配達員の日常

秋野信

配達員の日常



 

「まったくどうなってんのよ!何でこんなに時間がかかったの!どうせどこかでサボってたんでしょ!」


 

 とがった耳の先まで真っ赤にして、ものすごい勢いで唾を飛ばしながら一気にまくし立てるエルフのばば……もといご婦人。


 玄関から出てきたその瞬間からそのでかい口からは絶えず罵詈雑言が溢れでてきているためこちらの口を挟む隙がない。

 

 ずっと俺のターン状態だ。

 ぼこぼこのぼこだ。

 

 一応、反撃を試みるも、

 

「いえ、ですから事前に申し」


「私はすぐに欲しいと言ったのよ!すぐにってことは急いでいるってことでしょそれくらいわかるでしょうが!なのにあんたが来たのは遠話してから三刻も過ぎてんのよおかしいでしょう!センターからここまでだったら三刻どころか半刻もかからないじゃない!だいたいあんたらは~」


 倍返しだ。


 二倍どころじゃない、十倍返しだ。


 俺は自分のカードを場に現すどころか引かしてすらもらえないよ。


 マウントでぼこぼこだよオーバーキルだよ。


 しかしエルフのご婦人もといクレーマーばばあの勢いはとどまることをしらず延々と俺をキリング中。


 その顔は醜く歪み、とてもエルフとは思えない形相だ。

 

 そもそも町エルフは森エルフと違って精霊の加護が薄いから歳をとるのが早いので(それでも人族の1.5倍は寿命が長い)エルフの中高齢の方は別段珍しくない。


 彼ら彼女らは歳をとってもやはりエルフなので元が整っているから実に綺麗に歳をとる方が多い。

 

 しかしこのクレーマーばばあもといクレばばはエルフなのに小じわだらけの厚化粧で、真ん丸と太った体に着ている服もまるで荒野の狩人種族みたいな獣柄、もう逆にどうしたらそこまでエルフを辞められるんだってくらいエルフらしくない。

 

 ガミガミさわぐエルフババアに何とか事情を説明しようとするも、俺が口を開くたびに重ねるように罵ってくる。


「言い訳はもうたくさん!」

 

 ばたんっ!


「どうもでした~………」


 勢いよく閉められた扉にむかって気持ちのこもってない謝罪でもなんでもない意味のないふわっとした言葉(こちらに落ち度は一切ないからだ)を口にして、道端に停車しておいた魔動二輪ツェウベの荷台箱の蓋を開ける。


 配達するものがもう何もない事を確認し、エンジンをかけてその場を後にする。


 とりあえず5分ほどツェウベを走らせて目的地の魔動販売樹のある広場に到着し、一息つこうとコーヒーの販売樹につけられた筒に白銅貨一枚と青銅貨二枚を入れて出来上がりを待つ。


 俺のお気に入りであるこの広場は、このあたりのでは一番旨いコーヒー販売樹がある。


 それに城壁の外の街のさらに外れにあるので普段からあまり人気がなくまわりを気にすることなく飲めるのも理由の一つだ。 


 人目に付く所で飲んでいると周りの人からサボっていると思われてしまうし、実際にわざわざクレームを入れてくる人もいる。「お宅の配達員、販売樹の前でさぼってるぞ」なんて具合にわざわざ注意してやったんだからありがたく思えって口調で。

 

 まったく、勘弁してほしい……。

 


『ぴーよぴよぴよ………』

 

 出来上がりを知らせるシロスズメの声がしたので樹のウロを覗いてみると、木製のコップからコーヒーが湯気を出していた。


「ふぅ………」

 

 一口飲んだだけで、体中の疲労が少し軽くなった気がした。


 まったく、今日も中々に忙しかった。


 昼飯もろくに食う時間がなかったし、今に至るまで休む暇なく配達で走りっぱなしだった。


 まぁ、いつも通りと言えばいつも通りなのだが。


 それに配達が終わっただけで今日の仕事が終わったわけじゃない。

 ギルドに戻ってあれやこれやと事後作業をしなければならない。


「今日も残業、明日も残業、と」

 

 空のコップを洗い場のキノボリアライグマに手渡して、俺はツェウベのエンジンをかけた。




 帰店した俺はひとまず代引きなどの売上を精算すべく両替樹に金貨、大銀貨、小銀貨、白銅貨、赤銅貨、青銅貨をじゃらじゃらと投入口のウロにつっこんだ。

 両替樹の中でチャリンチャリーンと音がする。

 数が合えば両替樹の精霊であるキイロヒヨドリのマイクが精算金額が浮き出た葉っぱを渡してくれるのだが…。


 ピーヨ!ピーヨ!と声で拒否してくる。


 リジェクト硬貨は薄汚れた赤銅貨だった。


「これくらい勘弁してくれよーマイクー」


 何度入れなおしても返されてしまう赤銅貨。

 しょうがないので自分の財布から赤銅貨を取り出し投入する。


「ピヨッ!」


 精算完了のひと鳴きをして、精算葉紙を手渡してくれる。


 金額に間違いがない事を確認し、精算詳細書に葉紙を張り付けて提出してから担当席に戻る。


「お疲れ様でーす」


「マスチフお疲れー。今日は早かったな」


 俺が所属する配達班には先輩一人だけしか帰っていなかった。


 うちの班、支店センター内では一番の激務地帯だから他班と比べ皆毎日遅くに帰ってくるからしょうがない。


 先輩は仕事が超早いのもあるが、彼は今日の夕方と夜の時間の再配達担当だからこの時間には戻ってきていないと準備が間に合わない。


 本来なら夕方以降の夜勤配達担当は昼から出社なのだが、うちは人手がたりないから担当者は朝から晩まで走りっぱなしだ。


「狩人ババアに捕まらなきゃもっと早かったんですけどね」


「あー、あの偽エルフババアか」


「指定時間内に届けてるのに毎回遅いだ何だと文句たれるんですよね、あいつ」


「あの偽エルフん中じゃ世界に再配達を頼むのは自分以外いないと思ってんだろ」


「世界の中心でクレームを叫ぶ偽エルフババアとか」


「誰得w」


「にしても先輩早いですね。今日は火竜山ダンジョン方面だったじゃないですか」


「それがな、今日は珍しく勇者が来ててよ、道中の魔物が全然いなくて楽に配達できたわ。しかもあいつらが中ボスの強制バトル中に追いついたから陰で待ってたら後一撃ってとこで全滅したんだよ。あざーっすて感じで速攻トドメ刺して抜けられたからさらに速く配達進んだんだよね」


「あいつらでも役に立つことがあるんですね」


「ビックリだよな」


 俺と先輩はひとしきり勇者とクレーマーをディスりながら手紙を処理していく。


「またハイエルフ語で差し出してきてるし。何書いてあるかわからんし」


「何々?あーこれ前の国の時の住所宛じゃん。とっくに国が変わって住所も新住所になって長いから返しな」


「何でハイエルフはハイエルフ語で送ってくるんだ共通語使えよ共通語」


「あいつらプライドがチョルルカ山より高いからな」


「それで届かなきゃ意味ないですよね」


「だよなー。あ、また勇者どもが住所も書かずに送って来やがった。魔王さん宛っても四大魔王の誰なのかそれとも大魔王さん宛なのかわかんねーよ。返そ」


「勇者は住所も書けない馬鹿ばっかですよね」


「だから魔王さんにたどり着くことすら稀なんだよ」


 先輩はゲラゲラ笑いながら返還手紙の束に返還呪印をつけて、俺に手渡してきた。


「マスチフ認め印頼むわ」


「うっす。俺のも頼んます」


「ほいよ」


 先輩の呪印の下に自分のサインを呪印して、先輩に呪印してもらった分も受け取って返還手紙入れに投函する。


 こうやって呪印を入れないと住所だけ書き直して、新しい切手を貼らずに出してくるキセル行為をする奴がいるからな。


「今日はもう上がりなんマスチフ?」


「はい。明日は俺城壁内担当なんでさっさと帰ります」


「うわ~御愁傷様。お疲れなー」


「お先に失礼しまーす」







 今日は城壁内の配達なのだが、街中は車や人通りが多くて移動に気を使うからあまり好きじゃない。


 先ほどもやけにゴージャスな貴族のゴーレム馬車が通りがかったため端に寄せてやり過ごしたし。

 見栄だけのためにそんな骨董品乗るなよと言ってやりたいし、貴族の前を走るなど不遜だ無礼だと喚かれるのも面倒くさい。


 今のご時世、前を走るのは不遜なのは王族くらいだっての。


 ちょっとイライラしながらマンションの集合ポスト部屋で手紙を配達していると、表からバスンッ!と大きな音が聞こえてきた。


 配達を終えたところだったので何事かとひょいとポスト部屋から顔を出すと、なんとうちのギルドの魔動四輪が道端の街路樹に突っ込んでいた。


「おいおい大丈夫かよ?!」


 慌てて近づくと運転席から見知った顔が降りてきた。


「大丈夫かギドフのおっさん」


「ああ、マスチフか。俺は何とかな。ただ車がなぁ」


 鬼人のギドフのおっさんは、フロントがベッコリいってしまった四輪を見てため息をついた。


「おっさん、なんでまたこんな事に?」


「フロントタイヤがパンクしてハンドルがとられてな、対向車線にだけはいかないよう無理矢理ハンドル切ったらこの有り様だ」


 二人でフロントタイヤを確認すると、タイヤに尖った長い石片が刺さっていた。


「石だぁ?なんでこんなもんが刺さるんだよ」


「あー、これあれだ、多分ゴーレムの欠片だ。強化術式仕込んであったみたい」


「そういえばさっきゴーレム馬車見たな」


「俺も。端に寄せてやり過ごしたけど」


「そいつかどうかはわからねぇが、とにかく車はおじゃんだから応援呼ばねぇと」


「支店には俺がかけるから、おっさんは警備隊にかけた方が良いよ」


「そうだな、すまんが頼むわ」


 俺は支店の課長に連絡して、おっさんの代わりを要請したが、当たり前だが皆出払っているため課長自らやってくるらしい。


「ギドフのおっさん、とりあえず時間指定があるやつで小さいのなら俺が行くから」


「悪いな」


「今回ばかりはおっさんのせいじゃないから気にすんなよ」


 とりあえず車の後部ドアを開くと、ぶつかった衝撃で荷物が積み崩れていた。


「うわっととと」


 ドアから落ちそうになる荷物をすんでのところでキャッチする。


「あっぶねー。落とすとこだったって、あれ?これは」


 手に持った小さな荷物はちょうど俺も署名手紙がある家宛だった。


「おっさん、これも持ってくよ。署名手紙もある家だから」


「お、本当か、悪いな」


 荷物の山を整理しながらから時間指定を選別していたギドフのおっさんから俺が持っていけそうな荷物も受け取って、ツェウベに積み込む。


 ギドフのおっさんに見送られながら俺は次の配達先に向かう。


 ギドフのおっさんのとこに向かっているであろう警備隊の車とすれ違いながら、さほど離れていない場所に建っているマンションに着いた。


 手紙の配達は基本ルート配送で、毎日決まったルートを走行する。


 手紙って、荷物と違ってどの家も届く数が毎日~三日に一度はって頻度だからルートを固定しないと配達するのが難しい。


 だから基本全ての家や店を配達する前提のルートを走るので、一軒一軒の距離は近くて当たり前だ。


 このマンションもギドフのおっさんが事故った場所から一分もかからない距離だ。


 一階に店舗がいくつかあって、二階以上が住居になっている。


 ギドフのおっさんから引き受けた荷物もここの一階店舗だった。


「こんにちはー配送ギルドでーす」


 店が開いてなかったので呼鈴を押してみるも、反応がない。


「今日は定休日じゃないはずなんだけどな」


 この店のポストは裏側なので裏口にまわってみる。


 ツェウベでは入っていけない狭さなので歩いてだ。


 ごみごみした突き当たりまで歩いて行くと、複数の人がなんかごそごそやっていた。


 店を閉じてなんか作業してんのかと物陰からひょいと伺うと、受取人の店主が額に空いた穴から血を流しながら袋積めにされているところだった。


(Oh……)


 あの様子では手紙も荷物も持ち帰りだなと気づかれないよう戻ろうとしたら、足元に転がっていた空き瓶を蹴っ飛ばしてしまった。


 その音で、まだ受取人が顔だけ出たままの状態でこちらを振り向いた黒づくめ達と目が合う。


 黒づくめ達は懐から魔銃を取り出していきなり発砲してきた。


「Noー!!!」


 サイレンサー付きなのだろうパシュンパシュンと小さな発射音で降り注ぐ鉛玉をなんとかかわしながら表に逃げ出す。


 そこには、ツェウベの荷箱をまさぐる黒づくめの仲間達がいた。

 しかも俺を見た瞬間、魔銃をぶっぱなしてきやがった。


「こっちもかよぉ!」


 俺は踵を返して表通りに逃げた。


 黒づくめどもも当然追っかけてくる。


「うわうわうわマジかあいつら無差別かよ!」


 街中だというのに平気で発砲してくる黒づくめどもに毒付きながら、俺は地下街の入り口に逃げ込んだ。


 相変わらず後ろからパシュンパシュン鉛玉が飛んできている。


うわ!かすったぞ今!


「ソコノ貴方。トマリナサイ」


 地下一階の入り口にいた警備ゴーレムが目を黄色に光らせながらこちらを見咎めて制止してくる。


「ちょ、あれ、あいつらどうにかしてくれ!」


 俺が指差した先を見たゴーレムは銃を所持した黒づくめどもを確認すると、目を赤く光らせて黒づくめどもに警告した。


「今スグ武装ヲ解除シナサイ。解除シナイバアイハ強制排除モード二ハイリマス」


 おおっし今すぐ排除してやってくれゴーレムさんよぉ!


 とりあえず足は止めずに警備ゴーレムを応援するも。


 パシュンパシュンパシュンパシュン。


 ゴトン。


 あっさりやられてしまう警備ゴーレム。


「深刻ナダメージニヨリ強制終了シマス」


「だああぁー!あっさりやられすぎぃ!」


 それでも多少は距離が開いたので少しは助かった。


「うおおぉー!」


 俺は手すりを滑り降りながら黒づくめどもとの距離を離す。


 地下五階まで降りると、カジノ街の入り口に逃げ込んだ。


 カジノ街は入り組んでいるから知らない奴は迷いやすいが、俺は配達でまわってるから裏道まで網羅している。


 撒くにはピッタリの場所だ。


 とりあえず入り口のすぐ脇の死角にある裏道に逃げ込んで、様子を伺う。


 黒づくめどもはカジノ街に入ってすぐに足を止め、何人かに別れた。


 店の中を探す担当と道を探す担当に別れたっぽい。


 おそらく入り口のすぐ外にも一人二人待ち伏せしてやがるだろう。


 別の出入口から出るしかないな。


 俺はそのまま裏道沿いを進んで、ついでに腰に下げてるカバンに入れてある署名手紙を道すがら配達しながら移動していく。


 大体真ん中くらいまで来たかなってとこで、道の真ん中でグースカ寝ているじいさんがいた。


 真っ赤な顔色を見るに、酔い潰れてその場で寝落ちしたな。


 週末なら珍しくないけど平日昼間から道で寝転けてるのは珍しい。


 そんな事を思いながらまたいで先に進もうと思ったら、寝ていたはずのじいさんが俺の足首を掴んだ。


「…………」


「…………」


 ぐいぐい。


 ほどこうと引っ張るも、よっぽど強く握ってるのか外れない。


 ゲシゲシ。


 手を踏みつけるもやはり外れる気配がない。


「…………」


 しょうがないのでその辺に転がっていた割れたビール瓶を手に取った。


「…………」


「それは流石に酷くないかの?」


 割れて尖った方を腕に振り下ろそうとしたら、じいさんが薄目を開きながら抗議してきた。


「さっさと手を離せスカンピンジジイ」


「スカンピンじゃない。ちゃんと酒代は残っとる」


「どっちでもいいから手を離せ酔っぱらい。こっちは仕事中なんだよ」


「そう邪険にするなお若いの。この爺の話を聞くくらいの余裕はあるだろう?」


「ねーよ。指定時間せまってんだよ」


「まったく最近の若いもんは老人を労らんの」


「老人じゃなくギャンブル狂のアル中を労う余裕がないんだよ。はよ離せジジイ」


「せっかちだのう。まあよい。お主、武術に興味ないかの?」


「ない。離せ」


「即答じゃの」


「急いでると言っている」


「そんなつれない事言わずにもうちょい話を聞いても」


「やべ、見つかった」


 俺達のやり取りが聞こえたのだろう、黒づくめの一人がメインストリートからこちらを発見し、走ってきながら魔銃を構えた。


「くそ、恨むなよジジイ」


 俺はジジイの足首を掴むとそのまま持ち上げて盾にした。


「何するんじゃ!」


 ジジイは俺の足首を放すと何か凄い速さで手を動かした。


 パシュンパシュンパシュン。


 シュシュシュ!


「マジか。ジジイすげえな」


 ジジイはなんと銃弾を素手でキャッチしていた。逆さ釣りのまま。


「とりあえず下ろさんかい」


「お、ワリーワリー」


 俺が足首から手を離すと、ジジイは身軽に着地して黒づくめの追撃弾を全て素手で防いでいた。


「ふっふっふ、これぞ梁国四千年の歴史から生まれた酔魔拳。どうじゃお主、この武術に興味がわいて……しまった逃げられたの」


 俺はジジイと黒づくめがやり合っている間に逃げ出した。


 そもそもジジイが絡んでこなければ見つからずにすんだのだから責任もってぶっ倒してくれ。


 俺は裏道を縫うように走り、途中また追っ手に見つかるも、黒づくめ達はギャングの抗争に巻き込まれたり、近くの店の用心棒に誤射して返り討ちにあっていた。


 そうなるように誘導したんだけどね。


 そうこうしながら相手の数を減らしつつ追っ手が来てない事を確認してとあるカジノ店に入った。


 この店に署名手紙があったのもあるけど、中二階にある事務所に繋がる階段はそのまま地上の出入口にも繋がっているので、配達後にそのまま地上へと戻れる。


「配達員さん、表が普段より少し騒がしいみたいだけど、何か知ってる?」 


「何か黒づくめの奴らが酔っぱらいの格闘家ジジイとやりあったりバガルファミリーとジェロファミリーの抗争に首突っ込んだりバルガスに喧嘩売って返り討ちにあったりしてましたよ」


「あらら、今日はお客が沢山こっちに流れてきそうね。ありがと、ご苦労様」


 署名してもらったカジノの受付バニーのお姉さんは嬉しそうにバックヤードに引っ込んでいった。


 彼女の魅惑的なお尻を堪能しつつ、階段を上に向かい歩き出した。


 念のためガラスドアの中から黒づくめがいないか確認したが、見当たらなかったため何気ない風に外に出て、そのまま通りを歩いてツェウベを停めてあるマンション前まで向かう。


 しかし、道端に停車しているゴーレム馬車が見えたので咄嗟に身を隠した。


 少し距離はあるが、配達途中でやり過ごした馬車なのは間違いない。

 今時あんなキラッキラした馬車は見ないし。


 しかも、黒づくめが何人か周囲にいるし、よく見たら馬型ゴーレムのたてがみの一部が折れているのが確認できた。


 こりゃ、あの馬車の持ち主が黒づくめの雇い主とみて間違いないな。


 あのゴーレムもたてがみをわざと折って、ギドフのおっさんの車が通りかかる時に刺さるよう細工したのだろう。


 狙いは多分これだよなぁと署名手紙を入れるカバンに一緒に入れておいた小さな荷物を取り出して確認する。


 サイズは封筒サイズ。中身は何か分からないが小さな物だ。


 ごく普通の荷物扱いで重要そうには見えないけど、黒づくめがあそこまで執拗に追ってくるのだから何かヤバいもんなのは間違いない。


 黒幕が貴族、しかもお高そうなゴーレム馬車と無差別攻撃も辞さない腕利きの黒づくめを複数雇っている事からかなりの高位貴族だろう。


 とりあえず迂回してツェウベの近くまで行くが、ツェウベの周囲を黒づくめどもが監視している。

 俺がツェウベに近づいたらズドン、だな。


 こりゃこのままじゃ埒があかないと支店に遠話すると、遠話番のおばちゃんは偉い人はみんな出払ってて誰もいないとの事。


 ええいタイミングの悪い。


 どうやらこのまま奴らを振り切り配達をしないとダメらしい。


 しょうがない。いっちょやるか。


 俺は再びゴーレム馬車に近づいて周囲を伺う。


 すぐ近くに四人の黒づくめが四方に睨みを効かしている。


 俺は奴らに気づかれないように、木の葉にとある術式を呪印してそっと風にのせる。


 木の葉は馬型ゴーレムまで飛んでいき、折れたたてがみにピタリと貼り付く。


 黒づくめどもは何も気づいていない。


 ゴーレムの強化術式はゴーレムを覆うように貼られるが、術式をかけた後に欠けたりヒビが入った場所は術式が破れて貼り直さない限り穴があいた状態のままだ。


 術式をかけ直しているかは賭けだったが案の定、穴が空いたままだった。


 俺は木の葉から仕込んだ術式をゴーレムの内部に流し込む。


「ブルル?ブ、ブブ、ブルルルルヒヒーン!」


 唐突に暴れだす馬型ゴーレムに黒づくめどもは大慌てだ。


 俺が仕込んだのはゴーレムの命令系統を混乱させる術式だ。


 無茶苦茶な動きで近づいた一人を蹴っ飛ばして再起不能にし、残り三人も近づけない。


 もう一体のゴーレムの頭を蹴り砕きながら、暴れ続けるゴーレムのせいでどったんばったん揺らされている馬車本体。


 馬車の中から女の悲鳴が聞こえた。


 黒づくめの一人が応援を呼んだのを見計らって、俺は再び迂回してツェウベの近くまで戻る。


 その途中、ふと思いついて警備隊に暴れゴーレムがいると通報しておく。


 一先ず周囲を確認するが、見える範囲には黒づくめは見当たらない。


 しばらく様子を見ていると、馬車のほうから銃声が聞こえ始めた。

 多分、警備隊が黒づくめとドンパチやり始めたのだろう。

 すると物陰やマンションの向かいの店舗から黒づくめがわらわらと出てきて馬車の方に駆けていった。


 まださらに遠距離から監視、射撃を担当している奴がいるかもだが、一発までなら配送ギルド特製装備の『大抵の攻撃は身代わりします人形』が引き受けてくれるので、思いきってツェウベに近寄り、鍵を差してエンジンをかける。


 どうやら車両自体には細工はされてないらしい。


 すぐさま発進すると、おそらく距離をあけた場所に隠れて監視をしていた黒づくめが魔銃を発砲してくるが、ハンドガンタイプしかないのだろう、この距離を当てるのは難しい。


 しかしやはりそう簡単には逃げられないらしい。

 走り出してすぐ、後ろから猛スピードで追いかけてくる真っ黒な高級セダンタイプの魔動四輪がいた。


 そら雇い主はともかく黒づくめは魔動四輪に乗るわなと、妙な納得をしながらセダンから逃げる。


 直線ではすぐに追いつかれてしまうから、脇道に曲がったり細い道を走ったりとあれこれするが、相手のドライバーも良い腕しているようで、中々ふりきれない。


 こうなったらしょうがない。


 配送ギルドの配達員を甘く見るんじゃねーよ。


 俺は途中の公園にある時計台で時間を確認し、大通りに向かいツェウベ走らせていく。


 多少ジグザグ走りながら、大通りと繋がっている通りに出た。


 ただそれなりに広い通りで直線なため、黒づくめからパシュンパシュン撃たれる。


 それでも何とかかわしながら、大通りが見える距離まできた。


 俺はアクセルを全開にして、大通りへと走らせていく。


 黒塗りセダンも俺に追い付こうとスピードをあげてきた。


「ここだっ!」


 大通りまであと十メートルないというところで、俺は最低限の減速で大通りのすぐ裏にある脇道に膝を擦りながら無理矢理曲がる。


 キキィーッ!


 黒塗りセダンは俺の作戦通り、曲がり切れずに大通りに突っ込んでいった。


「何奴?!」


「魔銃を持ってるぞ!テロリストか!」


「総員攻撃!王女様を守れ!」


 後ろから派手な魔法が使われた音がして、何かが爆発する音が聞こえてきた。


「王族の前を走るなんて不遜だよなぁ」

 

 王女様は毎日決まってこの時間に学校からお帰りになるため大通りを通る。


 だからこの時間帯だけは大通りは通行止めなのだが、あの通りは大通りから直接警備隊本部と繋がっているから路上には車止めが設置されていない。

 それに黒づくめどもは気づかずに、俺を逃がすまいと焦ってオーバースピードで突っ込むと思ったが、正解だったな。


 王族を巻き込めばいくら高位貴族といえど逃れられないだろう。

 警備隊は黒づくめを何人かは生きて捕らえてるだろうし、時間の問題だ。


 何とか逃げおおせた俺は、遅まきながら配達を再開したのだった。



「ちょっと!指定した時間過ぎてるんだけど?!」


「誠に申し訳ございません」


 しかし指定時間を過ぎてしまい、お客様から怒られつつ、俺は残りの手紙を配達した。


 例の荷物?

 もちろん翌日配達にまわしましたが?


 まあ、配達員の日常なんてこんなもんだよ。

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