最終 マイナス0.5話 カウントダウン



『モーターメイデンが整備庫から出るぞ! 各員注意!!』

甲板上で各員が走りまわっている中、白銀の巨人が整備庫扉から姿を現す。補給を終えたリーアのモーターメイデン”グラディエイター・マークⅡ”である。

『モーターメイデン発進準備。同時に進路制圧攻撃を開始する』

『主砲発射三連! 副砲および機銃、援護射撃二十秒継続! よぉーい!、てぇええっ!』

20口径20サンチ連装砲が咆哮をあげる。続いて二番主砲も。

数千メートルを飛翔したのち上空で砲弾がばらけ、子弾が地表にばらまかれて、規定時間タイマー起爆で一斉誘爆、地表を魔獣ごと焼き払う。

なけなしの対地散弾発掘再生兵器が惜しげもなくばらまかれ、続いて副砲と機銃の大量発射音。

曇天の中、曳光弾の煌めく。惜しげなく弾薬を使った前方制圧攻撃。潰されていく魔獣の群れ。

『進路制圧80パーセント! MM発進準備確認!』

母艦HMSクィーンヴィクトリアⅧの唯一無事な甲板上にある白銀の巨体が身構える。

各部の装甲と関節がゆらゆらと動きまわる。出発の寸前まで各部の動作確認を行っているのだ。

革製防護服を着込んだ甲板誘導員が甲板脇で巻いたフラッグを両手に持って掲げながら仁王立ちしている。

『進路制圧、援護射撃二十秒継続!』艦外拡声器から大音声。

前方に指向された銃座の猛烈な射撃の嵐が前方を甞めつくす。

『制圧90パーセント! MM発進よろし!』

甲板誘導員がフラッグを振り下ろす。

『GO! GO! GO!』

『リーア・クサナギ少尉、コールサイン”ドールマスター1”。MM”グラディエイター・マークⅡ”出撃しますっ!』

一歩を踏み出し、二歩、三歩で疾走を開始。

『MMグラディエイター出ますっ!』『援護射撃あと15秒!』『正面掃討率90パーセント!』

40トンの巨体が蹴りあがるように甲板の端を跳び越え、大量の土砂を巻きて着地。

一瞬の遅滞なく走り出し、その背中の武装ラックから引き出される金剛被膜刃の双剣。


大きく両腕を開いて走る。リーアは唇をなめてひとりごちる。

「まずは――端を崩すっ!」

突進する巨人が勢いを殺すことなく、片腕の刃金を振り抜く。

――ごぉうっ!

衝撃波が大地を叩き、飛び散る肉塊、血飛沫。

モータースキル”真空断層斬りソニックブレード

放たれた真空刃が数十の魔獣たちをまとめて潰したのだ。

モータメイデンの質量を載せた真空刃の威力は、騎士のそれの優に数十倍を超える。

ただの一振りで数十の魔獣を圧潰させ、今度は左腕の一薙ぎでも。

射撃型魔獣たちが反撃として大量の岩石弾を撃ちはなつ。

だが、その勢いではモーターメイデンの格子結晶装甲はびくともしない。

肩部盾を前にかざして弾き返しながら突撃ラッシュ、薙ぎ払って射撃型を潰す。

モーターメイデンはともかく、人間には十分以上の脅威だからだ。

疾走しながら、交互に放ち、あっという間に数十を潰す。

両腕から交互に放つことにより、冷却時間を稼ぎ少しでも関節の消耗を防ぐ。

もはや修理整備など出来ない。その余裕がないと理解しているから。

地響きを立てて走りながらモータースキルを次々と放つ。地形を削り、魔獣を吹き飛ばし、岩石を叩き割る白銀の巨人。


『戦域管制官より広域伝達”アークマッド2”が戦域アルファに対して外周までの制圧主砲攻撃を敢行する。注意されたし』

『”シールダー3”が弾薬補給のため母艦に戻る。その間、戦域ベータは”ウーデンナイト”がバックアップする。長距離射撃の流れ弾に注意せよ』

『メーデー! メーデー! こちら護衛艦D18! 魔獣がとりついた、助けてくれ!』

『”ナインテール1”から護衛艦D18へ。こちら火力援護する』

『まて、”ナインテール1”、こちら広域管制! 、モータメイデンでは火力が強すぎる! 護衛艦D31より支援銃撃を行わせる! 護衛艦D18、持ちこたえろ!』

駈けめぐる通信。大地を駈ける搖動。大質量を振り回すモーメント震動。

脊髄や内臓をを駆け巡る疼痛に耐えて魔導炉を駆動し、温度計板や圧力計板に目をやり、水平/水準義を眺めながら幻像板で周囲を見渡し、腕を動かし、脚を動かし、身体を動かし、。

モータメイデンは、それら数倍に拡大して再現する。ゆえに、彼女の動きは無駄が出来ない。

「くぅっ!」

一切のミスが許されない過酷な舞踏を数時間にわたって続けるのが一流の躁騎士。

戦場を駈け、ひたすらにモータースキルを放ちつづける。

一薙ぎで数十を切りとばし、潰し、殺す。

「うっ、あ゛っ、きっ、つぃなぁーもうっ!」

内部空調は全開、だが全然足りない。全力全身運動の前では、半裸にさえ見える薄手の操縦服バニースーツですら熱がこもる。

それだけでない。主動力炉である魔導力増幅転換炉ナァカムマキアエンジンそのものが、彼女の肉体そのものを炉芯の一部として稼働する。ゆえに身体の内部を侵食する疼痛に耐えて荒れ狂う魔力を制御しなければならない。そして疼痛の強さは出力に比例する。

いま出力は落せない。各回路の限界値ギリギリで制御し続けており、一瞬たりとも気を抜けない。抜いた瞬間に、もう動けないと判っているから。

油温水温の計器類を素早く見切りながら、指先の入力スイッチで動力伝達機構を切り替える。

冷却水予備貯槽もほとんど空になり、冷却温度が上昇し始めている。本当なら一度戻り補給と整備を行いたいところだが

『”ナインテール3”から”管制”へ! 弾薬が切れそうだ、補給の後退許可を!』

『”管制”より”ナインテール3”へ、いま回せる戦力がない! あと五分持ちこたえてくれ、ローテーションの調整をさせる』

『”ナインテール3”より”管制”へ 了解した。指示あり次第後退する』

『”ウーデンナイト2”より”管制”へ! 弾薬が底をついた! 近接格闘に移行するが、交替騎を急いで回してくれ!』

広域無線帯に飛び交う緊迫した会話。どうみても戦力の都合がつかない。

それでも波状的に攻め来る異形の魔獣たちのまえに、じりじりと戦線を押し下げられていく。

「ホント、きりがないっ! いったいどれくらいいるのよっ!」

滴る汗、全身が上気し、扁桃痛やおなかの奥の疼痛を無視しながら吐き捨てる。数千は斬ったというのに、波状的に洗われる魔獣の群れは、一向に減る様子がない。


『”戦域管制”より”ドールマスター1”へ。大至急、母艦戦闘区域デルタ4へと戦域を移動してください。防衛線が突破されそうです』

「”ドールマスター1”より”管制”へ。指示を了解、掃討しながらデルタ4へ向かう」

『”戦域管制”より”ドールマスター1”へ。よろしく頼む』

「さぁて、どこまで消耗防げるかナぁ」

リーアはぺろりと乾いた舌で舐めながら獰猛な笑みを浮かべる。

『ドールマスター1、これより戦闘区域デルタ4へ掃討移動を開始する!』

両腕に刀を掲げ、騎体を疾走させる。

小型魔獣をMM剣技”質量衝撃波モーターブーム”で掃討しながら戦闘区域を縦断していく。


――一騎当千の騎士たちと云えども、無限に戦えるわけではない。

昼夜を問わない波状攻撃の前に、脱落していくモーターメイデンもいた。

酷い損傷のため遅れる修理。広がっていく弾薬庫の床面。

戦闘管制室の中で報告を受ける艦隊上層部。すでに艦隊戦力は平時の20%を切っている。

艦隊司令はここに至って、非情の作戦命令を出さざるを得ないと判断した。


MMを集中運用して戦線の一部を突破、背面展開して防御戦線を築き、その間に母艦を安全な後方へ撤退させる。

つまりは、MMを殿しんがりとして母艦を撤退させる作戦だった。

MMは非常に高額な兵器だが、一部の重要部品を除いて生産できる。

だが再現できない発掘戦艦と熟練した艦艇乗組員は貴重だ。それらを失うのは今後の国防にも影響が出かねない。総合的に判断して、一隻でも多くの艦艇を撤退させることが重要だった。

躁騎士たちに作戦命令が伝えられる。

『ま、仕方ないね』

『ここで死ぬのもいいんじゃない? 少なくとも無駄死にじゃないし』

『この恥ずかしい恰好で死ぬのはイヤだけどねー』

『ほんと、ほんと。まぁ、他の人に見られることはないだろうけどさ』

『あー、せめて下着くらい新しいのにしたかったなぁー』

『あははははっ! ほんとほんとー』

操縦服は密着性を高めるために下着の類は着けない。よくある躁騎士ジョークだった。

『あーあ。どうせならイイ男とヤってから死にたかったなぁ』『あんた処女でしょ』『うるせぇイカズゴケ!』『おい、そこの小娘ロリバージン――ブッコロスワヨ?』『ゴメンナサイ』

『ま、なんにせよ、あたしたちはやつらをぶっころしつづけるしかないよねー』

誰一人として、反対の声をあげない。

判っていたからだ。この状況下では、自分たちが盾となるしかないことを。

人類最強の守護神として讃えられているのは、魔獣たちの脅威から人類を守るからだ。

だから、ここで逃げ出すなんてありえなかった。

彼女たちは、人類の盾にして最強の剣。

その誇りだけを胸に死地に立つ。



『作戦開始』

艦隊司令の指令と共に艦隊の連装主砲が咆哮する。

『目標”至近” 弾種”散弾”、三斉射!』

モーターメイデンの46cm砲回転弾倉が轟音を立てて三回転。

発射された砲弾が上空で子弾をばらまき、地表至近で時限着火、大量の金属片をばらまいて魔獣たちを切裂く。


同時にモーターメイデンの猛烈な機関銃掃射、残存の魔獣たちをばらばらにしていく。

『ウーデンナイト、ドールマスター各隊は突撃開始! 横合いからぶん殴ってやれ!』

まだらな茶褐色に染められた白銀のモーターメイデン四騎が疾走し、

近接戦闘型MMが突撃し、恐慌をしている魔獣を掃討し、魔獣たちの集団を切裂いていく。

さらに、前線の結節点をMMの長距離砲撃が粉砕、魔獣たちの混乱に拍車がかかる。

「全機関始動。最大船速で移動」

艦長の指令と共に一部修理なった浮上機関により地表すれすれを滑り出していくHMSクィーンビクトリアⅧ弾薬もエネルギーも惜しまずに周囲を砲撃しながら前進していく。


「遅い……これじゃ、だめだ」

魔獣を次々と斬って捨てながらながら、リーアは冷静につぶやく。

艦艇の前進速度が遅い。浮遊機関重力制御機関が不調だとは聞いていたが、モーターメイデンが歩く速度ぐらいでは安全な距離を稼ぐ時間が莫大なものとなる。


「もっと、敵を引き寄せて……いや、ちがう」

ふとオスカーとの会話を思い出す。

「モーターメイデンって本当は防御や陣地守備に使う機体じゃないんじゃないかなと思うよ」

「違うの? だって人類の盾といわれてるじゃん」

「人類最強の剣ともいうだろ。圧倒的な火力に目を奪われがちだけど、それを移動させることが出来るというのが重要なんだと思う」

「うーんでも、モーターメイデンの戦闘力の大半はやっぱり砲撃でしょう? ボクは苦手だけどさ。剣を揮ったって数百を狩るのがせいぜいだしさ」

「まぁ、それも過去の話だよ。この関節なら耐久力がダンチだし。近接格闘の強みはさ、再装填や着弾の時間がいらないのが大きいんだよ。あと……」オスカーが言葉を濁すのを先を促すリーア。

「なにさ。言いにくそうにして」

「うーんとね。戦闘解析をみる限り、近接格闘の方が奴らの誘因力が強いんだよね。やっぱり相手が見えているからかなぁ」

「ああ、つまりボクのことが心配ってこと」

にやにやとしながらリーアがからかうと

「ああ、そうだよ。悪いか!?」

 目を反らしながらオスカーが叫ぶ。――双方轟撃ダブルノックダウン


恥ずかしい会話を思い出しながらも、一切の遅滞なく流れるように騎体を駆って、魔獣を潰していく。

剣衝撃波を連発した後、加熱警告に従って椀部を停止、蹴りを放ち、肩部の機関銃を掃射する。面白いように外れながらも衝撃波で昏倒していく魔獣を蹴りとばす。

「敵を引きつけつつ、しかも混乱させるには……やっぱり頭を潰すに限る」

跳躍し、着地寸前に弧を描いて脚を滑らす。脛装甲にぶちあたってぶちぶちと潰れていく嫌な音と感触を無視しながらなおも思考する。ずっと疑問に思っていた。波状攻撃が繰り返されている。分散しているように見せてどこか統制された群れの動き。管制でも見つけようとしていたようだが、いまだ判明していない。

「指揮個体はどこに……。見える位置で……しかもきっと用心深いやつだ……」

戦場を疾走する単座モーターメイデンでは、遠方の索敵などする余裕はない。それでなくともやることが多すぎるのだ。思考はともかく、眼前の状況に対応するので手一杯。

――だから、彼女は頼った。



――砲撃と機銃音ががなりたてる中、オスカーもまた機銃座で撃ち続けている。

MM最後補給が底をついたの補給整備は終わり、整備員も機銃座に回されていた。


『ねぇオスカー』頭部装着型無線から聞こえる平坦な声咽喉マイクの声。S2機密通信回線。

モーターメイデン側からの強制接続。

「なんですか」彼も感情を抑えた平坦な声で返す。

だが、次の言葉であっさりと崩れ落ちそうになる。

『――敵が一番多い方角はどこ?』

思わず叫びそうになり、ぎりぎりと歯を食いしばる。きっとその音は聞こえていただろうに、彼女は何も云わない。

『おねがい、教えて』

彼女のお願い・・・。こんなところで、そんなことを願う、彼女の非道さを、でも彼は糾弾できない。

「弾薬とってきます!」「わかった、いそいでくれな!」他の乗組員に伝えて、銃座を離れる。

通路途中の物陰に隠れ、ぎしぎしとふるえる指をむりやり動かして万能電子計算情報板のキーをたたき、中央電子頭脳へ隠蔽接続、周囲状況情報を取得。それは、オペレータですらもきちんとは理解していない索敵情報の生データ。オスカーはそれらを容易く読み取り、分析してみせる。

「――母艦から見て17時の方向。指揮個体・・・・の距離は、おそらく40キロ超」

『――ありがとうね。じゃぁ、またね・・・

「ああ、またあおう・・・・・

そうして通信が切れる――決して果たされることのない約束を残して。


「リーアっっっ!!!!」

こらえきれなかった。

なぜ、俺には戦う力がないのか

「なにが”R文書閲覧者ノーウェ”だっ! なにが、MM設計候補生だっ! 好きな女一人、護ることもできないじゃないかっ!!」

何もできない、戦う力がない彼には彼女を死地に送り込むことしかできない。

ステップを駈け上がり、空いている増設銃座に飛び込む。

「お前らが! お前らが!」咆えながら機関銃を撃ちまくることしかできない。


少女は通信を切って、ぎりりと口を噛む。

「最低だ、ボク……」

――判ってた。これが最後になると。

でも、自分もあの人も決して曲げられないがあった。

ボクは、騎士。モーターメイデンを駆る騎士。みんなを護る、ただそれだけのためにここにいる。

だから、決して云えない言葉がある。――一緒に逃げよう、なんて。

モーターメイデンならば逃げられる。彼一人くらいなら連れて、逃げられる。

昔読んだ物語のように、手と手をとりあってすべてから逃げ出す。――でも出来ない。


あの人は男の子で、ボクは騎士だから。。


逃げちゃいけない。逃げるのはみんなへの裏切りだから。


だから、ここで死のう。その代り、あの人は助かってもらう。ここで魔獣たちを殺してころしてころしつくせば、あの人は無事に帰れる。

その隣にいないのはさびしいけれど、でもきっと大好きな人を守って死ねるのは、幸せなんだ――


三振り目の双剣が豪快に砕けた。モータースキルの連発をすればそうなるのは判っていた。

最後の大型武器を武装背嚢から外す・・。固定が解除されて、轟音をあげて地に突き立つ、モーターメイデンの肩の高さと同じ大きさのそれ。

それは、ただひたすらに分厚い刀身、ただの鉄塊。それは、巨大な剣だった。

長大な柄を両掌で握り倒すように引き抜く。

モーターメイデンでも振り回すのは難しいそれを、彼女と彼の騎体は悠然と肩に担いだ。

見渡す限り、大地を埋め尽くす魔獣の群れ。探査装置IFFの輝点は敵を示す赤で塗りつぶされている。

こいつらをここで蹴散らし、突破して、やつらの指揮個体へ到達する。

敵は数百万、こちらはただ一騎。戦力差は考えるのもばかばかしい。


――だが、それがどうした。


「さぁ、行こう。オスカーとみんなで育てたキミとボクの力を奴らにみせてやろう












おまえらは、ただただ疾く死ね――」



彼女の鉄の意思に応える様に、甲高い獣の咆哮をあげる魔導炉マックスパワー

巨人が踏み出し――大地を薙ぎ払う。まとめて千切りとばされる数十の魔獣たち。返す鉄塊でまた数十。


「あああああああああっ!」

リーアは咆哮をあげて前進する。鉄塊を振り回し踏み潰し、ただただ斬り潰していく。

立ちふさがるすべてをすりつぶして、ただひたすらに前進。

数十、数百、数千の魔獣たちが溶けるようにつぶされていく。数十条の熱力線が宙を切裂き、白銀の結晶格子装甲に命中して発行する

「たかがその程度! この自慢の装甲を貫くのをもってこいっ!」

連邦王国が誇る”オーバーテクノロジー”格子結晶装甲に熱エネルギー兵器はあまり効果がない。

熱を拡散誘導し、熱交換器ファンクションタービンで電力に変えて全身に回す。

巨剣を振り回した腕から大量の蒸気が噴出する。冷却が間に合わず、緊急冷却水が噴出しているのだ。

「うるるるぁああああっ!」

全身の神経が灼ける。穴と云う穴に焼いた鉄棒を差し込まれて掻き回され内臓をぐちゃぐちゃにされたときのような酷痛。

だが、それがどうしたというのか。その程度で停まるわけがない。

後方にはみんなと、なによりも彼がいる。少しでも長く時間を稼いで安全地帯にいってくれれば、それでいい。

そのためなら、自分の命なんてくれてやる。一片も残さずに喰らいつくせ、この忌まわしい魔力炉!


ただ一個の魔力炉心と化した少女は、可聴域を超えた咆哮をあげながらひたすらに前進する。

獣の咆哮をあげながら前進する巨人。

異変が生じていた。全身の装甲が黄金色に発光し、背中から白銀の粒子が噴出、光の翼を形成する。



WARNING!WARNING!WARNING!WARNING!WARNING!WARNING!WARNING!WARNING! 


操縦室内の外部映像板に警告が流れているが、獣と化した少女は気づかない。いや、見えていない。

彼女はただひたすら魔獣を狩りつくすことに狂乱していた。

警告は数十秒にわたって流れたのち――唐突に途絶えた。


映像板の片隅に小さな表示窓が開いてメッセージが流れた。

...


"OCCUPANT MANAGEMENT SYSTEM > 第三規定条件をクリア"

"OCCUPANT MANAGEMENT SYSTEM > 種別判定中"













――戦場に、静寂が現れていた。

幾重にも取り囲まれた中心の地。

巨剣を大地に突き刺して、ただ一騎たたずむ赤褐色の幻像。

白煙があがる赤熱化した関節。

全身に魔獣の血を浴びつづけ、乾きこびりついた装甲。

無数の傷のはいった巨剣――グラディエイターMkIIだった。


「関節の警告灯が全点灯してる……」

操縦槽でリーアはぼそりとかすれた声でつぶやく。かすむ目で見上げるヘッドアップパネル、その中央にあるモーターメイデンをかたどった警告灯が全て赤く点灯し、警告音を発している。

「指関節も半分近くがバカになってる……」

手指操作環をカキカキッと動かしても追従が鈍い。

「油温水温もとっくに危険域レッドゾーン

各メーターはとっくに振切っていた。


映像板には。十重二十重に取り囲む異形の魔獣たち。

遠くに見える大型の魔獣。だらりと腕を伸ばし、四本角をもつ巨鬼。その鎧のごとき筋肉は並の刀など通らない鋼である。あれが、おそらく指揮個体。

リーアはカサカサになった唇をなめる。湿りもしない。

ぐっしょりと濡れていたせなかもおしりのしたもとっくに乾き、胎の奥を突きさし抉られていた重い二日目の数百倍の極痛も、とっくに麻痺してなにも感じない。

操縦環に触れる箇所はとっくに皮膚がずる剥けになり、血が幾度も凝固して貼りついている。

心臓はばくばくと全力で鼓動。

――とっくに限界を超えていた。


ただ瞳だけはギラギラと煮えたぎっている。

まだ終わりじゃない。まだ戦える。

この身は魔術炉芯。この身は、人類の刃。

ただただ戦って奴らを潰す、それだけのために造られた――



――わたしたちが、幸せになれるわけないじゃない。誰かを不幸にすることでしか、わたしたちは生きられない。

蘇えるアーデ同一異体の声。


――わたし同じを殺したくせに、幸せになろうなんて許すわけないでしょう!

なんで、なんでなのっ! 同じなのに、どうして、おまえとわたしがこうまで違うっ!


それは呪詛。同じ生まれで、様々な実験の中、命を落としたモノたちの怨嗟。


「……幸せなんて、ボクには遥か遠かった。けど――」

ここにある思い出だけでボクは逝く。そう決めた。


巨剣を手放す

「残りは、数万と指揮個体。でも、こっちはもう持たない機体も身体も

ならば、取る策はただひとつしかない。

「指揮個体の、首を殺る――」

最後の予備小刀を腰裏から引き抜く。

これが、最後の突撃。機体も身体も限界であった。

「行くよ、グラディエイター。みんなとオスカーが作ったキミとボクの力を、やつらに――」

踏み出す――

「みせつけてやろうっ!!」

光の粒子をまき散らし、三歩でトップスピードに到達。

目指す。小型魔獣を跳び越え、宙で回転しながら中型をすりぬけ、指揮個体を目指す。

十重二十重と囲まれようとも、脇をすり抜け、跳び越え、回転し全ての運動ベクトルを前進につぎ込み、一瞬たりとも停まらない、刀も揮わない。

極限の集中が生み出す超反応に応える、現生人類が造りだした史上最高のモーターメイデン。


最後の魔獣の群れを地を蹴って跳ぶ――着地。そこにいた小型魔獣人間大踏み潰して・・・・・

大型魔獣指揮個体はもはや一足の間、神速の跳躍――

「これで――終わりっ!!!」

宙を跳び、小刀を全力で突きだす。

切っ先が、複眼を見開いた指揮個体の眉間に吸い込まれ――


リィイイイン――水晶を弾いたような澄んだ音が広がる


「っ!?」


神速で繰り出した切っ先、その先端を捉えるピンクの光で造られた壁。

光文字が表示――『フェアウィルド条約 第三条 第二項 文明維持条項に抵触 運動ベクトル制御力場 稼働中』


刀を突きだした姿勢のまま、垂直に落下する。あわてて姿勢制御、轟音をたてて強引に着地。

「なにがっ!?」

グラディエイターの半壊した頭部で周囲を見回す。


ピンク色に光り輝く壁が、地面から次々とせり出して大地を分けていく。

同時に魔獣たちはみなその壁の向こうに――

「はぁあああああっ!」

踏込み、光の壁へ気合一閃――刀身が触れた瞬間、停まった。

音も衝撃もなく。

慌てて引いた。まったく手ごたえがない。

「な、に!?」

不可解な現象にリーアは戸惑い、ぞわりと悪寒を感じて

反射的に最大出力で前方へ跳び/けたたましいブザー音


――一切の音が消え

――天地を覆すような衝撃が襲った

「ーーーーーーーーl!」

聴こえない悲鳴をあげる。衝撃吸収装置が絶叫し、操縦環に身体をしたたかに打ち付け、計器類がめちゃくちゃな値を示し、モニタは天と地をかき混ぜる様な景色を映す。

どっちが上で下で横なのかもわからないほどにめちゃくちゃに振り回されて続けて

大質量のものが落ちてきた衝撃波だと理性で気が付いた。


「な、なにが……?」


天を貫くようにそそりたつ土煙。大量の土砂が巻き上げられてごうごうと竜巻のように渦巻く。


キリリ……キィン…キン……


大質量の金属が触れ合う音。

「な、にかい、る?」

リーアはまだくらくらする頭で外部映像受像板に目を凝らす。

白煙のなかにぼんやりと浮かび上がってくるヒトのカタチ。

人型のそれは、両腕を広げた――


ヒィィィアァアアアアアア


突如、女幽霊・・・の泣き声・・・・のような大音響が広がり、地が、大気が揺れる。

ごうごうと渦巻く大気が割れて、それが姿を現す――


「モーター……メイデン?」


白と朱の警告カラーリングが施されたスマートな美しい騎体。

関節部が球体状にふくらんでおり、優美な曲線を描く美しい太刀を佩いている。


それは宝石で出来た純白の乙女のやうな美しいロボット・・・・

リーアはぞわりと総毛だつ。

「ちがう、こいつ――モーターメイデンじゃない」

そんなレベルじゃない/動きがわからない関節/合わせ目が見えない優美な曲面の装甲/人のカタチをかたどりながら、均整と優美さまでもったプロポーション/ささやかに飾りの施された美しい二振りの太刀。

全てが、化け物的な動力性能を示唆している。次元が違うなにかだと気が付いてしまった。

おぞましい絶対零度の予感が背筋を這いずりまわる。


――其は、死の神そのもの。


ヒュィイイイイアアアアアアアア――


俗に女幽霊バンシーの哭き声と呼ばれる、魔導炉ナァカムマキアエンジン特有の動作音がさらに大きく鳴り響き始める。白と紅のロボットが、アイドリングから定常出力まで上げたのだ。

同時に天空に広がる光で描かれたレーザー空中投影鮮やかなライトブルーで描かれたオリーブに囲まれる五大陸・・・の紋章とUN ALMANACの文字


「な、なに、なんなのあれ、――なにこれっ!?」

突如、リーアの眼前に現われた光の文字――掲示文書。

操縦槽内に突如現れた光でレーザー空中に描かれた投影文書は各国語のほかに、彼女の母国語でも書かれている。


『警告 フェアウィルド条約 文明維持条項違反

国連文明監視機構制裁決議第777番に基づく制裁措置を実行する。国連監視機構が指定した戦闘区域に存在する違反文明に所属する人員のうち50%を乱数決定漸減措置を執行――』

文字が自動的に下に流れていく。


「な、なんなのよ、いったい――」あれは敵か味方かも判らない。

だが、とてつもない悪寒が全身を蝕み、おなかの奥がずきずきとと激しく痛くなる。


――白と朱の巨人の背より、腰の支持椀に架装された巨大な棺桶のようなものが脇の下を回り込んで所定の位置に固定される。

巨人の右腕がその持ち手を掴むと同時に棺桶の外装が上下二つに割れ、中に納められていた二つ折りの長大な砲身が展開、固定環機構が回転しながら機関部と砲身を強固に固定する。

自らの身長よりもはるかに巨大なそれを悠然と操りながら砲身を天空へと向けた。


砲撃体勢だと直感した。

装備群は見たことがないが、モーターメイデンのそれをより洗練させたモノだと勘がささやく。

だが、なにを攻撃するというのか。

魔獣を隔離したのはおそらく同じ連中……。


「ま、さかっ!!!!!」

――ある可能性に気づいてしまった。

モーターメイデンの攻撃範囲はおよそ30km。弾着班がいれば60kmは軽く攻撃範囲である。

だが、その未知の装備が、もしもそれ以上の射程があるというなら――HMSクィーンヴィクトリアオスカーたちが狙える。


気づいた瞬間、動いた。磨り足から入り、わずか二歩で最高速度へ。

音を置き去りにした神速。一挙動で小刀を薙ぐ。その技の冴えは、生身リーア自身を超えて。

最高のモータースキルが、あらゆるものを断ち切ってきたリーア生涯最高の一撃が、白と朱の巨人に吸い込まれ――その装甲表面で停まった。

反動も手ごたえもなにもなく、一切の微動もなく。


刀の切っ先に浮かんでいる光の文字レーザー空中投影スクリーン


『安全警告! 9Gジュール以上の運動エネルギーを検知したため、停滞力場ステイシスフィールド稼働中:出力0.01%』


その文字は読めるが意味が解らない。切っ先はそれ以上絶対に進まない。

彼女を無視して白と朱の巨人が悠然と構えた巨砲の各部で光のラインが迸り、稼働シグナルが点滅を始める。



『砲撃60秒前 準備照準表示 開始』

突如、巨大な文字と同時に巨大な地図が天空に現われる。

それは遥か天空より見下ろす、神の視点――

リーアの味方艦隊が地を這うようにゆっくりと進む姿が見えるリアルタイム映像


目標乱数決定の文字と共に地図の上に無数の銀線/『LOCK ON』の文字が表示されていく。

リーアの血の気が引いた。その一本一本が攻撃目標で、艦艇やモーターメイデンだけではなく、一人一人を識別して選択されているのだと気が付いて。

「あ、ああああああああっ!!!!!」

絶叫して、小刀で斬りかかる。振りおろし逆袈裟撫で斬り袈裟切り。あらゆる方向から斬る。刀が停まる/引けるのに停まった先からはどうやっても動かない。

「な、んでっ!! なら!!」

一歩退く。

掌保護篭手ハンドガードを展開し、踏込と同時に全重量を載せて叩きつける。

それとて光の壁はこゆるぎもせず、グラディエイターの方を見もしない白と朱の巨人、減っていく数字カウントダウン

何度殴りつけても手ごたえすらない。まるで影を打っているかのように。

「パワーでも押し切れない――それなら」

一旦退く。

腰を落し、機体をやや斜めに。納刀した小刀の柄に手を添え、集中――深く静かに呼吸。


あとすこしだけ動いて、グラディエイター!


願いを呑みこみ、狙うはただ眼前の光壁

眼前のこれを斬る。斬って止めなければ、みんながやられる。

内気功を高め、機体の隅々にまで循環させるイメージ。

この子の身体はわたし。狙うはただ一斬り、この世に斬れぬものなし――

「っぁ――」瞬息無音。

呼気と共に鞘走る。

遥か東方より伝わりし、神速の抜刀術”イアイドー”

”音なしの刀技”と呼ばわれし剣聖絶技。

銀の軌跡が空を斬り――無慈悲に光の壁で停められた。

「ぁ」

呆けた声が出る。極度の集中が途切れて、意識の空白が生じる。

斬撃を受けられたまま硬直

光の壁にALERTと大きく表示。

『思念空間伝達を確認しました。リチャード・マクスン法判定により生物思念階位3に相当 法務執行のために障害と認め、一時拘束措置実施』

一瞬だけ、白と朱の巨人の頭部がリーアの方向を肩越しにみやった。

その瞬間、がくんとグラディエイターが停止し、小刀を取り落す。地にドスンと突き立つ小刀。

「な、なに、どうしたの!?」

グラディエイターは応えず、力なく頽れた。動力炉の回転数が落ちる。油圧・水圧・動力伝達系のメーターはすべて正常値だというのに。

正面映像板に大きく表示される文字

『最上位停止命令受領 動力炉停止』

それを見た瞬間すぐさま予備魔力貯蔵槽リザーブタンクに切り替えて再起動手順を行うが、やはりグラディエイターは応えない。力なく頽れたまま。

「な、どうしたのよ、グラディエイター!」

『発射30秒前』

白と朱の巨人、その双眼前面部に半透過保護板対閃光バイザーが降りる。

巨大な砲の後部装甲が開き、多数の羽根が翼のように展開する。


ふぃいいいいいいいいん――


甲高い風切りの音とともに翼へ、光り輝く粒子が集っていく。

砲撃体制に入ったことをいやでも悟らさせられて、リーアはさらに焦るが、グラディエイターは動かない。

動力系統の切替えを繰り返し、操縦環を動かすが、グラディエイターは動かない。

いや正確には動力系統は動こうとしているのだが、動き始めた瞬間に停止するのだ。まるでエネルギーを吸い取られているかのように。

ならば、と操縦槽から脱出してと解除レバーを引くが、固定鍵は外れても油圧・動力系統が動作せず、操縦環を持ち上げることもできない。脱出することすら出来ない。脱出すれば、魔法を使うこともできるのに、それすら許されない。ここに至って、何もできないとリーアは思い知った。


『発射20秒前』


無慈悲に減っていく数字カウントダウン

「……や、めて」

リーアの口からこぼれる懇願。ここにいたって彼女に出来ることは願うことだけ。正面映像板を見ながら、その巨人がすることを見ながら。


周囲の温度が急激に低下していく。白と朱の巨人の周囲で風が渦をまき、ふわふわとした白い氷結晶が激しく舞いおどる。

「や、めて。お願い。なんでもするから」


モーターメイデンという人類最強の力をもってしても届かない。もう止める手段がない。

操縦環をがちゃがちゃと動かすが、グラディエイターは沈黙したまま。

動力炉は停止し、予備動力も電源もあるというのにうなだれたようにくずおれた姿勢で動こうとしない。


『発射10秒前』


ゥォオオオオン……

白と朱の巨人が持つ砲の機関部の九重の円環が轟音をあげて互い違いに回転を始める。

空中に浮かぶ文字が点滅を繰り返す。

『危険 九連重力機関 稼働中 危険 極低温 半径10メートル以内には近づかないでください。安全第一』


なんだかわからないが、それがとてつもなく危険なものであることだけはわかる。

あれは、全てを殲滅するものだとわかっているのに、リーアにはなにも出来ない。


『カウント 続行中 6・5・4・3…』

「やめてぇえええええっ!」


リーアの絶叫にかまわず表示される文字。



『カウント 終了 0』












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