第6話
三島君とケンカをした次の日の放課後、私は吹奏楽部の練習を終え、帰宅の準備をしていた。
今日は朝から三島君と顔を合わせていない。クラスも違うし、もともと接点なんてなかったのだからそれが当然なんだけど、なんだかスッキリしない。結局三島君が本当に私の事を好きかどうかも分からずじまいだ。
昨日あれから頭が冷えてくると、自分がした事を悔み気持ちが溢れてきて、なんであんなことを言ってしまったのかと恥ずかしくなった。
こんな私の気持ちが反映してしまったのか、今日は演奏中に何度かミスをしてしまい、先輩に気持ちが入っていないと怒られてしまった。
「優香、今日は調子悪かったみたいだけど何かあった?」
幸がそう言ってきたのを、私は何でもないと返した。本当は昨日の事がずっと気になっているのだけど、こんな事言えるわけがない。とにかく今日は家に帰ってゆっくりしよう。そう思った時、不意に幸が言った。
「あっ、鞄教室に置いたままだ」
幸が忘れ物なんて珍しい。
「取りに行くけど、優香もついてきてくれない?」
「別にいいけど」
私はそう言って、幸と二人で教室に向かう。
優香が自分の机にある鞄を取り、私はすぐ横でそれを見ていると――
「風原さん」
不意に後ろから声がした。振り返ると、教室の入口になぜか三島君が立っていた。
(三島君、何で?)
私が混乱していると、幸が近付いてきて、そっと耳元で囁いた。
「頑張ってね」
そう言って幸は一人で教室を出ていってしまい、そう言う事かと私は理解した。
恐らく幸は私と三島君を二人にさせるよう手を回したのだろう。鞄を忘れたのも、わざわざ私を同行させたのも、全てそのためだ。でも……
(私にどうしろっていうの?)
三島君とは昨日あんなことがあったばかりだ。できれば今は顔を合わせたくはなかった。そうだ、いっそこのまま逃げ出してしまおう。そう思った私は三島君の横を素通りしようとしたけど……
「待って」
教室の戸の前を通過しようとした瞬間、私は手を掴まれた。
「――――ッ」
「あ、ごめん」
驚く私を見て、三島君は手を放した。けど、一度勢いを止められた私は、逃げることができなかった。
「ごめんね。どうしても話をしたかったんだ」
「……話って?」
心臓の鼓動が大きくなっていくのがわかる。私は三島君を直視できず、目をそらしたままでの会話になっている。何て感じの悪い女だろうと、自分でも思ってしまう。
「昨日の事を謝りたくて。俺、本当に自分の髪がコンプレックスでさ、たまに褒められることがあっても、本当はそれがずっと嫌だったんだ」
私は言葉が出なかった。昨日は三島君が自分の髪が嫌いだというのは、私に話を合わせるために言ったんじゃないかとも思ったけど、今の彼の言葉は真剣そのものだ。
「気にしている所を褒められても全然嬉しくないって分かってたのに、無神経に風原さんの髪が綺麗だって言っちゃってごめん」
私は胸が痛んだ。私だって三島君の髪が綺麗だって言っちゃったけど、三島君が本当に髪にコンプレックスを持っているなら、本当はそんな事を言ってはいけなかったのに。
「無神経なのは私も一緒だよ。なぜ三島君が自分の髪を嫌いなのかはわからないけど、私はそれを分かろうともしなかったんだもの。それに……」
私はそっと自分の髪に触れた。
「私の髪が綺麗だって言ってもらえて、本当はちょっと嬉しかったかも。そんなこと言われたの初めてだったし、お世辞でも嬉しいよ」
「そんなこと無いよ。本当に……綺麗な髪だと思ってるんだけど……」
三島君は少し頬を染めて、そっと目線を反らしながらそう言った。もしかして照れてる?という事は本心からそう思ってるの?じゃあ昨日私は褒めてくれたのに怒っちゃったわけ?
「ゴメン。やっぱり昨日は私の方が無神経だったみたい」
「いや、そんなこと無いから。それじゃあ、昨日のことはお互い様ってことで、良いかな?」
「うん、三島君がそう言うなら」
「良かった」
三島君はホッとしたように笑顔になる。それを見た時、私の胸は大きく高鳴った。考えてみれば、彼の笑顔を見たのはこれが初めてだ。
普段は格好良い容姿だけど、笑った顔は何だか子供っぽくて、そのギャップのある笑顔に思わず見とれてしまう。
「それで、もう一つ言いたいことがあるんだけど、良いかな?」
「は、はいっ。どうぞ」
見とれていた私は思わず敬語になってしまった。それを見て、三島君がクスリと笑う。そして……
「俺は風原さんの事が好きで、付き合ってほしいって思ってる。急にこんな事を言われても困ると思うけど、これが俺の気持ちだから」
「――――――ッ」
私は言葉が出なかった。幸が言っていた三島君が私の事を好きだっていうのはデマじゃなかったの?
「風原さん?」
顔を真っ赤にしたまま返事をしない私の顔を、三島君が覗き込む。
「……何で私なの?三島君なら、もっと良い子と付き合えるんじゃない?私、無神経で性格悪いし、髪もこんなだし、良い所なんて一個もないよ」
「そんなこと無いよ」
そう言って三島君は私の頭にポンと手を置いた。
「俺には、風原さんしか考えられない。風原さんが気にしているっていう髪も、性格も、全てが俺は好きだよ。だから……」
風原君は答えを待っている。対して私は頭の中が真っ白になってなんて答えたらいいのか分からない。でも、何か言わないと……
「私、まだ三島君の事が良く分からない。だから友達からじゃ……ダメかな?」
「友達……」
三島君が切なそうな目をする。当然だよね、せっかく告白したのにこんな答えじゃ。でも、それはほんの一瞬で、三島君はすぐに笑顔になった。
「それで良いよ。今までは友達にもなれてなかったんだから、それで十分。でもね……」
そう言って今度は、なんだか面白いいたずらを考えた子供のような笑みを見せる。
「いつかきっと振り向かせてみせから」
「――――ッ」
顔が火照っているのは季節が夏だからというわけじゃないだろう。三島君はいつか振り向かせるなんて言ったけど、たぶん私はもう三島君の事が好きになってしまっている。
ただ、私は混乱するばかりで気持ちの整理が追い付かない。
(三島君、いつから私の事が好きだったんだろう?始めて話したのは六月の朝だったと思うけど、あの時は一方的に酷いことを言っただけだし。もしかしてそれ以前から?だとしたら私、自分の事が好きな人に傷つけるようなこと言っちゃったってこと?最低じゃない)
そう考えると罪悪感が襲ってきた。
「ねえ三島君、いつから私の事を……好きだったの?もしかして前に私が三島君みたいな髪が嫌いだって言った時は……」
「ごめん、それは聞かないで」
やっぱりだ。理由はよく分からないけど、三島君は自分の髪が嫌いで、好きな相手からそれを貶されたんだ。きっと凄いショックだっただろう。
その時の事を思い出したくないのか。それとも私を気遣って話そうとしないのか。
「ゴメン。あの時酷いこと言って」
「良いよ、全然気にしてないから。だから、風原さんも気にしないで」
落ち込む私の頭を三島君はそっと撫で、謝った私の方が慰められてしまっている。それにしても……
私は頭に触れる三島君の手の温さを感じた。今まで誰かに髪に触られる時は嫌な思いしかしなかったけど、三島君に触れられるのは不思議と嫌な気がしない。
そう思っていると、すっと三島君の手が離れた。
「もう遅いから、そろそろ帰ろうか」
「う、うん。そうだね」
本当はもうちょっと髪に触れてほしかったのだけど。こんな風に思ってしまう自分が、何だか信じられない。
私達はそろって教室を出る。それにしても、三島君は本当にどうして私を好きになったのだろう。隣を歩く彼を見ながら、私は考えた。今はとても聞くことはできないけど、いつか知りたい。
その答えは神のみぞ知る
髪のみぞ知る 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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