第11話 後年談


 さて、『後日談』というものが存在する。意味は読んで字のごとくってやつだがすなわちそれはある事柄から数日あるいは数週間、もしくは数ヶ月ということなのだろう。となるとだ、年を超えた話というのは『後日談』とは言わず、『後年談』と呼ぶのだろうか。


 とにかくそんなことはあまりどうでもいいのだが、少なからずこの話の題名が『後年談』となっているということは上のどうでもいい説明をわざわざ読んでくれた読者ならわかるだろう。これからの話は、あのハルヒが死にかけた事件から10年後の話だってことを理解してもらおう。


 だがいきなり、10年後の話とかされ始めたら何らかの形で怒られてしまうかもしれない。ということでその空白の10年をダイジェストで説明しよう。


 まず俺たちSOS団は北高を無事卒業した。俺は危うく留年という可能性もあったがそこは何とか色々な支えがあって、なんとなーくではあったが無事卒業。


 そこからのことなのだが、俺は短期大学に入学、ハルヒは有名な国立大学に進学したのだが東京に行くチャンスはあっても地元の国立大学行ったらしい。古泉もハルヒに負けず劣らずな有名理系大学に進学。


 一番意外だったのは長門だった、あいつは卒業と同時に就職をしたのだ。仕事内容もまた以外なもんでなんていうんだったけか?そうだ、確かドラマでも話題になった『校閲』という仕事についたらしい。実際仕事に就くこと自体はそれほど難しくないらしいが、まぁ本好きのあいつにはぴったりと言ったらぴったりだ。


「ちょっとキョンっ! いつまでパソコン見てるのっ! 早く準備しちゃうわよっ、今日は有希も古泉くんも来るんだからっ!」


「へいへい……ちょっと待てよ」


 目の前でエプロンをつけながらプリプリ怒っているハルヒを横目にキッチンの棚から食器を取り出す。今日の季節はあの日と同じクリスマス、だが10年後のだ、マンションの窓から見えるのは住み慣れた町の夜景と雪がちらついてる。


 このマンションに住んで約3年、この3年は俺とハルヒにとって重要な関係を持った年月でもある。


「おい、ナイフとフォークも出すのか?」


「そうねぇ……まぁ鍋には必要ないかしら」


「おいおい、また鍋かよ。たまにはチキンとかケーキとかクリスマスらしいもの食いたいぜ」


「だったら離婚よ、離婚っ。毎年の恒例行事を守れない亭主のいる家庭なんて崩壊すればいいんだわっ」


「やれやれ……」


 結婚生活、3年。普通なら新婚らしくもうちょっとイチャイチャしたりいつも以上に仲がいいものだと思うのだが、何のことはない、高校の時の延長線上だ。特に何も変わらない、何ら変わりないいつも通りの関係ってだけだ。


「ほらっ、わかったらさっさと取り皿と箸をとるっ!」


「はぁ〜、わかりましたよ団長様」


 キッチンの中から取り皿と箸を取り出しながら俺はあの時、すなわちプロポーズ……というのか?あれは?


 短大を卒業してこれからの就職をどうしようかと悩み悩んで選んだのは雑誌の編集という仕事だった、まぁ正直に言えば何となく選んだってのが理由だったが、やってみるとなかなか面白い。他人の記事は読めるし、自分で記事をレイアウトしたものが世に出回ってるのだと考えるとなかなか感慨深いものがある。


 そんな時だ。


 あいつが来たのは。


『結婚するわよっ!』


『はぁっ!?』


 付き合う? デート? 同棲? なにそれ教えてください、こういうのをなんというのだろうか、そうだ脅しだ。


 目の前で決して軽い内容ではないだろう、婚姻届をまるで悪質借金取りが誓約書を目の前でヒラヒラさせるのにとても似ていた。ねぇ、『ぷろぽーず』ってなんでしたっけ?


 だが、なんで自分がその婚姻届にハンコを押しちまったか、


 どう思い出そうとしても思い出せないが、


 今思うのはこいつとなら一緒になっても楽しい毎日が見られるだろう。なら大丈夫かななんて思ってる。


 わ〜ぁ、恥ずかしぃ。


「鍋の具材はセットした?」


「あぁ、あとは鍋奉行の到着だな」


「なら来るのを待つだけね。ふぅ〜」


「お前も座って休んでろ、体大事にしろよ」


「キョンは心配性ね、案外平気なもんよ」


「こっちは気が気でならん」


 妊娠5ヶ月、聞いたのは3ヶ月前だ。その時の俺はあまりの衝撃で今まで聞いたことのないほどの心音を感じた。なんと言ったらいいんだろうか、おそらくこの感情を表現する言葉は広辞苑にもブリタニカにも載ってないだろう。


 とにかくあの時の俺は嬉しさと驚きでどうにかなってたよ。


「あら、来たみたいね」


「あぁ、俺がでるよ」


 玄関の方でインターフォンが鳴る、おそらく長門か古泉のどちらかだろう。朝比奈さんは未来に帰っちまったからな……でもまぁ、いつかひょっこり現れるだろうよ。


 玄関の扉を開けるとそこには白いコートを身にまとった長門の姿があった。すでに年齢は俺たちと同じ28を迎えるのだろうが高校の時に比べると髪も肩くらいまで長くなり顔もいくらか大人びていた、まぁ身長とかは変わらんが。


「久しぶり」


「あぁ、ほら寒いから早く入ろうぜ」


「お邪魔します」


 毎年のクリスマスには必ずSOS団は朝比奈さん以外は全員集合する決まりとなっている、それはどんな仕事が入った時でも、たとえ社長の昇進祝いだろうと、勤め先が襲撃させられて人質になっていようと絶対なものは絶対集合なのである。


「古泉 一樹は?」


「ん、あいつならまだ来てないな」


「そう……」


 いつものことながら表情に乏しいやつだが、毎年会うたびに表情のバリエーションが多くなってきている気がする。怒ってる時とか嬉しい時だったり寂しい時などなど、微妙な違いだがだんだん表に見えてきてる気がする。


「あっ、有希じゃないっ。久しぶりねっ!」


「えぇ、7ヶ月と21日14:42:21:37ぶり」


「あ、相変わらずね・・・」


 さて、残りは古泉だが。集合時刻過ぎちまうぞ。


 そう思っていた矢先である。


「おっ、ようやく来たかあいつ」


「これはもう古泉くんは罰金ねっ」


「だな」


 まぁ、俺はハルヒと一緒になってるわけだし、もう俺は罰金を支払う必要がなくなったわけで。今は古泉が俺の代わりの対象になってるわけだ。


 なんていい気味だろうか。


「よっ、遅かったな。罰金だぞ」


「すみません、道路が混んでたもので。これ、お詫びの品です」


 開けた瞬間、高校の時から変わることのないその憎ったらしい顔はやはり爽やかな笑みを浮かべてドアの真ん前に立っていやがった。


 にしてもお隣さんが騒がしいな、引っ越しでもしてるのか?


「ほぉ……ワインか……俺の嫁さんが飲めないのを知っててのチョイスか、これは?」


「おや、これはうっかりしてしまいました。でもまぁ、これは僕と長門さんとあなたで楽しむことにしましょう」


「はぁ〜、とにかくさっさと入れよ。部屋が冷えるだろ」


「はい、それではお邪魔させていただきましょう」


 古泉は超能力を失くしてからというものの、どこかおっちょこちょいになったような気がする。もしかしたらあの能力には未来予知だったり他人の心が読めるものも含まれてたんではないだろうかと疑ってすらもいる。


「あっ、古泉くん遅刻よっ!罰金っ!」


「すみません、涼宮……いえ、今は違いましたね。これ、どうぞお詫びの品なんですが」


「あっ、これこの前テレビでやってた有名なお肉屋さんのじゃないっ! わかったわ、それじゃ古泉くんの代わりにキョンが罰金よっ!」


 どうしてだよっ!


 てか、他のもの持ってたんじゃねぇかっ!


「このお肉は鍋にも使えるので、このまま入れてしまいましょう」


「賛成っ! ほらほら有希もキョンもさっさと座りなさいっ!」


 椅子に座りながら俺たちに指示を出すその姿も高校のときと何ら変わらない、さてそれぞれが席に着き鍋奉行こと古泉が鍋に火をかけ始める。


「ねぇ、有希。最近仕事どう?」


「楽しい、特に最近人気小説の先読みができるのはお得」


「へぇ〜、そういえば最近校閲のお仕事のドラマやってたけど本当にあんな感じなの?」


「相違はそれほどない、しかしあんな出会いは現実的にありえない」


「だよね〜」


 ほぉ、長門もドラマとか見るのか。


 長門は高校のときから変わらないあのマンションに住んでいる、たまに遊びにハルヒと行ったりするのだが、相変わらずリビング以外は謎の家だ。またあの部屋の奥に何か匿ったりしてないだろうな。


「で有希、どう? 好きな人とかいる?」


 直球だな、おいっ。


「……いる」


「へ?」


「えっ?」


「おや?」


 あまりにも意外な回答に俺もハルヒも、そして鍋をいじってた古泉もその箸を止めて固まる。


 あの、感情なんかをエラーだなんて言ってたあの長門がっ、恋っ?


 呆然と固まる俺たちをよそに、長門は自前のショルダーバックの中をゴソゴソあさりだしたかと思うと中から一冊の本を取り出した。


「この人」


「ん? この人って・・・お前『スター・クロニクル』にはまったのか?」


 俺の問いに対してこくりと頷く長門。


 説明しよう、『スター・クロニクル』とは領地を拡大しようとする帝国主義者の集団と、それに反対する勢力集団の抗争を宇宙規模で描いたSF小説なのであるっ。最近映画化が決定してとてつもなく人気だそうだが。


「この人が好き」


「ん、この人か」


「あっ、この人有名な俳優よねっ!ほらほらキョンっ『ロンディー・ジョーンズ』とか『ブレードハッカー』とかに出てた俳優よっ」


「・・・あぁっ、思い出した思い出した『ロンディー・ジョーンズ』は俺も好きだった」


「僕は個人的に『エアフォース・トゥー』が好きですね」


 どうやらリアルな恋愛などではなく、純粋にこの俳優さんが好きとかの方でLOVEではなくLIKEの方だったようだ。


 なんか安心した……っ!


「まぁ有希はいいとして……古泉くんはどうなのよっ!」


「えっ、僕ですか……え〜っとですね、今お付き合いさせてもらっている方はいますよ」


「ほほぉ〜、詳しく聞かせてもらいましょうか〜」


 ハルヒがテーブルの上に手をつき前のめりになって食いついてる。


 あれっ、でも今日クリスマスだよな? いいのか、お前。


「えぇ、物分かりのいい人ですから。一応北高出身の方なんですよ?」


「へぇ〜、年上かしら?」


「はい、実は。自分の上司なんです」


 おぉ、上司に手を出すとはレベル高いな。


「それでぇ〜、結婚する気あるのぉ〜?」


「まぁ、いずれするとは考えてますがね……そういえば先ほど仕事について尋ねてましたけどそちらはどうなんですか?」


「こっち?まぁ今は安定してるわね。この前立ち上げた企業も軌道に乗ってきたし、今じゃデスクワークでもしばらくやってけそう」


 ハルヒが淡々と答えてゆくが言ってることはものすごいことである。まず大学を卒業したハルヒはベンチャー企業の設立、そしてそこから派生させた様々な企業プランで世界をどんどん面白くして行き、今じゃ株式市場で五本指に入るとか入らないとか・・・


 少なからず俺なんかよりずっと稼いでいる。


「それは良かったです、そういえば。もう5ヶ月なんですよね」


「えぇ、まだ動いたりはしないけどだいぶ目立ってきたわね」


 そう言って自分の大きくなり始めた下腹部を撫でるハルヒの姿を見るたび、なんだろうか年のせいか最近涙腺がまずいな、ついポロっといっちまいそうになる。


「では、そろそろ鍋が仕上がりますよ」


「おっ、じゃあ……ぶきの準備か……」


「準備……」


「みんなぶきを下ろしなさい……」


 今から10年前に行われたクリスマス鍋バトルは長門のチートによって全ての肉を取られるという悲劇が起きたが、あれから行われたクリスマス鍋バトルでは特別ルールとして情報操作によるズルは禁止となった。


 しかし


 俺たちはこの10年間一度たりとも長門に勝つことはなく、その全ての肉を奪われていたのであるっ!


「いいこと、有希。情報操作は禁止よ、少しでも口を動かしたら負けとみなすわ。いい?」


「異論はない」


 長門はそう言ってぶきを下す、だが油断はできん。


 当然ながらマークをするのは長門だ。


「それでは……はじめっ!」


「「「オォォォッッッ!」」」


 まず、長門のぶきを完全マークっ!俺と古泉で取り押さえにかかるっ!この肉はこれから子供産むためのハルヒの栄養になってほしいんだよっ!ハルヒっ今のうちにいけっ!


 俺たちの決死の思いが伝わったのか涙目でハルヒは鍋の中身にぶきを伸ばしてゆくっ、そして器にようやく少しの肉と野菜を取り終えた後。


 ここからは俺たちの戦争だっ!


 すでに共同戦線を共にした俺と古泉はすでに敵だ、昨日の敵は今日の敵とはよく言ったもんだ。俺は全力で二人の攻撃と防御をかいくぐり、やっとその肉の先に触れたと思った。


 

 どうやら幻だったみたいだ。


 

 すでに長門の器には並々と盛られた肉があり、もう恒例と言っていい。俺と古泉の負け戦となった。


「はぁ〜、また野菜だけかよ……」


「ははは……まぁ美味しいですよこの白菜」


 もう次は肉とかじゃなくて魚とかにしてみるか……


 そんな時だ。


「あれ? キョン、インターフォンなってるわよ」


「ん? 本当だ、ちょっと出るわ。古泉、俺の椎茸とるなよ」


「とりませんよ」


 古泉に釘を刺した後、俺は廊下を渡り玄関へと向かう。はて一体誰だろうか、何か頼んだ覚えもないし。


「はい、どちら様でしょう……か」


「あ、あのぉ〜。隣に引っ越してきたものなんですけど」



 この舌ったらずな喋り方、俺は知ってる。



 この幼げな表情とどこまでも包み込むようなオーラ、俺は知ってる。



 この優しく微笑んでくれるだけで心の奥底が溶ける感覚、俺は知ってる。



 この銀河を数百光年探し回っても見つからない絶対的可愛さ、俺は知ってる。



「朝比奈……さん?」


「えっ? どうして私の苗字を知ってるんですかぁ?」



 間違いないっ、朝比奈さんだっ!



「え、えと。ちょ、ちょっとお待ちください」


「あっ……」


 俺は足早に廊下を渡り、見慣れたリビングへと戻る。


「あら、キョン。誰だったの?」


「ちょっと……来て欲しい。今すぐ」


 伝えなきゃいけない、このことは。


「もしかして……」


「あぁ、そのもしかしてだ」


 感のいい古泉は気付いたらしい、そして続いて長門、ハルヒと今起こっていることを理解したようだ。


「もしかして、みくるちゃんが?」


「あぁ、その可能性が高い」


 10年、突如朝比奈さんが消えたあの日のクリスマス。


 みんなのどこかぽっかり穴が開いたような感じがして。


 でも、10年後のクリスマス。


 ようやく


 ようやくあなたに会えるんですか?


 リビングにいた全員が玄関へと集まる、玄関に着いた時も朝比奈さんは律儀に俺たちを待っていてくれた。


「あっ、どうも皆さん……ご家族ですかぁ?」


「いえいえ、友人とつるんでいるだけですよ」


 まぁ、俺たちとは初対面だっていうのはしょうがないよな。未だにタイムマシンが出来たなんて話は聞かないもんな。


「紹介します、俺の妻のハルヒです」


「よろしくっ、みく……朝比奈さんっ」


 ついついみくるちゃんと言いかけてたが、そこはなんとか持ちこたえたハルヒ。残るは後ろの二人だ。


「どうも、このハルヒさんの夫の友人の古泉 一樹です」


「私も同じく、友人の長門 有希」


 それぞれ俺たちの自己紹介が終わり次は朝比奈さんの方だ。すみませんね、ちょっと興奮してて先に自己紹介してしまって。


「ご丁寧にありがとうございます。私、隣に引っ越してきました。朝比奈 めぐみです。ご迷惑をおかけするとは思いますがこれから宜しくお願いします」


 そう言うと手に持っていた、東京銘菓を差し出して一言挨拶を言うとそのまま隣の部屋に帰ってしまった。


 俺たちもいつまでも外にいるわけにもいかず、中のリビングに戻り今回のことについて鍋を食いながら話し始めた。


「ねぇキョン、あの人本当にみくるちゃんだと思う?」


「いや、どうだろう……でも結婚してたろ、あの人」


「よく見てましたね」


 古泉が感心したように言うがさっき菓子折り手渡された時に手を見たらはっきりと結婚指輪が見えただけだ。


「この時間軸上ではまだ時間移動の技術は開発段階、少なくともあと20年はかかる。私たちの前に現れた朝比奈みくるは10代後半あるいは20代前半。予測としてあの朝比奈 恵は朝比奈みくるの直接的な血縁関係であると考えられる」


 おい、それってつまり。


「朝比奈 恵は朝比奈みくるの母親である可能性が高い」


 しばらくの沈黙、にしても似ていたよなあの恵さん。もうほぼ100パーセントの遺伝子を恵さんから引き継いでるんじゃないかってくらい似てた。


「ということは……キョンっ!私たちすごいわねっ!」


「おいおい、どうしたんだ急に」


 しばらく考え込んでいたハルヒが突如俺のそばで何か気づいたかのように大声をあげた。


 すみません恵さん、もしかしたら俺たちの方が迷惑をかけるかもしれません。


「だってキョンっ、私たち一番身近なところでみくるちゃんの成長が見れるかもしれないのよっ」


「ま、まぁそうだな」


「そしたら、恵さんから生まれた子供にはメイド服好きなコスプレ好きに教育してあげないと……」


 やめなさい。


「これから起こる出来事に関しては干渉しないようにする必要がある」


「いいですね、羨ましいですよ」


「お前はさっさとシメの準備をしろ」


 隣に突如舞い込んだ朝比奈さんの血縁者、これからどんな未来が待ってるのだろうか。


 だがまぁ、まずは鍋のシメを食ってから考えよう。


>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


「フゥ〜、キョン。片付け終わった?」


「あぁ、あとはテーブル拭くだけだな」


「お疲れ様、みんな相変わらずだったわね。それにしてもお隣さんとは仲良くしたいわ」


「そうだな、今度お菓子のお返しを買おうか」


 寝室を開けるとすでにハルヒは横になっており、何かの雑誌を読んでいた。


「ハルヒ、何読んでるんだ?」


「ん? 子供服の雑誌」


 そう言って俺も同じ布団に潜り込み、隣で雑誌を眺めるハルヒを横から覗き込む。


「気が早すぎないか? あっ、この服かわいいな」


「えぇ〜っ、あんたこういうのが趣味なの? 私はこの隣よっ、絶対っ!」


「わかった、わかった。とにかくお前と俺の子だったらなんでも似合うだろうよ」


 そう言うとハルヒは若干頬を赤らめ、そっぽを向いてしまった。まぁたまにこういうとこがあるのがかわいいんだけどな。


 さてと俺は。


「ねぇ、あんた結婚してから毎晩毎晩なにやってんの?」


「ん? これか、内緒だ」


「あんたねぇ、隣でいつもいつもうるさいのよ、パソコンのキーを叩く音が。さぁ白状なさい、さもないとあんたが寝てる間にすごいことしちゃうわよ」


「……すごいこと?」


「そう、すごいこと」


 なんだろうか……ものすごくそそられる。


 だが、妊婦さんにそんなことをさせるわけにもいかず俺は白状してしまった。


「まぁ、見てみろよ」


「ん?また『MIKURU』フォルダーみたいな変なものじゃないわよね」


「違ぇよ」


 そばで寄り添うハルヒに画面を見せながら俺はノートパソコンのフォルダーの中にある『無題』というものを選択して開く。


「……これって小説?」


「ん、まぁ日記というか小説というか伝記というか……」


 普段雑誌の編集に携わっている身として、俺自身何か書いてみたいと思いハルヒの結婚を機に書き始めたものだ。


 まぁ3年間毎日書き続けたから途方もない量にはなっているが。


「ねぇ、これってどんな話?」


「ん、まぁ……それは読んでからのお楽しみだ」


「えぇ〜っ」


 隣でギャーギャー抗議をするハルヒだが、あいにくこいつはお前さんに一番見られたくないもんなんだよ。


「ふんっ、わかったわ、もういいわっ。もう今度から一緒に寝てあげないっ」


「へいへい、その言葉はもう何回も聞きました」


 ハルヒの最終手段は必ずこの言葉なのだが、結局寂しいのかいつの間にか元のベットに戻ってくるのである。


 まぁ、俺も一人は寂しいんだがな。


「これはもう長門が目を通してあってな、内容が大丈夫だったら働いてる出版部に掛け合ってくれるんだと」


「ふぅ〜ん、もうしらないっ」


「やれやれ……」


 こうなったらもうあれはしばらく続くな。


 少なからず後8時間くらい、2、3日続くときは相当だ。


 でもまぁ今回は短く済むだろう。


 にしてもこの3年間書き続けたこいつには未だ名前がない、そろそろ『無題』だけではなんとなくだがかわいそうな気もする。にしてもこの話に合うような題名か……


 あれやこれやと考えていると隣から幸せそうにハルヒが寝息を立てている、なんとまぁ、さっきは機嫌が悪かったのに何とまぁ……


 こいつの高校3年間と俺の高校3年、なんだかんだ言ってお前がいなかったらつまんなかったもんな、お前のおかげで俺は長門や朝比奈さん、そして古泉に会うことができたんだから、ならばお前さんがこの物語の主人公のようなもんだろう。俺はそれに振り回される単なる脇役でいいのさ、むしろ楽しいよ。


 となると題名……は決まったな。


 


 こいつの物語。




 こいつを取り巻くもう一つの物語。




 新しい何かを見つけたくて、つまんない世の中をどうにか変えたくて。




 日々が憂鬱であった、そんな彼女に捧げる物語。





 俺はこのファイル名に新たにこう名付けた。









『涼宮ハルヒの憂鬱』








FIN

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涼宮ハルヒの遺言 西木 草成 @nisikisousei

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