FULL-PIECE
彼が店の扉を開けた瞬間。
彼と目が合った瞬間。
彼の声を聞いた瞬間。
何故だか分からないけれど、涙が溢れた。
「……キュウ?」
何故か知っていたその名前を口にした途端、彼の漆黒の瞳はとても優しい弧を描いた。
「姉さん!!」
厨房から飛び出してきた背の高い彼が、私の首にネックレスをかけた途端、今まで夢に見てきた以外のことまでも映画の予告のように脳内再生された。
「キュウ!!」
思わず彼の首に飛び付いた。
彼の服から、お日様の匂いがする。
「キュウ、克服してくれたの?」
「……十字架もニンニクも大丈夫だよ」
彼の腕に力が入る。
彼は嬉しそうに『あの日のままだ。顔も声も何もかも』と笑った。
私も、ずっと欠けていた部分が埋まった――そんな風に思えた。
「……キュウ」
「シャ・クーラ……いや、今は
耳のすぐ傍で彼が囁いたから、私は堪えきれずに彼の唇に自分の唇を押しあてた。
「……ん……はぁ、
――あ。
彼がこぼした言葉を聞いて咄嗟に体を離したけれど、時すでに遅し。
私たちを取り囲んでいた全員が顔を真っ赤にしてただただ立ち尽くしていた。
「やぁだ!!!もぉっ!!!」
「なぁに見てんのよう!!!」
「照れるじゃないっ!!!」
私がそう叫んだ途端、何故か店の壁がビリビリと鳴り、みんなの足元が揺れた。
「……やっぱり王子の姉君だな」
「……ふ、ふんもお」
「……いや、あれ、本当に姉さんかな?……もっと儚げなはずなんだけど」
ガヤガヤと騒がしくなったレストランの面々。
でも、それでも、私の大切な彼は静かに微笑み続けている。
だから私は再び我慢できなくなった。
「ねぇ、タマ!今日はキュウお休みね?」
「……は?」
「取材しなくちゃいけないから、借りるわよ?」
「はぁ?」
「いい?誰も邪魔するんじゃないわよ?」
「い、いきなり姉貴ヅラすんじゃ……!!」
私を見下ろそうとする弟に確認してみた。
「……なによ、なんか文句あるわけ?」
優しく聞いたはずだけど、何故かタマは小さくなって「……あ、いえ……なにも……」と言った。
その日、キュウの欠けた店内はてんやわんやだったらしく何度か弟の叫び声が聞こえたような気がしたけれど……
「……キュウ……もっとして……」
会えなかった分を取り戻すには、もっともっと時間がかかるのよ。
だから、みんな。
今日は気合い入れて働きなさい。
――ね♪
end
たとえ全てを忘れても~Twilight Alley ~ 嘉田 まりこ @MARIKO
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