配達員の日常 2


 世界各地から配送ギルドへと輸送されてくる荷物は多種多様だ。


 家具、食料品、服飾品、貴金属、武器、魔道具、呪物、使い魔etc……。


 荷物には荷物伝票が貼られ、宛先の住所と名前、差出人の住所と名前を記入するよう定められている。


 受取人の住所と名前を書くのは当たり前だ。


 書いてなければ配達出来ない。


 差出人の住所と名前もきちんと漏れずに書いて欲しい。


 書いていないと宛先が分からなかったりご不在時の保管期間が経過してしまったり受取人に受取拒否された場合に返送出来ないからだ。


 そして、宛先も差出も名前と住所は国から市町村と番地に建物名や部屋番号まできちんと全部書いてくれ。


 スプレディラ王国フリーム辺境伯領ボイド様宛じゃあどこのボイドさんだか分からないぞ。


 スプレディラ王国でボイドさんって名前は田舎の村にダース単位でいますとボイド王国から返送されてきたし。


 たまに名前を書かずに住所だけ書いて送ってくる人がいるけど、集落全体が同じ住所を使っている事も珍しくないから結局誰宛か分からない。


 村人全員に差出人を知らないかたずねたけど知らんと言われたから返しますと、面倒な事させやがってという怒りが伝わってくる字で書かれたメモがついて返送されてきた。


 差出人の名前と国名しか書いていない場合もある。


 バラキーヤ王国の赤き爆龍のヤンキス様は地元ではさぞ有名なのだろうが、地元を出たら知名度皆無なのでどこの誰だよってなる。


 受け取り期限を過ぎた、もしくは受け取り拒否のため返送しようにも、差出人がどこに住んでいるか分からず出来ない場合はしばらく保管した後に破棄する事になっている。


 ヤンキスさんとやらが保管期限中に連絡をくれると良いけどね、と差出人の照会をかけたバラキーヤ王国支店の人が遠話先で笑っていた。


 これがなまものだと確実に腐るからなぁ。


 さて、俺の目の前にはとある荷物が置かれている。


 差出人はマレグ王国聖ハイリア教神殿。


 宛先は神聖ハイリア教国。


 街の名前や番地は……無記名だ。


 マレグ王国はこの国の名前。


 神聖ハイリア教国は勇者を支援するために作られたハイリア教の国だ。


 各国にあるハイリア教の神殿は勇者をバックアップするために存在しており、勇者達が訪れた際はその足跡を祭壇で記録することにより、万が一全滅しても死体さえあれば生き返らせる事が出来る。


 だが、中には強力な呪いなどの効果により生き返ってもすぐに死んでしまうって状態もあるらしく、そういった場合は本国でまず専門家に呪いを解いてもらってから生き返らせなければならないらしい。


 なぜそんな事を思い出しているかと言うと、俺の目の前には五つの棺が荷物伝票が貼られて置いてあるからだ。


 棺自体は真っ黒で装飾が少ないシンプルな物だが、何故かどの棺にも魔方陣が刻まれており、しかも魔力がこもっているので何かしらの魔術が発動中の状態だ。


「ギドフさん。俺この仕事始めてからもう数年経ちますけど死体が荷物として送られてきたのは初めてですよ」


「ダン、俺は三度目だ。つってもその内一度は骨壺だったがよ」


 鬼族のギドフさんはこれくらいの壺だったんだぜって両手を広げた。


「六十サイズ?」


「いや、八十サイズだった」


 荷物は縦、横、高さの三辺合計の大きさでサイズが決まる。


 六十サイズなら小型の魔銃が入るくらい、八十サイズならシンプルな籠手が入るくらいかな。


「配達しに行ったら受け取りを拒否されてよ、課長が差出人の東国の寺院に遠話したらそっちも受け取り拒否されたらしい」


「え?じゃあその骨壺はどこに?」


「支店の保管庫。大丈夫だ、大神殿でお祓いしてもらったからアンデッドにゃならねぇよ」


「捨てましょうよ……」


「保管期限が過ぎたら廃棄するとよ」


「無情っすね。で、これ。どう考えても二百サイズ越えてますよね」


 荷物便は最高で二百サイズだ。


 そもそも棺の時点で長さが二百前後あるんですけど。


「つーかよ、成人死体の時点でよっぽどボロボロじゃなけりゃ三十キロ超えてるだろ。重量にひっかかる。特大便か家具便扱いなんじゃねーか?」


 特大便は二百六十サイズ、家具便は四百五十サイズ、重量も百キロまで定額でそれ以上だと追加料金だからそちらなら可能なんだけど。


「でも伝票は普通荷物便ですよ。しかも黄金シールついてますし」


 黄金シールとは貴人宛や精密品、高級品や美術品など扱いを慎重にしなければならない荷物を、扱う全ギルド員に対してわかりやすいように伝票の近くに目印として貼られるシールの事だ。


 そして貴人宛て以外では別途追加料金がかかる。


「自分達は全て貴人だって意思表示ですかね?」


 貴人って各国の王侯貴族とかその国の偉い人を指すのだけれど、神職そのものはそこに含まれていない。

 

 神職でもその教団のトップとか、精々大幹部までが貴人扱いにはなるけど、神殿から神殿へ送る場合には適用されないんだが……。


「だろうな。大体この様式のシールはもう使用されてないはずだ。久しぶりに見たがよ、どっから持ち出してきやがったんだか」


 貼られていた黄金シールはかなり古いデザインで、配送ギルドが発足する前の商会時代に使用されていたものだった。


「受付した店の奥底にでも眠ってたんですかね……」


「そんなとこだろうな」


「どうします?」


「返すしかねーだろ。料金不足だ」


「一応上に報告してきます」


 荷分け場からオフィスにいた現場主任に話をしたら、またかと軽く眉間をもみ始めた。


「以前にも契約した荷物サイズ以下の料金で送ろうとした事があってな。その時は当時聖ハイリア教神殿があったエランデス町の商店が引き受けたんだが、脅されて仕方なくって泣きつかれてさ」


 その時も荷物を返したのだが、散々もめたらしい。


「引き受けされたのだから責任持って配達しろだとかほざきやがってよ」


「どうやって収めたんです?」


「むこうさん、こっちの話をまったく聞く気がなくてな。らちがあかなかったから警備隊に通報した。そしたら『神敵がー!』って襲いかかってきた」


「マジですか……」


「下手に応戦するわけにもいかないからそのまま逃げ回ってたらやってきた警備隊にも攻撃をしてもうめちゃくちゃ。で、何人かお縄になった後事情を説明したらどうも警備隊の方でも問題が多くて目をつけていたらしくてな」


 そのまま中に踏み込んだ結果、国からの支援金を不正に使い込んでいた事が発覚。


 当時の神殿長が逮捕されて、聖ハイリア教は神殿から立ち退きをさせられた。今は別の教団が入って平和にやっているらしい。


 その後聖ハイリア教はあれこれツテを使って首都グランマレグの近郊に神殿を建てる事を許可され、城壁外の町のさらに外れに建て直される事となった。


「あー、だから郊外に不釣り合いな立派な神殿があんなとこに建ってたんですね」


 そしてあそこの神殿が配達のたびにやたらとネチネチ嫌味を言ってくる理由にも納得。


 どの時間帯に行ってもなんでこんな時間に来るんだと文句を言うんだよなあいつら。指定された時間帯ですら遅いだの早いだの絶対言うし。


 都合の良いお時間帯を教えて下さいと下手に出ても、そんなもの自分で考えろとか返してくる。


 結局過去の逆恨みからクレームつけたいだけだったんだな。


「それまでは聖人契約結んでたんだけどさ、その一件で解約したんだ。だからここ最近は荷物を営業所に持ち込みで受けてたんだけど……」


 聖人契約は神殿関係者専用の契約で、一般人より二、三割安い価格で荷物を出すことが出来る。


 解約されたってのは初めて聞いたし、そもそも解約出来る事自体に驚きだ。


 ちなみに一般のお客さんには持ち込みで荷物一つにつき白銅貨一枚割引される。


「あそこから一番近いのは北門近くにあった契約店なんだが、まだやってたのか?」


「タバコの看板が色褪せてぼろぼろな小さな商店ですか?」


「そうそう、そこだ」


「確かうちの看板もぼろぼろではありますけどまだありましたよ」


「あそこのばあさんは適当だからな。よく分からないまま引き受けちまったのかも」


「後で念のため集荷した奴にも話を聞いときます」


「よろしく頼むわ。何かトラブルが起こりそうだったら早めに連絡ちょうだい」


 十中八九起こるだろうなって顔をした現場主任に見送られながら事務室を後にした。


 しかも集荷担当はもう帰宅した後で連絡もつかなかったから詳しい話を聞けなかった。




「以前にもひどく揉めたらしくて返品の際はトラブりそうです」


「そうか…。どうする?俺もついていった方が良いか?」


 今日は少なかったからもう完配してこの後は時間あるからよ、とのギドフさんの申し出にありがたくうなずく。


 これだけでかい荷物だと一人では積み降ろしがしんどいし、もめた時に手を出されたら対処が難しいからな。 


 鬼人のギドフさんが一緒なら安心だ。


 早い方が良いとすぐに準備して、中型魔動四輪車の助手席にギドフさんを乗っけて城門まで来たら、うちのギルドの装甲馬車部隊とすれちがった。


 馬車から外を見張っていた奴が同期だったので軽く手を上げたら、手をコップを持つ形にして口元に持っていく動作が帰ってきた。


 久しぶりに飲もうぜってジェスチャーだ。


 丸を作って返し、そのまま郊外へと車を走らせる。


「あいつらバッザリの方まで遠征してた組か」


「ですね。一週間くらいはいなかったかな」


「バッザリは内紛真っ最中だからな。途中トラブルが多かったんだろう」


「俺、装甲馬車部隊は無理です」


「慣れだぜ、ダン」


 元装甲馬車部隊の現場責任者だったギドフさんはニヤリと笑った。




 ガランガラン。


「すいませーん、こんにちわー。配送ギルドでーす」


 神殿の裏門から呼び鐘を鳴らすも誰も出てこない。


 いつもなら愛想がなくて上から目線な助祭が舌打ちしながら出てくるんだけど。


「表ですかね?」


「礼拝堂で何かやってるのかもしれねぇな」


 車を回して表に移動したら、礼拝堂から複数人の話し声が聞こえてきた。


「やっぱり何かやってますね」


「全員こっちに集まってんのか」


「とりあえず扉叩いてみますか」


 出入口のでかくてデコデコした扉をノックする。


「…………反応ないですね」


「開けて声かけた方が良いんじゃねえか?」


 開いてるかなと金ピカの悪趣m……もとい豪華なノブを回してみたら、あっさりと開いた。


「うわ、何か怪しい」


 ドアの隙間からこっそり覗いてみたら、神官達が謎の魔方陣を中心に何やら必死に祈りを捧げているのだが、薄暗い室内と呪詛のような声色がもうすっごい怪しい。


 魔法陣の真ん中で一番派手な神官服のでっぷり腹なジジイが手に持った派手な金ピカ杖からチョロチョロと魔力を注いでいるけど、何か魔法陣に吸い込まれてはすぐに消費されていってるように見えるな。


「何やってるんですかねあれ」


「何かを抑え込んでいるように見えるな」


「抑え込む、ですか?」


「ああ、今思い出したがあの魔方陣は多分封印術だ。昔見た大規模封印術の儀式とよく似てやがる」


「何を抑え込んでいるんでしょうね?」


「ろくでもないもんなのは確かだな」


 二人してクルリと振り向いて車の荷台を見る。


 黒い棺に刻み込まれている魔方陣は神殿内の魔方陣とよく似ていた。


「……これ、まずは降ろしちゃいません?」


「……だな。車は敷地の外に路駐しとこう」

 

 手分けして棺を扉の前に敷いた布の上に(地面に直だと文句言われそうだから)積んで、魔動四輪を脇道に停める。


「現場主任に連絡しておいた方が良いだろうな」


「分かりました」


「万が一を考えて神官資格のある奴を応援に寄越すように伝えてくれ」


「うぃっす」


 遠話の魔道具を取り出して現場主任に連絡すると、主任自ら応援に来てくれるようだ。


 神官もちょうど手が空いた人がいたのでそのまま一緒に四輪で連れてきてくれるらしい。


「主任が神官連れて応援に来てくれるそうです」


「それじゃあさっさとこの荷物を返しちまおうぜ。最初に受け取った送料は用意してあるか?」


「ぴったり用意してます」


「よし、とりあえず金さえ返しとけばゴネられても大して問題ねぇ」


「追加料金払うから持ってけって言われたらどうします?」


「あの様子じゃこの棺は特級呪物だ。特級呪物は事前申告無しじゃあ受け取れねぇ。輸送にゃ専門の馬車と要員が必要だからな」


 そもそも呪物は輸送中に呪いが漏れでないよう配送ギルドの専用箱でなければ送れない。


 さらに特級となると万が一梱包が破損した場合に漏れ出る呪いの力が強すぎて周辺への影響がヤバいらしい。


 物によっては街一つ滅ぼしかねないとか。


 そんなもん運んでたの俺……。


「特級呪物って通常の呪物との違いをどう調べるんですか?」


「資格持ちの神官が査定するんだよ。呪力の強さらしい」


「あ、だから神官を呼んだんですね」


 配送ギルドの神官は全員呪物鑑定資格を持ってる。


 神官なら持っていても不思議じゃないだろうと思うかもしれないが、世間の神殿は格好だけ神官服で実は雇われ雑用係とかが多いらしい。


 本物の神官はそれなりに希少で、うちの会社も特別手当てを出しているので給料が高い。同期は俺の1.3倍くらい高い。


「……この中で祈ってた連中の中にもそういった奴らがいるって事ですかね」


「いるどころかあの真ん中でちんけな魔力を注いでいた神殿長っぽい奴以外は多分全員そうなんじゃねぇかな」


「マジですか」


「だってよ、祈ってた連中は誰も魔力を発してなかったぜ?」


 あ~……。言われてみると確かに魔法陣を囲んでた奴らは誰一人として魔力を注いでいなかった。ただ祈ってるだけだったな。


「奴ら特級じゃないって言い張りそうだからな。資格がない俺達には判断できん」


「特級だってバレてもあれこれ粘着してきそうですが……」


「だからこそ手順を踏んで正当に断らないとダメなんだよ。クレーマーにつけこむ隙を与えちゃならねぇ」


「そうですね……」


 通常輸送禁止物をこちらに隠して送ろうとしてる時点でこいつらは客じゃない。


 他国の話だが、実際に戦争で使われた魔動兵器を骨董品と偽って送ろうとして、支店で暴発して沢山の怪我人を出した事例もあったからな。


 しかも送り主はこちらの輸送方法が荒かったからだと逆ギレかましてきたらしいし。


 この教会の奴らも同じ人種な気がするぞ。


「待たせたな」


 今晩の現場主任であるザークリィさんが到着した。


「おう、すまねぇなザークリィ」


「お疲れ様です主任」


 その後ろには神官もいたのだが。


「よッ!」


「エリエ?!」


 来る途中にすれ違いざまに飲みの約束をした同期のエリエだった。


 わざわざ着替えたのだろう、旅装から白を基調とした正義神の神官服に変わっていた。


「お前、出張配達から帰ってきたばっかだろ?疲れてんのにこんなとこクレーマー案件まで出張って来なくても」


「な〜に言ってんの。アンタが仕事あがらないと飲みに行けないでしょ。ならさっさと片付けた方が早いと思ってねー」 


 ザークリィ主任を見たら、こいつ以外すぐにこれそうな神官がいなかったからなと首を振られた。


「さ~て、それじゃあ信仰心の低いエセ神官どもに正義の鉄槌を下してやりますか!」


 こっちの心配をよそに本人は出張疲れとは無縁て感じで殺る気満々だし。ほんとこいつは神官なのに戦意旺盛だな。


 黙っていれば神殿で祈りを捧げるのが絵になりそうな見た目なんだが…。


「待て待て。まずは確認をとってからだ」


「え〜〜?」


 主任に待ったをかけられたからって不服そうに口を尖らせながらエグい棘のついた杖振り回すなし。


 外見と中身をもう少し寄せなさいよ。


「もういいじゃないですかー。あの漏れ出る暗黒オーラは特級ですって。不義の輩を早く殲滅しましょうよー」


 いや、特級って証明しても返品するだけだし。


 いつの間に殲滅するなんて話になったし。


「呪物鑑定をして中の奴らに突きつけたらな」


 殲滅を否定して下さいよ主任。


 前回面倒に巻き込まれたのを根に持ってませんか?


「ちぇ~しゃーないかー。『呪物鑑定』」


 ピンと棺を指差して鑑定魔法をかける。


 こいつこんな感じで聖二位の魔法があっさり使える高位神官なんだから、信仰ってのはよく分からない。


「あれ?う〜〜ん」


 何か頭を傾げて唸りだしたぞ。


 まさか特級じゃなかったとか?


「いやね、これ特級には違いないんだけどさー」


「けど、なんなんだ?」


「特級屍人ゾンビだね、これー」


「なんだと?!」


 棺の近くに立っていたザークリィ主任が慌てて飛び退く。


「俺の予想は悪い方に外れたな。呪いで死んだどころか魔物化しとるとはなぁ。こいつらがいつゾンビになったか分かるか?」


 ギドフさんの問いにエリエがまた何らかの魔法を発動した。


「魂の劣化具合から…多分一週間以上前ですねー」


「魔物化してから城壁内に持ち込みやがったのか」


「魔物の街壁内持ち込みって普通に犯罪ですよね?」


「正確には支配下におかれていない魔物の持ち込みが犯罪って事だがな。テイムされてたり支配下にあったりすればいいんだが、そうでなければ懲役刑と罰金刑だ」


 ザークリィ主任はテイマーなのでこの辺りの法律は詳しいらしい。


 このゾンビが無関係の人を襲ったりしたら死刑すらありえるとの事。


「じゃあ棺の魔法陣は…」


「呪術封印じゃなくて魔物封印だな」


「封印って支配下においているって事になるんですか?」


「いや、支配下におけなかったから封印したって解釈になるな」


 完全にクロじゃないかな?


「警備隊呼んでおくか…」


 ザークリィ主任が端末樹の遠話機能で警備隊に事情を説明していると、ギドフさんが警備隊の世話になるのは今月二度目だと顔をしかめていた。


 そういえば先週前輪パンクさせられたとか言ってたな。


「ダン、今の内に荷物の入力済ませとけ」


「返送理由は何にすれば良いですか?」


 魔物災害とかかな?


「そっちじゃねぇな。もう受け入れから削除しとけ。引受自体が無効だこりゃ」


「わかりました」


 内心ビクビクしながら棺に近づいて、全ての荷物の伝票番号を削除。


 いきなり封印が解けてゾンビが這い出てくるとかお約束な展開はなかった。マジ安堵。


「警備隊が来る前に棺を中に入れちゃおうよー」


「わざわざ中に?何で?」


「その方が面白い事になりそうだからね!」


 エリエさん。お前がその笑顔浮かべてる時はろくでもない事考えてる時だって同期は知ってるんだぞ。


「ほらほらそっち持ってー」


 早くしろとせかされて、俺はエリエと二人がかりで、ギドフさんは一人で棺を中に運び入れた。


 俺は引き続き内心ビクビクだったのに、二人は何にも気にしてないようだった。


 これが装甲馬車部隊で培われた鋼メンタリティか。


 配達先でナイフや剣を突きつけられてもまったく動揺しないらしい。


 やっぱビビりな俺には無理だな…。


 しかし途中誰かに気づかれるんじゃないかと思ったが、お祈りに夢中でまったく気づかれなかった。


 音とか気にせず普通にガサゴソやってたんだが。


 棺自体も礼拝堂に並んでいた椅子の後ろの死角に置いてきたので近づかない限りバレないだろう。


 こちらからだと半開きの扉から全て確認出来るが。


「警備隊も急いでこっちに来るとさ。それでも事が事だけにそれなりの人員を揃えてからだから今すぐとはいかんだろうが。それで、何で中に入れたんだ?」


 ザークリィ主任の問にエリエはニッコリ笑って扉の前で詠唱を始めて。


「ハイプロテクション」


 防御魔法で神殿を覆ってしまった。


 しかし神殿全体を覆うとか魔力量どんだけなんだ。


「何で俺達じゃなく神殿にかけるし」


「安全のために決まってるじゃーん。それより例のやつお願い」


「『耳』か?『顔』か?」


「まずは『耳』で」


「はいよ」


 俺は魔力を込めてスキルを発動し、音声魔道具を使って皆と共有出来るようにした。



『……大司教様、間もなく目標時刻です』


『そうか。まったく、いくらワシが敬虔なるハイリア様の下僕とはいえ、このような長時間にわたり魔力を注ぎ続けるのは骨が折れるわい』


『流石は大司教様でございます。私なら一刻とて待ちません』


『全ては信仰の成せる業よ』


『お、監視の者から連絡が来ました。少々お待ち下さい……目標はどうなった?……ああ、分かった。こちらに戻れ。大司教様、配送ギルドの大型魔動四輪が転移道を通過しハイリア国境インターへと出たそうです』


『そうか。ならばもはや封印を続ける事もあるまい。これにて儀式を終了する。皆の者、大義であった』


『上手くいきましたね。これで我々が責任を問われる事もないでしょう』


『フフフ、あの不信心な配送ギルドの連中に全て押し付けてくれよう』


『ゾンビと化した勇者の解呪失敗も、奴らが輸送中に荷物を粗雑に扱ったが故にゾンビ化したのだと証言すれば覆る事はないでしょう』


『ハイリア国境側の警備隊にも話はついておるのだろう?』


『それなりの金はかかりましたが、損害賠償で取り戻せましょう』


『おおいにふんだくってやれ。それに城壁内に神殿を建立するよう催促するのも忘れるな』


『分かっております。一等地にここの三倍以上の規模のモノを建てるよう申し付けましょう』





「………馬鹿だな」


「………馬鹿ですねぇ」


「………ここまでとは」


「やっぱハイリア関係者はろくな奴らじゃないなー」


 全員で深〜いため息をついた。


「しかし、中々いただけない内容だったな」


 まさか輸送事故を故意に引き起こして配送ギルドをハメようとしているとはな。


 これもう完全にテロじゃん。


「ダン、録音はー?」


「バッチリ」


 音声魔道具を起動した時に録音機能も作動させていた。


 再生したら魔道具の精霊であるピンクマイナ鳥が先ほどの会話をスラスラと喋りだした。


 ほんと声真似上手いなこいつ。


「それで、棺の方はどうなったんだ?」


 主任の言葉に反応したってわけではないのだろうけど、ギギギ、と木が擦れる音がして棺のフタが開いた。


「ォォォ……」


 小さく呻きながら出て来たゾンビは、大柄な戦士だった。生前はさぞ大きな獲物を振り回していたんだろうなぁ。


 その他の棺もすぐにフタが開く。


「ゾンビハイウォリアーにエルダーリッチ、デスモンクとダークネスアーチャーか。元はそこそこ名のあるパーティーだったのかもな」


 ゾンビの種類をあっさり判断する主任。

 

 テイムしてたの?


「いや、アンデッドはテイムは出来ないぞ。やり合った事はけっこうあるから詳しいだけだ」


 アンデッドは臭いし不衛生だから前衛職からは嫌われているので、アンデッドばかりの場所ではテイマーが召喚した魔物を前衛で戦わせるパターンが多いらしい。


 例えどれだけ汚れても一度送還して再召喚すれば綺麗になるから問題なしとのこと。ちょっと可哀そうだなと同情してしまった。


「ん~~?」


「どうしたんだエリエ」


「あいつら何か見覚えが…」


「ヴァアアアーー!」


 ひと際大きな声を上げながら最後の棺のフタが開いた。


 剣士か。何か高そうな鎧着てんな。


「あーあー思い出したー。あれゲロナンパ勇者だよ」 


「マジ?……そう言われるとそんな気もするな」


「何だゲロナンパ勇者って?」


「あいつ、昔私をパーティーに勧誘してきたんですよー」


 エリエはここに配属されてすぐの頃、配達先だったあの勇者パーティーのホームで目をつけられて、それはもうしつこく勧誘された。


「しまいには私以外の配達員からは荷物を受け取らないとか言い出したんですよねー。困るの自分達じゃん」


 こっちは受け取らないなら返還するし、それで困る事もない。


 本人達もそれに気づいて受け取るようにはなったのだが、他の配達員が行くたびにあーだこーだ嫌味を言われた。


「ああ、それ覚えてるぞ。再配達連絡の遠話口でもエリエを寄越せってうるさかったから夜の店じゃあるまいしウチは指名制度何かねぇって言い返したわ」


 どこの馬鹿なんだと思ったら勇者だったのかと納得顔な主任。


「ナンパはわかったがゲロはどっからきたんだよ?」


「飲み会のお店でばったり会っちゃいまして。むこうも酒が入ってたから普段よりしつこくってー」


 俺もその場にいたのだが、こっちの制止をまるで無視して絡んできやがったんだよな。


「挙げ句には酌をしろって自分達の机に引っ張ってこうとしたんですよ。こっちも酒入ってたからむかついて抑えが効かなくて、ついがら空きだったボディに一発入れてやったらゲロ吐いてその上に倒れちゃったんですよねー」


 見た目だけなら虫も殺せないような細身の美人だが、その辺の魔物オークとかなら素手で倒せるからなこいつ。


 普段鎧任せで鍛え方が足りない勇者の腹筋では一発も耐えられまい。


「警備隊とかに通報されたら面倒だなーって思ったんですけど、それ以降は絡んでこなくなったんで結果オーライでしたー」


 まあ仮にも勇者認定された奴が不意打ちとはいえ酔って絡んだ女性神官に一発でのされたなんて情けない理由で警備隊に泣きつくなんて出来ないわな。


 ちなみにエリエはその後すぐに装甲馬車部隊に異動になったので奴らに会ってないが、俺達は配達に行くたびに舌打ちされたり捨て台詞吐かれたりと中々ネチッこい対応をされ続けていたりする。



「なるほどなぁ」


 ギドフさんは腕組をしながらうなずいて、神殿の中に視線を向けた。


「そんな奴なら同情は無用だな。お互いいい気味だぜ」


 俺達が話している間、神殿の中は阿鼻叫喚が響きまくっていた。


 ゲロナンパ勇者ゾンビの声を聞いたハイリア神官達は『何故こ奴らがここに?!』と叫んで奥に逃げ込もうとしたが、先に目を覚ましていたダークネスアーチャーが先回りしていたらしく奥の扉の前にいて動きを止めた。


 そこにエルダーリッチとデスモンクが両サイドから魔法を放ち神官達は大混乱。


 大司教がそこそこ値の張りそうな防御魔法の魔道具を持っていたらしく、その周辺だけは辛うじて無事だったが、範囲外にいた取り巻き達は壊滅状態。


 そこへデスウォリアーが突っ込んでいき、トドメとばかりに手当たり次第に殴ったり噛みついたりで、ゾンビと死体を大量生産。


 さらにゲロナンパ勇者ゾンビがやってきて、防御魔法を破って魔道具を破壊。色々もらしながら泣き叫ぶ大司教の取り巻き達に食らいついてお仲間に引き入れている。

 

「あの程度のアンデッドに何の抵抗も出来ずにやられるとか、修行と信仰心がたりないなー」


「聖魔法の一発すら出なかったな」


「ターンアンデッドもうてない大司教とかいるもんなんですかね?」


「ハイリア教は勇者のバックアップが仕事でアンデッド退治や治療とかはまったくやらないらしいぜ」


 それ、神殿としてどうなんだ?


 いくらハイリア教が勇者のバックアップのために存在するとはいえ、神殿と名乗るならば治療とアンデッド退治が最低限の職務のはずなんだが。


『ギャアアアァァァー!!!』


 ひと際大きな叫び声が聞こえたと思ったら、大司教の首にゲロナンパ勇者が噛みついていた。


 ありゃ致命傷だわ。


「ターンアンデッド」


『グアアァァァァー!!!』


 すかさずエリエが退魔魔法を唱えると、神殿内にいた全てのゾンビが浄化され、ただの死体へと戻っていった。


「クレーマーの同士討ちとかもうすっごい気持ち良いですね!」


「めったに味わえない爽快感だったぜ」


「これで面倒な遠話先が2件も減ったな」


「今までで一番楽しいターンアンデッドでしたー」


「「「「いやー今晩は美味い酒が飲めそうだ」」」」


 その後、列をなしてやってきた警備隊に後を任せて俺達はやっと支店へと戻る事が出来た。






「はー、やっと終わったー」


「思った以上に長くなったな」


 支店を出てすぐに待ち合わせたエリエと面倒な案件だったなとため息をついた。


 ギドフさんはカカアに叱られるからよと先に帰宅。ザークリィ主任はまだ仕事時間内のためオフィスに戻っていった。


「やーっと飲みに行けるよー」


「悪かったな、疲れてるとこあれこれ手伝ってもらっちまって」 


「いいよ。私が行かなかったらもっと時間かかって飲み自体が延期になってたかもしれないしさー」


「それはマジでそうだわ」


「では早速酒場に向ってしゅっぱーつ。ほら、例の奴お願いねダンゾー」


「へいへい。『忍法・変化の術』」


 目立つ綺麗な金髪だった髪色がそのへんによくいるブラウンに、やたら整ってた顔は町娘Aって感じの地味な容姿に変化した。


 ゲロナンパ勇者をエリエが酒場でKOした時から、絡まれるのを嫌ったエリエに頼まれて飲みの時は変化の術で顔を変えている。


 ゲロナンパ勇者以外からも声をかけられる事が多くて辟易していたらしく、これで好きなように酒が飲めると好評価で、サシ飲みの時はいつもかけている。


「今回みたいにクレーマーは皆潰しあえば楽なのにねー」


「違いない」


 ほんと、配達員の日常に一番必要のない奴らだよ、クレーマーってのはさ。 





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配達員の日常 秋野信 @akino

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