、傭兵なんですよね? 前料金と言う程、値が在る物ではありませんが、王都まで連れて行ってくれる事への今出来る感謝の印です」

「向こうから墜ちて来た食品なんてこっちだと高級品なんだけどね。では、さっそく――」


 アルゴは図太い手からは想像も出来ない器用さで丁寧に包みからチョコを取り出し、大きな口に放り込んだ。

 ゆっくりと味わう様に咀嚼し飲み込み、最後に下で綺麗に口の周り一舐めする。


「……美味しいな、もっと少しづつ食べれば良かった」

「今、気づいたんですけど、リザードマンってチョコレート大丈夫なんでしょうか?」

「だから俺は動物じゃないって」


 奇妙な2人組みが森の街道を下っていった。

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