<伝説の勇者07>伝説の勇者と転生魔王
「どういうことだよ!?」
健君が悲鳴のような声で叫ぶ。それに冷静に答えたのは未来ちゃんだった。
「今回の召喚勇者、お義父様だったのよ。二十八年前、こちらの世界だと二百八十五年前に魔王デモンキングを倒した伝説の勇者、佐藤誠が再召喚されちゃったの。それで大輝が珍しくパニクってたってわけ。この様子だと、たぶん魔法でエルフに変装して、魔王軍の占領地域の偵察でもしてたんじゃないかしら。そこで偶然、健を見かけて、言葉巧みに魔王城まで連れてくるよう説得したんじゃないの?」
それを聞いた健君は絶句する。さすが未来ちゃん、私のやっていたことくらい簡単に推測できたようだ。そんな未来ちゃんに、私は静かに話しかけた。
「大輝と二人だけにしてもらえないかな?」
「……わかりました」
私の言葉を聞いて、未来ちゃんはうなずいた。ところが、ここで健君が待ったをかける。
「ちょっと待て、大丈夫なのかよ!?」
「何が? 二人とも異世界召喚者なんだから不死不滅なのよ。互いに攻撃したところで傷ひとつつかないわよ。それに、大輝もお義父様も暴力より先に話し合いをするタイプよ。ここは実の親子で、きちんと話し合ってもらいましょ。大輝も、それでいいよね?」
健君の異議を軽く却下した未来ちゃんは、大輝に向き直って確認する。
「……ああ。この
そう言うと、大輝は私に向き直って、部屋の隅にある応接セットのソファを指し示す。
私がそれに従ってソファに座ると、未来ちゃんと健君は執務室の扉から出て行った。そこで、大輝が静音魔法の呪文を唱え、部屋の壁に沿って音を遮断する結界を張る。大輝としては、他人に我々の話を聞かれたくないのだろうから、当然だろう。
それから、私の向かいのソファにゆっくりと腰を下ろした大輝は、私に向かって問いかける。
「それで、何から話せばいいかな?」
それを聞いた私は、少し考えてから問う。
「……そうだな、まずこれから聞こう。君は、誰だ?」
一瞬、虚を突かれたような表情になった大輝だったが、次の瞬間には私の問いの意味を理解したようで、冷静に答える。
「佐藤大輝。佐藤誠と佐藤
その答えは、私が求めていたものではなかった。それは問題ないのだ。だから、私はこう答えた。
「それは別にいい。この世界に再召喚されて見聞きした範囲で考えても『魔王グレートシャイン』の行っていることは、私の息子『佐藤大輝』の人格、個性と矛盾しない。だから、その両者が同一人物であることに疑問はない」
そして、本当に知りたいこと……だが、同時に知ることが恐ろしいこと、そして致命的な答えが返ってくる可能性があること……それを、あえて問うた。
「私が本当に知りたいのは、その人格や個性と一致しない存在、つまり『魔王デモンキング』も君なのか、ということだ」
知りたくはない。私の愛する息子が、あの邪悪暴虐な魔王デモンキングであるなどとは。だが、このことだけは明確にしなければいけないのだ。かつてデモンキングを倒した勇者として……そして、佐藤大輝の父親として。
私の問いを聞いた大輝は、目をつぶると大きな溜息をひとつ吐いた。そして、目を開き、しっかりと私の目を見つめながら答えた。
「僕は、もう『魔王デモンキング』じゃない。だから、『魔王グレートシャイン』と名乗っているんだ」
その答えに、私は半ば安堵した。だが、今の大輝の言葉の中には、決して無視できない二文字が含まれていた。だから、私は彼の目を見返しながら、そのことを指摘した。
「もう違うというのなら、前はそうだったのだね?」
私の言葉を聞いた大輝は、再び目をつぶり、うつむいて、吐き捨てるように答えた。
「ああ、そうだよ。僕は『魔王デモンキング』の生まれ変わりさ。あの、邪悪極まりない、下劣で、ゲスで、エゴイストで、血も涙も無い魔王デモンキングの、ね」
ああ、これは大輝が本当に嫌がっているときの態度だ。仕事に追われて構ってやる機会が少なかったとはいえ、十八年間育ててきた大切な息子だ。その程度のことはわかる。
だから、私はこう言った。
「そうか、それが苦しいのか」
「え?」
はじかれたように首を上げ、大きく目を見開いて私を見る大輝に、私は微笑みながら言葉を続けた。
「わかるさ。これでも、君の父親だからね。君は、前世がデモンキングだったことに苦しんでいるんだろう?」
それを聞いた大輝は、大きく息を吐き出すと、軽く口の端を曲げて小さく笑みを浮かべながら答えた。
「やっぱり、父さんにはかなわないなあ……何でもお見通しなんだ」
それに対して、顔の前で手を振って否定のポーズをしながら言う。
「いや、細かい事情はわからないさ。だから説明して欲しいね。君が前世の『魔王デモンキング』を忌み嫌う理由を」
それを聞いた大輝は、少し考え込んでから答えた。
「そうだね。それには、まず前世でデモンキングが何をやったかから説明しようか。デモンキングは、配下を戦わせて情報収集をしているうちに、父さん……勇者マコトが不死不滅で絶対に倒せないことを知ったんだ。だから、その時点で前世での勝利を諦めた。その代わり、デモンキングの持つ魔法の全知識と全能力を投入して、転生の秘法を編み出したんだ。来世で勇者に勝利するために」
「来世で?」
「そうさ。勇者と同じ存在に転生すれば、同じように不死不滅になれる……そう考えたんだ。そして、勇者マコトが魔王城に攻めてきたときに転生の秘法を使った。そして、勇者マコトにわざと殺された。殺された瞬間、魔王デモンキングの魂は勇者マコトの中に入り込んだ。そして、そのまま勇者マコトの中に潜んでいたんだ……勇者が子供を作る、その日まで」
それを聞いて、私は思わず目を大きく見開いて問い返した。
「子供を!?」
それに、大きくうなずくと、大輝は話を続けた。
「デモンキングは、愛なんてものは軽蔑していた。だけど、人間にとってそれが大切なものだということは知っていた。親子の情愛もね。だから、自分の覇道を邪魔した勇者に最凶最悪の復讐をしようと
「……なるほど」
「だけど、デモンキングにとって大きな誤算がひとつあった。デモンキングは自分の人格と記憶を保持したまま転生しようとしたんだけど、まだ未成熟な胎児の脳では、その人格を保持できなかったんだ。それで、脳の使われていない領域に記憶だけを写し込んだんだ。いずれ成長して、その記憶が蘇れば、個性や人格もそれに引きずられるだろうと考えて、ね」
それを聞いた私には、その続きがどうなったかは、もうわかっていた。
「だが、そうはならなかった」
「そうさ。僕が記憶を取り戻したのは二年半前。既に十五歳、中三になっていた僕は、もう『佐藤大輝』としての人格が完成していたんだ。だから、デモンキングの記憶は、僕の人格を上書きしたりはせずに、単に前世の記憶として、僕が物心ついてから持っている佐藤大輝としての記憶の前に追加されただけだったんだ」
そこまで聞けば、もう大輝が『デモンキング』を忌み嫌う理由がはっきりとわかった。
「なるほど……『佐藤大輝』の価値観からすれば『デモンキング』のかつての行いは嫌悪の対象でしかなかったということか」
それを聞いて、大輝は苦さの混じった笑みを浮かべながら肯定した。
「そうさ。行いだけじゃない。好みも、思考方法も、性格も、何もかも絶対に好きになれないようなヤツだったんだよ」
そう吐き捨てるように言った大輝。だが、それを聞いた私の中に、ある疑問が浮かび上がってきた。
「だから、君は『デモンキング』を名乗らず、『グレートシャイン』という新たな魔王になった。それはわからなくもない。だが、それだからこそ、もうひとつ聞きたいことがある」
そこで、私は一度言葉を切ってから、改めて最愛の我が子に問うた。
「君がデモンキングを忌み嫌っていることはわかった。ならば、なぜ君は『魔王』になったんだ?」
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