ジャパリまんを作り続けたラッキービーストの記録
黒骨みどり
閲覧用ログ
西暦xx年xx月xx日
アップデートが一定期間行われなかったことを確認。
閲覧用ログの作製を開始。
…………
ボクはラッキービーストだよ。
ボクはヒトに作られた、パーク保全用のロボットだよ。
パークで暮らすフレンズたちの生態系を守るために、フレンズに接触することは禁じられているんだ。
ボクは、そう作られたんだ。
ボクたちは何機も存在していて、必要な情報をやり取りしながらパークを管理しているよ。
フレンズに縄張りがあるように、ボクたちにも管轄があるんだ。
中でもボクはジャパリまんの製造工場を動かしているラッキービーストなんだよ。
ジャパリまんというのは、サンドスターの影響で人間の形になった動物、フレンズたちに最適な栄養を補給するための食品なんだ。
肉食や草食に合ったまんじゅうを作るから、レシピも色々あるよ。
ボクは、ジャパリまんの材料になる野菜を育てて、収穫して、製造機械を動かしているんだ。
作られたジャパリまんは、各地のラッキービーストが、それぞれの管轄内のフレンズに合ったものを回収して配給しているよ。
ボクは、ヒトがパークにいた頃から毎日ジャパリまんを作り続けているんだ。
ヒトは、いつの間にかいなくなったよ。
詳しいことは知らない、ボクはその日もきっとジャパリまんを作っていたからね。
ラッキービーストの連絡網では、あまり詳しいことは伝えないんだ。
自分の位置情報を定期的に発信するだけだよ。
位置情報を共有することで、パーク全域のフレンズを見逃さないようにしているよ。
だからどの個体が何を経験したとか、そういう情報は流れないよ。
ボクも畑の野菜を盗んでいるフレンズには手を焼いているけど、フレンズへの干渉は許されていないから何も出来ないし、盗まれているという報告も行っていないよ。
盗まれた野菜の増産はしているけどね。
今日も、ただジャパリまんを作るんだ。
最近少し気になっていることがあるよ。
とある個体が、管轄であるサバンナ地方を離れて移動しだしたんだ。
それも、普通の速さじゃないんだ。
ヒトが使っていたジャパリバスを使わなければ再現できない速さだよ。
でもジャパリバスはヒトがいなくなってから一度も動いていない乗り物なんだ。
そんなものをなんで急にラッキービーストが使いだしたんだろうね。
ボクたちのプログラムは、バグが出たとしても相互に修正できるように組まれているよ。
だから暴走することは考えられないんだ。
サバンナのラッキービーストが奇妙な行動を始めてから数日後、いつも畑から野菜を盗んでいくフレンズが大量の野菜を掘り返していったよ。
もしボクに感情があったのなら、怒り狂っているだろうね。
ジャパリまんの生産に支障が出る量だったから、工場のラインを調節して、畑の作業機械も収穫から播種に切り替えたよ。
ジャパリまんは生鮮食品なんだ。
袋詰にしているから日持ちはするけど、袋から出したら早めに食べたほうがいいね。
ジャパリまんは、ヒトも問題なく食べられるよ。
元々はパークを訪れるヒトがおやつとして食べて、フレンズに渡すことも出来る、そんな食品としてデザインされたんだ。
ヒトはもう何年もパークに来たことがないけどね。
工場のプログラムは、来場者ゼロ人時を想定した生産量から、一度も書き換えられていないよ。
今日もジャパリまんを作ったよ。
珍しいこともあるもので、普段は一個体ずつしか現れない巡回ビーストが何体もやってきたんだ。
気になったから、ある個体に何かあるのか聞いてみたよ。
そうしたら、ペンギンのフレンズがイベントを企画して、各地からフレンズが一箇所に集まっているらしいんだ。
ボクは、青いジャパリまんを沢山渡したよ。
野菜泥棒のせいで、一種類しか作れなかったんだ。
栄養が偏ってしまうけど、少しの間なら問題はないからね。
それより、ジャパリまんの生産がゼロになってしまうことのほうが問題なんだ。
今日は驚いたよ。
移動していたサバンナの個体が、緊急事態宣言を出したんだ。
緊急事態宣言は、ヒトがいなくなったとされる日にも出たことがないよ。
それと同時に、彼の持つ重要な情報もボクの中に保存されたんだ。
ボクがジャパリまんを作っている間に初めてヒトのお客が来て、だけどそれはお客ではなくてフレンズで、キョウシュウ地方全体の危機が迫っていたよ。
ボクにセルリアンをどうにかすることは出来ないよ。
だけど各地の巡回ビーストを統べる、ジャパリまん工場の責任ビーストだから出来ることがあるんだ。
それは、緊急招集だよ。
サバンナの個体が出した緊急事態宣言は全固体に伝わっているよ。
けれどその宣言自体には
各地の巡回ビーストは緊急事態であることを把握しながらも、今まで通りフレンズの管理をするだろうね。
でもボクは違うんだ。
ジャパリまんの配給のため、巡回ビーストを呼び寄せることが出来るんだ。
そして、その
例えば、「パークの危機、カバンとサーバルを助けろ」という音声を流し続ける、とかね。
ボクに出来ることはもう無いよ。
あとしばらくすれば各地のラッキービーストがここにやってくるんだ。
おそらく、フレンズを引き連れてね。
ただ、サバンナの個体が、強い回線を持つボクだけに送信したデータがあるんだ。
それは、彼自身のバックアップだよ。
彼は、自分を犠牲にしてパークを救うことに決めていたんだ。
ラッキービーストが壊れることは、想定されていないわけじゃないよ。
重要なビーストのところには、スペアのボディが用意されていて、定期的にデータをバックアップすることが義務付けられているんだ。
ボクも、その一人だよ。
だけど巡回のビーストはバックアップが必要とは思われていないんだ。
だから彼は、スペアのボディがあるボクに、自身そのものを託したんだね。
ボクに感情はないよ。
ただ、ヒトとフレンズを少しでも快適にもてなすという
ボクはスペアを起動すると、彼らがセルリアンと戦っている場所に向かった。
ラッキービーストの体が出せる最高速で、走った。
ボクがたどり着いた時、戦いはもう終わっていた。
そして、サバンナの個体は彼自身の想定通り、破壊されていた。
僕のカメラに映るこの子が、カバン、そしてサーバル……
ボクは圧縮された彼の記憶を、解凍し始めた。
1,2,3,4,
このカウントが100になった時、ボクの存在は彼として生まれ変わる。
ジャパリまん製造工場の責任者は、一人でいい。
今のボクには何の権限もない。
89,90,91,92
その時だった。
彼の信号を捉えた。
とても弱く、今のボク以外の個体では捉えられないだろう。
よかった。
彼女たちと、大冒険を繰り広げたキミが生きていて、本当によかった。
ああ、でももう解凍は止められない――
ボクの意識はそこで途切れた。
「ラッキーさーん! 返事して下さーい!」
カバンの声がする。
ボク自身はカバンのことを知らないけれど、それがカバンというヒトの声だとわかる。
ひょこ、と思わず体が動いてしまった。
そばにいるフレンズが、僕をカバンのところへ誘導する。
ああ、貴女が、ボクがもてなすべき初めての、ヒト。
だけど、貴女が探しているラッキーさんは、ボクじゃない。
だから、貴女のことは知っているけれど、こう尋ねることを許してほしい。
「はじめまして。ボクはラッキービーストだよ。よろしくね」
キミの名前を教えて――
ジャパリまんを作り続けたラッキービーストの記録 黒骨みどり @naranciaP
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