PIECE-1

「ねぇ、タマちゃん。誰か召喚してよ?」

「あぁ~」

「ミィがいなくなってから僕の時間がどんどん削られてってるんだよねぇ」


 僕が愛したシャ・クーラとは全く関係のない『シャ・クーラ』という女性と結ばれ、故郷のエジプトに戻ったミイラ男のミィ。

 ミィは、スープやドリンクに包帯を浸すミスをよくしたけれど、あんなのでもいないとなると、やっぱり大変だった。


 だって、店は相変わらず賑わっているからね。


 タマちゃんは、レタスを一口大にちぎりながら面倒くさそうに溜め息をついた。


「どんな奴がいいか決めてねぇんだよ!お前はどうせ醜い奴って言うんだろ?」

「まぁね。でも、音楽家がいいな」

「はぁ?!」

「だって、美味しい料理に飲み物、溢れんばかりの薔薇の花……ときたら、あと足りないのは音楽でしょ」

「CDでも流しとけばいいだろうが!」

「何言ってんの。どこぞの海賊も揃えてるでしょ?……コック、半分動物、改造人間……えぇと……あとは」

「キュウ!それ、小夜さよの漫画じゃねぇか!!」

「まっ、とにかくハニー達との時間が取れなくて困ってるから早めに頼むね、タマちゃん」


 レッドアイ入りのグラスをふわりと揺らすとタマちゃんがニヤニヤしながら言ってきた。


「キュウ、姉さんを探す時間が取れなくて困ってる、の間違いだろ!」


 やれやれ。


「タマちゃん、ニヤニヤするのは希咲きさきちゃんの前だけにしてよ。気持ち悪いから」


 希咲ちゃんってのは、タマちゃんの彼女。

 ――多分、初めての彼女だよ。


 彼女が出来たせいで最近鋭さの欠けていたタマちゃんの瞳は、僕の発言を受けた途端、刺すような金色に変わり、トパーズ色の髪はワナワナと逆立った。


「……っ!!キュウゥゥゥ!!!!」


 全く……キミの弟君はウブなんだから。


 ビリビリと揺れる厨房を抜けて、バーカウンターに入ると夢魔のむっちゃんが分厚い紙の束を目の前に置いた。


「……キュウ、次は、染井や吉野って名字を持つ女の一覧だ」

「うん、ありがとう、むっちゃん」


 むっちゃんがこれまでに調べてくれたリストは全てヒットしなかった。

 シャ・クーラがもし現代に生まれ変わっているとしても、


 ・「サクラ」という名前じゃない。

 ・名字に「サクラ」が混ざっている訳でもない。

 ・「シャ・クーラ」という外国人も違う。

 ・「サクラ」が付く地名に住む住民の中にもいない。


 むっちゃんは半ばムキになっているような……そんな気もした。


 ねぇ、シャ・クーラ。

 まだ君はこの世界にきていないのかな。


 例え僕が先に君を見つけたとしても、君が見つけてくれたようにしてあげるから。


 僕が負けてあげるから。


「サクラ……じゃないのかい?」


 もうとっくに散ってしまった窓の外の桜に、そう問いかけた。

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