<最後の勇者02>秘密計画の終焉

 僕は満場の議員たちに向けて高らかに宣言した。


「魔王国憲法第十条第二項の規定に基づき、魔王グレートシャインの名をもって元老院を解散する!」


『バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ!!』


 全議員が声を揃えての万歳三唱。記念すべき初めての十条解散だ。創設以来二十三年、魔王国元老院は今まで四年ごとの任期満了に伴う解散しか行ってこなかった。しかし、今回は違う。


 閣僚の汚職事件発覚による野党の内閣不信任案提出に、連立与党の一部から造反が出て倒閣運動に発展し、史上初の内閣不信任案が成立したんだ。それに対して、魔王国第二元首、内閣太政だじょう大臣ブラッド伯爵は、即座に魔王国憲法第十条第二項に規定された太政大臣の専権事項、元老院の解散権を行使。これも史上初の任期途中の解散総選挙の実施ということになる。


 それだけじゃない。今回の総選挙では、今まで一度も選挙が実施されなかった人類領域、旧セイクリッド王国王都や、パイレーツ市など、前回総選挙実施時には魔王国に所属していなかった諸都市においても選挙が行われる。王都占領に伴う人類領域の完全征服と魔王国編入から二年、これで人類領域すべてにおいて『秘密計画』、すなわち民主的な選挙の実施が完了する。


 その上、今回の総選挙においては、今までかたくなに選挙への参加を拒んできたドラゴン族も選挙への参加を表明している。これで、魔物側においても、全種族の民主的な選挙の実施が完了する。


 そう、今回の総選挙をもって、僕の『秘密計画』はとうとう達成されるのだ。


 もちろん、道はまだ半ばだ。今回の総選挙で、形だけは魔王国全市民が選挙によって自分たちの代表を選ぶという仕組みが整ったことになる。だが、今の議員のうち人類側の大半は元の支配階級がそのままスライドしたものだし、魔物側においても元から強大な能力で支配的な地位にあった者が選ばれていることが多い。真の意味で民主主義が根付くには、まだまだ時間が必要だろう。


 だが、それでも全市民による総選挙の実施というのは、民主化のひとつの指標メルクマールにはなる。そのことを思って、僕は感慨に浸っていた。


「まだ感慨に浸るのは早いでしょ。これから選挙管理委員会としての活動が始まるんだから。感慨に浸るのは、選挙が終わってからにしてよね」


 そんな僕に、容赦なくツッコミを入れてきたのは、もちろん我が『王妃』未来だ。僕や未来、それに歴代の勇者たちのうち暇なメンバーは、選挙の際には選挙管理委員として公正な選挙を実施するための管理運営や監視、選挙違反の摘発などを行っている。


 僕は既に『象徴魔王』として、儀式的なことを主に行うようになっている。行政については内閣に、立法は元老院に、司法は最高裁判所に全権を委任しているんだ。まあ、彼らの手におえない事態が起きたときや、制度そのものが硬直化したり制度疲労を起こしたときに備えて『非常大権』の規定は残してあるけどね。


 そんな僕が、唯一政治的な活動を行っているのが選挙管理。実権を放棄したからこそ、第三者的に選挙の管理と監視を行えるってことだね。第三者という意味では、同じく実権を放棄して僕と一緒に『象徴王妃』になってる未来も、歴代勇者も同じだから、選挙管理には協力してもらってるんだ。


 特に父さんは、本業も忙しいっていうのに、積極的に協力してくれている。まあ、何しろ本業だって選挙違反の摘発とかやってるんだし、組織の管理運営はお手のものだから、非常に助かっている。今日もこっちの世界に来てるはずなんだけど……あれ?


「父さんはどこだい?」


 その父さんの姿が見えないので、未来に聞いてみた。


「ジョルジュ十四世に会いに行くとか言ってたわよ」


「そうだったのか、サンキュ。ちょっと選挙管理委員会の開催日程の相談に行ってくるよ」


 そう言って転移魔法の呪文を唱えると、旧王都に飛ぶ。もう、転移魔法阻止結界なんか一部の重要施設を除いて全部解除しちゃったから、どこにだって転移できる。


 旧セイクリッド王家については、魔王国への降伏時に優遇措置をとっている。父さんが義理を感じてるみたいだったからね。離宮などの不動産や財宝などの動産の保持も多めに認めてるし、ジョルジュ十四世については生存中は『陛下』の尊称の使用を認めている。


 その王都に着いて魔力探知の魔法をかけてみると、旧王家の離宮の一室に父さんの魔力反応があったので、そこの廊下に転移してからドアをノックする。いきなり部屋の中に転移するような不作法なことしたら父さんに叱られるからね。


「どうぞ」


 ジョルジュ十四世の声が聞こえたので、遠慮無く中に入る。父さんはジョルジュ十四世と向かい合ってソファに座っていた。


「おお、魔王陛下、お久しぶりでございます。ご機嫌麗しゅう」


「お久しぶりです、陛下。お元気そうで何よりですね」


 二年前に僕を召喚してしまったときには、結果としてその場で降伏する羽目になってしまい、一時は抜け殻のようになっていたジョルジュ十四世も、すっかり回復したようだ。その挨拶に答える僕に、父さんが聞いてきた。


「大輝、どうしたんだ?」


「さっき、元老院の解散を宣言したところだよ。だから選挙管理委員会の日程の相談に来たんだ」


「ああ、もうそんな時間だったか。すまない、つい話し込んでしまっていた」


「別にいいよ。それで日程だけどさ、他のメンバーとの調整もあるけど、こっちの時間で明日はどうかな?」


「それでいい。普段は十時開始だったな?」


「うん。今回も十時に魔王城第一会議室でいいでしょ」


「わかった、明日十時に第一会議室だな」


「それじゃあ、僕は他のメンバーに連絡するから。お話中、お邪魔しました」


 打ち合わせは終わったので、ジョルジュ十四世に挨拶して部屋を出ようとしたのだが、父さんに呼び止められた。


「ああ、ちょっと待ってくれ。ひとつ確認したいんだが、旧王家の王が元老院議員選挙に出ることは別に禁止されていなかったはずだな?」


 質問の意図がよくわからなかったけど、僕はうなずいて答えた。


「うん、禁止されてないよ。元ライオン国王のダンディとかも、今回の選挙で市長から元老院議員に鞍替えするって言ってたし」


 やり手の元国王の顔を思い出しながら答えると、父さんはジョルジュ十四世に向き直って言った。


「このとおり、魔王だって旧王家の王が議員になることを認めているのです。出馬されてはいかがですか? 王の善政を国民は忘れてはいないでしょう。ほぼ確実に当選できるはずです」


 ああ、なるほど。ジョルジュ十四世に総選挙への出馬を勧めてたのね。義理があるって言ってたからなあ。だけど、これはちょっと意見しておかないと。


「父さん、公正な選挙を旨とする選挙管理委員が特定候補に肩入れするような言動は……」


 と、そんな僕の言葉をジョルジュ十四世が遮った。


「ああ、余は、いやワシは出馬する気などありませんでな、魔王陛下」


「それなら問題はないけど……出馬しないの?」


「ワシはもう政治活動からは引退するつもりなのですじゃ」


 そう答えたジョルジュ十四世に、父さんが残念そうな口調で言う。


「まだまだ充分にお若いではありませんか。政治には経験も必要です。陛下の政治に対する識見は元老院議員として充分勤まると思うのですが」


 そんな父さんに、ジョルジュ十四世は静かに答えた。


「いやいや、これから新しい時代が始まるのですからな。政治も若い者に任せた方がよいのですじゃ。ですから、今回の総選挙には、ワシではなく息子が出馬する方がよいと思っておりますのでな」


「そうですか……」


「そのあたりは個人の自由なんだから、無理に勧めることもないでしょ。それより、今回は初の十条解散で、今までの任期満了解散みたいに事前に選挙の準備を整えておけなかったんだから、明日の会議は重要なんだよ。忘れないでね。それじゃ、僕は行くからね。ごきげんよう」


 残念そうな父さんに釘を刺してからジョルジュ十四世に別れの挨拶をして、僕は部屋を出る。そして、転移魔法の呪文を唱えて、魔王城の魔王執務室へ戻る。すると、既に未来は元老院の議場から戻ってきていた。


「父さんと打ち合わせしてきた。初回会合はこっちの時間で明日十時、第一会議室だ」


「了解。みんなに連絡取っておくわね」


「ああ、頼むよ」


 そう言いながら未来の顔を見たとき、フッと今までのことが色々と頭の中に思い浮かんできた。


「思えばいろいろあったけど、これで『秘密計画』も完了か……」


 そんな風にひとりごちていると、未来がツッコんできた。


「だから、選挙が終わるまでは完了してないんだって! それに、今回の選挙が終わったって、それで終わりってワケじゃないでしょ? 形だけの民主主義を本物にしていくには、これからも長い時間が必要なんだからね」


 それを聞いた僕は、ふと冗談を飛ばしてみたくなった。


「そうだね、僕たちの戦いはまだまだこれからだ!」


 すると、未来は半眼になってツッコんできた。


「それ、打ち切りエンドだから」


 そのツッコミは予想していたので、僕は次の冗談を口にする。


「それは困るな。それじゃあ、こう言い直そうか。『もうちょっとだけ続くんじゃ』ってね」


「それはそれで、今度は随分長くなりそうよね……」


 そうツッコんできた未来だったけど、すぐに笑顔になって言い添える。


「でも、どんだけ長い道のりでも、例え地獄へ通じる道であっても、あたしは大輝と一緒に行くけどね」


 それに対して、僕も笑いながら答える。


「地獄へなんか行く気は無いし、君も、ほかのみんなも地獄への道行きに巻き添えにしたりはしないよ。『地獄への道は善意の石で敷き詰められている』ってことわざを知ってるかな?」


「イタリアの諺だっけ?」


 それにうなずきながら、僕は力強く、これから進む道について宣言した。


「確かそうだったね。一面の真理だと思うよ。そして『逆もまた真なり』さ。僕は『魔王』らしく行くつもりなんだ。だから、絶対に『悪意の石を敷き詰めて天国への道を作ってやる』のさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王様の邪悪な邪悪な秘密計画 結城藍人 @aito-yu-ki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ