第2話

『なんだ、覚えてないんだ』

 予想外に残念そうな声色。そんな声が脳内で木霊する。

 ざわめく教室内の一角で、僕はぽつりとひとり大人しく座り、昨日の出来事を何度も振り返る。はやく帰ろう。帰りたい。


 ここに、僕の居場所はない。



 昨日と同じ生活リズムをただ刻む。学校からまっすぐに家に帰る、ということはせず、寄り道よろしく祖母の家へ。そうして、僕は昨日同様、縁側にいた。

 昨日との唯一の違いは寝転んでいないことぐらいだろうか。

 僕はしっかりと二本の足で立ち、寝落ちなどしないぞ、と意気込んでいるところであった。


「みーちゃん、何してるの?」

「…別に」


 以前、話題となった女優と同じ一言で会話を終わらせる。祖母は首を傾げながらも、薄暗い台所の方へと行ってしまった。


 制服のネクタイを緩め、第一ボタンを外した。息苦しさから開放される。

 優等生キャラを演じているつもりはないが隙を見せたくない一心からか、いつのまにかぴっちりと制服を着るようになっていた。

 中学まではそんな事なかったのに。


 性懲りもなく過去と現在の自分とを比べはじめた頭を激しく振り、脳内から追い出し、ひと呼吸。

 そうしてから昨日の出来事を再び反復する。


 左腕を痛々しく骨折した少女。

 見知らぬ少女は花の友人ではなく、僕の友人であると言っていた。はっきり言って、見覚えは全く無い。

 僕の事をみーちゃんと呼ぶ。祖母以外ではそうそういない。いるとすれば幼馴染みの、


「何をそうむずかしい顔させているの?」


 そう言って、彼女は再び僕の前へ突然現れた。


「…また会ったね」

「やぁね、逢いに来たのよ」


 不意を突かれ、少々驚いたが表には出さなかった僕。スッと顔面に貼り付けたにこやかな笑みを向けるも、彼女は感謝しろ、と言いたげな返答であった。

 昨日と変わらぬ服装に、骨折の具合に、表情。その歳でそんなにピリピリしていて疲れないのだろうかと思う程、たんぽぽという名の女の子は目に見えて苛ついている様子であった。


「高校生にもなって、みーちゃんは随分と暇してるのね?」


 無許可で遠慮もなく勝手に縁側に腰掛けておいて、失礼な一言。

 …まあ、間違ってはいないが。


「ご覧の通り、暇してますよ」

「じゃあお話しましょ?お友達だもの、それくらい普通よね」


 突っ立ったままの僕に隣に座るように促してくる。唯一自由な右腕を動かし、ぽんぽんと自分の隣を手で叩いていた。

 この女の子は年の割に妙に落ち着いているし、仕草も見た目に反して大人びている。妹の花を思い浮かべても、こんな風に自分に接してきたら人が変わったか頭を打ったか疑うレベルだ。


「なぁに。女の子の隣に座るの、そんなに緊張しちゃうの?」


 なかなか座ろうとしない僕に対する、バカにするような憐れむような笑い声を含ませた彼女の一言は、なかなかに攻撃力のある一言であった。


「べっ…つに、そういう訳じゃ…」


 耳の辺りが、熱い。

 絶対赤くなってるな、と自覚しつつ、僕はドカッと無造作に少女の隣に胡座をかいた。

 ふふん、と得意げに笑う顔が心底憎らしい。


「みーちゃん彼女いないの?」


 昨日とは逆に、彼女の方が質問をしてきた。


「いるわけないだろ」


 僕は呆れ気味にそう答えると、彼女は馬鹿にするような反応もなく、矢継ぎ早にまた問いてきた。


「お友達は?」

「…そんなにいない」

「部活動は」

「やってたけど…ちょっと前から顔出してない」

「高校、楽しい?」

「あんまり」

「そう」


 彼女と僕との会話は淡々としているが、昨日の出会いとは思えぬ、歯車のあった会話であった。心の片隅で関心してしまう程だ。

 地面に届くか届かないかくらいの、赤いスカートから細く伸びる、肉質の無い脚を振りながら、彼女が大きなあくびをひとつ。


「たんぽぽも、最近楽しくないんだぁ」


 あくびついでに吐き出したような言葉。そこまで深刻そうではないが、心底退屈にしているといった様な口振りだ。

 しばらく遠くを見つめ、静かに「一緒ね」と呟く彼女に、「学校が?」と当たり前の事を問う。


「話し相手がいなくって」

「あー…」

「あーって何よ。あーって」


 こんな取っつきにくい小学生がそう滅多にいるわけはないだろうに。どうやら自覚はないらしい。


「だけど、最近はみーちゃんがいるから。悩みが別なことに変わりそう」


 大きな伸びをして、彼女は立ち上がった。


「最近って…会ったのは、」


 昨日の今日だろう、と言おうとして、僕は動きを止めた。

 そうだった。彼女が言うには僕らは前々からお友達なのだ。昨日よりももっと前に僕らは会っている、らしい。


「ねぇ、疑問なんだけどさ。いつから僕のこと知ってるワケ?」

「いつからだと思う?」


 質問を質問で返された。

 特に答えが見つからないため、多少考えるそぶりを見せた後に彼女を見つめ返していると、鼻で笑うかのように「ふっ」と吹き出して笑い、僕に顔を向けた。


「ずっとよ、ずーっと。覚えてないでしょうけど。だってわたし、人間じゃないから」

「……おぅ」


 めまいがした。

 バカか、アホか、と言いたい。何言ってるんだ、とか、そう思い込んでるだけで人間だろ君も、とか。きちんと言ってやりたい。

 これは、きっと、ごっこ遊びの類だ。妹も幼稚園の頃、自分はプリンセスだといってきかない時期があった。きっとそれだ、そうに違いない。たぶん、もっと年を重ねたら、中二病と相まって、もっともっと重症化していたに違いない。今の時期に発病しておいて良かったね、と親の様な気持ちになってしまった。


「人間じゃないなら、君はなんなの?」


 随分と余裕そうな口ぶりになってしまった。

 その変化を敏感に感じ取った彼女は「信じてないわね?」と横目で軽く睨んできた。


「まあ良いわ。今日はここまで。また明日」

「え?」


 と、声にすると同時に、自分は寝転んで、目を覚ますところだった。


「あらみーちゃん、寝てたの?貰ったたい焼き、おやつにどう?」


 がばっと勢いよく上半身を起こしたところで祖母がやってきた。

 俺は寝てたのか?いつから?少女は、どこへ?

 ぼんやりする頭でぐるぐる考えてこんでいると、そんな僕の脳内の様子など気にもせず、祖母が「お茶はあったかいので良い?」とのんびりと質問をしてきた。


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たんぽぽのウソ いわくらなつき @mars

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