アダム君とイブさんのやりなおし人生!

ここのえ九護

「あーっ! なんで食べちゃうのよ!」

「し、しまったぁぁぁぁぁああああ!」


 鬱蒼と茂る林の中、一組の男女の悲鳴が響き渡ります。


 男性と女性はどちらも殆ど裸でしたが、不思議なことに、二人ともそのことを恥ずかしがる様子はありません。でも――――おやおや?


「うわああああ! なんだか猛烈に恥ずかしくなってきたああああ!」

「あんたがあの実を食べちゃうからでしょー!? 私はちゃんと我慢できて――うンマァーーーイ!」

「おぃいいいいい!? おまっ……お前も食べてるじゃねええかああ!?」

「もういいじゃない! どうせあんたが食べたんだから何もかもおしまいよ!」


 そうしてしばらく言い合っていた二人でしたが、そこにとても威厳のある、恐ろしい声が聞こえてきます。

 

「アダム。そしてイブよ。お前達、またを食べおったな?」

「やっべええええッッッッッ! また神様来ちゃったあああああああ!」

「何今更驚いてるのよ! 来るに決まってるでしょ!」


 二人の前に現れたのは真っ白な髭をたっぷりとたくわえ、杖をついた神様です。自分が現れてもまだ言い争いを続ける二人に、神様は大きな溜息をつきました。

 

「まったく、これで何回目だと思っておる。お前達は一体何回蛇に騙され、実を食べて楽園を追放されれば気が済むのじゃ?」

「そ、そんなこと言われましてもッ! あの知恵の実、めっちゃウンマーイんです! 特に今回の知恵の実の出来は過去十年でも最高でっ!」

「わ、私もあまり意地汚いことは言いたく無いんですけど、本当においしいんです!」


 弁明どころか開き直っている様にも見えるその様子に、神様は呆れて物も言えません。


「わかった。よーくわかった。ならば致し方なし。今回も追放じゃああああ!」

「ぎえええーー! おたすけーー!」

「あーれー!」


 神様が杖についたボタンを押すと、二人の居る場所の地面に丸い穴が開き、二人はそのまま暗闇に向かって落ちていきました。これが世に言う楽園追放です。恐ろしいことですね。しかし――――それからして。




「――――きゃああああ! また食べちゃったああああっ!」

「ば、ばっか! お前、今回は俺から食べるって言ったのになに食べてんだ!?」

「って、あんたも食べちゃだめでしょおおおお!」


「やれやれ――また食べおったか」


 。何度目かもわからないやり取りが林の中で繰り広げられていました。


 そうです、この二人。そして神様は、こうして何度も何度も同じことを繰り返しているのです。


「のう、お前達。これで何度目かわからんが、わしはずっと不思議に思っていたことがあった」

 

 不意に、神様は不思議そうな声でわちゃわちゃと言い合う二人に尋ねます。


「一回目はまだいい。だが、二回目、三回目は一人が食べてももう一人は食べないということも出来たはずじゃ。大体、知恵の実は美味いと言っても、地上に生えてるリンゴとかイチジクとかの方がうンマァーーーイからのう?」


「う、そ、それは。はい――」

「むー……た、多分、全部こいつがバカだから――」

 

 二人は神様のその言葉に、バツが悪そうな顔で歯切れ悪く応えます。


「ほっほっほ? 二人とも、神であるわしの前で隠し事とは。どうやらまた追放されたいらしいな! ほおおれええ! 楽園追放じゃあああああ!」


「ぎええええええ! お助けーーー!」

「あーれー!」


 神様が杖についたボタンを押すと、二人の居る場所の地面に丸い穴が開き、二人はそのまま暗闇にむかって落ちていきました。これが世に言う楽園追放です。恐ろしいことですね。


「やれやれ。素直じゃないやつらじゃ。一体誰に似たんじゃか……」


 落ちていく二人を眺めながら、神様はやれやれと大きな溜息をついたのでした。


 ――

 ――――

 ――――――

 

「なあ……お前さあ。なんでいつも俺につきあってくれるわけ?」

「付き合うって、なにがよ?」

「なにがって……。だってお前、もうここずっと蛇に騙されてないじゃん」


 砂漠に落とされた二人は、神様からプレゼントされた服を着て、とぼとぼと歩いて行きます。


「別に……あんたとも長い付き合いだし、あんた一人だけ地上に落とされたら可哀想かなって思ってるだけよ」

「かわいそうだから、つきあってくれてるん?」

「そ、そうよ!」

 

 イブは顔を真っ赤にしてずんずんと砂漠を歩いて行きます。それを見たアダムは、イブの背中に大きな声で呼びかけました。 


「俺は――――俺はお前のこと大好きだよ! いつも一緒にいてくれて、ありがとな!」

「な――っ!」


 突然そんな言葉をかけられたものですから、イブの顔はまるで知恵の実のように真っ赤です。

 イブはアダムにむかってがばっと振り返ると、歩いていた時よりもずんずんずんずんと速度を上げて近づき、アダムの顔にぶつかりそうなほどまで自身の顔を近付けて半ば叫ぶように言いました。

 

「あ、あのねぇ……! 私が一体何回アンタと結婚して、何人アンタの子供を産んだと思ってるわけ!? 私の方こそ、あんた以外とこんなこと絶対しないんだからっ!」


 そう叫んだイブは、そこで目を逸らし、呟くように言いました。


「私も、あんたのこと愛してる……何度楽園を追い出されたって構わないくらい……」

「お、お、お、おまっ! め、めちゃくちゃ可愛い……俺も愛してる!」

「あ、ちょ、ちょっともう――!」


 なんということでしょう。今この時、アダムとイブの二人しか人間が存在しないこの地上には間違いなく愛だけがあったのです。めでたしめでたしですね。そして――――。



「――――うぎゃああああ! また食べちまったああああ!」

「だからッ! どうしてッ! あんたはいつもいつもいつも実を食べるのよ!? 今回は私が騙される前に、蛇をボコボコに叩きのめしておいたのに!」


「やれやれ……また食べおったか! 困った奴らじゃのう!」


 またまたまた知恵の実を食べてしまった二人の前。神様が杖についたボタンを押すと、二人の居る場所の地面に丸い穴が開き、二人はそのまま暗闇にむかって落ちていきました。これが世に言う楽園追放です。恐ろしいことですね。


「ぎええええ! お助けええええ!」

「あーれー!」


「ほっほっほ。さてさて。次はどんな世界になるのか。ゆっくり見せて貰うとしようかの」 


 二人の落ちた穴を覗き込んで神様はそう言うと、髭をもしゃもしゃとなでました――――。 



「なあ――――」

「――――なによ」


「俺さ、実はあの実、わざと食べてるんだ」

「はぁ……!? ちょ、ちょっとそれどういうことよっ!?」


「だってさ。あの実を食べたら、またしばらくお前と二人っきりになれるだろ?」

「~~~~~っ! このバカッ!」


 

 天界から地上へと落ちながら、二人はまたわいわいと喋り始めました。

 そしてまた、二人の子供達が世界を、文明を、物語を作っていくのです。


 今度の物語がどんな話になるのか。


 それはまた、次回のお楽しみ――。 


 

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