第三部 最後の勇者編

<最後の勇者01>いきなり異世界に召喚されたけど魔王を倒せとか絶対無理です

「これは、まさか!?」


 足元に突然出現した魔法陣を見て、思わず僕はそう叫んでいた。すぐ隣を歩いていた彼女が何かを叫んで僕の方に手を伸ばしたけど、次の瞬間にはその姿がかき消される。違う、世界そのものが消えて無くなる。


 そして、僕はさっきまで居た場所とは、全然違うところに立っていた。異世界召喚魔法陣の上。どうやら今回は、よりにもよって『』が召喚されてしまったらしい。参ったね。


 見知らぬ場所……ではない。勝手知ったる他人のお城、だ。セイクリッド王国王城召喚の間。何度もお邪魔してるからね。もっとも、この王城を中心とした王都全体が、既に魔王軍によってアリの這い出る隙も無いほど十重二十重とえはたえに包囲されていて、陥落を待つばかりの状況になっているんだけど。


 そして、目の前で土下座してる方々も、知り合いなんだよね。初めて顔を合わせてから、もう十六年になるのか。国王、ジョルジュ十四世も老けたなあ。まだ気鋭の若手騎士団長だったランス・ロット卿はすっかりベテランの風格になったし、宮廷魔術師団長のマリリン・マリーン女史も髪が真っ白になっている。もっとも、この人たちの老化が早いのは心労のせいだろうから、他人事のように言ってちゃいけないのかもしれないけどね。


 それにしても、何で僕が……と思って魔法陣を見てみたら、見慣れた魔法陣から、いくつかの術式が消えていた。ああ、安全装置セイフティを外したんだね。それで、例年より早く召喚魔法陣を起動できた理由もわかった。消費魔力が減ったんで、去年までは丸一年かかってた魔力の蓄積が一か月ほど早く終えられたわけだ。


 そんなことを考えていたら、王様が『いつものセリフ』を言った。


「急に召喚して申し訳ございませぬ。ことが終わりました暁には、必ず元の世界、元の時間にお戻しいたしますゆえ、勇者様、何とぞこの世界をお救いくだされ!!」


 さて、どう断ろうかな……と思ったとき、ふと思いついた。うん、こう答えよう……我ながらタチが悪いね。


「いいでしょう。もう次の勇者の召喚はできないでしょうから、僕が『最後の勇者』として世界を救いましょう。何しろ僕は伝説の勇者の息子ですからね」


「な、何ですと!?」


 驚く王様。そして、マリリン女史が僕に向かって解析呪文を唱えると、驚愕した表情になって叫ぶ。


「召喚の目印としている波長の魔力の量が、ここまで多い方は初めてです! 伝説の勇者、佐藤誠様と相当に近い関係であることは確かです。勇者様ご本人よりも遙かに多いなんて……」


 それを聞いて、ちょっと聞き慣れない言葉があったので、僕はマリリン女史に聞いてみた。


「召喚の目印としている魔力というのは?」


 僕の問いかけに、マリリン女史はすぐに説明をしてくれた。


「私の祖先であるイーエが、伝説の勇者様を元の世界に送還するときに、もしかしたら将来的に再召喚することがあるかもしれないと考えて、勇者様の魂に目印となる魔力を埋め込んだのです。昨年までの十五回の召喚の際にも、それを目印に召喚していたのですが、ここまで反応が強いのは初めてです。勇者様の魂から漏出しているとは思っていたのですが、大半が息子のあなた様に移っていたのですね」


 それを聞いて、僕は思わず笑いそうになってしまった。そうか、そういうことか! 今まで、僕の知り合いばかり召喚されていたのは、から、その目印の魔力が漏出して、身近な人たちに移っていたからなんだな。


 だから、僕はマリリン女史の勘違いを、すぐに訂正した。


「ああ、それは少し違いますよ。あなたのご先祖様であるイーエ殿は、送還時に、父ではなく、父の体の中に同居していた『僕の魂』に誤って目印を埋め込んでしまったんです。だから、今まで『の知り合い』ばかり召喚されていたんですよ」


 それを聞いたジョルジュ十四世は、目をぱちくりとさせながら聞いてきた。


「あなた様の知り合い、とは?」


「僕の妹のさくら、恋人の未来、いとこの勇人と美鈴、親友の健と拓海と真一、未来の親友で僕にとっても友人の萌と詩織、生徒会の仲間の紀彦と久美、部活仲間の亮と克美、幼なじみの敦、そして僕の父親の佐藤誠……今までの召喚勇者十六人は、全員僕の知り合いなんですよ。帰っちゃったんです」


 その僕の言葉を聞いて、ジョルジュ十四世とマリリン女史は顔を引きつらせた。ランス卿だけはまだ意味がわかってないみたいだけど。


「……さきほど、あなたの魂は『勇者様の体に同居していた』とおっしゃいましたか?」


 確認してくるマリリン女史。うん、気付いたみたいだね。


「ええ。殺されても、自分の魂を、殺した勇者の体の中に埋め込めるようにしておいたんですよ。僕が前世で編み出した『転生の秘法』によってね」


 マリリン女史が、悲鳴を上げそうになったのを必死でこらえている。ランス卿も、とうとう僕が言っている意味を理解したようで、厳しい顔になって腰の剣に手をかける。


 そして、ジョルジュ十四世が、今にも卒倒しそうな顔で、それでも必死に僕に向かって指を突き付けて叫んだ。


「あなた様は……いや、お前の正体は……魔王じゃな!?」


 そこで、僕は盛大に拍手しながら、にこやかに答えた。


「はい、大正解! だから、僕は『最後の勇者』なんですけど、残念ながら『魔王を倒す』ことはできないんですよね。自分で自分を倒すことなんて、絶対できないんですから」


 それから、優雅に一礼しつつ、改めて名乗りを上げる。


「改めまして、僕の名前は佐藤大輝、またの名を『魔王グレートシャイン』と申します。誠心誠意『世界を救う』ために努力いたしますので、今後ともよろしく」


 そう言う僕に、ランス卿が怒鳴りつけてきた。


「ふざけるな! 魔王の貴様がどの口で『世界を救う』などとほざく!」


 それに、僕は口の端を軽く上げて冷笑気味に答える。


「いやいや、僕は最初から『世界を救う』ために今まで戦ってきたんだけどね。人類と魔物の際限ない争いを終わらせ、世界に永遠の平和を築くのが僕の目的さ。そのために必要なのは『人類の王国』がすべて滅ぶことなんだよ」


 そこで、口調を改め、真面目な顔になって言う。


「自分たち人類の社会だけが『世界』だなんて思わないことだね。魔物も『世界』の一部なんだよ。僕は、その『すべてを救おう』と思って、今まで戦ってきたんだ」


 僕の言葉を聞いて、ジョルジュ十四世とマリリン女史はガックリと床に崩れ落ちた。だけど、ランス卿だけはブルブルと震えたかと思うと、剣を引き抜いて大声で叫びながら斬りかかってきた。


「そんな戯れ言、認められるかあっ!!」


 その剣を、僕は避けようともしなかった。


 バキン!


 僕の頭に真っ直ぐに振り下ろされた剣は、あっさりと折れ飛んだ。


「僕は召喚勇者だよ。不死不滅なんだ。だから、歴代勇者の誰ひとりとして、そう『伝説の勇者』である父さんでさえ、僕を殺す事はできなかったのさ」


 そう指摘する僕の声が聞こえたのか、それとも既に聞こえていないのか、ランス卿も折れた剣を落として力なく床にひざまづく。


「召喚魔法陣に安全装置として組み込まれていた『正義感の強い者』の条件を外したのは『もう悪党だろうが何だろうが魔王を倒してさえくれればいい』と思ったからかな。だけど、そのせいで今まで召喚されなかった魔王本人を召喚しちゃったんだから、皮肉だよねえ」


 そう揶揄する僕の言葉を聞いたマリリン女史が、ふと顔を上げて僕に尋ねてきた。


「あなたは、正義感は無いというのですか?」


 それに対して、僕は肩をすくめて答えた。


「僕にも、自分の信じるものはあるよ。だけど、それを『正義』とは呼びたくないのさ。自分こそが『正義』だなんて思い出したら、君たちみたいに『相手を滅ぼす』ことしか考えなくなっちゃうんだから」


 それを聞いたジョルジュ十四世が叫んだ。


「じゃが、お前は我々人類を『滅ぼす』と言っているではないか!」


 そこで、僕は人差し指を振りながら、その間違いを指摘した。


「僕は一度も『人類を滅ぼす』なんて言ってないよ。『人類の王国を滅ぼす』と言ってるのさ。バラバラの国家は全部滅ぼして、魔物も人類も平等に、自由に、平和に暮らせる、たったひとつの国を作るために、ね」


 そして、にこやかに笑って宣言した。


「それが、僕の『私利私欲』に満ちた『邪悪な邪悪な秘密計画』が目指す本当の目的なのさ」

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