第1話 話は進む、俺抜きで。

小さい頃はヒーローの名を語っておもちゃの剣を振り回し。

小学生になってバスケ選手に憧れて。

中学は制服に着られている雰囲気が拭えないまま卒業。

高校は進学校、大学は商学部に入学して。

趣味やバイトをやりつつ、成績も悪くはない。

そこら辺を探したら居そうな男性、その印象そのままであると思う。


「― 仕事に就けなかったこと以外は、だな。」

そう言って笑いながら、ブレンドコーヒーを渡してきたのは俺のじいちゃん。

70を過ぎたとは思えない鋭い目つきをしているものの、笑顔が素敵な働き者である。

「じっちゃんにしてみれば店を手伝ってくれる若いのが来てくれて、大助かりなんだがね。」

「…。その節は本当に助かったよ、うん。」

大学在学中に就職を決めきれなかった俺は、危うくニート生活を送ることになるところだった。

「陵、お前さん、仕事就けんかったってなぁ。」

誰から聞いたのかそんな電話をかけてきたじいちゃんは、返事も聞かずにこう続けた。 

「じっちゃんとばっちゃんの店、手伝ってくれんか。」

こうして俺はじいちゃんの経営している喫茶店で働いている。



地域限定デリバリーサービスを売りにしている喫茶店〝Kalanchoeカランコエ″。 俺の仕事は高齢なじいちゃんたちに代わって、荷物を運搬し出張配達をすることだ。

仕事を見つけ次第やめてもいいというじいちゃんのもとで三か月、

余裕をもって配達できるようになったところである。


「とはいっても配達先はそんなに変わらんだろう?」

Kalanchoeのデリバリーの特徴は、朝・昼・夕に配達時間が決まっているところだ。ちょっと行った先の美容室や公民館など、同じ時間帯に注文が多いためそうなったらしい。配達する側としては覚えるのに苦労しなかったというのが本音だ。

「こんな小さな町だ。じじばば以外の人間は大抵、仕事に来てるようなものだ。その分、どこに行っても世間話は長いがね。」

じいちゃんはそう言いながら、慣れた手つきでカップを磨き続ける。カウンター横の飾り窓から光が入り、カップをより白く際立たせていた。

「皆さんそれが楽しみなんですから、そう言ってやらんでくださいな。」

と言って裏から現れたのは、俺のばあちゃんだ。笑顔を絶やさない、穏やかな人で安心できる存在である。


「陵、配達先が決まったわ。今日は5件分。こちらも準備を始めるからそのコーヒー、飲んでしまいなさいね。」

ということで、早速仕事である。カップに残るそれを勢いよくあおり、席を立つ。夕方の配達なのでいつも通りならばこれで最後の仕事。頑張るか、と思っていると。

「そういえば、郵便局の局長さんから伝えたいことがあるみたいですよ。郵便局を最後にして配達しなさいね。」

と言われる。いつも通りではないようだ。




否、いつも通りどころかこの日常は終わってしまうのだが。




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古民家に住む君に Lulu @lulu-lapisrazri-

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