第2話五月
思考が一瞬停止する。そして、ない頭をフル回転させる。
この制服姿の女の子は誰だろう?数秒考えてこの子の勘違いであろうと結論を付ける。彼女は俺の次の言葉を待ってるかのようにじっと俺を見ている。
「・・・人違いだと思いますよ。」
「・・・はぁ、覚えてないんですね。」
短い溜息と同時に彼女の力が抜ける。そして気だるそうな足取りでカウンターに座った。
「昔和田ゼミナールで国語と社会教えてた石井先生でしょ?私いたよ。」
「あぁ、そんなことしてた時期もあったな。」
「じゃあ、私のこと思い出した?」
確かに大学一、二年の時俺は和ゼミの講師として中学生相手に授業をしていた、教材や宿題を採点する勤務外時間が嫌になって辞めたけどな。
二年合わせれば50人は教えていた、同僚だったやつさえ数人しか思い出せないのに無理だ、できっこない。人の関わりなんて俺から言わせれば呪いだ。
「・・・すまん、顔は覚えているが名前が思い出せない。」
「いやさっき私見て人違いって言ったじゃない。」
「・・・・。」
この場を穏便に済ませようとした嘘で詰んでしまった。コイツ・・・。手詰まりの俺は諦めて水を用意し始める。
「・・・・学校サボって茶しばいていいご身分だな。」
「いやいやいや、話そらさないで、絶対私の事覚えて無いじゃん。」
「そこはすまない、でも安心しろ。俺は平等に一人も覚えて無いぞ。」
「なにそれ本当?あの問題児の佐川も覚えてないの?」
「俺のクラスに問題児はいなかったと思うが。」
俺は進学クラスを担当していたので実際にいない。
「いや先生が来たばっかの時佐川を授業中に追い出したって塾中話題だったよ。」
「それは違う、その子は友達としゃべるのに夢中になりがちだったんだ、だから授業を受けるより課題をやるほうが勉強になると思って課題を渡して自習させただけだ。ただ追い出したわけじゃない。」
「追い出してるじゃん、んでそっからこっちのクラスに来たよね先生。」
「もうその話はいい、そして俺は佐川くんとやらの顔も覚えていない。それでこの話は終わりだ。」
とっくに注いぎ終わっていたコップを彼女に渡す。
「ふーん、先生って本当に人を忘れちゃうんだねぇ。」
傷つけただろうか、窓を見ながらそんなことを言った彼女、横顔からじゃ感情が読み取れない。
「すまない、人を覚えておくのが苦手なんだ。」
「嫌なこととかも忘れられるの?」
「そんなことはないよ、何か頼む?」
「んー、じゃあアッサムで。」
「アッサム?ミルクティーの事か?」
うちではミルクティーをアッサムで作っている、メニューにアッサムはないがもちろんそのままストレートで出せるには出せる。
「いや、ストレートでお願いします。」
「・・・よく来てるのか?」
「最後に来たのは冬休み前かな、結構来てたけど最近は来てなかったね。」
「そんなに学校サボって大丈夫なのか?」
あと学校サボってる子に紅茶だしていいのだろうか。
「大丈夫なように出席日数管理してるからへーきよ、だから4月は真面目に通ってたし。
」
「あんまり親を心配させるんもんじゃないぞ。」
「そこは大丈夫だから!だから早く紅茶作って!」
投げるようにそんな言葉をぶつけられ、なにが大丈夫なのか丸っきしわからないが。コーヒー用のお湯を沸騰させるためにケトルに移す。
ここで知り合いに会うことはないと思っていたのに、働いてまだ二ヶ月目でもう知り合い?に会うなんて、別にどうでもいいと言えばどうでも良い、がどちらかと言えば会いたはくない。
「でもこんなところで先生に会うなんて思ってもみなくて驚いたよ。」
「そりゃ、昔の塾講師とはいえ学校サボってるときに会いたくないもんな。」
「普通はそうかもしれないけど私は少し嬉しかったよ、石井先生がここで働いてるってわかって。」
「・・?」
熱湯でポットを温めながら顔だけで続きを促す。
「だって先生って一回も怒ったり怒鳴ったりしないしで有名だったし、宿題忘れても全く何も言わないからそのうちみんなやらなくなって、そしたらじゃあ、宿題はやれる奴だけやろう。とか言って自由制にしちゃうんだもん、そんな面白い人初めてだったよ。みんなはあの先生変とか嫌とか言ってたけど私は嫌いじゃなかったよ、先生の事。」
「子供に嫌いとか嫌いじゃないとか言われてもなぁ、嫌いな人には悪いとは思うけど。」
ポットで紅茶を蒸しながらティーカップに熱湯を入れて容器を温める。
「私がみんなにあの先生ちょっと変だけど悪い人じゃないんじゃない?って言って助けてあげたんだよ。」
「それはそれはありがとう。すごく助かったよ、」
「・・・ムカつく、そういう人を揶揄してる所が嫌われるんだよ。直したほうがいいよ。」
カウンターに頬杖をつきながら不愉快そうにそんなことを言った。
「揶揄なんて言葉よく知ってるな、教育に携わった一人としてうれしい限りだ。はい、できましたよ。冷めないうちにどーぞ。」
今日の出来は中々だ、紅茶はここではあまり頼まれないからいつもひやひやしながら作る。彼女はムスッとしていたが紅茶が来てそんな感情も総裁したのか紅茶を一口飲む。最初は変な子だと思ったが早く飲んでくれたあたりいい子なのだろう。
「・・・先生は変わらないね。」
「君達とは違ってとっくに成長期は終わってるからね。君は変わったのか?」
「・・・・元々がこうなの、今までが変だっただけ。」
五月の一周から学校をサボってるんだ、何か突っかかっていることがあるのかもしれない。そんな事を彼女の言葉から感じる。今どきの子は確かに複雑で面倒くさい、だけどその行動一つ一つに理由が隠れてる。俺なんかよりよっぽど頭を使って生きてるのが今の子だ。
「・・・・学校は休むにしろ勉強はしたほうがいい、勉強道具は持ってるのか?」
「え?持ってるけど・・・」
「なら今日はここで勉強したらいい。幸い今日は満席じゃないからな。長くいてもいい。」
「ここが満席になったとこなんて見たことないよ、でも先生がそう言うなら今日は勉強しようかな。」
不思議なほど素直だ、何に反抗して学校に行かないのだろうか。
そう言った彼女は慣れた手つきで勉強道具を広げて英語の勉強を始めた。勉強することに抵抗がある子は沢山いるが彼女はそうではない様子だ。学校に行かない理由は違う所にあるだろうか。
彼女が学校に行くいかないはどうでもいい、
がここでサボってもらっては困る、なんか条例に引っかかりそうだし。だけど高校生に本気で付き合うなんて無駄な動力は使いたくない。暖簾に腕押しを現代語訳すれば高校生と向き合う。になるかもしれない、今日は頭が冴えてるな俺。
彼女が黙々と勉強している、俺は今の状況を何とかしたいと考えてる。普通逆だろう、なんか腹立ってくるわ。俺も試験の勉強でもしよう。
時計が止まり始めるように空気がまた静かになっていく、勉強している人と思いにふけってる人、頭が動くこの最中、何度思い出そうとしても思い出せない。
俺・・・この子の事全く覚えてないわ・・・。
ナルコレプシーの涙 脚本家目指してます @suteru323
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