第4話
三島泉君が私の事を好き。そう幸から聞いたけど、やっぱり実感がわかなかった。ひょっとして、髪を馬鹿にされてすごく怒っているのに、何かの間違いでそれが好きと伝わってしまったのではないかと私は考えた。
無理のある推理だとは思うけど、前に私がやらかしてしまったことを考えるとそっちの方がまだ可能性がある。
(どうしよう、やっぱりちゃんと謝った方が良いよね。でももう一か月も前だし、今更何言っているんだって思われないかな?)
謝った方が良いというのはもちろんわかってる。だけど、きっかけが掴めない。クラスも違うし、部活も三島君はバスケ部だけど私は帰宅部。本当、接点なんてない。そのはずだったのに……
私はその日、昼休み後の掃除の時間、外庭の掃除をしていた。七月の日差しは強く、これではすぐに肌が焼けてしまいそうだ。
雨でも降れば少しは涼しくなるのにと言っている人もいるけど、雨だと髪が跳ねるから、私は熱くても今の方が良かった。
掃除の時間が終わりに近づく。後は集められたゴミを捨てに行くだけだ。
「じゃあ、ゴミは私が捨てておくから」
私はそう言ってゴミ袋を抱えた。外庭掃除で出たゴミは毎日捨てるわけではなく、袋が一杯になったら捨てるようにしているから、今日もそこそこ量がある。
「じゃあ優香、お願いね」
幸にそう言われて、私はゴミ置き場を目指す。ゴミ置き場は学校の隅にあり、ゴミ捨て以外ではまずいくことのない場所だ。教室で出たゴミを捨てる時はいちいち外に出なければならない為面倒だけど、外庭掃除だと直接向かえるのでちょっとだけ楽だ。
私はゴミ置き場に行き、ゴミを捨てれば終了。そう思っていたのだけど……
ゴミ置き場の手前には、一本の小さな木があった。少しでも暑い日差しを避けたい私は、陰になっているその木の下を通って行ったのだけど、それがいけなかった。
「痛ッ」
不意に髪が引っ張られた。慌てて足を止めると、低い所から伸びている細い木の枝が、私の髪に絡まってしまっていた。
(ああ、本当にこの髪は嫌になる)
癖のついた髪は大変引っかかり易いのだ。私はゴミ袋を置いて、絡まった髪を何とか枝から外そうとしたけれど、ちょうど絡まっているのは私の頭のてっぺん辺り。つまり見えない位置だった。
指先の感覚だけを頼りに頑張ってみたけど、どうにも上手。くいかないいっそ枝を折ってやろうかとも思ったけど、この枝、中々丈夫で上手く折る事が出来なかった。
校舎の方から宗次終了を告げるチャイムが聞こえてきた。次の授業もあるし、暑いから早く何とかしたいけど、焦せっても中々ほどけない。その時――
「大丈夫?」
ビクンと体を震わせた。さっきから髪と枝にばかり気を取られていて、いつの間にかすぐ後ろに人が来ている事に、私は全く気付いていなかった。髪が絡まったまま後ろを振り返ると。
(三島君?)
そこにいたのは三島君だった。とたんに顔が赤くなる。真偽のほどは定かではないけど、自分のことを好きかも知れない相手だ。いやでも意識してしまう。
そんな三島君に、こんな格好悪い姿なんて見られたくなかった。慌てて髪を引っ張ったけど、まだとれない。これだからクセ毛は嫌なんだ。
「髪、引っかかってるの?だったら、無理して引っ張らない方がいいよ」
そう言って三島君は私の頭の上に手を持って行った。一瞬彼の指と私の指が触れ、私は思わず手をひっこめた。
(三島君、枝を取ってくれるの?それはありがたいけど、なんか近い)
ある程度近づかなければとれないのだから仕方ないけど、三島君の体はかなり近い位置にあった。
私は思わず俯いて、顔を見られないようにする。その間にも、三島君は私の髪をいじっている。
「ねえ、挟かカッター持ってない?持ってたら解くより、髪切った方が早いよ」
私はやっとの思いでそう言ったけど、三島君は手を止めなかった。
「持ってない。それに、持っていても切らない。綺麗な髪なんだから、切ったら勿体無いよ」
「綺麗?」
そんなこと言われたのは初めてだ。
「ごめん、もう少しで終わるから。あっ、とれた」
そう言って三島君は手を放す。私は恐る恐る頭を動かしてみたけど、もう引っ張られることはなかった。
「……ありがとう」
「どういたしまして。これを捨てれば終わりだよね」
そう言って私の持って来たゴミ袋を抱えた。
「私が運ぶよ」
「良いよ、これくらい。それより、髪整えた方がいいかも」
言われて気が付いた。さっきまで引っ張られていたもんだから、ちょっと乱れている。私は慌てて手で髪を整え始めた。まあ、整えても大して良くはならないんだけどね。
髪を整えながら、私はゴミを捨てる三島君を見る。彼は本当に私の事が好きなのだろうか?それも気になるし、以前に三島君の様な髪が嫌いだと言ったことに対する罪悪感もある。
(良い機会だし、謝ってはおこう)
ゴミ出しを終えて、三島君がこっちに戻ってくる。
「あの、三島君」
「え?」
三島君の動きが止まった。
「あの、私のこと覚えてる?前に廊下で酷いこと言っちゃったんだけど……」
「ああ、うん。風原さん……だよね」
覚えてたんだ。けど、アレを覚えていたっていう事は、やっぱり怒っているのかな。
「あの時は、ゴメン。いきなり酷いこと、三島君みたいな髪が嫌いだって言ったりして」
「あれは、別にいいよ。俺だって自分の髪嫌いだし」
「嫌い?」
三島君は何を言っているんだろう。こんなに綺麗な髪なのに。
「気を使わなくて良いよ。嫌いなだなんて嘘でしょ、そんなに綺麗な髪なんだもの。私なんてこんな髪だよ」
自分で言ってちょっと傷ついた。改めて三島君と私の髪の落差を感じ、一人落ち込む。
「本当、この髪嫌い。あの時だって三島君の髪が綺麗だから羨ましくて、八つ当たりをしちゃってたの」
とても恥ずかしかったけど、私はあんなことを言った経緯を話してしまった。三島君ならきちんと説明すれば許してくれるかも知れないと思ったのだけど――
「………どうして?」
私の話を聞いた三島君はなぜか悲しそうな目をした。なぜ彼がそんな目をするのか理解できず、私は困惑する。
「どうしてそういうこと言うの?俺なんかより、風原さんの髪の方がずっと綺麗なのに。それなのにこんな髪が良いだなんて」
こんな髪――その言い方が私の癪に障った。私は自分の髪がこんなにも嫌いなのに。私の理想の様な髪を持っていながら、そんな風にいう三島君に腹が立った。私の髪を褒めたのも、単なる社交辞令なんでしょ。
「俺に言わせればこんなサラサラした髪より風原さんのクセ毛の方が余程良いよ。将来に不安もない、良い髪なのに」
「三島君にはわからないよっ」
私は声を張り上げた。
「毎朝この髪を整えるのってすっごい大変なんだよ。ヘアアイロンとか整髪料とか使ってさ。それなのに雨が降ったらすぐに型崩れしちゃうし。プールの後なんかは直す時間もないから悲惨だよ。三島君にこの辛さがわかる!」
「それは……でも、本当にその髪は良いと思うよ」
「私はね、この髪が嫌いなの!昔から天パだってからかわれて。三島君がなんで自分の髪が嫌いなのか知らないけど、もしかしてそれと正反対だから私の髪を綺麗だなんて言ってるの?だったら凄い馬鹿だよ。無神経だよ!」
三島君は何も言い返してこない。私はだんだんと悲しくなってきた。以前酷い事を言ったのを謝ろうと思ったのに、これではもっと酷いじゃないか。絡まった髪をほどいてくれたり、こんな髪を綺麗だと言ってくれたのに。
「私、もう行くね。髪、解いてくれてありがとう」
私はそれだけ言うと、また三島君から逃げて行った。
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