たとえ全てを忘れても~Twilight Alley ~

嘉田 まりこ

999-PIECE

 今日でだろう。

 バスに揺られながら、今日見た内容を思い出していた。


 薄暗い部屋の中で私は目を覚ます。

 鉛のように重い体は言うことをきかないけれど、それでも私は鏡台の前に座り髪をとかす。


 光のないその部屋で、唯一輝いていたのは胸元に飾られたネックレスだった。


 ペンダントトップに付いていたのはクリスタルだろうか。

 その石は、いくつもの美しい色を抱えているのに、鏡に映る私の顔は真っ白で怖いくらいだった。


 私は物心付いた頃から、毎年決まった日に決まって同じ夢を見る。


 それは次第に長くなり今日見たものを語るとしたら、ディズニー映画のおまけに流れるショートムービーくらいになるんじゃないだろうか。


 あまりにも暗い夢……

 子供の頃は、その夢を見るのが怖かった。


 でも……今は。

 続きが気になって仕方ない。


 髪を整え終わった私は、悪くなった顔色を隠すために白粉おしろいをつけ、口紅をのせていた。

 幼い頃は、それですら怖かったが今ならわかる。

 夢の中の私は『好きな人に会うために精一杯努力していた』んだと。


 ――病気だったんだろうか。

 ――前世の記憶だろうか。


 だとしたら……


 今朝ちょうどやってきたシーンは忘れちゃいけない、重要なシーンかもしれない。


『ねぇ、このクリスタルを持っていて欲しい』

『……僕が?』

『うん。生まれ変わって、全てを忘れてしまったとしても……』


『これが目印になってくれる気がするの』


『じゃあ僕は……』



 ***



「おいっ、次の取材はここに決めたから!すぐアポ取っとけ!」


 出社するなり、上司にメモの切れ端を手渡された。


「ここ、……レストランですか?」


「おう、なんか今、若いに人気らしい。店員がイケメンだらけなんだが、仮装してるんだとよ!」


「へぇ」


「うちが最初に特集するぞ!どこにも取られんなよ!」


「あぁ、はい」


 上司の字で殴り書きされた店名と電話番号。

 手帳を開き、ボールペンをノックしてからプッシュボタンを押した――



『お待たせ致しました。こちら人外レストランtrick or treatで御座います』


 たった2コールで出たその店のその人に、私はアポを取る。


「我が、書読カクヨム社で出しております女性誌Can-onキャノンで、そちらのレストランを特集させて頂きたいのですが……」


 突然の依頼にもかかわらず、受話器の向こうにいるその人が発した声はとても穏やかだった。


『当店で宜しければ是非』


「ありがとうございます」


『では、失礼ですがお名前伺っても宜しいでしょうか?』


 思っていたよりスムーズに取り付けられたアポイントメント。

 私の肩の力が抜けた。


「あ、はい。九十九つくも、九十九 美久みくと申します」


 トントン拍子で進んでいた会話がふと途切れる。


『……つくも様ですか?』


 ――あぁ、私の名前が珍しいからか。そんなことは慣れっこで、教え方だって決まっている。


「えぇ、漢字で99って書くんです。名前も、美しいに久しいで……えっと」


『……キュウ……ですか』



「はい、キュウです」


「キュウ、キュウ、キュウなんですよ」



 名前を教えるなんていつものことで、

『キュウ』と口にするのもいつものことで、私にとって特別なことでも何でもないことなのに――


 何故かその瞬間だけは……うまく言い表せない不思議な懐かしさに包まれた。

 言葉をなくしていると、電話の向こうで彼が笑ったのがわかった。


 笑い声が聞こえた訳じゃない。


 でも何故か、彼の微笑む姿が見えた気がした。


『九十九様、当店一同、あなた様のご来店を心よりお待ちしております』


「あ、はい。宜しくお願いします」


 受話器を置いたあと、またしても不思議な感覚が込み上げた。

 彼の最後の言葉と、夢の中のひとが言った言葉が重なった。



 ――じゃあ僕はこのクリスタルをずっと大切に持っているよ。


 えぇ!私が先に見つけてみせるから!


 ――はいはい。


 嘘じゃないわよ?絶対待っていてね!


 ――はいはい。



 夢のなかの彼の顔は、暗くてよく思い出せないけれど……心に残るその声を思い出す度に胸が高鳴る。



 ――お待ちしておりますよ、姫君。



 痩けてしまった私の頬を優しく包み、いたずらっ子のようにそう言った彼の声を。

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