第3話
俺、三島泉は最近好きな人ができた。
事の始まりは一ヶ月と少し前。あの雨の日の朝、登校して直に会った彼女に言われた言葉に胸を撃たれて、その瞬間俺は恋に落ちてしまったのだ。
「ちょっと待て」
そう言って俺の話を遮ったのはクラスメイトの緑葉直哉(みどりばなおや)。こいつとは中学の頃からの付き合いで、他人の微妙な変化によく気がつくやつだ。
そんな鋭い奴だから、俺が恋をした事に一早く気がついて、あれこれ聞いてきたのだ。本当は恋バナなんて恥ずかしくてしたくなかったけど、もしかしてコイツならいいアドバイスをしてくれるかもと思い、少し前に打ち明けた。
何故好きになったのかは恥ずかしいから今日まで言っていなかったけど、何度も聞いてくる緑葉に根負けして、自宅に招いて話していたというのに。
「何だよ、まだ話の途中だろ」
「それは悪かった。だがな、俺はどうもよく分からないんだ。確かさっき、恋に落ちたという言葉を聞いた気がするが、どうして恋に落ちたかが全く分からない。再度説明を求む」
「また話すのかよ。まあいいや、今度はちゃんと聞けよ」
俺は渋々さっき話した事を再び語り始めた。
「女子数人が何故か俺みたいな髪になりたいと言って髪を触ってきた」
「うん。その時点でおかしな所があるが、まあいいだろう」
「一人の女子がその子……風原さんも触ってみないかと言って風原さんを連れてきた」
そう。そして彼女はこう言ったのだ。
「『サラサラした髪が大嫌い』それを聞いた瞬間、俺は風原さんに惚れて……」
「ほらそこっ!」
そこ?いったいどこの事を言いたいのだろう?
「ちょっと落ち着いて考えてみろ。どこの世界に自分の髪を貶されて恋に落ちる男がいる?」
「どこで惚れるかなんて人それぞれだろ。分かんないかなぁ?」
「分かんねえよ!」
緑葉は頭を抱えている。おかしいなあ、こいつ普段はもっと鋭いやつなのに、こんな簡単なことも分からないなんて。ひょっとしてコイツ、恋愛相談には向いてないのか?
「その風原って奴も相当変わってるな。普通いきなり人の髪を嫌いだなんて言わないだろ」
緑葉のその物言いに俺は少し腹が立った。
「風原さんを悪く言うなよな。いいんだよ、俺だってこんな髪嫌いだし」
そう。俺はこのサラサラした自分の髪が嫌いだった。よく女子から艶やかで羨ましいとか言われるけど、男が髪をそんな風に褒められてもあまり嬉しくない。それに、俺はこの髪の事で危機感を抱いている。
『サラサラな髪の人は将来禿げる』という都市伝説がある。真偽のほどは定かではないけど、俺はずっとそれが気になっていた。
思い起こせば小学校の頃、クラスで一番髪がサラサラとい理由から、何人かの友達が悪乗りして俺の髪をやたらと触ってきた。
最初は周りで様子を見ていた他のクラスメイトも、見ているうちに面白くなったのか、僕も私もと言って次々に俺の髪を触っていき、列ができたほどだった。小学生って変なことに夢中になれるんだな。
この時点では俺は別に自分の髪が嫌いじゃなかった。ただ、最後の一人が俺の髪を触った後に、サラサラな髪の人は将来禿げるらしいという衝撃な言葉を口にしたのだ。何でそいつはそのタイミングでそんな事を言ったのだろう?クラス公認のサラサラ髪と認定された瞬間に。
するととたんに自分の将来が心配になりだした。俺は自分の髪が嫌いと言ったけど、正確には将来禿げる危険がある自分の髪が嫌いという事だ。
それからというもの中学、高校でも髪が綺麗だと言われるたびに『将来禿げる』と言われているような気がして、いつの間にかコンプレックスになってしまった。五年以上も前に言われたたった一言を、今でも呪いのように気にしてしまっている。
まだ十六歳なので兆候すら現れていないけど、油断はできない。
「俺、ずっとこの髪が嫌いだったからな。でも、皆羨ましいとかこんな風になりたいとか言ってきて、正直心の中では訳分かんねえって思ってた。でも、風原さんは俺と同じで、サラサラした髪が嫌いだって言ってくれたんだ。ようやく俺を理解してくる人に会えたんだよっ!」
「俺にはお前が理解できねえよッ!」
何故か緑葉が叫んだ。何だか話せば話すほどこいつに相談したのは間違いだったと思えてならない。恋心の分からない奴め。
「とりあえずお前が風原って子に惚れていることはよーく分かった。それで、お前はこれからどうしたいんだ?」
「そりゃあまあ、告白したり。できれば付き合いたいと思うけど」
だけど果たしてそんな事が可能なのだろうか?風原さんは俺の様な髪が嫌いなんだ。奈良いったいどうすれば良いのだろうか。
「バリカンで髪を剃って坊主頭にでもなろうかな」
「お前のファンの女子が泣くからやめておけ」
緑葉はそう言ったけど、俺は無差別に女子から好かれるよりも、たった一人、風原さんに好かれたい。自分が女子に人気が有るという自覚は有るけど、好きな相手に振り向いてもらえないなら何の意味もないのだ。
「とにかくだ。頭を丸めるのは最終手段だ。下手な剃り方をして毛根にダメージを与えるのはお前だって嫌だろ」
「確かに。それが原因で禿げたりしたら嫌だ。つーかお前良く知ってるな」
「お前が言ったんだろっ。野球部にいくら勧誘されても坊主頭になりたくないと言ってさっきの理屈を説明した。最終的に坊主頭は将来絶対禿げるみたいなことを言い出して、部員全員が坊主頭の野球部がショックを受けたのが印象に残ってんだよ!」
そういえばそんな事もあったな。中学の時野球部に誘われたのを断って、その様子を緑葉が隣で見ていたんだ。あれはちょっと言い過ぎたかもな。
そのすぐ後にあった野球部の大会でうちの野球部が初戦で無名校に大差で負けたのは、俺が余計な事を言ったのとは一切関係ないと思っておこう。
「まあ髪のことは置いとくとして、俺から一つアドバイスだ。お前、風原に告白するにしても好きになった理由は絶対に言うなよ」
「何でだ?」
もし俺が誰かに告白されたらどうして自分を好きになったのか気になるだろう。つーか、今まで何度か告白されたことはあるけど、事実そこは気になった。それなのに絶対に言うなとはどういう事だろうか?
「俺の様な髪が嫌いだと言われて惚れました。そんなこと言ったらお前、絶対にドMの変態だって思われるぞ。つーか俺がそう思った」
失礼なやつだ、俺にそういう趣味は無い。だけど確かに、風原さんが緑葉と同じような誤解を絶対にしないとは限らない。
「仕方ない。どうして好きになったかは言わないようにしよう。で、他はどうすればいい?」
「しらねえ。何か今日は色々と疲れた。話聞いただけなのに」
「何だよ、自分で話せとか言って協力してくれないのかよ」
「協力はするつもりだった。だけど少し時間をくれ。お前、普通にしていればイケメンなのに髪の事になると途端に変な奴になるよな。恋愛でもそうだとは思わなかったよ」
変……か。まあ確かに否定はできないかもな。何かの本で読んだけど、人は恋をするとどこかおかしくなってしまうそうだ。
「お前の『変』は俺の予想の上をいっていたけどな。応援する以前にお前がどういう人間かを再認識する必要がありそうだ」
「じゃあ、その後でなら協力してくれるか?」
「ああ、力になれたらの話だけどな」
ちょっと頼りない気もするけど、相談できる相手ができたのは良い事だ。俺はこの恋が実りますようにと願った。
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