第三話

 アルスライムの有力者達は、

「何か不始末があったのではないか」

 と気が気ではありません。

 なぜなら大司祭様の表情がとても真剣だったからです。

 それは厳粛と言ってもよいほどで、従者たちもそのような大司祭様の表情を、年に一度の大礼拝以外では見たことがありませんでした。

 大司祭様は道の真ん中にお立ちになると、そこから教会まで伸びている道を目を細めて眺めています。

 そこにはペリルが敷き詰めた石があります。

 そして、大司祭様はとうとうこう仰いました。

「町の代表者の方はおりますかな」

 すぐさま町長が呼び出されて、大司祭様の前に立ちます。

 町長は全身から汗を噴き出させていました。

「あの、なにか不手際でもありましたでしょうか」

 大司祭様は厳粛な面持ちでこう仰いました。

「出来れば先にお伝え頂きたかったですね」

 そして、おもむろに靴を脱ぎ始めます。

 その場の全員が息をのんで見守る中、大司祭様は裸足で石畳の上に足を乗せられて、こう仰いました。

「危うく、これだけ見事な信仰のあかしの上を馬車で進んでしまうところでした。畏れ多いことです」

 そして、大司祭様は歩みをお進めになりました。

 続いて従者の皆様も全員、裸足になって後に従います。

 町の人々も大急ぎで靴を脱ぎ捨て、その後ろに従います。

 

 大司祭様はとても穏やかな表情で、石畳の上をお進みになりました。


 *


 その翌日のことになります。

 血相を変えた町の役人に捕縛されるように、ペリルは町の役所まで連れてこられました。

 さらに、その建物の片隅にある浴室で身体中を布でこすられ、何度もお湯を頭からかけられます。

 ペリルはなんだか全身が縮んでしまったような、心細い気分でした。

 さらに、役人が準備したやたらに軽い服に着替えます。

 その着替えの最中、教会の司祭様から、

「いいか、何も喋るんじゃないぞ。黙って頭を下げているんだぞ」

 と何度も何度も言われて、ペリルはすっかりおびえてしまいました。

 何でこんなことをされるのか、その理由が全く分かりません。

 その後、引きずられるようにして連れて行かれた教会の聖堂の中には、なんだかとっても優しい顔をした男の人がおりました。


 大司祭様でした。


 大司祭様がペリルに問いかけます。

「貴方が教会の前に、たった一人で石を敷いたと聞きましたが、本当ですか?」

 ペリルはその穏やかな顔を見つめて、すっかり司祭様の教えを忘れてしまいました。

「へえ、わしです」

 彼がたどたどしい言葉でそう言うと、大司祭様はにっこりとほほ笑みます。

 そしてこう続けられました。

「それは大変でしたね。でも、どうして石を敷くことにしたのですか? 神様がそうお命じになられたからですか?」

 ペリルはぼんやりとした顔で答えました。

「わしには、かみさまのことなんかわからねえ。きょうかいにもはじめてはいったしな。いしはあるきにくそうなひとがいたからしいた。それでしぬひとがへればいいなとおもった。それだけのことだ」

 その場にいたアルスライムの有力者達の顔が真っ青になる中、大司祭様は満足そうにお笑いになったと言います。


 *


 その後のことは、何も伝えられておりません。

 ペリルがその後どうなったのか、誰も知りません。

 分かっているのは、この当時の大司祭様が後々『ガイツベルヌ教皇』と呼ばれるほどの権力者となり、教団全体に「大浄化」と呼ばれる大改革を行ったことだけです。

 その傍らに、ぼんやりとした男が常に従っていたと言われておりますが、記録には何も残っておりません。

 ただ、三ゲール続くアルスライムの石畳は、今では『ペリル通り』と呼ばれており、先例にならって馬車はその上を通れない決まりになっています。


 それが、事実を後世に伝えているように思います。


( 終わり )

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トルマディア教団信仰説話集 『石畳の聖人』 阿井上夫 @Aiueo

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