第2話 モーターメイデン
――月のない闇夜は魔のモノが蠢くと、古人は云い伝えた。
それはヒトの原初の本能からきたのかもしれない。火を手に入れた現世のヒトですらもそれからは逃れられてはいないのだろう。
深き闇の下で、息をひそめた男たち。
深く掘られた塹壕の中、光が上に漏れ出ぬようにカバーがかけられた灯火の下で、手に持つ小銃をしきりに点検する。
遠くから響く、唸るような地響き。
点検する手はわずかにふるえ、歯の根が合わずがちがちと鳴らす者もいる。
すぐ後ろには車輪の付いた
カッチカッチカッチ…
指揮官の横にある大型時計の音。
「観測班以外は遮光態勢のまま待機」伝令が声をかけて回る。
遠吠えのような獣の唸りが、無数の地響きが迫り
カッ―――
突如、無数の閃光が闇を切裂いた。
遅れて大爆音と豪風。
前方1キロの地点に仕掛けられた地雷原の連鎖起爆。
「灯光弾打ち上げ、打ち上げ!!」
遮光眼鏡をかけた指揮官が号令を発す。各所で魔術兵たちが一斉に
散開した術式殻が上空で一斉に発光、周囲を昼間のように照らし――浮かび上がる幾数多の異形。
「――――――!!!!」/「てぇええええっ!!」
戦場に響く|戦咆哮≪ウォークライ≫
静かに前進して来ていた異形達が咆え、突進。対する人類軍は指揮官の号令一下、一斉射撃。
数百の火線が異形達に突き刺さり、何十体かを絶命させる。
「次弾発射用意! てぇえええっ!!」
いくつかの地区に分れた人類軍側は、時間差をつけて間断なく射撃を繰り返す。
地雷原を十字砲火出来るように突出して構築された三つの陣地では通常の三倍の火砲が用意され、雛壇のように三列に並んだ兵士たちが順番に射撃、すぐさま装填済小銃に交換して照準をつける。
そうして発砲音が一瞬たりとも途絶えない間断なき射撃を敢行。
一日で生産される弾薬を数十分で消費し、数十数百と異形どもの屍を積み重ねさせる。
だが、異形の侵攻は止まらない。
「次弾発射よぅーいっ!」「よぅーい!!」「てぇー!!」
射撃指揮官が指揮杖を掲げて目標地点を指し示して号令、一斉に放たれる小銃。
撃ち放った小銃が後ろに回され、銃身冷却を兼ねた洗浄液をぶっかけられるもうもうと立つ湯気。
装填兵たちは気にせず、分厚い皮手袋で掴み、急いで銃身内を布ブラシで拭くと隣に渡す。すぐさま防水紙で巻かれた装薬と椎の実型の弾丸が押し込まれる。その間、わずか15秒
「再装填急げ! 急げ!」
それでも装薬班々長が急かす。発砲、装填を繰り返す。
だが、異形達の侵攻は止まらない。屍を踏み越え、張り巡らされた防護柵を薙ぎ倒し、前へ、前へと。
「くそ、きりがないっ! はやく次をくれ」
恐怖に頭頂耳の毛を逆立てながら狐族の兵士が装填済小銃を要求する。
「はいっ、これです! 次下さい!」
小柄な犬族兵士が手渡し、次の装填に取り掛かろうとしてこない。
「だめだ、火口が壊れてる! 次をくれ!」洗浄係が破損した小銃を放り投げて補充を要求。
流れ作業のように装填し手渡し発砲し洗浄し装填し……間断なく繰り返される手順。
だというのに異形の侵攻は止まらない。減ったように見えない。ただひたすら押し寄せる無数の異形たち。
ひとたび陣地に攻め込まれたら蹂躙される。人類とは生命力が、運動力が、攻撃力が違う。
やつらはただ一体で素手の人類など万であろうとも蹴散らす。
人類が奴らよりも優れているのは遠距離火力投射、ただそれのみである。
ゆえに戦略から戦術に至るすべてがその唯一の長所を最大限に活用するべく組まれていた。
戦場地系、地雷原、縦横に組まれた水路、防護柵、塹壕、十字火力線陣地なにもかも。
幾重にも構築された防衛線を守る兵士たちは、火力を投射し続けひたすらに神経をすり減らしていく。
もはや誰も数えることをやめた数十度目の一斉射撃。
走り回っていた補充係たちがそれに気が付き、血の気が引いた。
射撃要員の一部が一斉射撃に加われなくなってきたのだ。装填役が下手で弾薬装填が遅れているわけではない。
小銃の故障が続出し、射撃要員一人につき六丁用意されている小銃が二、三丁しかなくて一斉射撃に加われないようになり始めているのだ。
短時間で大量の発砲を続けているために、小銃に予想を超えて消耗して補充用小銃が底をつき始めている。弾薬が底をつくよりも先に予備小銃が尽きることに気づけど、打つ手がない。
射撃は止められない。弾幕が尽きれば、中小型魔獣を防げなくなる。そして、さらに最悪なことにまだ大型魔獣が確認されていない。居ないはずがないと前線司令部は考えて
温存したまま壊滅するか、それともここで
ウ~ウ~ウ~
――独特な長音のサイレンが戦場に鳴り響く。
「前方注視!! 決して後ろを振り向くな、前だけを見ろ!!」
このサイレンの時には絶対に後方をみるな――口を酸っぱくして
突如、輝く光条が闇夜を切裂く。数十条の
ガトリングレイガンの掃射。
司令部直属の
最前線の魔獣たちが一斉に切り裂かれ崩れていく。
「すげぇっ!これなら――」「ばかやろう! 今のうちに装弾急げ!」年若い犬族兵士が目を輝かして歓声を挙げるのを、猫族熟練兵が怒鳴りつけて装弾を促す。
「あれは一回掃射されたら数十分は次が撃てないんだよ!
「あ、すみませんっ!」
発掘兵器を再生したガトリングレイガンは発射後の強制冷却と
それが現代技術の限界だった。ゆえに追撃の掃討戦か、または追い詰められない限り使用されないのだ。
(まだ一時間も経ってねぇのにアレを使用するとは、こりゃヤバイということかっ!!)
つまり戦線が押し込まれていると熟練兵たちは気が付いていた。
だが、逃げ場所などない。ここ数十日の魔獣大攻勢によって全戦線が押し込まれており、後方の大都市を防衛するにはここが阻止限界点だった。一ヶ所でも戦線が破れれば、なだれ込んだ魔獣たちに後方が蹂躙される。
そして後方には彼らの家族や身内がいるのである。
ゆえに彼らは誰一人として逃げるわけにはいかないのだ。
例えここで果てようとも。
☆☆☆
東方戦線司令部天幕内で怒号と報告と指令が飛び交う。
「進行速度変わらず!」「第二地雷原起爆!」「第二防柵突破されました!」
「第七擲弾支隊弾薬不足! 補充要請が来ています!」「予備第六支隊を回せ! 第三補給中隊を付けろ!」
「第六軍 近接戦闘移行信号弾を確認!」「伝令! C0203地点に|多脚型大型魔獣約六頭が到達したもよう! 支援砲撃要請です!」
「攻撃可能な支援砲撃部隊はどこか」
「全部隊が正面 A1200方面を支援砲撃中です。火力が不足との報告が入っています」
「なんとか砲撃支援を回せんか」「問い合わせます」
参謀の一人がうめく。一部隊でも回せば、正面が突破される公算が高い。戦力抽出は無謀だった。C02030地点を突破されれば、全線と後方が分断され、蹂躙されることは目に見えていた。
西方と北方では魔獣の攻勢を受けて激戦を繰り広げており、南方と東方にはそもそもほとんど戦力がいない。増援は見込めなかった
西方戦線は撤退を続け戦線を縮小していっていた。
そのことにより皮肉なことに補給路が短くなり大量輸送が可能になったため武器弾薬は潤沢である。
それでも物量差を覆すには程遠い戦況だった。
届く報告が
だが、東部方面司令部に予備戦力はもはや残されていない。補給部隊でさえも武器を持って最前線に立っていた。
通信と伝令の情報を元に周辺地域の詳細地形図を挟んだガラス板上に部隊を示す駒を動かす。それはみれば見るほど絶望的な状況だった。刻一刻と戦線が分断され、部隊が消滅し全滅まで時間の問題であることを如実に表している。
「護れ、なんとしても! 我らの後方には数十万の市民がいるのだぞ!」
「既に予備部隊は投入済みです、何よりも火力が……せめて
「いうな! 女を前線に立たせるなぞ軍人の恥ぞ! なんのためにわれらが戦線を構築していると思っとるか!」
司令官が歯ぎしりをしながら怒号する。
「備蓄弾薬は三割、予備兵器は二割を切りました。このままいきますと、もってあと30分で装備が、次いで三時間で弾薬が底を尽きます」
「そうか。そうなると接近格闘戦しかなくなるわけだな」
「はい、それしかありません」
参謀たちが唇を噛み歯を食いしばる。
苦渋の決断。
肉壁を築くことは自分たちの無能と敗北の証明だと彼らは堅く信じていた。だが、いまは誇りよりも時間を稼ぐことだと即座に意識を切り替える。
無能であり続けることは彼らには許されない。
非常用装備箱が開かれ、取り出された装備が手渡されていく。
「一分一秒でも長くここで食い止めるぞ。すでに後方に連絡を回しているな?」
「は、発掘兵器後方移送に合わせて四隊を送りだしました。それぞれ別ルートです」
「む、ずいぶん前だな?」
「なにせ走らせてですから」
「なに?」
澄ました顔で壮年の参謀がとぼける。そういえば、若い参謀や通信管制官が少ないことに司令官が気づいた。
「ふん、そういうことか」
「ええ、そういうことです。なにせ若いもんは力が余っていますからな。少しは苦労してもらいませんと」
古参参謀がにやりとしながら久々に小銃を受け取り、銃剣を装着。
円盤型弾倉を固定し摺動銃床を引いて弾薬筒を装填していく。
一つの工場でしか生産が出来ず、数が揃えられないため、ごく少数だけ司令部の非常用として配布された最新式の
その間にも報告により戦況図が刻々と書き換えられていく。もはや前線の崩壊は時間の問題だった。後がないことを知っている兵士たちの奮闘により潰走していないだけだった。
「総員、出撃!! これより我ら司令部も打って出――」
「待ってください! いま――」
長距離無線担当が叫ぶ。
『こちら……ザー……大隊…』大量のノイズ交じりの音声無線通信。その装置につながる部隊はただ一つだけ。
☆☆
地雷原はすべて突破され、最後の防護柵に取り掛かりつつある魔獣たちに向けて、狂ったように弾丸を叩きつける兵士たち。
指揮官ですら小銃を撃ちまくり、装弾係が驚異的な速さで弾を込め続ける。。
絶望的な戦況の中で、最後を覚悟した兵士たちが死にもの狂いで抵抗している。
潰走しないのは、ただただここが最後の防衛線であり、安全なところなどどこにもないことを知っているからだ。
突如太陽のごとき光が闇夜を塗りつぶす。
闇夜を切り裂きながら飛来した信号弾
朱、黄、そして草色。
「あの
それは全兵士が知っていた。
朱と黄と黄緑の三つの信号弾の組み合わせはただ一つ。
「
いち早く信号弾の内容に気が付いた熟練兵が叫ぶ。
ほぼ同時に本部から有線通信を受けていた通信兵が立ち上がり、被っていた帽子を高く放り上げ、絶叫する。
「増援だ、モーターメイデンが、モーターメイデンが来たぞぉおお!!!!!」
「おおおおおおおおっ!」
絶望的な遅滞戦闘を行っていた兵士たちが、絶叫し、大歓声があがる。
『全兵士に告げます! 10秒後に砲撃を実行します、耳を塞いでください!』
移動拡声器から最大声量で女性騎士の声が轟く。
「全弾テェぇええ! 撃て、撃ちつくせ!!」
前線指揮官が絶叫し、自らも小銃を撃つ。装弾担当すらも立ちあがってぶっ放す。
後先を考えない一斉射撃。狙いも何もない濃密な弾幕が異形の者どもに突き刺さり、何十体かの魔獣たちが斃れ、死骸が積み重なる。無数の擲弾筒から榴弾が叩き込まれ、爆発に告ぐ爆発。前線にぽっかりと空白地帯が生まれる。
「退避、退避!!!」
小銃を放り投げ、兵士たちは我先に塹壕に滑り込み耳当ての上から掌を当て口を浅く開く。
対衝撃体勢。
『3、2、1! ファイヤー!!』
カウントダウンと共にはるか後方で巨大な閃光が迸った。
遥か高く天空を切裂く二条の彗星。
突如、数十の彗星へと別れ、地表に激突する寸前、もう一段分れ、数千条の光へ――
魔獣たちに滝のごとく銀河の星々が降り注ぎ――轟曝。
断末魔の咆哮をあげながら魔獣が光の瀑布へと呑み込まれていく。
直後、空間衝撃波が塹壕上を吹っ飛ばしていった。
――同時刻
数キロ離れた丘陵地帯を進軍する部隊の中央にある巨大な物体。
『弾着確認! 観測結果を報告してください。これより次弾装填を開始します!』
拡声器から発される女性的な声と共に巨大な
45口径40.6サンチ・リボルバーカノン。
砲身長22メートル超、連続六回の砲撃を可能とする巨大な砲填兵装二門を背に搭載しているのは、銀色の巨人。
巨大な脚が踏み出され、街道を一跨ぎし、荒れた畑を前線へ向かって歩行していく。
モーターメイデン――”戦場の支配者”、”戦場の女神”と呼ばれる巨大人型兵器。
『弾種”轟雷撃弾”装填完了 距離9600 砲撃体勢に入ります』
雑音交じりの理知的な女性騎士の声が巨人から響く。
『友軍が近いため、各偵察隊は距離計測した結果を報告してください!』
街教会の
隣を並走する全身に増槽を装着して倍以上に膨れている重
『本騎後方から退避! 排気と衝撃波に注意してください!』
「後方退避! 退避! 排気噴射範囲に入るな!」
並走している直属部隊が速度を上げ、MMたちの両脇より前方に進んでいく。
モーターメイデンが停止。補助脚が降ろされ、さらにかかとについた巨大なアイゼンが地面に突き立つ。
魔導機関の唸りを最高潮にした巨人が身を沈め対衝撃体勢に。
『発射三秒前! 3、2、1…”ファイヤー”!』
巨大な砲身先端から火焔が迸り、爆風と轟音が空間を叩き大量の土砂を巻き上げる。
砲身内部の多段加速魔導術式で秒速700メートル超まで達した46サンチ魔導殻術式弾が発射、夜の闇を数十秒で駆け抜け、敵の上空で散華、大量の魔力雷球をばらまく。雷球は紫電をまき散らしながら魔獣たちを灼きはらい爆散していく。
白銀のモーターメイデン操縦槽内では二人の女性騎士が映像板を見ながら操作を行っていた。
「砲身冷却装置全力稼働中、温度危険域まで40目盛です。第三斉射いけます」
「わかりました。弾種は同じ”轟雷撃弾”を装填」主操縦を担当する女性騎士が照準眼鏡に顔をつけたまま指示を下す。
「了解です。装填準備に入ります」機関士を務める女性の従騎士が各種調整と装填操作操作に入る。
「こちらMM”シーワンムー
『了解!』
男性騎士が操る大量の魔力増槽を搭載した太身の
ここまで来たら擱座しても砲撃は出来る。故障に備えた予備MMを制圧に向かわせても良いと女性騎士は判断したのだ。
続いて歩兵部隊を満載した兵員輸送車も速度を上げ、混乱している友軍のもとに向かう。
「
兵士指揮官が命令し、馬なし輸送車の上に巨大な旗が掲げられた。
栄光ある五つの星が瞬く真紅旗がはためく。
『第三射、斉射!』
轟音と破壊的な閃光をまき散らして、人類最大火力が魔獣の群れに叩き込まれる。
第三射を放った直後、MM”シーワンムー
慌てずに従騎士が外部スピーカーで指示を出す。
『強制冷却に入ります。循環冷却車をすぐに回してください!』
左腕を操作して並走している給水車からホースを持ち上げて接続し、大量の水を吸い上げて循環冷却を開始する。
二次冷却器からもうもうと白煙を上げながらも歩行は止めず距離を詰めていく。
砲撃精度は距離に反比例する。
特に曲射弾道を完璧に命中させることが出来る騎士は非常に少ないのだ。
薄暗い操縦槽の中で艶やかなブルネットの髪を結いあげたゴージャス(死語)な美人がイライラしたようにひじ掛けを指で叩く。
「砲身冷却は、まだ完了しませんか」
「まだです、焦らないでください。冷却の他にも
管制士を務めている黒髪を結い上げた眼鏡の若い従騎士が報告する。
「御託はいいです、何とかしてください」
「出力安定のため出力を落して定常化を試みます。姿勢補助が出来なくなりますので、歩行に専念してください」
「わかってます。砲身冷却と炉出力安定を急いでください」
騎士の動きをそのまま再現する全身操縦システムの一部を無効化し、半自動歩行を行っているが、微調整は常時必要である。
主操縦を務める女騎士の下半身は操縦環に覆われたままだ。真剣な眼で外部映像板を睨みつけながら、水筒の高栄養飲料をあおる。
「うぇ、不味い……ほんと、いつ飲んでも不味いですね、これ」
「栄養優先ですからね。この戦いが終わったらおいしいものを食べましょう」
操騎士の背後上に座る若い女従騎士はメーターを読み、スイッチパネルを操作する手を休めずに応える。
――モーターメイデン操縦は過酷である。
主騎士は魔導炉に基礎魔力を送り込み増幅させつつ、外部取込映像や各種
魔力を放出しながら一瞬の油断も出来ない緊張による疲労と体力の消耗。それは常に全力疾走で刃の上を素足で走るにも等しい。
大量の発汗と体温上昇といった心身の消耗は大容量の空調装置と高栄養飲料でも不十分で、
過酷な主操縦の負担を減らすための従騎士の役目もまた膨大である。
魔導炉出力監視をはじめとして動力変換魔導機関の調整、各関節への動力配分、索敵、武装管理、照準、弾道計算機といった砲撃管制、部隊指示に主騎士の体調監視、非常用副操縦系統の管理と多岐にわたる。
不安定な魔導機関を微調整しながら必要な動力を騎体中に廻らせ、天候、地表位置、重力偏差などの膨大なパラメータを使った弾道計算の下に敢行される砲撃管制。
体力よりも莫大な業務管理と演算が必要な精神的な負担が大きい。
モーターメイデンは精神力と体力を極限まで使って運用されているのだ。
「冷却まであと三十秒。魔導炉出力7割までしぼっています。魔力貯蔵量はおよそ250億キリカロチ、あと砲撃三回で使い切ります」
「
「移動で使い切っています。補給部隊が追ってきていますが、あの距離ですと1時間はかかるでしょう」
後方視界映像板に映る増槽輸送車は数十キロは離れている。
「仕方ないわね。砲撃が間に合ったからせめてよしとしましょう。戦線が突破されたら数十万人以上の犠牲者が出たでしょう」「そうですね 最悪の場合、首都まで荒野となったかもしれません」
次の戦場への移動を優先したため、補給部隊との合流が遅れていた。
MM運用規定では移動の前に補給と整備は必ず実施することになっている。貴重なMMは万全な状態で運用すべきだからだ。
だが、彼女たちは未使用分の弾薬補給だけで次の戦線へ移動した。そうしないと間に合わないと考えたのだ。
実際、東方から北方西方まで魔獣の大攻勢が行われているため、軍令部所属MMはろくに休むこともなく戦場を駆け巡っていた。
彼女たちのMMも連続稼働96時間を超え、関節各部が悲鳴をあげている。
「戦闘が終わったら、この子、
「ええ、きれいにしてワックスを三重にかけてあげましょう」
「冷却、あと三十秒でいけます」
「予測よりも早いわね、さすが
操騎担当のロザリーが、にやりと下品に笑う。
「意味不明なこと云ってないで砲撃体勢に入ってください。照準演算回してますよ」
従騎士ミオンは取り合わない。
「ちぇ、かわいくないわね、前はこういうのですごく恥ずかしがっていたのに」「その恥ずかしい恰好してるローザで慣れました」
「い、云わないで欲しいわね!」
騎体操縦を担当する
「もしかしてわたくしのこと狙ってるのかしら? わたくし
「ななななにが、大丈夫なのかしら?」
「冗談です」
「なにが!?」
――モーターメイデンは原則として騎士の動きを拡大再現するため、全身を覆う形の操縦機構を採用している。これらは接触している筋肉の動きを読み取り、モーターメイデンの動作に反映させる。反応を少しでも早く読み取るには薄着であるほどよいが、同時に衝撃や摩擦緩和のためにある程度の厚みは必要であった。
このため彼女たちの胸元まではぴったりフィットするハイレグレオタード形状をしていた。これは発掘された原形機に残されていた装備を現代技術で形状を再現したものである。この形状はMM操縦システムととうぜんのことながら相性がよく、材質の改善はあれど形状はほとんど変わっていない。
脚も初期は素足であったが、操縦中に操縦環にぶつけたり皮膚をきったりと生傷が絶えなかったため、厚手のタイツを履くようになっている。
肩部は体調管理器具(体温脈拍血流に心臓電気衝撃器も含まれる)のU字型器具が首回りに巻きつく。この機材は素肌が触れている必要があり、そのため肩と首回り(特に延髄とうなじ周辺)は肌が露出している必要がある。
頭部には専用の有線”ヘッドドレス”――有線骨伝導式マイクヘッドホンが内蔵されたヘアバンド 実は認証と脳波測定装置も含まれているが、知られていない――が装着されている。
MM搭乗時には専用ポートに一度触れさせるとヘアバンド部分が発光して騎士の頭上で浮遊するが、降騎の時は頭部に装着するのが正式だ。この精密機器は容易に破損するため、頭部につけておくのが一番安全である。。
幅広の耳のような装飾部分は無線アンテナだと判明しており、
このヘアバンドは発掘されたMM内や遺跡からの発見のほか、古物市場に流れてくる装飾品の中から発見されることもある。
なおこの騎士服、かつては古代語で”バニーガール”と呼ばれていたらしいが、その意味は歴史に埋もれてしまい正体が判明していない。
”ガール”が少女の意味が含まれていることは判っているが、前置詞でその意味が全く変わるため、”バニー”の意味が解っていない現代では未解明語の一つである。
ところでこの騎士装備、実は男女共通である。しかし、このMMは男性騎士が登場すると魔導炉出力が極端に落ちるため大量の増漕を搭載して運用する。
それでも稼働時間は半分以下である。
ゆえに清らかな処女しか乗せないという伝説がある幻獣”
「砲撃体勢に入るわ。はやくシャワーを浴びたいわ」
「いろいろ汚れていますからね……下着、替えたいです」
なにでとは云わない。なにせ戦闘中はいろいろと垂れ流しである。大量の香水をぶちまけて匂いだけはごまかしている。
「そうね、はやくまともな服を着たいわ」
「まるで痴女ですからね、その服。見てるこちらが恥ずかしいです……」
「同じ服着てるでしょう!?」
「降りるときは必ずテールコート着ますから、わたし。あなたみたいにいろいろ濡れている肢体を見せつける趣味ありませんから」
「なななにいってんのよ、漏らしてなんかないわよ!」
「汗とか冷却水のこといってるんですけど?」
体温が上がり過ぎた時はあたまから水をかぶることがある。整備兵からは後始末が大変だと不評だが、背に腹は代えられない。
なお操縦槽の清掃は、騎乗者と同性の整備兵が担当することと決められている。
操縦槽内に野太いブザーが三度短く鳴る。砲撃体勢が整ったのだ。
「いくわよ」
「ドコにイくのですか」
「それ、もういいわ。はぁ、ヨゴレたのね、ミオンってば。ほんと前はあかくなったり逃げたりしてかわいかったのにねぇ」
「
「ねぇ、云い方なにか間違ってないかしら!?」
ローザに取り合わず淡々と砲撃準備を続けるミオン
「砲撃角+27°砲撃距離9200、補尺項目番号C9-22」
砲撃計算尺の結果をパチパチとダイアル入力して手回しハンドルを回す。カシャンと音高く砲撃管制装置の内部歯車が切り替わって微調整を行う。
「チャンバー内温度安定域内。撃鉄起こします」
「了解、照準するわ……
主要関節を固定して、微動機構のみにする。この状態ではモーターメイデンはほぼ動けない。もっとも危険な瞬間である。
「関節拘束確認、チャンバー内圧力上昇中、術式シアー三重固定を確認……|脈動安定、いまより30秒間持たせます。
背後からの震動と不規則な唸りが高まっていく。魔力加速器の六連回転輪が回転数を上げていきながら、撃発を待っている。
「640……650――!」
唸りが最高潮に達した瞬間、ミオンは強く声をあげ、
「
術式シアーが開放、魔力高圧縮チャンバーで加速圧縮されていた膨大な魔力が起動した術式に従って弾殻を形成、チャンバー
砲身を直進し、さらに多段加速術式で大加速された硬殻術式弾が砲口より音速の三倍で射出、
軌道制御された魔導弾殻上空五千メートルまで到達した後に急降下を開始した。
高度一千メートルを割った瞬間、魔導弾殻が複数分割され、莫大な量の弾丸となって落下。
それは暴虐無慈悲な破壊光の瀑布。
一切合財を貫き、内部で爆裂魔導式が発動、爆砕する。
モーターメイデンの砲撃四射で、最前線にいた魔獣の約六割が消滅。大混乱する魔獣たちに
残存していた部隊も総反撃に出た。
味方MMに当たることなど構わずに撃ちまくる。
装甲の厚い重MMは小銃弾なぞものともしない。盛大に火花と血煙をあげながら戦場を縦横無尽に駆け回り、その後を無慈悲な投擲弾が爆砕していく。
そして数分後に行われた第五射、第六射により後方より向かってきていた魔獣が群ごと消滅した。
――勝敗は決した。
モーターメイデンの砲撃は攻め寄せていた魔獣の実に六割近くを消滅させた。
大混乱する魔獣に逆襲を開始した人類軍は、丘陵を奪還し、大量の小銃を運び込んで上から掃射を繰り返して魔獣の屍山血河を築いて撤退させることに成功した。
追撃掃討戦には出れなかった。
十年ぶりの魔獣大侵攻に人類は多大な犠牲を払いながらも押し返すことに成功したが、甚大な被害を受けていて追撃掃討戦を行うほどの余裕はなかったのだ。
このとき備蓄弾薬の九割近くを消費し、死傷率五割を超えていたのだ。
膨大な損害を回復するのに年単位の時間を必要とした。
この時の侵攻は何度も繰り返され、果てなく続く侵攻の、ただの歴史の一頁であると思われていた。
だがそれは違った。
この時の大侵攻で、魔獣たちは生み出してしまったのだ。
自分達を終わらせるモノ、憎悪の復讐者たちを――。
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