第5話
俺は自分の気持ちを整理できないまま教室に戻った。
風原さんを怒らせてしまった。いや、嫌われてしまったのだろうか。そして俺は今風原さんとどう向き合いたいのだろう。
胸の中にたくさんのモヤモヤが広がり、五、六時間目の授業の内容はさっぱり頭に入ってこなかった。
「おい三島、部活行かなくて良いのか?」
放課後になって緑葉がそう言ってきたけど、今日はとても行く気にはなれそうにない。
「調子悪いのか?だったらゆっくり休んだ方がいいな。じゃあ、俺は部活に行くから……」
そう言って去ろうとする友人の手を、俺はがっしりと掴んだ。
「なあ、話を聞いてくれないか?」
「あ?」
緑葉が顔をしかめる。
コイツもバスケ部だ。俺の我儘につき合わせてはいけないというのは分かっている。だけど、気が付いた時には俺は緑葉を頼っていた。
「……仕方ねえな」
何かを察したのだろう。緑葉はそう言って俺に付き合ってくれた。
場所は以前相談した時と同じ俺の自宅。緑葉を連れて家へと帰り、部屋に通した後二人分の飲み物を用意する。
「ちょっと前にもこうやって話したよな。あれの続きか?」
やはり緑葉は何でもお見通しのようだ。話が早くて助かる。
「俺、実は今日風原さんに告白しようとしたんだ」
「告白?随分急いだな」
緑葉が驚くのも無理ないだろう。実際俺も急ぎ過ぎかと思ったけど、モヤモヤ悩んでいても仕方がないと思い、告白を決意した。
「告白すると決めた俺は、まず風原さんと同じクラスの中学からの友達、長谷川幸に相談した。そしたら、驚くほど迅速に告白の場を用意してくれたんだ」
「ああ、長谷川か。あいつにはお前が風原の事好きだって教えていたからな」
「は?」
俺は思わず語るのをやめた。
「お前、何勝手に話してるんだよ」
「良いじゃねえか。あいつならきっと協力してくれると思ったんだよ。良いじゃねえか、どうせお前も相談したんだから、結果は同じだろ」
「確かにそうだけど……まあいいや。風原さんは掃除の後ゴミ捨てに行くから、俺も行って告白すれば良いってことになったんだ」
「で、それで告白して振られたのか?」
振られた方がまだ簡単で良かったのかもしれないな。
「結果から言うと、告白はできなかった。その前に俺が彼女を怒らせたからな」
「お前いったい何をしたんだ?」
「何もしてねえよ。ただ、風原さんが本当に嫌いなのは自分の髪で、俺のような髪が羨ましいって言いだして」
「この前と言っている事が違うじゃねえか」
そう。だから俺も混乱したんだ。せっかく自分の気持ちを分かってくれる人がいたと思ったのに。ここで彼女に幻滅してしまえたらまだ良かったんだけど。
「混乱する俺に、風原さんは色々言ってきたよ。自分の髪にコンプレックスを感じている事とか。それなのに俺、髪を褒めちまったからばかだの無神経だの言われた。けど、不思議なんだ。何でかは自分でもよく分からないけど、それでも風原さんの事が好なままなんだ」
彼女は自分が思っていたような子じゃなかった。いろいろ酷いことを言われたというのも分かっている。だけど何故だろう?それでも前と変わらず、いや、前以上に彼女の事が気になって仕方がない。
「そりゃあ、お前がドMだからじゃねえのか?理想が裏切られて辛辣な言葉を浴びせられることに喜びを感じたっていう」
「真面目に考えろよっ」
「だって本当に理解できねえんだもん」
全くコイツは。ここまで言っているのになぜ伝わらないのだろう。
「後考えられるとすれば、同じ髪にコンプレックスを持っている者同士共感できたからじゃねえの?案外ちゃんと謝れば似た者同士上手くやっていけるんじゃないか」
「似た者同士ねえ……」
緑葉はそう言ったけど、本当に俺達は似た者同士なのだろうか?俺は今までコンプレックスである髪について何か言われても、一度も文句を言ったことが、いや、言えたことが無い。下手に怒って場の空気が悪くなるのが嫌で、いつも平気なふりをしてしまっていた。
「そうやってストレス溜めるのは禿げる原因だというのに、何やってるんだろうな俺は?」
「知るか、俺が聞きてえよ」
けど、風原さんは違った。はっきりと自分の髪が嫌いだと、面と向かって言っていた。無理に周りに合わせるのではなく、ハッキリと本心を口に出すのはとてもすごいことに思える。
「俺、もしかしたら風原さんのそう言う所を好きになったのかもな」
「まあ好いた惚れたなんてものは理屈だけで割り切れるもんじゃないからな。それで、お前はこれからどうしたい」
「そうだな。やっぱりちゃんと気持ちを伝えてみるよ。その結果また怒らせたり辛辣な言葉を浴びせられたり、殴られたりしてもこの際構わない」
「…………お前にとっては願ったりかなったりだろうしな」
「だから俺にそっちの趣味は無い!」
どうしても俺をMにしないと気が済まないのか。
それはさておき、今度はちゃんと告白する。俺はそう決意を固めた。
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