日常

「そうしてお姫様は、少女と幸せになりました。はい、おしまい。さあ、みんな布団に入って」


 彼女がそう言うと、周りの子どもたちは口を尖らせた。


「椿お姉ちゃん、次のお話は?」

「まだ寝たくない」

「もうそのお話覚えちゃったよ」

「昨日はもう一つお話してくれたのに」と、下は5歳の女の子から上は14歳の男の子まで、不満が飛び交った。


 いつものことなので、小話をしていた椿は聞こえないフリして、自分の布団に入り眠ろうとした。


 しかし、今日はそれを阻止するかのように1番下の女の子、ロゼッタに抱きつかれてしまった。


 ロゼッタは、ブロンドのふわふわの髪をなびかせ、長い睫毛にうもれる大きな瞳をぱちくりさせながら椿を見つめた。


「ロゼ、お姉ちゃんは寝るから、自分の布団に入りなさい」


 椿たちはロゼッタを親しみをこめて、ロゼと呼ぶ。


 一方ロゼッタは、甘えるように椿の胸に顔をうずめた。


「いや!まだロゼ寝ない!」


 椿は何だかんだ言って、結構ロゼッタに弱い。ため息をつきながら、周りの子どもたちに提案した。


「しょうがないわね。今日は歌を歌ってあげる。さあ、みんなお布団に入って」


 この提案の効果は絶大だった。子どもたちは一斉に布団に入り、我先にと椿のなるべく近くに陣取った。




 ―――歌声が優しく響いた。少しの憂いを帯びた、どこか懐かしい歌。


 子どもたちはまどろみ始めた。椿はより一層、優しく囁いた。


「おやすみ、私の子どもたち。お月様が見守っている。空の下の子どもたち、おやすみ。朝になれば、お日様が起こしてくれるから。今宵はどんな夢でしょう。お日様に呼ばれたら、きっと目を覚まして教えておくれ、母さんに。」


 椿はみんなが寝たのを確認すると、1人窓辺へと歩み寄った。どこか儚く、遠くを見つめる彼女の瞳は孤独の色をうつしていた。


 椿をはじめ、ここの施設にいる子どもたちは皆孤児だった。


 この“フラワー孤児院”は、国によってわずかに援助はされているものの、ほとんど放置されていた。日中に時間の余裕のある主婦たちが微々たる給料で、昼と夜のご飯を作りにくる程度だ。


 そのため、年長組である椿を筆頭に、朝ご飯の調達、洗濯、掃除などを子どもたちと手分けして行わなければならない。


 この国は、まだ独立して50年ほどと日が浅く、人種が様々に入り交じり、発展途上であった。スラム街のような場所で、“裏”の住民たちを管理する組織もあるが、治安はさほど良くはない。


 以前、ローズ孤児院では住み込みで子どもたちを世話をする保母さんがいたが、金に目がくらみ、給料を貰った瞬間、蒸発した。


 純粋な子どもたちは、「少しの間、出かけてくる」という保母さんの言葉を信じ、待ち続けた。


 事の発端に気づいたのは、出稼ぎに行っていた椿だった。施設の小さい弟や妹のために少しでも役に立てば、という思いから働いていた椿は、ある晩ご馳走を持って帰ると、泣く力すらない妹たちの無残な姿を目にした。


 それ以来、住み込みの保母さんは雇わず、出来るだけ自分たちで生活していこうと立て直した。


 そして、椿が主に施設の家長として子どもたちを世話し、年長組のもう1人が生活の足しになるように出稼ぎしている。


 明日、そのもう1人が久々に帰ってくる。子どもたちがいつも以上に寝付けなかったいたのは、そのせいだろう。


 椿は、明日帰ってくるもう1人がいるであろう方向を見つめた。


「おやすみ、子どもたち。空の下の……」






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チューリップ ちょこれーと @leobear7

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