<伝説の勇者08>勇者の勝利、魔王の勝利

 私の指摘を聞いた大輝は、フッと笑った。苦笑に近い感じで。そして答えた。


「それは、僕が『デモンキング』じゃなくなったから、だよ」


「それは、どういう意味かな?」


「僕が記憶を取り戻したのは、『魔王デモンキング』の転生体として、旧魔王軍四天王によって、この世界に召喚されたときだったんだ。そのとき、真っ先に思ったのは『冗談じゃない、こんな辺鄙へんぴな世界で魔王なんかやりたくない!』ってことだったのさ。父さんだって知ってるだろ、この世界の『不便さ』は」


 大輝が言いたいことはわかる。魔法こそあるものの、それ以外の面では我々の住む日本とは比べものにならないくらい、生活全般が不便なのだ。


「それなら、何で魔王をやっている?」


「『見捨てられなかった』から」


「何?」


 意味がわからず、思わず聞き返してしまった私に、大輝は肩をすくめながら答えた。


「僕を召喚した『旧魔王軍の生き残りを見捨てられなかった』から、だよ。自分のことしか考えない『デモンキング』だったら躊躇なく見捨てて、その場で日本に帰ってただろうけどね。でも、『僕』は見捨てられなかったんだ。二百六十年も忠実に魔王の命令を守って、隠れ潜みながら召喚魔法を作り上げていた『かつての部下たち』を」


「……そういうことか」


 情にほだされた、ということか。大輝らしいな。小さい頃から、クールで斜に構えているように見えて、本当は優しい子だった。


「シロを拾ってきたのは、小一のときだったな」


 そう言いながら、我が家の愛犬を大輝が拾ってきたときのことを私は思い出していた。クーンクーンと鳴いている真っ白な子犬が入った箱を抱えて、うるんだ目で必死になって私を見上げてきた顔を。「君がきちんと面倒を見るんだよ」と言って許可したときの、嬉しそうな顔を。その言いつけ通りに、一度も世話を怠けないで、もう老犬になった今も世話をし続けている面倒見のよさを。


「まあ、シロと一緒にするのは彼らに失礼かもしれないけどね。それでも、彼らが人類に滅ぼされるのを見過ごしたくはなかったんだ。かといって、人類の方を悲惨な目にもあわせたくなかった。だから、僕は『魔王』になったのさ。力尽くで魔物を従わせ、人類も征服する。それが、一番『悲惨じゃない未来』につながると思ったから、ね」


 そう言う大輝に、私はひとつのことを確認するために質問した。


「それは自己満足だとわかっているのか?」


 私の問いを聞いた大輝は、しっかりと私の目を見据えて答えた。


「わかってるさ。これは、僕の『我が儘』だ。この世界の魔物や人類が、本来は自分たちでつかみ取って行かなければいけない未来を、僕が歪めているんだ。だから、僕は『デモンキング』以上に、この世界にとっては害悪となる『邪悪な大魔王』なんだ!」


 それを聞いて、私は大きくうなずいて言った。


「それがわかっているなら、私は君を止めようとは思わないよ」


「え?」


 きょとんとした顔になる大輝。随分大人びてきたが、ときどき幼さが顔に出ることがあるな。そんな顔を見られるのも、あと少しの間だけだろうが。


「止めないの? 『異世界への介入』なんだよ?」


 目を丸くしながら改めて問う大輝に、私は苦笑しながら答えた。


「私が、それを偉そうに止められる立場にあると思うのかな? 二十八年前、いや二百八十五年前に、この世界に介入してしまったのは、他ならぬこの私だよ。異世界から召喚された『勇者』として、この世界の人類が自分たちで打倒すべき『魔王』を、不死不滅の体という反則的な能力をもって無理矢理に倒してしまったのは、この私なんだよ。『この世界』に干渉したという意味では、君の罪も、私の罪も、何ら変わるところは無いんだ。私は、選ぼうと思えば『何もしないで帰る』道を選ぶこともできたんだからね」


「……そっか」


 納得して、安堵する大輝。……私はそんなに『怖い』父親なのだろうか? まあ、舐められるよりはいいと思っておこう。非行や犯罪を犯す少年の家庭環境を見ると、暴力的な父親のほかに存在感のない父親というのも多いのだから。


 だが、ひとつ釘を刺しておく必要はあるな。


「しかし、この世界を征服するのはまだしも、民主主義や人権思想を普及、定着させるのは簡単なことではないよ。長い時間を必要とするだろう」


 そう言う私に、大輝も顔を引き締めてうなずいて答えた。


「それはわかってるさ。ゴブリンやオークといった世代交代が早い種族には浸透しつつあるけど、ドラゴンみたいな超越的な力を持っている長寿種族の意識を変えるのには、百年単位の時間が必要だろうね。でも、僕はこの世界なら不老不死だ。それに、あっちの世界との時間の進み方の差は約十倍。あっちとこっちを行ったり来たりしながら生活しても、こっちの世界では六百年くらいの時間を使えるはずだからね。それだけあれば、人類や短命種族には完全に定着させられるだろうし、長寿種族にも影響を与えられるだろうと考えてるよ」


 そのあたり、抜かりのあるような子ではなかったな。しかし、一点気になることがある。


「そうか。きちんと考えてるなら、それでいい。だが、六百年と一口に言っても相当長いぞ。その時の重みに、君は耐える自信があるのか?」


 それを聞いた大輝は、笑顔になって答えた。


「ひとりだったら自信は無かったかもね。だけど、僕には、ずっと一緒に歩んでくれる人が、未来がいる。さくらだって協力してくれる。ほかにも、健や、拓海や、萌たち、助けてくれる友達がたくさん居る。だから、耐えてみせるさ!」


 その笑顔は自信に満ちて、輝いていた。ならば、もはや私には何も忠告することはない。


「わかった。がんばりなさい」


 すると、今度は逆に大輝が私に向かって言って来た。


「父さんは、このまま帰ってくれないかな? この城には送還魔法陣があるから、それで」


 ……大輝としては、そう望むのは当然だろうな。だが……


「無断で帰るというのは、ジョルジュ王に申し訳ないのだがな」


 そう言う私に、大輝は悪い笑顔を浮かべて答えた。


「どうせ、依頼された『魔王を倒す』は実行できないんだからさ。それに、この世界の時間であと一年もあれば世界征服は終わる予定だから、それからお詫びに来ればいいよ」


「一年? そんなに早くか?」


 驚いた私に、大輝はとんでもないことを言った。


「もう、王都以外に残ってる全都市の支配層とは裏であらかた話がついてるからね。王都にだって、僕の手の者は大勢入り込んでるし。例えば、父さんの戦略変更に反対した戦略会議のメンバーの半数は、実は僕の命令で愚かな戦略を続けるように工作してるんだから」


「何と……」


 あまりのことに一瞬唖然としてしまったが、次の瞬間には納得していた。そうだ、この子はそういう周到な準備をする子だった。攻めるときは既に落ちている。違う、落ちる状況になってからしか攻めない。


 私は笑うしかなかった。この子は、正に『大魔王』だ。


「わかった。私は大人しく帰るとしよう」


 そう答えてから、私は軽く溜息をつきながら、慨嘆した。


「結局、私は『魔王』には勝てなかったのだな。『デモンキング』を倒しても、より強大な『大魔王』をこの世界に呼び込んでしまう結果になったのだから」


 それを聞いた大輝は、軽く目を見張ったあと、首を振って口を開いた。


「それは違うよ。父さんは勝ったのさ。だって、父さんが、いや『伝説の勇者』佐藤誠が目指したのは『魔王がいない世界』じゃなくて『魔王が人々を苦しめることがない世界』なんだろう?」


 思わず目を見開いた私を見て、さらに言葉を続ける大輝。


「そして、転生の秘法を編み出して、殺しても転生できるはずだった『デモンキング』を究極的に倒したのは父さんだよ。僕が前世の記憶を取り戻したときに、デモンキングの記憶に引きずられなかったのは、それまでに『佐藤大輝』としての確固とした自我を、倫理観を確立していたからさ。わかるかい? 父さんは、剣や魔法じゃなくて『情愛』と『教育』で『魔王デモンキング』を倒したのさ」


 それを聞いて、私は今度こそ本当に『負けた』と思った。私は、どうやら『魔王デモンキング』には勝てたようだが、『魔王グレートシャイン』には完全に敗れたらしい……喜ばしいことに。


 我が子に乗り越えられることほど、『父親』として嬉しいことはないのだから。

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